ハッタリと勢いだけでこの断罪劇を乗り切って見せますわ!
「……よって、ルサージュ公爵令嬢ロズリーヌ、貴様との婚約を破棄する!!」
ルサージュ公爵令嬢ロズリーヌことわたくしのふるまい性格に対する非難から始まり、罪状を並び立て、とどめの婚約破棄宣言。
その全てを聞き終えた瞬間、いいえ、聞き入れる事など受け入れる事など認める事などできずに、ブチリ、と何かがキレてしまったようだった。
その結果として、わたしはここに立っている。わたくしの肉体・記憶を引き継いでだか乗っ取ってだかして。迫るトラックがわたしの最後の記憶なのだが、トラ転ってやつだろうか。
元の中の人はこの断罪劇で怒りのあまり憤死でもしてしまったのではなかろうか。
ここに至る今日までのわたくしの記憶に抜けはないような気がするが、前世の記憶が蘇ったとするには一瞬前までの元の中の人はあまりにも今のこの体の主体とは別人だ。
わたくしとわたしの思考と性格はあまりに懸け離れている。
よって、わたくしは怒りのあまり憤死だか失神だかしてしまい、空いた肉体にわたしが憑依と考えるのがしっくりくる。
わたくしの記憶があるのはたぶん、この肉体この脳に残っていたのだろう。
ちらりとあたりを見渡し、現在の状況を確認する。
場所はアルベール王国王立学園大ホール。現在は学園の卒業パーティ開始直後。
わたくしと目の前の男のダンスを皮切りに舞踏会が始まるはずだった所を、あちらがわたくしの手を振り払ってからの、断罪劇。
目の前の男、婚約破棄宣言に続き彼の父である国王陛下の判断だのわたくしを気にかけてくださっていた王妃陛下の嘆きだのを語っている男は、わたくしの婚約者だった。学園卒業後には立太子の予定であった第一王子殿下だ。
けれど、わたくしが抱いていた彼に対する情念や執着を、わたしは一切感じていないので。
少女めいた繊細な造りの顔立ちと細身の体格も合わさって、ずいぶんとまあ女々しい男だなという感想しか出てこない。
ここに至るまでのわたくしの記憶に間違いや欠けはなさそうだが、このタイミングかと悔やしく思わずにはいられない。
わたしの、日本の女子大生だったわたしの、なにより目の前の王子に一切の興味がわかないわたしの意識が、もう少し早くよみがえっていれば。
そうすれば、わたくしが恋心を暴走させこれだけの事をやらかすなんてことは、なかっただろうに。
さてどうしたものか。
というのも、そう、事実として、わたくしは恋心を暴走させこれだけの事をやらかしたのだ。
先ほど第一王子が並びたてた罪状は全て事実であり、『間違いありません。すべてわたくしのした事でございます』としか言いようがない。
ない、のだが。
わたくしのしたことの中には『わたくしのものにならないのならばいっそ……!』と、第一王子殿下の御命を狙った計略までもあったので。
素直に全ての罪を認めると、死なので。わたしの死が、即座に確定してしまうので。
絶対に認めるわけにはいかないのである。
死にたくない……! 死にたくないんだよぉ……!! 身に覚えはめちゃくちゃあるけど魂的には全然覚えのない罪で裁かれて死ぬなんて嫌だよぉ……!
とはいえ反論や反証などあるわけもないので、ここで使える手段など、そうはない。
しかし、しかしだ。そうはないとはいえ、皆無というわけではなさそうな気がする。
というのも、国王陛下にまで話を通したのならば、そちらの命令で騎士団でも寄越してわたくしを捕えれば終わった話だろうに。
何を思ったのか、わたくしを直接やり込めてやらねば気が済まなかったのか、この断罪劇は学園の卒業パーティで行われているのである。
この場には、第一王子を除けばわたくしが見下し舐め腐っていたような、学園に通う年頃の子どもか、公爵令嬢よりは低い身分の大人しかいない。
まだ未熟で素直さが残っている子どもたちと、在学中わたくしがどれだけ傍若無人に振舞おうと私の家を恐れて何もできなかった大人たちしかいない。
となれば、もしや、この場だけに限れば。
残された数少ない手段、ハッタリと勢いだけで、この断罪劇は乗り切れるのでは……?
「先ほどから黙っているが、謝罪の言葉もないのか、ロズリーヌ!」
そこまで考えたところで、意識の外に殿下を追いやり思考に耽っていた私にしびれを切らしたように、第一王子が叫んだ。
あら顔真っ赤。
彼の背後でこちらをにらみつけている彼の取り巻きと、取り巻き達の中心で怯えたような眼をしている聖女にも向かって、私はあくまでも優雅に微笑んでやる。
「そうも気分良さげになさっている殿下の独演を遮るのも、失礼かと思いまして」
「な……っ!? 悪びれもせずに、なんという言い草! ロズリーヌ、貴様、自分の立場がわかっているのか!?」
「重々承知しておりますわ。私はルサージュ公爵家が長女、ロズリーヌ。婚約の破棄を宣言なさったあなた様、第一王子殿下に親し気に呼び捨てられるような立場ではないと」
「親し気など……、単に、罪人である貴様に付ける敬称などないというだけの話だ!」
「であれば、ルサージュ、と家名の方で呼んでいただけます? ああそれとも、それでは、我が父を呼び捨てにしているかのようでこわくてこわくてとてもできない、という事ですの?」
「~~~~~~っ! 貴様ァっ!!」
ふん、と鼻で笑ってやれば、第一王子は怒り心頭の様子で叫んだ。
顔真っ赤ぁ。
この第一王子、王妃の子ではなくその侍女だった元子爵令嬢が母であるので(親の代でちょいと複雑な事情があってしまったのだ)、我がルサージュ公爵家の後ろ盾がなければおそらく立太子は叶わない。
そのためわたくしの父には非常に気を使っており、普段は公爵閣下なんぞと呼んでいるのだ。到底呼び捨てになどできないのだろう。
私は一段笑みを深め、口々に怒りのままに何やら叫び続けている第一王子とその取り巻きに言ってやる。
「そう感情的にわめかないでくださいませ。悪びれもせず、と言われましても、私、事実悪い事をしたとは思っておりませんのよ」
「きさっ、貴様よくもそのような……!」
「ああいえ、殿下が先ほどおっしゃったわたくしの罪状を悪い事だとは思っていないという意味ではなく、罪状にあがっていた行為をわたしはしておりません、という意味です」
「…………は?」
背筋を伸ばし、堂々と。
心底そう思っているという顔で(事実わたしはやってないからな! わたくしはやったけど!!)きっぱりと断言すれば、場には奇妙な静寂と、第一王子の口から漏れ出たただ一音が落ちた。
誰かが気を取り直す前に、私は畳みかける。
「ええと、第一の罪状は殿下のご友人……、ふふっ、あの距離感でご友人とは、ずいぶんとまあ王族の品位も安くなったものだとは思いますが、殿下の顔を立てご友人としておきましょう。そのご友人の聖女殿に対する数々の嫌がらせ、でしたか。……どうして私が、そのようにみみっちい事をしなければなりませんの?」
「そ、それは今貴様が言ったように、ただの友人関係でしかない僕と彼女の関係を邪推し、見当違いの嫉妬をしていたから……、ではない、のか?」
「まあ、殿下はわたくしが嫉妬をせずにはいられない程にあなた様を慕っていると思っておりましたのね! 仮に、そうであったとして。父に願えばいくらでも聖女殿を学園から引き離すくらいの事はできたでしょうに、なぜそんなささやかな嫌がらせをしなくてはいけないのでしょう?」
「それ……は……」
なぜって、わたくしが父親に対して反抗期をこじらせていて家では口も利かないからなんですけどね。
ついでにわたくしは本当にめちゃくちゃ第一王子の事が好きだった。ヤンデレになっていたくらいに。
しかし、この王子様は『お前は僕の事が好きだっただろ!』と言えるほどに面の皮が厚くはないらしい。
勘違いを指摘されたかのように恥じらいと動揺を見せた後、戸惑ったような表情になって、彼はうつむいた。
内心で自分の言い分にツッコミが浮かびつつもそれをひた隠し、私は更に畳みかける。
「聖女殿へのいやがらせに関して、証拠と証言をいくつか提示しておられましたが、それら全てわたくしが自ら行った……、と示すものでしたわね? 公爵令嬢であり、未来の王妃であったわたくしがそうした意味は? 人を使うのが当然でありましょうに、ねぇ?」
わたくし、友だちなんてこの学園に一人もいないぼっちなんだよね。
「ああその前に、わたくしが人を人とも思っていないだの、差別意識が強すぎるだのという指摘もございましたわね。だとおっしゃるならばなぜ、平民出身の聖女殿の一人くらいは簡単に排除ができる事に気が付きませんの? 他者を手足のように使いませんの?」
殿下への愛が歪んで病んで視野が狭くなっていた上に、慕ってくれて秘密を守っていっしょに罪を犯してくれるような部下的な人なんて一人もいなかっただけでーす。
冷静に考える頭と人望がなかったってだけ。悲しいね。
「そして、何より衝撃的だったのは殿下の暗殺を目論んだと言われた事ですわ。それが本当ならば極刑に処されるとわかりきっている罪に、わたくしが手を染めた理由は? 仮にわたくしが見当違いの嫉妬をしていたとしたって、黙って何もせずにいればわたくしは殿下と結婚できたでしょうに。なぜそのように愚かな真似を?」
どんと構えて第一王子が自分の所に帰ってくるのを待つ忍耐力とか正妻の余裕とかがなかったんだよね、わたくし。
「ああ嫉妬、ではなく、わたくしが殿下に何か恨みを抱いていたとお考えなのでしょうか? 殺されるほどの恨みに、お心当たりでも? だとしたって、父に婚約の解消を申し出るだけで第一王子殿下に多大なるダメージを与えられるわたくしが、そうしなかった理由は?」
恨みなんかあるわけもない。わたくしは第一王子の事が大好きだった。心から愛していた。
愛しすぎて、その心の一片すらも誰にも譲りたくなくて、わたくしはそうしてしまった。
そんなあまりに不自然な事をしでかしてしまうようなヤンデレの思考回路なんて、他人に理解できるわけがない。でも、その理解できないという部分に皆が同意同調してくれるだろう事が、この場ではありがたい。
というのも、事が事なのでわたくしはかなり慎重に動いたために、第一王子暗殺未遂に関してだけは疑惑の域を出ずに済んでいるのだ。今のところ。
ここで拘束されてわたくしの部屋を検められたりしたら確実にアウトだけど。
以上全て、ただのハッタリだ。ここから先だって、勢いしかない。
けれど、私があまりに堂々と滔々と立て板に水の勢いで指摘をしていくものだから、場の雰囲気は揺らぎつつある。
だから私は、このまま、ハッタリと勢いだけでこの断罪劇を乗り切って見せる……っ!!
「殿下を慕っていたから聖女殿に嫌がらせを行った、殿下を恨んでいたから暗殺を企てた。あら、これでは矛盾しておりますわね? ……どちらなのか決めてから話していただきたいものですわ」
愛憎相半ば、かわいさ余って憎さが百倍ってやつだね!
そうわかっているのに、私はあきれたようなため息とともにそう吐き捨てた。
そのままぐるり周囲を見渡して、演説をぶちかます。
「ねえ皆様方、どこか不自然だとは思いませんこと? わたくしがしたという罪、その動機、……そして、こうも完璧な証拠がそろっているという事実は」
簡単に完璧な証拠が揃っちゃうくらいわたくしがうかつだっただけなんだけどな。
でも、未来の王妃にふさわしいとされていた公爵令嬢がそれって、恋情のあまりに冷静な判断ができないにもほどがある。不自然だと思う人は……、かなりいたようだ。
ざわめきが広がり、そこここで困惑の表情が浮かんでいる。
それを見届けた私がくるりと第一王子に向き直ると、彼はびくりと小さくその身を飛び跳ねさせた。
ふわりと余裕ありげに微笑んで、私は尋ねる。
「そもそも、コレは一体何の時間なのでしょう? 聖女殿への加害行為、殿下への暗殺疑惑、婚約破棄、全て、このような場で扱うべき事ですか? 学園生活の最後の思い出を私とは作りたくなかったにしたって、昨日までのうちに我が家に騎士を突入させれば良かったでしょうに」
「そ、れはその……、学園であった事はここで裁くべき、だと……」
「それだけですの? 私の味方の少ない場で罪を認めさせ、丸め込もうとなさったのではなくて? 箱入りで育ったか弱い女など、男数人で囲んで怒鳴りつければいくらでも意見を捻じ曲げられるとでも考えておられたのでは? ああ恐ろしい!」
「ち、ちがう! そんな卑劣な事を考えたわけではない!」
第一王子は、顔を真っ青にして訴えた。
今度は彼が、ぐるぐると落ち着きなく周囲を見渡す。
それに返ってくる視線はどうやら好意的なものではないようで、彼の瞳に絶望と動揺がありありと浮かんだ。
大方、聖女に対する嫌がらせを行っていたわたくし以外の学園生に対する見せしめでもしたかったのだろう。平民出身の彼女に対する風当たりは、弱くはなかったから。
あとは殿下の暗殺未遂に関する証拠を確保するために私を屋敷から引き離したかったとか、父とは衝突したくなかったとか、聖女とファーストダンスを踊りたかったとか、学園のみんなに第一王子と聖女の関係を祝福して欲しかったとか、色々あるかもしれない。
でも、この、私がこうしてハッタリと勢いだけで乗り切れそうな甘っちょろい場で話を持ち出したのは、どう考えても悪手だった。
「ともかく、わたしは一切の殿下の主張に対し、事実無根だ、と訴えさせていただきますわ。互いの主張が対立した以上、この場での裁定ではなく、公的な場での係争を経てからというのが筋かと存じますが、いかがでしょう?」
「………………そう、だな」
小さな小さな絞り出すような声で、第一王子は認めた。認めてしまった。
私は心からの笑みを浮かべて、この身に染み付いた手本通りの貴族令嬢の礼をする。
「では、私はこれにて退出させていただきますわ。意見を捻じ曲げさせられてはたまりませんもの」
私の礼とその宣言に、周囲からは感嘆のため息が聞こえた。
第一王子に背を向け、私は出入り口である大扉を目指す。途中エスコートを申し出てくれた元クラスメイトが一名いたがそれも断り、背筋を伸ばし、もどかしいぐらいにゆっくりと、足を速めたくなる気持ちをぐっとこらえて。
どこまでもあくまでも優雅に、後ろ暗い事など一つもないような表情で堂々と退出していく私を止める人物は、誰もいなかった。
――――
「……聖女、君の【眼】から見て、ロズリーヌの主張はどうだった?」
「あ、あの方は、ロズリーヌ様は、一切の嘘を吐いておられませんでした。『罪状にあがっていた行為をわたしはしておりません』とおっしゃった時も、です。あの方は……無実……です……」
「そ……んな。で、ではあれら数々の証拠は何だったというのだ! 彼女がしたのでないのなら誰が……っ、ああ、そうか。僕の、第一王子の派閥からルサージュ公爵家を引き剥がしたかった誰か、か」
「そ、それはわかりません。私の【眼】では、あくまでも対面した相手の言葉の真偽しか見抜けませんので……。でも、とにかくロズリーヌ様は無実です……」
「そうなのだろうな。彼女の主張していた通り、あまりに不自然だもの。……それに気づけずあのような場で騒ぎ立てた以上、ルサージュ公爵家は僕を許さないだろう。真犯人の狙い通り、僕はまんまと未来の玉座を失ったというわけだ」
「殿下……」
「でも、結果として、良かったのかもしれないな。僕は未熟だった。しかも、惹かれてはいけない人に、聖女である君に、惚れてしまった。王の器ではなかったのさ。……それに、君といっしょになるならば、かえってこの方が……」
「あなた様の苦境を喜んではいけないのでしょうが……。そうおっしゃっていただけて、二人ともにあれる未来が拓けた心地で、……嬉しい、と思わずにはいられません」
――――
「お父様ー! 助けてくださいましー! 今日、当代の聖女に嫌がらせをしたとか嫌がらせに収まらないけど身分と権力で握りつぶせる程度の犯罪を行ったとか、第一王子の暗殺を計画したとか指摘されたのです。ハッタリと勢いでその場は乗り切ってきたのですけれど、全て事実ですわー!」
「ええ……? 久しぶりにロズリーヌが口をきいてくれたと思ったら……。……やっちゃったの?」
「はい、やってしまいましたわ。証拠も揃っておりますし、追加でまだまだザックザク出てくると思いますわ。実際やってしまっておりますので」
「そっかぁ……。……さすがに王子暗殺未遂は、かばいきれないかなぁ」
「はい。ですので、わたくしは事故とか火事とかなにかで死んだことにして、全てをうやむやにしていただけないでしょうか?」
「できなくはないけど……。そうなると、君は王妃にもなれないし彼と結婚もできないし、今の身分を失うし今みたいな豊かな暮らしはできなくなるけど、良いの?」
「かまいません。死ぬよりマシですわ。とにかく死にたくないのですお父様ぁー。助けてー。もう生きてさえいられるならメイドとかになったってかまいませんわぁ。……メイドよりもっと過酷な肉体労働をしろと言われるならば、考えさせていただきますが」
「馬鹿な事を言わないでくれ。愛娘にそんな事を強いるわけがないだろう」
「ありがとう存じます、お父様。……パパ大好き!」
「ずいぶん久しぶりの呼び方だ。すっかり美しいレディに育ったと思っていたが、三歳頃の君を思い出すね。うんうん、パパに任せなさい。なに、愛人だの愛人の子だのの一人二人隠している貴族なんぞはいて捨てる程いる。公爵である私が君の一人二人くらい隠して養うなどわけはないさ」
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