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報告

家に着き、部屋に戻ってもまだ昼を過ぎたあたり。太陽は粛々と地を照らしている。秀一はすることもなくベッドに横になり、一つ大きく深呼吸をした。

 まさか美奈子の相手が恭子だったとは、想像がつくはずもない。嫌悪はないが、わだかまりは認めるしかなく釈然としない気持ちは胸のうちに明らかに芽生えている。

「ふう」

 ただのため息がやたらと耳に響いてノイズのようにいらだちを覚えさせる。

「なに気が立ってんだ俺は」

 手に取った文庫本を数ページ開いただけで放り投げる。秀一は自分が利用されたことに腹を立てているわけでもなく折角の休日の時間を奪われたことに憤っているわけでもない。確かで明快な理由がないのに苛立っている。

「落ち着け、落ち着け」

 と自分をなだめようとしても折り合いがつかない。秀一は起き上がり風呂場でめいいっぱい熱いシャワーを浴びる。熱い湯に身体を委ねると少し落ち着きを取り戻すことができ、沙月に報告義務があったことを思い出して彼女に電話を掛ける。

「ナイト、もう終わったの?」

 沙月は夕方辺りに電話が来ると算段していたらしく驚くように言う。

「映画を観に行っただけだからね」

「食事もなさらなかったんですか?」

 そう言われて見れば昼食を取っていない。

「俺は利用されただけだから」

「利用?」

「進藤さんはデートを一度してみたかっただけだってさ」

「そういうことでしたの」

「そういうことでしたよ」

「ナイトは不満そうね」

「不満なんかないよ」

「声が苛立っているようですけど」

「気のせいだよ。姫」

「もしかして進藤先輩に好意を持っていたんですか? 怒りませんから正直に言ってください」

「そんな気持ちは一ミクロもないね」

「本音を言っても私は怒りませんよ。私はナイトを愛していますから。私の彼氏であればそれでいいんです」

「テレサ・テンの歌の歌詞みたいだね」

「誰ですかそれ?」

「昔の歌手なんだけどね」

「どんな歌詞なんですか?」

「教えない」

「姫に隠しごとをするおつもり。無礼者……と言ってる間にパソコンで調べましたわ」

 こんな軽口を言ってくれるまで結構かかった。

「姫は愛する人の全てを知りたいかな」

「知りたいわ。ナイトのことなら全てを知りたいですわ」

「俺は全てを知りたいとは思わないんだよな」

「どうしてです?」

「すべてを知ると飽きるような気がするんだよな」

「それはその人を愛していないからです」

「そういうものかな。そうだよな。俺何言っているんだろうね」

「ナイト、おかしいですよ」

「俺は元から自虐的な男だよ」

「違います。自虐ではなく落ち込んでいるようですわ」

「落ち込んでる? なんというか、いまの自分の気持を上手く口に出せないんだよね」

「美奈子ちゃんと何かありました?」

「……特に何もなかったよ」

 美奈子と恭子のことを沙月に言えるはずもなくそう言うしかない。

「間が開いたのが気になります。ナイトは美奈子ちゃんのことを話すときはイキイキとしてますからね」

「あいつは天然で一緒に居るだけで面白いハプニングに出会えるからね」

「ナイトとお似合いです」

「ちょっ、何言い出すんだ。俺は君の彼氏だろ」

「私、というよりもナイトを知っている人なら美奈子ちゃんがナイトに好意を持っていることくらい分かります」

「やめてくれよ。姫の方こそおかしいよ」

「私がおかしい? だってナイトは私にデートすら誘ってくれないですから」

「埋め合わせはきちんとすると約束しただろう」

「ナイトは私のこと好きではないんではないですか?」

「好きに決まってるじゃないか」

「私と出会ったのはつい最近……だけど美奈子ちゃんは昔からナイトのことを知っている。正直に言って羨ましいです」

 秀一の負の感情が連鎖したのか沙月の声が涙声になっている。

「ナイトは紳士的すぎて……私が女として魅力がないんではないかと思うことがあるんです」

「姫は魅力的だよ。だけど俺たちは節度のある付き合いをしたいと考えているんだ。姫はお嬢様みたいだから。親御さんもそれを望んでいるだろうし」

「親とかは関係ないです。私とナイトがあくまでも付き合っているのですよ」

「大切な恋人だから姫を大事に扱っているんだよ。俺は君を愛している」

「言葉ではなんとでも言えます。ナイトは偽善者だわ」

 沙月の口から秀一を批判する文言が出る。お互いに感情的になっている。

「姫は俺に不満があるのかな。それならいつでも別れていいよ」 

 売り言葉に買い言葉ではないが口に出してしまった。このうっかり発言はさすがにまずいと秀一は悔いたがもう言葉にして空気を振動させてしまった。

「ほら、そうじゃないですか。ナイトは私のことなんて好きではないんです」

「ごめん。いまの言葉は俺が悪かった」

「とっさに出るのが本心ですわ。それが聞けてよかったです」

 沙月は相当機嫌をそこねている。喧嘩をしたことが一度もなかった二人の関係はおままごとだった。

「だから、謝っているじゃないか。姫は意外と頑固なんだね」

「今頃気づいたんですか? 私のこと感心がない証拠です」

「そんなことない。信じてくれよ」

「信じません。御機嫌よう」

 沙月が一方的に電話を切ってしまった。その後なんども秀一は彼女にかけ直したが出てはくれない。ただの一言がよほど気に触ったのか、日頃の積み重ねが爆発をしてしまったのか……。

 秀一は自分の気持を改めて整理してみる。沙月は……ファーストの女性ではない。ファーストは明子であってその地位は揺るがない。ではセカンドなのか? というと美奈子の顔が邪魔をしてくる。

「なんでお前が出てくるんだよ」

 と虚しい独り言。分からない。沙月は美人で性格も良く文句の付け所はない。しかし愛しているか?

となれば口では愛を謳ってきたものの実感はそれほどない。好意はあるのに彼女を何としても自分のものにしようと意地にはなれない。

「俺は明子姉ちゃんしかだめなのか?」

 人妻を諦めきれない。物心ついた時からの憧れを否定する勇気を持てない。明子は遊びのつもりでも抱いた身体は忘れられず、性欲を処理するときには明子との情事を記憶に呼び起こしてしている。

 昔からの……また美奈子の顔が今度は笑顔で脳に浮かんだ。

「だからお前はなんなんだ」

 一人で見えないものにツッコミを入れる。たいして使っていない頭が疲れてきた。

「もう一度、姫に謝ってみるか」

 携帯を取り出すと着信が入っている。相手は…………


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