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相手は

「ねえ、さっきの質問に答えてもいいかな」

 二人きりでエレベーターに乗っている途中に恭子は言い出した。心境の変化があったのか、元々二人きりの時にいうつもりだったのか。

「なんだっけ?」

「私が弟のために試写会のチケットを取ったのかということよ」

「そんな会話したっけ?」

「一ノ瀬君、ほんとに覚えてないの?」

「俺は言葉には感心がないから」

「いや、そうじゃないでしょ」

 ポイントがズレているといった呆れ顔で秀一を見る。

「一ノ瀬君って謎多き男ね。よくわからないわ」

「執着心が薄いんだよ時々全てが虚しくなることがあって、なんというかその……変かな?」

「うん、変だと思うわ」

 慰めの言葉もなく正直に返事が帰ってきた。そうしてる間に二人は映画館の席につき着席をする。

上映時間まではまだ時間の猶予があるらしく、秀一は飲み物を買ってきた。

「ありがとう。高かったでしょ」

「良心的な価格とは言えないね。まあ商売だし」

「納得するのが一ノ瀬くんらしいわ。それでねさっきのことだけどね。私男性と一度デートというのをしてみたかったの」

「それって弟さんのためじゃなく自分の為にチケットを取ったって意味?」

「そう」

「それにしても相手に俺を選ぶのはセンスがないと言わざるをえないね。俺は何の面白みのない男だよ」

「そこまで自虐的にならなくても……」

 恭子は苦笑する。秀一は辺を見回しているが美奈子と薫を見つけることが出来なかった。

「進藤さん。美奈子たちはどこら辺にいるのかな」

 恭子は、えっ? という表情になる。

「一ノ瀬君まだ気づいていないの?」

「なにに気付くの?」

「チケットを見てみて」

 言われるままにチケットに目を移すと知らない題名がそこに記されてあった。

「復活の日じゃないの?」

「看板で気づくと思ってたけど一ノ瀬くんってとんでもない天然なの?」

「いじわるだなあ。これ何の映画」

「恋愛映画よ。人を愛せない男がある事件が切掛で、自分をずっと見つめていて愛してくれていた人に気づくストーリーよ」

「ありがちなネタだね。現実でそんな都合のいいことなんか起こらない。だからこそ映画が成り立つとも言えるけどね」

「一ノ瀬君、映画好きじゃなかったの?」

「好きだよ」

「そうとは思えないこと言ってるわ」

「この映画に関してだけだよ」

「恋愛で痛い想い出があったりする?」

 冗談で言ったのだろうが、胸にぐっとくる。無様に散った初恋は秀一のこころの重しになっている。

「あれ、もしかして。当たりだったのかしら」

 どういう顔をしたらいいのか見当がつかない。ただ愛想笑いを適当に表してみる。

「振られたのは美奈子ちゃんだったりする」

「それはない、絶対にない」

「一つ忠告していいかな?」

「忠告?」

「そう忠告。一ノ瀬君、大事なのもは失ってから気づいても遅いのよ」

「うん、さっぱりわからない」

「いいわ。私はおせっかいする義理もないし。私を恨まないでね」

 秀一は恭子がなにを言いたいのか皆目見当がつかない。

「私は、欲しい物は必ず手に入れてきたの」

「進藤さんの真意が汲み取れないよ」

「それなら、この際はっきりいうわ。私は美奈子ちゃんが好きなの」

「好き? 愛してるってこと?」

「ええ、その通りよ」

「それはまずいよ」

「なにがまずいのかな。好きな人が欲しいのは本能でしょう」

「本能というのなら異性にその気持が向かうはずだ」

「一ノ瀬君はそういうと思った」

「俺じゃなくてもそう云うさ」

「つまらないわね。倫理とか道徳とか既存の価値観を後生大事に守って何の得があるの?」

「俺だってそんなに硬い人間ではない……もしかして美奈子に告白をしたのは進藤さんだったの?」

「そうです。それで良い返事をいただきました」

 美奈子が相手のことを全く言わなかった理由が氷解した。しかしあの時秀一がきちんと聞いていれば美奈子は言うつもりだったのかもしれない。秀一は美奈子の様子がいつもと違うことを知りながら、まっすぐに向き合わなかった自分が愚かに思える。

「美奈子ちゃんは一ノ瀬くんに何も言ってなかったというわけね」

(いや違う。俺があいつのシグナルを受け止めてやれなかったんだ)

「告白をされたのは聞いていた。でもそれが進藤さんだとは聞いていない」

「一ノ瀬君、後悔してない?」

『後悔』この言葉をどう消化したらいいのか秀一は考える。恭子が美奈子の付き合っている相手だと分かっていれば止めたのだろうか。それとも一つの愛の形として認めただろうか。自分の気持がどこに有るのか? 見知らぬ虚空を漂っているようなふんわりとした奇妙な感覚が背中を伝う。

「美奈子が幸せならいいんじゃないかな」

 当たり障りなく言う。

「それ本心? 美奈子ちゃんのことどう思っているの?」

「これまでさ何回言ったのか自分でも知らないけどあいつは妹みたいなものなんだよ」

「それなら私は好きにさせてもらいます」

 場内が暗転しスクリーンに映像が流れ始めた。


 二時間後、映画が終わり二人が外に出ると、先に出ていた薫と美奈子が寄ってくる。

「お兄ちゃん遅いよ」

「ごめんごめん」

「何処の席に座っていたの? わからなかった」

「俺は気付いてたけど」

 違う映画を見たことは黙っておくことにした。しかしまさか美奈子の相手が恭子とは想像しようがない事象である。本人の口から出るまで秀一は聞かないでおくと決めた。

「俺は用事があるから」

 そう言って秀一は家路につく。これは館内で恭子と打ち合わせしていたことで、これから恭子は美奈子をカラオケに誘うつもりだと言ってきたのでそれなら俺は帰るということになった。


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