8.婚約者があまりにもしつこく責め立てるので、ブチ切れちゃいました
「ならばこちらから言おう。私もこんな結婚は望んでいない」
死亡フラグのポールの強度が上がる音がした。
イオディールは腕を組み、私を睥睨している。
「化学派と魔法派の和睦のために婚約をしているだけだ。そこになにも感情はない」
「イオ」
とカインが言葉を挟む。
「お前の気持ちも分かるが、アーネ様の前でいうのは穏やかではない」
気持ちはわかるんかい、と思ったがそうもいってられない。明らかに流れが悪い。このままだと婚約破棄で、死亡フラグ一直線だ。少しでも死亡フラグのポールを柔らかくしないと。
「イオディール様、私はあなたとの婚約を畏れ多いと思ったことはあったとしても嫌悪を抱いたことはありません。それだけは信じてください」
私は、イオディールを見る。イオディールは私から視線を外し横を向いている。それはカインに背を向けている状態でもある。少しうつむき加減で、黙考している。
静寂が私たち3人を包む。遠くで鳥の声が聞こえる。現世にいたときにも聞いたことがあるさえずりだ。鳥も私と一緒に来たのかな。
イオディールの声が、心が外に飛んでいた私の心を室内に戻す。
「アーネ、私はあなたがなにか企んでいるのではないかと考えている」
「企む?」
まったく身に覚えのない話だ。
「ああ。この数日で君は別人のようだ」
それはまったくもって身に覚えがある。それが不興をかった原因みたいだ。だとしたらそこを弁解しないと。
「正直に申し上げます。実は事故に遭い、強い衝撃を受けまして。少し記憶が曖昧なところがあるのです」
嘘はいっていない。私は現世ではトラックに、転生先では水牛に跳ね飛ばされているのだ。
イオディールは私を見るが、表情は変わらない。
「初耳だな」
「心配をおかけしてはいけないと思い、黙っておりました」
イオディールの表情は変わらない、本当に。ポーカーフェイスにもほどがある。こういうクール系が人気があるのかもしれないけど、私は冷たく感じる。冷たく感じるからこそクール系なんだろうが。
「下手すぎる言い訳だな」
え?! 嘘だと思っているの!? 反射的に反応する。
「嘘ではございません。本当のことです」
「だとしたら、なぜそんなに動けるのだ? 強い衝撃を受けたとは思えない」
「それは、私の体が丈夫でして」
「都合のいい体だ……」
好意のベクトルがまったく私に向いていない。なにをいってもダメなのだろうか……。
イオディールは、勢いを失った私をさらに追い詰めていく。
「それに、身元不明な人間と交友を持っているな」
「身元不明?」
「ソニア・シャンティだ」
その名を聞いて栗色のポニーテールの顔と唐揚げを思い出す。
そんなことはつゆ知らず、イオディールは言葉を繋げる。
「シャンティ家は魔法派の名門だ。私は化学派出身というのもあり魔法派の歴史は浅学だが、それでもその名は知っている。しかし、実際のところシャンティ家の人間を見たのは初めてだ。そこで、彼女の出所を調査した。すると面白いことが分かった」
これからいう言葉で私がどのような反応をするのか、それを見てやろうという間だ。イオディールも、カインも私のなにかを探っている。
「――彼女の出所がわからなかった。彼女は突然、シャンティ家の娘として現れた」
「え? それはどういうことですか?」
「そのままのことだ。彼女は突然現れた」
「あのー、そういうこともあるのでは?」
「そういうこともある、では済まされません」
ソニアちゃんをかばおうと思ったが、それをケインがとがめた。
イオディールがケインの言葉に頷く。
「『貴族』とは『血統』なのだ。だからこそ出自不明というのは見過ごせない」
「ですが――」
「私も彼女をおとしめたいわけではありません」
ケインが横から言葉を入れる。これからケインのターンなのか、イオディールは私に完全に背を向けた。ケインは少し身振り手振りを入れながら私に話す。
「シャンティ家は確かに名門ですが、実際のところ没落しているといってもいいでしょう。現当主、ロジャー・シャンティ公は郊外に住居を移し、農業を営んでいます」
言葉の端々になにか「シャンティ家は負け組」だけではなく「上から目線」のニュアンスが入っていた。別に郊外に住んだっていいじゃない。農業を営んだっていいじゃない。ソニアがあんなに料理が上手なのは自分で自然の恵みを知り、命の尊さを知り、こんな薄暗い宮殿のような一室ではなく、太陽の光を浴びて育ったからだと思う。
「それの何が問題なのですか?」
「別に問題はありません。ただシャンティ家は郊外で、私たちの目に届きにくいところにいるという現状をいっているだけです」
言葉とは裏腹に明らかに問題があるといういい方だ。そんな私の気持ちを察したのか、ケインはすぐに話し出す。
「あともうひとつ、ロジャー公は25年前に妻を亡くされた」
「25年前?」
「つまり、ソニア様はシャンティ家の血を受け継いでいない」
「え? それはどういう……?」
ソニアはシャンティ家の子じゃない? 私は頭をフル回転させる。25年前といえば……突如ゲーム内記憶がよみがえる。私はそれを頼りに話す。
「でも25年前といえば戦争の真っ最中です。だったら妻と子供を守るために“亡くなった”ことにしたのかもしれません」
「――どういうことですか?」
「化学派にも知られている魔法派のシャンティ家。その血筋を根絶やしにされる恐れもあったでしょう。実際戦争が終わるまで、家族を死んだことにして安全なところにかくまい、戦後家にを戻したという話を聞いたことがあります」
「シャンティ家は田舎です。戦火から離れた場所にあります。隠す必要性はあまりないかと」
「ならば――」
「アーネ様」
しっかりとした口調でケインが私の言葉を切る。
「あまりお伝えしたくはなかったのですが……ロジャー・シャンティ公は23年前、戦争で大ケガを負い、生死をさまよわれた。それほど公は先陣で戦うことにこだわりました。なぜか?」
ケインは私への視線を切る。
「妻が敵兵に殺されたからです」
「……え?」
「記録によると、ロジャー公は兵站を担当されていました。物資の流れを守る重要な役目です。その補給物資の拠点にロジャー公は妻と住んでしました。そこは激戦地から遠く安全な場所と思われていましたが、その気持ちのゆるみが仇となりました。敵からすれば補給経路を叩くのは当然、その拠点は奇襲され、ロジャー公の妻は亡くなられた」
私はなにも言えなかった。反論できないからではない。人が戦争で死んでいるということをリアルに感じて言葉を失ってしまった。
「ロジャー・シャンティ公の心はいかばかりか。それぐらい魔法派と化学派の戦争、100年続いた“聖域戦争”の傷は広く、深いことを思いしらされます」
ケインの言葉はか細かった。彼がきっと調べてたどり着いた答えなのだろう。
「感傷は捨てよ。事実だけを見よ」
イオディールが振り返り、私とケインを見る。
「ロジャー・シャンティ公は戦争で妻を失い、自分も生死をさまよった。そして今現在、郊外に住み目の届かない状況にいる」
ケインはこくりと頷く。イオディールも頷く。
「そして改めて言うが、ロジャー・シャンティ公は『魔法派』だ。化学派への怒りはいかばかりか」
イオディールが私だけを見る。私を射抜くように。
「私は化学派の要人だ。戦争が終わったとはいえ、魔法派の人間にいつ寝首をかかれるか分からない」
「もうそんなことはないのでは」
私は言うが、イオディールは意に介さない。
「私は、暗殺されかけたことがあるのだ」
崩れないはずのイオディールの表情、その眉間にしわが寄った。
それを見て私は何も言えなくなった。彼が背負わされている危機は想像に及ばないほどなんだろう。
「シャンティ公が化学派の人間を暗殺しようと思うのは不自然なことではない。孤児を拾い、暗殺者として育てる。暗殺者は、相手から敵と認識されない存在がいい。私と歳が近ければ接触する機会もあるだろう。さらに暗殺者が“女性”となれば、私も油断するかもしれない」
バン!という大きい音がした。
イオディールとカインが私を見る。
両手が痛い。見るとテーブルに私はテーブルに手を置いていた。
さっきの音は、私がテーブルを叩いた音だ。
「イオ!」
私は立ち上がり、イオディールの名前を呼びつけた。
胸元のネックレスが赤く、熱く帯びる。
「ソニアちゃんが暗殺者だって思っているわけ?」
「その可能性はある」
「で、私がソニアちゃんの仲良くしているから、私もイオの暗殺に噛んでいると思っているわけ?」
「その可能性はゼロじゃない」
「ふーん。じゃあイオはなんで昨日、ダンスの授業の時、笑顔でソニアちゃんに手を差し出したの?」
「彼女がどんな人間かを見るためだ」
「婚約者の私を差し置いてまでやること?」
「重要度を鑑みてだ」
「そう、婚約者より暗殺者の方が大切ということね」
「それはなんというか、誤解だ」
いつもさらさらと流れるように発せられるイオディールの言葉が少し濁る。
私は怒りが収まらない。
「誤解? 手袋を脱いでまで手を差し出したのに?」
「それは自分は敵意がないことを見せるためだ。手袋を脱ぐことは、騎士が剣を鞘に収めるのと同じようなもの。油断させて、相手がどうでてくるか見極めるためにやったまでだ」
「ソニアちゃんに好かれたかっただけないの?」
「なっ……ない! それは断じてない!」
「で、昨日のやりとりで、イオはどう思ったの? ソニアちゃんは暗殺者と思った」
イオディールはなにか言おうとしたが喉のところでグッと止まってしまった。
「カイン、あなたはどう思ったの? すぐそばにいたでしょ?」
カインも喉に言葉がつまる。
イオディールがなんとか話し始める。
「彼女が暗殺者がどうか、まだわからない」
「暗殺者なわけないでしょ!」
私は自分でも驚くぐらい大きな声を出した。
「あんなに優しくて、可愛くて、料理がうまい子が暗殺者なわけがない!!」
「それは、理由になっていない」
「なってる! いろいろと疑って、ソニアちゃんを試すようなことをして、その結果どう? なにも分かってないじゃない。私もソニアちゃんと会った時間なんて短いよ。でも私は彼女が暗殺者なんてとうてい思えない」
イオディールとカインを見る私の目は、かなり血走っていると思う。
イオディールは少し間を取り、自分のペースを取り戻す。いつものクール・イオだ。
「アーネがそう思うのは自由だ。だが私は自分の命を守らねばならない。私の命は、自分だけのものではないのだ」
左手で右胸をさすりながら言う。
「私が信頼するのは、カインだけだ」
私は口唇を噛む。少し血の味がした。
「分かったわ。あなたは私を好きでもないし、信頼もしていないっていうことね」
イオディールはなにかを言おうとしたが、私は構わず続けた。
「そしてあなたが疑っているソニアちゃんと私はどちらも――魔法派よ。化学派のあなたと敵対していたね」
最悪の空気になっているのは分かっている。この婚約は魔法派と化学派の「和睦」の象徴なのだ。そこに愛は関係ない。
でも。だけど。それを求めちゃダメなの?
「事実」だけ見るなんて、そんなの悲しいよ。「事実」と同じぐらい「感情」って大切なものでしょ。
「あなたが望んでいないなら……いや、それだとイオディール、あなたのせいにしてしまう。そんなんじゃない」
私はかぶりを振る。
「今日のあなたの考えを聞いて、私もいろいろ考えました。そして、私の気持ちを言わせていただきます」
大きく深く1度、深呼吸をする。そしてイオディールの目の前まで歩く。彼は少し目を見開いた。そして私はその目をしっかりと見つめた。
「私はあなたと結婚したくないから、婚約を破棄させていただきます!」
「アーネ様! それは……」
ケインはそこで言葉を句切った。イオディールも何か言いたげだが、私の顔を見て、言葉につまっているようだ。
なによ。言いたいことがあるならいいなさいよ。大切なことは言葉にしないと伝わらないものよ。
そう2人に言いたかったけど、私も言葉にできなかった。その代わり、涙があふれ出た。いや、もう少し前から泣いていた。だから言葉が出なかった。
「すまない」
イオディールの声が聞こえた気もするけど、涙を見せたことが悔しく恥ずかしく、私はきびすを返し、執務室から出ていった。




