4.いきなりバカデカ死亡フラグを立てちゃいましたが、メイドさんはやる気まんまんです
「私がもっとしっかりといっておけば……」
「ごめん、ウメちゃん……」
「これからのことを考えましょう、アーネ様」
ウメちゃんはなんとか言葉を紡ごうとしたが、それは言葉にならず大きなため息となる。
ウメちゃんに強く言われた「余計なこと」をしてしまった。
金髪の貴公子の名前は、イオディール・アストリア。
私の婚約者だった。
その人に私は「どなたでしたっけ?」といってしまったのだ。
『マ化エレ』のことの内容を知らなくても、私に死亡フラグが立ってしまったぐらいは分かる。自分の部屋に戻っても、水晶は赤く光っていた。
イオディール・アストリアは同級生で、私の婚約者だった。
大講堂の空気が凍ったのは私も分かった。だから「なんてね! うそうそ」みたいにごまかせればと思ったが、さらに空気が悪化するのは目に見えていた。どうしようかと考えている間に、金髪の貴公子は「失礼する、アーネ様」と笑顔で言い残し、ホールから去って行った。冷たい笑顔だと感じていたが、まさか婚約者だったとは。あの笑顔を思い出すだけで背筋が凍る。
日が傾き、窓の外の空は茜色に染まっていく。
ふと、燭台の蝋燭3本がポンポンポンと火が灯る。
「ええ! ウメちゃん、蝋燭に火が!」
ウメちゃんは蝋燭に目をやる。
「ああ、もうこんな時間なんですね」
「驚かないの? 勝手に火がついたけど」
ウメちゃんは小首をかしげる。
「これは魔法式蝋燭ですから」
「魔法式……蝋燭?」
「はい。陽が落ちて暗くなってきたら自動的につきます」
ウメちゃんは力なく息を吐き、そして力強く息を吸った。
「私の覚悟は決まりました! アーネ様はすべての記憶がないものと考え行動させていただきます。そしてどんなことがあってもお守りします」
背筋をのばし顎を引いて私を見る。オレンジの夕陽が彼女を照らして、凜々しさが増していた。その影にいる頼りない自分が情けなくもあるけど。
あと、ひとつ気になることがあった。
「ウメちゃん、さすまたなんか持って物騒だよ」
「さすまた?」
「その、持っている棒だよ」
ウメちゃんは自分の身長より長いさすまたを持っていた。この天井に届きそうなぐらいあるので2メートルは確実に越えている。その棒の先はまさにさすまたのように2つに分かれていた。
「これはさすまたではなく、トライデントです」
「とらいでんと?」
「これは、なんと申したらいいのか」
めずらしくウメちゃんが言いよどむ。
「とにかくアーネ様を守るために必要なものです」
じゃあさすまたみたいなものでは、と思うがこの世界では別の呼び方をするのだろう。
ウメちゃんはさすまた……ではなくトライデントを壁に立てかけ、私の手を握る。
「24時間、しっかり見張らせていただきます。ご心配ありません」
「ありがとう」
ふと見ると、ウメちゃんの手があかぎれをしていた。昨日も手を触ったとき手が荒れているなの気になった。
「ウメちゃん、手、痛くない? 血が出てるよ」
そういわれると、ウメちゃんは手をサッと後ろに隠す。
「大丈夫です。血が出てメイドは一人前です」
「でも」
「お気になさらず!」
そういいながらちょっと恥ずかしそうだった。
「では私、警備してきます」
「え?! そんなことしなくても」
「アーネ様になにかあってはいけません」
令嬢(悪役)とメイドの間柄だから、私のためにやってくれるのはわかるけど、過剰すぎると思う。
「どうしてそんなに私にしてくれるの? メイドさんというより私専属のボディーガードみたい」
ウメちゃんはあごに手をあて、どう話そうか考えているみたいだった。
「理由はたくさんあるのですが……そのひとつがこれです」
と、手のひらを胸の前に合わせる。そして左右の手のひらを逆方向に180度回転させる。重なった手のひらから光が漏れる。そして手のひらをずらすようにスライドさせ、左右お互いの親指の先と人差し指をくっつけて四角形を作る。説明難しいな。とにかくいまウメちゃんの手は、写真を撮るとき「どういう構図にしようかな?」と指で四角を作るあの形になっている。違うのはその四角形には薄いナイロンの膜のようなものが張っていた。よく見ると黒い子猫が動いている。
「これは私の部屋です」
「え? リアルタイム?」
「はい」
「すごい! 魔法が使えるの?」
「少しだけですが」
初めて魔法を見て感動している。子猫はソファの上に丸まり、寝始めた。
ウメちゃんは指を離し、魔法を解く。
「この子をアーネ様は助けてくださったんです」
「え?」
「実は私、猫を内緒で飼ってまして秘密にしていたのです。しかし数日前、アーネ様と外を散策していましたら、庭でこの子が遊んでいたのです。私が飼っているとは言えず……でもアーネ様は『かわいい子猫ちゃん』と近づこうとされたその時、水牛が……」
「あらまー」
自分のことなのだが転生前のことなので人ごとみたいな反応をしてしまった。にしてもなんて運命をもっているのだろう、私って。
「アーネ様は猫を捕まえ、私に投げられました。そして水牛の突進から逃げようとされたのですが、その時は赤いドレスを着られていたので、色とスカートのはためきで水牛を吸い寄せられたみたいで、そのまま水牛に飛ばされてしまいました」
うーん、猫を助けたというよりは身から出たサビで水牛にやられているような気がしないでもない。でもウメちゃんはそう思っていないみたいだ。
「アーネ様はいつも私に優しくしてくださいます。その上、猫の命も助けてくださいました」
「猫ちゃんの名前はなんていうの?」
「ハナです。花が咲く草むらの中で鳴いていて……拾ったのです」
飼ってはいけない猫を飼っているということは、捨て猫を助けてあげたのかなと思ったけど、その通りだった。ウメちゃんこそ優しい。
「だったら今すぐハナちゃんのところに帰りなさい。まだ子猫だし、ママがそばにいてあげないと」
「きちんとごはんはあげています。躾もきちんとしています」
「ウメちゃんがきちんとしているのは分かってる。でもハナちゃん寂しがってるよ。ウメちゃんも会いたいでしょ?」
「それは……」
「なにかあったらベルを鳴らすから」
「――わかりました。でも見回りには来ますから。それはいいですよね?」
「無理しない程度ならね」
「無理をするのが私の務めです」
「はいはい」
そういって体を押して半ば強引に帰らせた。
夜の帳が下りる。転生前だったら今からゴールデンタイム。漫画を読んだり動画を見たりする時間だ。でもこの世界は驚くほど静かだ。
「盛夏! こっち見て! こっち!」
声がする方を見る。鏡にナギが映っていた。
また会えた。ひとりぼっちの夜にならずにすんだ。




