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6.涙が出るほどおいしいお弁当を食べました

 今日から新学期が始まる。

 異世界の授業ってどういうものなんだろうとちょっと興味があった。この世界から出ることができないと悟り、だったらこの世界で楽しく生きてやろうと肚が決まったのかもしれない。転生前は剣道漬けの毎日だったから「肚を決める」とか「肚を据える」「気合いを込める」「けりを付ける」「筋を通す」「真の道を歩む」といったガッツ系の言葉が好きだ。

 授業はおのおの好きな授業を受けるみたいな感じだった。高校の教室みたいなのもあれば、体育みたいなのもあった。単位制の高校というか、大学みたいなものだろうか。


 だったらと剣道みたいなのはないかと探したら、剣術の授業があった。

よし、これを受けようと授業が行われる訓練場に行くと、男子生徒しかいなかった。遠くから様子を見ていた女子に聞くと、剣術を受ける女子生徒はいない、と驚かれる。冒険者で女性剣士はいたり、女性貴族のボディーガードとして女性が剣術を習うことはあるが、貴族の女性が剣を取ることはない。淑女はスプーンより重い物を持つことはないのだ。

「目立たないように」と私の心の中にいるちっちゃいウメちゃんが話しかけてくる。剣を振りたい気持ちをグッと我慢する。

 話を聞いた女子に、じゃあなんであなたは訓練場に来たの?と聞くと、気になる人が授業を受けているので、それを見ているとのこと。甘酸っぱいなー。このまま帰るのもなんなので、私もそれに乗って剣術を見る。


「剣道」は「道」だ。礼に始まり、礼で終わる。あと「残心」といって、攻撃を決めた後も相手に隙を見せてはいけない。

「剣術」は、やわらかい言い方をすれば「相手を制圧する」ためにある。直接的に言えば「自分がやられる前に相手をやっつける」。残心とかない。実戦的だ。大振りの剣を振り、鎧の上からでもダメージを与えるような戦い方だ。

 ここの世界は「剣術」寄りみたいだから、「礼」より「打」。やっつけたもん勝ちだ。

 でもこういってはなんだけど、私より強そうなのはそんなにいない。2、3人「やるなっ……」っていう生徒はいるけど、他は貴族のお坊ちゃんなのか腰が入っていない。剣を振っているのではなく、剣に振り回されている。

 またここで教えている剣術は一撃必殺傾向があるのか、剣を振ることばかりに注力されていて、足の運びがなっていない。強そうな生徒も、うまく足を使えば戦えそうだ。

 真っ直ぐ下がるのではなく、左に回るように下がる。相手が剣を振る。バックステップで切っ先をかわし、剣を振り上げ前に飛ぶ!


「メーン!!!」


 私の声が剣術場とその上にある青空まで響く。

 脳内シミュレーションをしていたら、つい声が出てしまった。

 私は背伸びをする。

 ――いい天気だなあ。

 と、ごまかせるわけでもなく、先生生徒、横にいる女生徒も私を見る。

 沈黙の数秒があったあと、私のことはなかったことにしてくれて、剣術の授業は再開した。

 また脳内シミュレーションに夢中になって声を出してしまうかもしれない。

 私はそっと剣術場から離れた。


 学院内を見て回る。

 魔法の授業や化学の授業、ダンスの授業、歴史の授業、礼儀作法の授業、いろんな授業があった。

 意外だったのは魔法の授業に化学派の生徒がいたし、化学の授業に魔法派の生徒がいた。

魔法派か化学派かはバッジの色で遠目でも分かる。魔法派はカージナルレッド、化学派はスカイブルー。色の名称はウメちゃんに聞いた。

あとウメちゃんからは、魔法派の中でも流派があり、化学派の中でも流派があるらしい。「攻撃」を重んじるか、「防御」を重んじるか、「回復」を重んじるかなどあって、この考え方は魔法派、化学派、どっちにもある。


 さらにそれぞれの根本的な考えも聞いた。

 魔法とはこの世界にある構成要素「マグ」を集める。マグには種類があり、例えば火の要素マグを集め圧縮すると発火させることができる。これが魔法「マジック」だ。

 化学は、現世の化学とほぼ同じだった。ナギに聞いたけど化学物質「ケム」というのがあり、それを化学反応させて発火させたりする。それが化学「ケミック」だ。

 2つの考え方は似ている。魔法は「この世は“マグ”でできている」。化学は「この世は“ケム”でできている」。

 じゃあ“マグ”と“ケム”をひとまとめにしようということで「エレメント」という考え方が生まれた。この国の名前「エレメンティア国」の由来にもなっている。

 そこまで考え方が似ているのなら、100年も戦争しなくてもと思うのだがそうはいかないらしい。

 魔法派は生まれたときから魔法について学び、化学派は生まれたときから化学について学ぶ。それは「身体的」に染みつき、簡単に抜けるものではない。

 なので魔法派の人間が化学の勉強をしても、頑張って中級程度ぐらいしか扱えないらしい。逆もしかりだ。

 剣道と柔道みたいなものなのかなと思った。どちらも相手の動きを読み、制圧することができるが、道具はもちろん体の使い方も違う。

 ましてや生まれてから17年間、その道に邁進していたら日常生活からその「道」の考え方にそって自然と行動しているだろう。


 でも私は、この世界にきて3日しかたっていない。魔法の「ま」の字も分からない。化学派は、なんか粉みたいなのを混ぜてなんやかんややっているから、なんとかなるかもしれない。化学の考え方は転生前にもあるし。

 だけど魔法の考え方はアニメや映画の中だけだ。リアル世界にはない。魔法の授業を見ると、魔法の杖を振って物を動かしたりしている。映画で見たことあるやつだ。


 私は誰もいない中庭の隅に行く。テーブルがあったので、近くに落ちていた葉っぱをその上に置いて、浮かせようとする。必死に念じるがうんともすんともいわない。ふん!と気合いを入れたときの鼻息で吹っ飛んだぐらいだ。

 困った。そりゃそうだ。歌舞伎の家系に生まれた子でも生後3日で大見得を切れるわけがない。なんで魔法派になってしまったのだろうか? 才能が未熟な歌舞伎役者もそんなことを考えているのだろうか。


 疲れて椅子に座る。遠くから剣術の気合いが聞こえる。剣術なら私もやれるのになあ。

 ぼんやりと空を見上げていたら、草むらがごそごそ動く。

 犬? 猫? それとも不審者?

 草むらの方を見ながら椅子を浅く座り直す。犬や猫なら大歓迎だけど、不審者だったらダッシュで逃げながら大声をあげるか、それとも椅子を振り上げて投げるかだ。

 草むらの動きが大きくなる。そして、可愛い女の子が出てきた。

「え?」

 その子を見て、声を漏らす。

 その声を聞いた彼女は、琥珀色の目を向ける。

「すみません、ここはどこでしょう?」

「えっと、中庭。昼休みとか生徒が集まるけど、今は授業中だから私だけ」

「そうなんですね」

 髪は金髪かと思ったが、栗色のポニーテールが陽光に当たって輝いている。服装もドレスなのだが、みんながよく着ている重そうなものではなく、コットン素材の軽くて柔らかいもので、彼女の活発さが分かる。何より顔が犬といえば犬だし猫といえば猫だしタヌキといえばタヌキのような、可愛い顔をしている。どういえばいいだろう……そうだ! パピーだ! 子犬のようなかわいさだ。ほっぺをむにむにしたりぎゅーってしたくなる。キュートアグレッションが発動しそうで奥歯を噛みしめる。


「私、なにかついてますか?」

 不思議そうな顔で見る。まじまじと顔を見すぎた。

「いえ、なにもついてな……ん?」

 よく見ると、いやよく見なくても髪や服に葉っぱがついている。

「ちょっとじっとしててね」

 そういって髪についていた葉っぱを取ってあげる。

「あ、すみません」

「すごいところからきたね」

「今日はじめて来たもので、迷子になって」

 ちょっと声が不安げに震えている。

 彼女のドレスをパンパンとはたいてあげる。

「よし、これできれいになった」

「ありがとうございます」

 彼女は頭を下げる。ポニーテールもいっしょに跳ねる。

 ポニーテールってかわいいな。私、ずっとショートだったからな。あ、今はロングか。ヘアアレンジやってみようかな。

 2人とも中庭で立っているのも変なので、テーブルに着いた。

「今日、学園に入学してきたの?」

「はい。親の都合で。あなたは?」

「私は2年生だから、1年いるかな」

 実質は3日だけど。

「そうなんですね。私、友達がいなくて」

 彼女と友達になるorならない

 ゲームだとそういう選択肢が出ているのだろう。

 その選択を選ぼうとしたとき、お腹が盛大に鳴った。

「あ、ごめんなさい」

 お腹が鳴るぐらいなんでもないのに、彼女の前だとちょっと恥ずかしかった。

 彼女の顔がパアッと明るくなる。

「お弁当があるんです。いっしょに食べませんか?」

「お弁当!?」

「お昼には早いですが、せっかくですし」

 と、いたずらっぽく笑う。だからそんな笑顔を見せられるとキュートアグレッションが発動しちゃうって。

 胸の前に袋を抱えていたが、それはお弁当だった。三段重ねになっていて、それをテーブルの上に広げる。どのおかずもキラキラと光っていて、まさに宝石箱だった。

「どうぞ、食べてください」

「いいの?」

「はい!」

 お弁当には爪楊枝が刺さった唐揚げがあった。この世界にも爪楊枝があるんだと思いながらそれを手に取る。

「いただきます」

 唐揚げを口の中に入れる。サクッという音がして口の中に味が広がる。鶏肉にちゃんと下味を付けている。この世界に来て食べたものは野菜は野菜そのまま、肉は塩こしょうで焼いただけというものがほとんどで素材の味しかしなかった。お菓子はなにか凝ったものが多かったが、こちらは上品すぎるか、もしくは甘ったるかった。

 この唐揚げは私が求めていた唐揚げだ。体中に染み渡る。気がつくと口の中からなくなっていた。

「おお……」

「どうされました?」

 心配そうに琥珀の瞳がこちらを見る。

「おいしすぎる!」

 私は彼女の手を取った。小さいけどしっかりした手。それもパピー感を増し増しにしていた。

「私、こんなおいしい唐揚げ食べたのはじめて!」

「ありがとうございます……作ってきてよかったです」

「え? 自分で作ったの?」

 学院にいるのはなんだかんだ貴族ばかりだ。自分で料理することはまずない。

「私、田舎者で……父も母も料理が好きで、自分も作るようになって」

「すごい! パパもママも素晴らしいし、これを作ったあなたも素晴らしい」

 私は彼女の手を胸まで上げて握り直す。

「もう命の恩人! 私の心が生き返った」

「そんなたいしたものでは……」

「いいえたいしたものだから! ありがとう」

 彼女は頰をちょっと赤らめる。

「うれしいです。せっかくですのでもっと食べてください」

「いいの?!」

 彼女は微笑みながらうなづく。

 いつもなにも考えず「いただきます」といっていたが、心のそこから「いただきます」、そして「ごちそうさま」をいった。


 ふと目が覚める。お弁当のほとんどは自分が食べて、そして満腹感からうとうとと眠ってしまった。

 横を見ると、琥珀色の目があった。

「あ、ごめん」

「いえいえ」

 軽く広角をあげて微笑む。よく見るとほとんど化粧をしていない。口紅も塗ってなさそうだ。

「そんなに見られると、恥ずかしいです」

 そういって照れ笑いをする。口唇から白い歯がこぼれる。その姿もかわいかった。

 鐘の音が1回鳴る。授業開始5分前の時間だ。

「え? 昼休みまるまる寝ちゃってた?」

「はい」

 その間、ずっと横にいてくれたのか。

「ごめん、ごはん食べるだけ食べて」

「そんな」

「授業に行かないと」

 午前の授業はふらふらと見るだけだったが、午後の最初の授業は全校生徒出席のダンスの授業だ。場所は大講堂にある大ホールAだ。大講堂は、日本のコンサートホールと同じように大ホール、小ホールとかいくつかあるらしい。

「大ホールの場所はわかる?」

「それがわからなくて」

「そうか。あ、何年生?」

「1年生です」

「私は2年生なんだけど、ダンスの授業は全校生徒参加だから同じ場所だね」

「はい。……あのう」

「ん? なあに?」

「お友達に、なってもらえますか?」

 恥ずかしそうに下を向いている。

 私は彼女の手を取った。

「それはこっちのセリフ! ぜひ友達になって!」

「え!? ありがとうございます」

 そういって彼女は私の手に手を重ねた。

 私たちは手を繋いでホールへ向かった。


 さっきまで浮かれていたが、ホールに近づくと心が沈む。昨日、私が大失敗をした場所だからだ。

 扉に近づくと、守衛さんが空けてくれる。

 そこは昨日以上に貴族の空気だった。昨日は2年だけだったが、今日は1年から3年まで全生徒がいる。

 そしてもうひとつ分かることがある。ここにイオディール・アストリアはいない。彼はその場を支配する空気を持っている。その気配は感じられなかった。


 ――と思っていたら空気が変わった。彼が現れた。

 昨日と同じように人垣が割れた。上級生がいるはずだが彼には関係ない。イオディール・アストリア、その左後ろにカイン・ブルームがいた。

 こちらにゆっくりと歩いてきて、私の前に立つ。昨日と違うのは、目に少しの驚きが宿っていた。

 彼は白い手袋を両手とも脱いで、それ左手で持った。残った右手を相手に差し出す。

 その差し出した相手は、婚約者である私ではない。

 私の横にいる、栗色のポニーテールで、パピーみたいにかわいく、琥珀色の瞳で美しく見つめてくれる彼女に手を差し出した。

彼女はイオディールの手を取る。イオディールは軽く会釈をする。

「初めてお目に掛かります。私の名前は、イオディール・アストリア。あなたのお名前は?」

 琥珀の瞳が揺れ、顔だけではなく耳まで赤くなっていた。

「はじめまして。私の名前はソニア・シャンティと申します。今日からエレメンティア学院に通わせていただきます」


 正直わかってた。彼女が『マ化エレ』のヒロインだってことは。

だから彼女の名前を知るのが怖くて、聞けなかった。

でも彼女の天性のかわいさと天才的な料理のおいしさには跪くしかなかった。


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