第一章1 『初めての朝』
ある晴れた日の朝。私はただただ広い草原に寝ていた。しなきゃいけないことはいくらでもあるのに、思考ばかりが働いて、起きることさえできずにいた。その状態のままあたりを見渡していると、視界に一人、女性が映り込んだ。
「...あの」
「おはよう」
「...おはようございます」
「あなた、名前は?」
「私ですか?」
「あなた以外ここにいないでしょ」
「私は煦永...っていいます」
「よろしく。私は月詠奏」
「ああ、よろしくお願いします...」
煦永はまだ動かない頭を働かせて、言葉を発した。
「ここはどこですか?」
「ここは第三神国、第一区画の端っこ」
「ええと?」
当惑した。そんな地名は聞いたことがない。まさか何か騙されてるんじゃ...なんて考えがよぎった頃、奏が言った。
「ああ、あなたは今生まれたのよ。当然地名などわかるはずもないわ」
「んんん?」
そんなはずはない。私には家族も家も学校だってあったし、昨日のことだって明確に思い出せる...と、そこで思考は止まった。
「お、思い出せない...」
「やっぱり?でもまあそんなものよ」
「...これから私、どうしていけばいいんでしょうか」
「...生まれたての赤ちゃんのようなあなたを、私が保護してあげるわ。なんならそのために私はここに来たのよ」
「赤ちゃん呼ばわりですか...」
「だってそうでしょ」
「そうなんですが...ってあれ?」
そういえば今生まれたって言った?
「あの...私の母親とかっていないんですか?」
「ああ、母親ね...神って言うのはね、生まれ方が二種類あるのよ。自然発生と生殖的発生ね。それで...」
「ちょ、ちょっとまって!?」
「どうしたのよ」
聞き逃がせない単語が流れた気がする...神?神って言った??
「なんか重要なことを聞いていない気がします!神ってなんですか!?」
「ああ、それね」
それ?そんな軽い感じ?
「神というのは、他の生き物に崇拝され、役割を得てこの世に産み落とされる存在。そして、ここは地球よ。少し位相のズレた、ね」
「え、ここ地球だったんですか?」
「そう。第三神国というのは、人間界で言う『日本』とほとんど同じ位置にある国だわ」
「とりあえずわかりまし...いや!わかってない!!なぜ私がここに!?」
「察しが悪いのね...あなたも神になったのよ。だからこの世界に生まれた」
「ああ、まじすか...」
「あなたのように、自然発生した神には何かしら役割があるものなの。私は自然発生した神の役割を達成できるようになるまで育てる役割」
だからこんな何もないとこに奏さんはいたのか。まだまだ聞きたいことはあるけれど...だいたい納得した。
「それで...私の役割っていうのは?」
「さあ?」
「そんな無責任な...一生モラトリアムですよ?」
「役割っていうのは生まれたときからぼんやりとわかるものってことらしいのよ。あなたがわからなきゃわからないわ」
「じゃあ私は何をすれば...?」
「神なんて与えられた役割以外は暇なものよ。私と一緒に過ごしていればいいわ」
「いいんですか?」
なんか...ぱっと見の雰囲気もっと強そうな人だと...いや、神だと思ってたんだけど。案外優しい方なのかもしれない。
「ええ、とりあえず家に行くわよ。手を」
そう言って奏さんは手を私に伸ばした。
「ええと、握ればいいんですか?」
「揺れるから気をつけて」
「揺れるんだ...」
すると光に包まれて、何かの建物へと瞬間移動をした。
「全然揺れなかった...ここは」
「私の家」
「...デカくないですか?」
「...そうかな」
どうやら奏は本気で困惑しているようだった。
「ええと...東京ドーム何個分ですか」
「そんなに?まあいいわ。あなたの部屋へ案内しましょう。この道をガーッと行って...」
「ちょっと待って」
△▼△▼△▼△
そんなこんなで、一日目が終わった。彼女にとって、この一日はそれこそ一生ないほどの変化の一日だった。たしかに過去のことは覚えていないが...
「でもなんとなくの人間界常識がわかるあたり完全な記憶喪失ってわけじゃなさそうなんだよなぁ...」
奏に与えられた和風の十畳ほどの部屋で彼女は考えていた。
「一応奏は『自然発生した神はその元となる崇拝から記憶が流れ込んでくる事があるらしい』って言ってたけど...」
どうも腑に落ちない...どこがということもないけれど。
どうやら奏は私のような自然発生の神ではなく、神と神の子どもとして生まれた神なんだそう。だから勉強して知った以上のことを実感として教えることはできない。少し奏は申し訳なさそうにしていたが、そんなことは気にしていない。
ふと部屋にあった全身鏡で体を見てみた。薄い青の髪に、白い服。なんだか青空みたいだ。
「はーあ。なんなんだって言うのさ」
ぼやきながら布団に潜り込み天井を見ながら言った。何もわからない、何も。それでも生きていかなくては。
―――自分と、奏のために。




