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前日

明日のデートを控え、秀一はさぞ緊張しているかと思いきや呑気にテレビを観ている。

 初めてのデートではあるが何も思い入れるものはない。時々自分は本気で好きになれないのではないかと疑念を持つ、それは秀一には執着心が薄いためだ。淡白は性質といったほうが適当かもしれない。

 彼にとっては明子が嫁いで行ってしまったのが唯一の精神の挫折であるがその挫折は残酷なほど大きすぎて、彼の気質をニヒルなものとしている。

 時計の針は22時過ぎを指している。秀一はベッドに身体を預け携帯を見ると着信ランプが点灯していた。不在着信・楠沙月とディスプレイに文字が表示されていた。

「そうか、今日は姫は親戚の集まりだと言ってたな」

 寝ているかもしれないが取り敢えず沙月に掛けてみる。

「こんばんは。ナイト」

「こんばんは。姫」

 沙月の声がやや遠くに感じる。

「もしかして寝てた?」

「はい。今日は疲れましたわ」

「ごめんね。起こしちゃって」

「いいえ。ナイトの声が聞けて嬉しいです」

「俺も姫と話せて嬉しいよ。ところで着信が入ってたんだけど」

「退屈でナイトとお話がしたくなりまして。でも出てくれなかったですね」

「それは悪かった」

 電話越しに見えるわけもなく頭をさげる。

「謝らなくてもいいです。だけど……」

「だけど?」

「明日のことどうして私に隠したりしたんですか?」

(明日のこと? まさか美奈子の奴)

「美奈子ちゃんが明日ナイトと映画を観に行くと言ってました」

(やはり奴の仕業か)

「どうして私を誘ってくれないのですか」

「姫が親戚の集まりで疲れていると思っていたからね」

 軽く言い訳をしたつもりだがすぐにうっかりミスに気づいた。

「あら? 私が誘ったとき用事があると言いませんでした? その用事というのが映画を観に行くことでしょう?」

 自分でも矛盾は分かっていた。もっと頭で咀嚼してから言葉は発するべきだと反省してももう遅い。

「私に隠したいことだったんですか?」

 口調に念が込められている。沙月が怒るのももっともだからここは平身低頭に徹しようと秀一は覚悟した。

「私に隠すということは美奈子ちゃんとは違う女の人も居るんですね?」

 言い逃れするのは難しそうだし自分にはやましさはないので秀一は沙月に成り行きを説明した。

「そうですか。進藤先輩が誘ったんですね。よく分かりました」

 一語一語が重く感情がこもっている。

「それでどうして断らなかったのですか?」

「映画ぐらいいか……」

「ナイトは進藤先輩に好意を持っているんですね」

 弁明を遮って。静かに問いかけてくる。

「そんなことありえない。俺には姫がいる」

「それなら私に黙っていたのはどう説明つけますか?」

「姫に心配を掛けたくはなかったからさ」

「それなら、さきほど一番初めに、私が疲れているかもしれないからとかいう弁明をなさったのはおかしいことではないですか。つまらない嘘で私を騙そうとしましたよね。それに私が美奈子ちゃんから聞かなかったら黙り通すつもりだったのでしょう。私にとっては一番心配をしてしまう状況ではないですか」

 考えないでポッと口に出すから某政治家のように抜き差しならぬ事になってしまう。

「俺は進藤さんに興味はないし全然好みでもない」

「それはナイトがそうであってあちらさんはどう想っているのか分からないでしょう」

「俺なんて相手にされないよ」

「相手してもらえればなびくのですか?」

「そういう意味で言ったんじゃない」

「どういう意味ですか?」

「それは……」

「さっさと答えてください。やましい気持ちはないんでしょ」

 沙月は冷静でいられる許容範囲を超えてしまっている。しかしそれはひとえに秀一のことが大事で愛しているからである。

「断って」

「断る? いまから?」

「はい。いまから電話を切ってすぐに進藤先輩に断りを入れてください」

「それは失礼すぎるよ」

「私に誠意を見せてください。私はあなたの彼女ですよ」

「それはできないよ」

「なぜ?」

「断るのにもう遅いよ」

「私はナイトが他の女性と話すことすら嫌なんです」

「それは気にし過ぎだよ。俺は姫を裏切ったりしない。絶対に」

「私だってナイトを信頼しています。だけど……進藤先輩は女から見ても魅力的な人ですから。こんな私嫌いですか?」

「好きだよ。愛してる」

 そうは言っても本当に秀一は沙月を本心から愛しているのか自分でも理解しきれない。自分は純粋に沙月のことを好きであるのだろうか? それを頭で整理しようをすると明子の顔がちらつく。

 明子には遊びのつもりだったのかもしれないが身体を重ねた秀一はそちらの部分でも明子を忘れられない。ウジウジとして情けないのは承知している。

「姫に黙っていたのは俺が一方的に悪い。それは責められても仕方ない。だけど不躾なことはしたくないんだ。姫なら分かってくれると甘えていた。ごめん」

「…………」

「今回だけは目をつぶって欲しい。もうこれからは姫を困らせることはしないと誓うから」

「……私、今まで引越しが多くて彼氏とか作れなくて。それで家では気を使ってばかりで寂しかったんです。それでやっとナイトとこんな関係になれてすごく幸せなんです。このまま時が止まってくれればいいとも思っています。でも、凄く怖いんです。こんな幸せが続くことなんてないっていつも心の何処かにあって、ナイトにいいところだけ見せようとして」

「大丈夫。俺の前では自然体でいろよ。姫は姫らしくしてくれたらいい」

「……今回だけですからね」

「約束するよ」

「条件を一つ。帰ったら私に報告してくださいね」

「うん、わかったよ。姫、心配させてごめんね。もう一度謝っておくよ」

「なんども謝らなくていいです。では、明日に備えて睡眠を取られたらいいですよ」

「姫、ありがとう」

 電話を切り。冴えてしまった頭を疲れさせるため秀一はネット将棋を一局指してから眠りに就いた。


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