神と宇宙人
宇宙人とは、いったいどのような存在なのか?
これまでの時代に語られてきた、円盤に乗って地球に訪れるグレイというテンプレ。これはどうにも違う気が、個人的にはしている。
学生時代はド文系で、まったく物理などに興味のない筆者であったが、ここ最近「文系としての宇宙」に興味が強い(性質が悪い)。
なので、科学的根拠の薄い、机上の空論に空論を重ねる妄想となるが、筆者は宇宙人を「三次元の存在」ではないと考えている。
三次元以上の存在だから、我々は日常で宇宙人を知覚出来ない。
時折、目撃談があるのは、三次元の人間が二次元に絵を描き、二次元に干渉している現象の、いわばアップグレード版なのではないか、というのが筆者の仮説である(四次元以上の位置から三次元物質を投影することによるキャラの書き込み)。
人間は、小説を書くことによって、物語の神となる。
宇宙人は、三次元に時折、顕現することによって、人類の物語を動かす。
神が地球に降り立つ際、「受肉」という言葉がよく使われるが、宇宙人もまた地球に円盤やグレイを書き込むことによって、自分たちの意思を降ろしているのではあるまいか。
だとすると、人間が神と信じている者の大半は、過去の宇宙人たちの創作活動の残滓と考えることもできはしまいか。
フラクタルのマトリョーシカ。
人類は、三次元の王であるが、四次元の物語からすれば、ただの駒だ。駒の細胞のひとつと考えることも出来る。人間が宇宙人に対し、「呼びかけ」を行うのは、作中モブの一部が作者に問いを行う姿にも似ている。
おそらく、これらの妄想の「フタ」は、ブラックホールにある。あの「フォルダのフタ」の向こう側には、また「同一作者の別の作品」が潜んでいるに違いない。
―― などと、朝から猛烈な電波を書き下してみる。
おはよう。
ショート・エッセイの連載の方で投稿しようと書き始めたが、意外に文字数が増えたので、短編枠で。




