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7.婚約者から執務室に呼び出しをくらいました

 ダンスの授業が終わって、部屋に戻ってきた、

 ウメちゃんが厨房と掛け合ってくれて、夕食の味はましになってきたが、お昼に食べたソニアの唐揚げが忘れられない。ああ、思い出すだけでよだれが……。

 部屋にひとり・鏡を見る。アーネの姿が映っている。鏡には満月ではなく黒丸(●←こんな感じ)が表示されていた。通信状況が悪く、現世と繋がっていない。これが普通の状態なのだろう。

 私は、アーネの顔が好きだ。いまの自分の顔が好きだなんてナルシストにもほどがあるが、現世にいたとき、私が憧れた顔がここにある。

 でも、彼女にするならソニアみたいな子だよねー。顔も性格も。ちょっとしか話していないけど性格絶対いいし。手を握った感触も、骨張っていなくて柔らかくて、永遠に触れそうだった。


 布団にダイブする。


 もうなんでなのー! 可愛い顔してるけど実は腹黒で、私にだけいじわるな顔を見せるみたいな感じじゃないのー!?

 あ、ソニアはプレイヤーの分身だから、プレイヤー次第ということか。でもナギが操っているわけでもなさそうだし、キャラ設定どおり動いているだけか。


 ……。

 …………。

 ………………。


だとしたらその設定、鉄壁すぎるって!

分かってる! この世界は私が悪役令嬢。ヒロイン属性には勝てないよ。

 だからこそ悪のかぎりを尽くし、知謀をめぐらしてソニアをおとしめるのが私・アーネの役目。


 でもさ。

嫌いになれないよー!

だけど私、死にたくないし。どうしようー!


 ふと唐揚げの味を思い出す。

 他の玉子焼きも、ウインナーも、エビフライもおいしかった。ブロッコリーもたぶん塩ゆでしただけなのに、すごくおいしかった。ブロッコリーなんてマヨネーズをつけるためのお皿みたいなものだと思っていたのに。

 料理の天才だ。ああ、また食べたい……。

 私がパクパク食べているのを見てるソニアも可愛かったな。あんなに食べるなんてちょっとはしたないかしら?と思ったけど、お弁当のおいしさの前には無力だった。


 その後のダンスの合同授業のことを思い出す。

 それにしても失礼な話よね、イオディールのやつ。

 目の前に婚約者がいるのに、横にいる女性の方を先に挨拶するなんて。形式的とはいえ私が婚約者なのだから、私からでしょ。ソニアに挨拶した後、そこにいたのか、という感じで私に挨拶してくる。あれはマジで私のことに気づいてなかったな。マスク越しだったけど、カインが焦っているのが分かったし。

 手袋も脱いでたもんね。その手袋は化学派の象徴でしょ?! それを脱いでまでして手を取るなんて。魔法の炎を顔の前におこしてビビらせてやりたかった。私は魔法派なのに魔法が全然使えないのがあの時はとても悔しかった。もう少し魔法の勉強を頑張ろう。

 そういえばソニアは何派なんだろう? 手袋はしてないから魔法派なのかしら? 魔法派だったらイオディールが私からソニアに乗り換えても政略結婚の意味でも問題ないのか。

 ヤバイじゃない! でもソニアはバッジをしていなかった。もしかして化学派かも。でもどっちなんだろう? 新しく「ごはん派」みたいな派閥とかできないかな。だったら私もそこに入るのに。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていた。


 次の日、学院にいくと護衛兵がやってきて、執務室にイオディール様がお待ちですといわれた。護衛兵が案内してくれるとのことだったが、昨日のこともあったので一生待ってろとも思い「用事がありますのでそれが終わりましたらうかがいます」と嘘をついた。呼ばれてすぐさまのこのこ行くのはちょっと癪だった。

 胸の前にある水晶は赤く光ったままだ。

 冷静に考えればほぼ100%死亡フラグが立っているので、フラグを折るためにも執務室に行かないといけない。

 なーんでこんなにイライラしてるかな。浮気されたらこんな気分になるのかな。

 ゆっくりと深呼吸をする。空を眺める。肩の力を抜く。よし、私は冷静だ。体もリラックスしてきた。

 化学派の婚約者と会うときは魔法派のバッジを外した方がいいのかな? とりあえずバッジを外し、テーブルに置く。鏡に私の顔が映る。私の理想の顔。でも、現世の時とはまったく違う顔。本当に私、転生しちゃったんだな。

 もう一度、大きく息を吐き、執務室に向かった。


 学院は広いが案内板みたいなものがあるので、迷わず執務室に行けた。

 そこに生徒が数人いたが、イオディールはいなかった。

 「イオディール様が執務室にいると聞いたのですが」と尋ねたら、ここじゃないと言われた。私が言った執務室は、学院の生徒会の執務室で、イオディール様はエレメンティア“国”の政治を預かる執務室にいるのではと教えてくれた。

 ちなみに学院の執務室にいた生徒は生徒会役員だから3年生ということだ。その3年生がイオディールに敬語をつかっていた。改めて彼は強い立場の人間だということを感じた。

 

 結局は近くにいた護衛兵にイオディールがいる方の執務室への案内をお願いする。案内板に彼がいる執務室の場所は書かれていなかったからだ。護衛兵に聞くと、イオディールがいる執務室は彼が入学したときに作られたらしい。そりゃそうか。学院内で政治のこともしなくちゃいけない人間なんていない。

 生徒会執務室からさらに奥へと進んだ場所に案内された。そこには左右に2人ずつ、計4人の護衛兵がいた。学院は貴族の集まりでもあるので、護衛兵が各所にいる。でも基本1人だ。それが4人もいるなんて、VIP中のVIPだ。

 護衛兵が重そうな扉を開ける。

 大教室ぐらいある広い部屋。その奥にある大きなテーブルにイオディールがいた。そして当たり前のようにその横にはカインがいた。

 イオディールは書類のようなものを見ている。政治がらみのものだろうか。

 彼は私に気がつき、顔を上げる。


「遅かったな」

 なるほど。言葉のチョイスと語気から、死亡フラグが立っていることを確信した。さあ、戦いだ。

「少し用事がありまして。遅くなり申し訳ございません」

 イオディールは立ち上がり、中央のソファにくる。座るよう促されたので、私は会釈しゆっくりと座る。私の前にイオディールが座り、その後ろにカインが立つ。

「その用事は、俺より大事なことか?」


 カチンときたが、イオディールの男性独特の強い美貌と彼が持って生まれた覇気で気圧される。

 でもここで負けてられない。剣道も技術より気合いで勝ってきたタイプだ。


「返事がないな」

 白い手袋をした左手を顎に当てる。

 カインもマスク越しに私の様子をうかがっていることが分かる。

「申し訳ございません」

 謝っただけでも、我ながら大人な対応だ。本当は「なんでもかんでもあんたの都合で動くと思わないで」と言いたいところだ。

「ふん」

 イオディールは不満そうだ。彼の胸元には天秤の紋章のバッジ。「化学派」の証だ。白のロングコートはよく見るとポケットが4つある。その中には化学反応を起こす素・ケムが入っているのだろう。そして胸元の水滴型のペンダントがついたネックレス。デザインからなにからイオディールらしくないなと気になる。始業式の時も付けていた。カインはつけていない。化学派とか関係なく、自分のお気に入りで付けているのだろうか

 さてと。

 いまからやるべきことを整理しよう。

 ソニアとイオディールの仲を険悪にする。少なくとも中立的な感じにはしておきたい。

 そして「イオディールの婚約者」という私の地位を堅固なものにする。

 この2つのミッションはクリアしておこう。


 イオディールはソファに座り、その後ろにケインが立つ。

 イオディールが正面のソファを勧めるので、そこに座る。

 少しの間のあと、イオディールが口を開く。

「私の名前は覚えておられるかな?」

 表情は冷たいまま変わらないが、声のトーンには皮肉がこもっていた。

「あの時は失礼しました。春休みの間、ますます威厳が増されたようで、ついあのような言葉をもらしてしまいました……婚約して1年たちますが正直、緊張しておりました」

 準備しておいた言葉を並べる。謝るが媚びへつらうまではいかないラインだと思う。

「緊張しているとは思わないが」

「そんなことありません。今も緊張しております」

 こっちが緊張しているっていっているんだから、「そうだったんだね」でいいでしょう! そこを深掘りしても泥水しか出てこないんだから。デリカシーがない。

 イオディールは足を組み、また顎に手をあて私を見る。

 ああ、と私はずっと感じていた「違和感」の原因に気づいた。

 彼の「私を見る顔」が変わらないのだ。私が転生してから今までの記憶が超早送りでよみがえる。そしてゲームの中で生きている、私が転生する前のアーネの記憶もフラッシュバックする。

 エレメンティア学院に入学してから今までのイオディールの顔。私ではなく「アーネ」が「ゲームキャラクター」として生きていた世界。その時から私を見る彼はすべて「同じ表情」だった。その表情が崩れたのは2回。私が彼に「誰でした?」と言ったとき、そしてソニアを見たときだ。どちらも笑顔だったが私の時は苦笑、ソニアの時は微笑だった。

 この人は、私のことが好きではないんだ。

 そのことに気づいた。

 かといって自分の命が懸かっている。簡単に「はいそうですか」と納得するわけにはいかない。

「始業式のことについて聞きたい」

 顎に手を当てたまま話してくる。なぜそんなにあの日のことを聞いてくるんだろう? 相当プライドが傷ついたのだろうか。

「なんでしょう? イオディール様」

「政略結婚が嫌で、あんな態度をとったのか?」

「はい?」

 私はすっとんきょうな声を出してしまった。予想外の言葉だったからだ。でもそうか。まだ私がこの世界とこの体に馴染んでないこともあるが、それを差し引いても政略結婚なんて嫌だろう。

だけどこの「ゲーム」では、みんなイオディールを攻略しようとしている。ヒロインのソニアもイオディールを“攻略”しようとするキャラクターだ。だから私の「婚約者」という地位は強いアドバンテージで、守るべきものだと思っていた。

しかし普通に考えれば「政略結婚」なんて嫌なものだろう。イオディールと数ターンしか会話していないが、正直魅力を感じていない。それにもう一度いうが、彼は私のことが好きではない、おそらく。

婚約者がイケメンで名家の当主で文句はないが私に気持ちがないのなら、「私よりあの子が好きなんでしょ」という皮肉めいた文句はいいたい。その「あの子」がソニアだったら、死亡フラグが絶対折れることがないからダメなんだけど。

 イオディールは立ち、私を上から見下ろす。

「ならば自分から言おう。私もこんな結婚は望んでいない」

 ……え? まじ?

 死亡フラグのポールの強度が上がる音がした。

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