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二組

 夜明け前、カーテンを開いてもまだ朝日の昇る気配のないころには目が覚め、秀一は辞書を引いていた。何でもこの時刻は五更といっていたらしい。『ごこう』といえば花札を連想したがあちらは光でこちらは闇である。昼休みの時間には秀一は毎日図書室へ通い本を読み込んでいる。最近は聖書を訳したものを読破したが、彼は心酔したり感心したりといった影響をうけることはなかった。

 海外の訳本を賢げに読む人達がいるが原語は理解していなければ微妙なニュアンスや機微、その心情に登場人物が至った経緯というものは伝わらないのではないのかと秀一は考える。

 秀一がとある有名海外作家のミステリー本を読んだ時、突然なヒステリックなセリフや謎解きにポカーンとなった経験からそう思うようになった。

 まだ身支度を整えるには早いのでネットで戦国武将の経歴などを検索し脳に知識を蓄える。いま気に入りの武将は立花宗茂と石田三成である。小学校時代は秀吉が好きで、中学時代は真田信繁が魅力的であったが逸話を読んでいくと先程の二人が魅力的であった。本人ではないが高橋紹運の最後の戦などその文章を読んだだけで熱いものが込み上げてくる。

 今日は真田信之の逸話のまとめサイトを見ていた。しかし真田家は濃い人間が多すぎて信繁だけ知っている人は人生を損している。

 これは言いすぎだな。以前国語の先生が「釣りを知らないものは人生を損している」といったことが頭に残っていてよく思い出してしまう。いまその先生は公務員の立場を捨てて居酒屋を経営している。

 ネットをしていると時を忘れてしまうため。ふと、時計に目をやったら9時を過ぎている。待ち合わせは十時でそこには美奈子と共に行くことにしている。そろそろポッチャリねずみが来る頃かな。

 ピンポーン……

 来客の知らせが家中に鳴り響く。

「母さん俺が出るから」

 美奈子が来ると分かっている秀一は母にそう言って玄関に向かう。ドアを開けると薄く化粧をした美奈子が立っていた。

「どう? 似合ってる?」

 白を基調とした青の花柄の散りばめられているオフショルダーのワンピースを着て、肩からはベージュのメッシュポシェットを下げている。足元はブラウンのブーツで生足。

「可愛い、かわいい」

 お約束の言葉を言ってあげる。

「感情がこもってないやり直し」

 不機嫌な顔をしてダメ出しをされた。

「高校生なんだから何時までも可愛いは止めないか?」

「えっ? 私はかわいいでしょ」

 美奈子は客観的に見ても可愛いのは紛れもない事実であるがそれを本人が言うのはなんだかなあ。と秀一は思う。

「ほら、お兄ちゃんも早く着替えなさい」

「奥さんみたいな言い方はやめろよ」

「抱いておいて冷たいこというのね」

 白々しい泣きまねをする。秀一は無視して服を着替えた。

「ねえ、デート行くのにそんな格好でいくの?」

 普段と変わらないチェックのシャツとジーパンの着替えた秀一に不満げに行ってくる。

「あのさ、たかが映画を観に行くだけなんだぜ。おしゃれしてどうする。それとも何か映画館は紳士淑女の社交場か?」

「試写会なんだから多少そういう面はあるんじゃない」

「俺が小奇麗にしても映画の質が上がるわけがない」

 小学生みたいな事をいう。いい年をして皮肉を言う人間は知識位がある分イラッとくる物言いになりがちだ。

「私は化粧までしてきたのに」

「似合ってないぞ」

「口だけでも褒めてよ」

「口紅いい色だね」

「口だけってそういう意味じゃない」

 美奈子をからかうのは楽しい。ぷっくりとふくらませた頬を見ると妙に気が落ち着くのだ。

「おばさん。訊いてよ」

 振り返ると奴がいた。母親だ。

「お兄ちゃん。私をからかうのよ」

「美奈子ちゃんが好きだからよ。好きな子には意地悪したくなるの」

「こらババア」

「だって私の前で二人は婚約したじゃない」

「何年前の話だよ」

 幼い時に遊びで皆の前で美奈子にプロポーズしたのはもう十年は前のことだ。

「美奈子ちゃん可愛いじゃない。モデルみたいよ」

「ありがとう」

 ジョークに決まってるのに美奈子は満面の笑みになる。

「私、昔モデルのバイトしたことがあるんだから」

 衝撃の過去を言い出した。秀一は初耳だ。

「だいたい秀一にはデリカシーがないのよ。ねえ、美奈子ちゃん」

「そうそうだいたい……」

「はい。そこで止め!」

 例のごとく秀一の悪口大会が始まる気配を察知し秀一は割って入って靴を履き美奈子の手を握って外に出た。

「いくぞ」

「ちょっと痛い」

「俺を不機嫌にしたのは何処の誰だ?」

「どうせなら」

 機嫌をそこねている秀一を無視して美奈子はベッタリと体を寄せてきた。柔らかな感触が秀一の腕に伝わってくる。

「くっつきすぎだ。自重しろ」

「照れてるんだ。お兄ちゃん」

「お前は女として見てないって何度言ったら分かるのかな」

「私巨乳でしょ。お兄ちゃんの雑誌そんな人ばっかりだったよね」

「お前この間。そんなモノまで見てたのか」

「眼鏡と巨乳と熟女と女子高生と……あとなんだっけ?」

「そういう記憶力はすごいんだな」

「だってすごい格好をした写真ばかりだったから。DVDは何処にあるの?」

「そんなモノ持ってない」

「全てパソコンの中にあるんだあ」

「お前はいつからそんなにエッチな子になったんだ?」

「あなたに抱かれたあの日から」

「面白くない〇点」

 とりとめもない会話を弾ませながら二人はT駅まで電車に揺られる。待ち合わせは駅前の噴水である。

 駅からみると噴水には進藤と弟らしき男が恋人よろしく何やら会話をしている姿が見受けられた。時刻は9時55分。

「待たせたかな?」

 秀一はまず最初にそう言葉をかけた。

「ううん、いま来たところ」

 チェリーピンクのVネックの7分袖Tシャツに紺のパンツにスニーカーという極めてラフな格好であるがスタイルが良いので見栄えがする。

「おい、美奈子スタイルがイイとラフな服装でもかっこいいだろう。よく覚えとけ」

「一ノ瀬君。それお世辞なの? ありがとう。でも、美奈子ちゃんもかわいいわよ」

「ありがとうございます。先輩」

「そうそうこれが私の弟で薫」

 弟は美少年ではあるがいかにも影のある佇まいをしていた。なんか親近感がわく。

「始めましてお姉さんのクラスメートの一ノ瀬と言います」

「始めまして」

「進藤くんって進藤先輩の弟さんだったんだ?」

「美奈子知っているのか?」

「だってクラスメートだよ。こんな偶然って本当にあるんだね」

 薫は話をしている美奈子を見ているが何か挙動が不自然である。

(こいつ美奈子が好きなんだな。だから誘ったわけか)

「それでは二手に分かれましょう」

「えっ、四人並んだ席じゃないの?」

「うん。ペアチケット二組なのよね」

 恭子と秀一、美奈子と薫の二組にわかれてペアになり映画館へ足を運ぶことになった。

 前を歩いている薫が緊張でロボットのような動きになっているのがかわいそうだが笑えてしまう。

「進藤さん。映画好きなの?」

「特に好きではないわ」

「今日は弟のために一肌脱いだんだよね」

「それはノーコメント。でも私も楽しみにしていたわよ」

「俺なんかがパートナーで気が引けるな」

「一ノ瀬君は自虐的なのね」

「期待しないほうが良い結果の時儲けた気分になれるからね」

「私もタイプ的にはそっちかな」

「完璧超人の言う事とは思えないな」

「私の何処が完璧なのよ」

「怖いものなしって見えるよ」

「私って冷たく見えるのかな」

「話しかけづらい事は確かかな」

「オブラートに包んだ言い方にしてよ」

 隣に並んでいるだけでいい香りが鼻腔を刺激する。隆に言ったら嫉妬されまくるだろうなと一ノ瀬は優越感に浸る。

 駅から徒歩五分にある八階建ての映画館に着くと恭子は受付窓口に四枚の紙を渡し正規のチケットに変えてもらう。

「これから、二組別行動にするからね」

 すたすたとエレベーターに向かう恭子に秀一は付いていった。薫と美奈子を早く二人だけにしたいからだろう。優しいお姉さんである。しかし美奈子はフクザツな心境で先に進む秀一を視界の中心に捉えていた。


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