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最終話

 夏、窓を開ければ青葉の匂い。セミは、はかない命を燃やすように鳴き、陽光は照りつけ、紫外線が肌を黒く変色させる。

 沙月はもう秀一の知らない世界へといってしまった。春の夜の夢の如く。

『結婚』それは人生の墓場とも言う。しかし、俺の人生死んだようなもんさと秀一はつぶやく。


 壁時計が十時を過ぎた頃、インターホンが鳴る。台所にいる母がドアホンをでる。

「あら、明子ちゃん久し振り」

 久方ぶりに明子が秀一の家に遊びに来た。

「秀一出てちょうだい」

「はいよ」

 ベッドから跳ね起き玄関のドアを開ける。

「明子姉ちゃん」

「私に会えて嬉しい?」

「う、うん」

 笑顔が隠せない

「何しに来たの?」

 秀一の問に明子は笑顔だけを返し、パンプスを脱ぎ奥のリビングに向かう。少し太ったみたい。

秀一は部屋へ戻り、終わりかけの宿題に精を出す。


「ふう」

 時計を見れば明子が来てから1時間以上が経っている。集中できて勉強できていた証拠だ。明子の元の旦那よりも上のランクの大学を合格することが今の秀一の目標である。明子が独り者になって秀一は嬉しくてたまらない。再び自分にもチャンスが巡ってきたのだ。まずはいい大学に言って就職をし経済基盤を作る必要がある。

 実を言うと明子がこの家に来るのは久し振りだが秀一は何度も明子の家に訪れ身体を重ねている。

「秀一、こっちへ来なさい」

 母親が秀一をリビングに来るように促す。

「んっと」

 勉強終わりのストレッチ体操を軽く行いリビングへと行く。夏になると出す一対の緑色のソファに長方形の台を挟んで母親と明子は向い合って座ってテレビを見ている。一瞬どちらに座ろうかと迷ったが母親の隣りに座った。

「なに、秀ちゃんマザコンなの?」

 いたずらっぽく明子が茶化す。

「お客様の隣に座るのは失礼だからだろ」

 秀一はムスッと答える。

「それくらいでおこんないの。もう18なんだから」

「へいへい。それで何しに来たの?」

「用がないと来ちゃいけないのかな」

「そんなことないよ」

「秀一は昔から明子ちゃんが好きだったからね」

 今も好きとはいえない。ましてや肉体関係まで有るとは……。

「そっ、なんで明子ちゃんが来たかというとね、自分で言う?明子ちゃん」

「伯母さまが仰ってもいいです」

「私こういう事言うの大好きなの」

「そうだと思いましたわ」

「それでは発表いたします。じゃじゃーん」

「なんだよ、大げさな」

「明子ちゃんご懐妊おめでとうございます」

「えっ」

 無意識の声が漏れた。まさか……いや避妊はちゃんとしたつもりだ。

「誰の子なのよ」

「内緒です」

「もしかしてより戻した?」

「ノーコメント」

「再婚かな」

「ンフフ」

「そうだ美奈子ちゃんの家にも報告しよう。えっと確か携帯は洗濯機のところだったわね」

 母親が携帯を探しに行くと明子は秀一の目をじっと見つめ

「あ・な・た・の・こ・よ」

 と声に出さず口を動かした。秀一は目をぎゅっと閉じ天井を見上げる。

「根津さん喜んでいたわ。お祝いをしてくれるそうよ」

「嬉しいわ」

「そう、それで秀一ね。今から明子ちゃんとマタニティドレスを買いに行こうと思うの。あなたも来たい」

「遠慮しとくよ」

「どうしたの? 顔色が悪いわよ」

「勉強のし過ぎだよ」

「あんた最近頑張んてるもんね。母さん信じられない」

「息子ぐらい信用しろよ」

「そうね」

「じゃあ俺は部屋に戻るから」

 立ち上がった瞬間立ちくらみがしたがバレないように部屋へと戻っていった。


 玄関がしまり二人が出ていったことが分かると読んでいた本を閉じベッドに横たわった。

 左腕で目を覆い深く一息つく

「俺が親父になるのか」

 全く実感はわかない、しかし不安は不思議となく意味のない高揚感がある。それは初恋の人を見事に射止めた満足感からだろう。

 ピンポーン

「誰だよ」

 覗き穴で確認すると美奈子だった。すぐさま玄関を開ける。

「何しにきたんだ?」

「明子さんのお腹の子の父親はお兄ちゃんでしょ」

「何を言うんだ」


 ズッ

 

 腹部に冷たい感触がし、次の瞬間猛烈な痛みと熱さが身体を駆け巡る。見れば包丁が深く刺さり血が滴り落ちている。

「な……んで……」

「私のものにならないのならこの世から消してやる」

 包丁で何度も何度も数えきれないほど秀一の体を刺す。

 薄れゆく意識の中で秀一が最期に見たのは無表情で涙を流す幼馴染みの姿だった。

  

                                       終わり


読んで下さった方ありがとうございます。

私はなぜか秀一という名前が好きです。

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