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才女からのお誘い

 教室に着くと秀一は鞄を机の上に置いたままそれをクッション替わりにしてだらりと顔を預けた。朝から母と美奈子に散々言われ放題言われ、聞いているだけで疲れが溜まっている。

「神よなぜあなたはあの様なふしだらで罪深い女を私の母とお決めになったのか」

 と言うが秀一は無神論者で都合のいい時だけ神頼みをする程度の信仰心である。母方の田舎の家系は代々神社の巫女を勤め上げてきたという話をおばあちゃんから聞いたことがあるがそれに特に思い入れることはない。

「一之瀬くんおはよう」

 一時限目の嫌いな数学のことをふとよぎらせている時、聞いたことはあるが聴き慣れていない声が聞こえてきた。顔を上げると恭子が机を挟んで目の前に立っている。

「???」

 はて、恭子は何の用事があるのだろうかという疑問がまず頭に浮かぶ。そしてその次に彼女が眼鏡をかけていないことに気がついた。眼鏡を掛けている彼女はいかにも知的な才女といった面立ちをしているが眼鏡を外した彼女は意外にも童顔で険しさはなく優しいお姉さんという感じである。

「今日は眼鏡をかけてないんだ?」

「うん。コンタクトにしてみたの」

「なんか雰囲気が違うね」

「どう違うのかしら?」

 柔らかに微笑みかける。

「眼鏡を外すと童顔なんだね」

「眼鏡をけ掛けているときは老けているということかしら」

「そうじゃなくてオトナっぽい感じかな」

「気を使ってくれてるんだ」

「気なんか使ってないよ。美貌の才女ってまさしく進藤さんのことだよ」

「お世辞が上手ですこと」

 旧友のように気軽に話せている自分が秀一には不思議である。ずっと同じクラスであったがまともな会話をしたことなどなかったのだから。

「少し気分を変えたくなったんだ」

「へえ、進藤さんでもそんなコト思うんだ」

「私をロボットだと思っていたの?」

「うん。点取り機だと思っていた」

「キツイこというのね」

「だってさ、俺からしたら進藤さんなんて天上人だよ」

「クラスメートなんだから……天上人って言葉のセンスが一之瀬くんらしいけど」

 これはどう受け取ればいいのだろう。周りに入るクラスメートは男だけでなく女もこちらを見ている。

「俺になんか用事があるの?」

「あら、用事が無いと話しかけてはいけないのかしら」

「そうじゃないけど、珍しいことがあるもんだと」

「ちょっと一之瀬くんの声が聞きたくなってね」

 ドキリとさせられた。バカで軽薄な男なら勘違いしそうな一言である。秀一は自分がもてない男だと自覚しているからジョークだと受け取ることが即座にできるが、流石にこの言葉はわずかながら心の巖に響いた。

「彼氏に聞かれたらまずいセリフを言ったね」

「彼氏なんかいないわよ。安心して。大事に想っている人はいるけどね」

「俺には彼女がいるから微妙な言葉を使われると困る。ちなみにこの間の娘は違うから」

「根津美奈子ちゃんね」

(フルネーム教えてたっけ? 思い出せないや)

「そう、あいつはただの幼馴染」

「彼女はそうは思ってなさそうだけど」

「それはなんで?」

「一之瀬くんは鈍いのね。嫌いな男と一緒に下校したいとは普通思わないでしょ」

「道を知らないだけかもしれないし。あいつは方向音痴だから」

「それはいくらなんでもひどい解釈ね。ではどうして同じ高校を彼女は選んだのかしら」

「近いからかな」

「一之瀬くんって本当に女の子の気持ちがわからないのね。彼女は一ノ瀬くんのことが好きなのよ」

「兄妹感覚なんだろうね」

「だから……。もういいわ本題に入りましょう。ここに映画にチケットが四枚あります」

 しなやかな手つきで映画のチケットを秀一に提示する。

「観に行くメンバーは今のところ二人決まっていてそれは私と弟。後二人足らないわけです」

「それで僕を誘ってきたということか」

「はい。そしてもう一人は根津さんにしてください」

「美奈子? 彼女じゃだめなの?」

「ダメです。決める権利はチケットを持っている私にあります」

「俺はパスするよ。どうせなら彼女とデートしたいしね」

「一之瀬くんデートしたことないんでしょ」

 なんで知っている? 秀一は驚いてしまいそのまま表情に出した。

「復活の日のリメイクの試写会なんですよ。それでも断りますか?」

 復活の日は秀一の大好きな映画でこの映画から彼の昭和映画好きが始まった。恭子は詰将棋を解くように一手一手着実に詰みに向かって秀一を説得する。

「形式としてはダブルデートになるのか」

「私と根津さんどっちが一之瀬くんのパートナーなの?」

「進藤さんは弟と来るんだから俺のパートナーは一応進藤さんってことになるんじゃない」

「一之瀬くんは私とデートするのは嫌ですか?」

 嫌とは言えない形作りをしておいてのこの発言である。

「むしろ嬉しいよ」

 とは言っては見たものの沙月が頭に浮かぶ、沙月には黙っておくしかない。気づいたが秀一を沙月は未だに休日のデートをしていない。

「それでは決定ね。今度の日曜日はデートしましょう」

 教室中がこちらを注視した。目立たないキャラを演じてきたのにこれで台無しだ。このクラス、いやこの学校で一番の才女とデートをすることを公言されてしまった。今さら断るほどみっともない男でもない。

 要件が済んで進藤が席に戻ると秀一は四方八方からじとっとした視線を浴びる。

(俺が誘ったんじゃないのに、勘弁してくれよ)

 恭子に撃沈した男どもは恨めしく秀一を睨みつけている。

 授業が始まる前から持久走後のような重たい疲れが秀一の身体にのしかかった。



「ナイト。私とデートしませんか?」

 放課後、並んで家路についている時に沙月はデートの誘いをかけてきた。沙月から誘ってきたのは意外だった。

「日曜日に街にでも行きませんか?」

 街にでもというところが箱入り娘らしい言葉である。沙月は数度引越しをしてきたのだが元々の家がいま住んでいる大邸宅ということらしい。沙月の所作を見ているだけで惚れ惚れしてしまうがおばあちゃんに随分と厳しくしつけられたと言っていた。俺なんかが彼氏でいいのだろうかと自問するが沙月が秀一を選んだわけだし結婚するわけでもないよなと楽観視はしている。

 しかし日曜日はあいにく試写会の日である。

「姫、土曜日じゃだめかな? 日曜日は先約があるんだ」

「土曜日は親戚の集まりがありまして私は外せません。そもそもナイトが姫に逆らうのですか?」

 最近会話の中でちょくちょく冗談でサディスティックな表現をすることがる。それだけ秀一に心を開いたということなのだろう。

「申し訳ありません姫。その日は決戦がありまして」

「ナイトが行かないと戦況が思わしくないのですか?」

「はい。私目に直々に召集がかかっておりまして」

「そうそれなら仕方ないわね」

「埋め合わせはこの戦が片付けば存分にいたしますので今回はお許しださい」

「許しません……とはいかないんですね。分かりましたその代わり来週の日曜日は開けていてください」

「御意」

 分かれ道秀一は約束のキスをそっと頬にした。

「姫、私の御心は常に貴方のもとにございます」

 沙月は真っ赤に顔で駆けていってしまった。


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