3.転生先の情報をしらないまま、始業式がはじまりました
私はこの世界でやっていけるのだろうか。
転生した次の日、エレメンティア王立学院の始業式だった。
(エレメンティア王立学院だと、ちょっと長くてまどろっこしいから、エレメンティア学院って呼ぶね)
エレメンティア学院は日本の高校と同じく16歳の時に入学。
私は17歳なので2年生になる。前世、というか昨日ナギと繋がったから「現世」といった方がいいのかな? 現世の「田口盛夏」も、転生先の「アーネ・パリサンダー」も同い年の17歳だった。季節は少しズレていて、転生前は夏休み前だったけど、この世界では1学期から始まる。今私は始業式直前の状態だ。
それはつまり、ゲームが始まったということ。そして「死亡フラグがたたないように生きていく」生活が始まったことと同じ意味。私はヒロインに勝たないといけない。
転生前と違うのは、ここは異世界ファンタジーであること。雰囲気的には中世ヨーロッパっぽい。ナギだったら頭が良いし本もたくさん読んでるからうまくやっていけるだろうけど、私はまったく分からない。ましてや姫という柄じゃない。さらにここの「始業式」はホールに集まって生徒たち同士が“ご挨拶”するらしい。
「カーテシーってなに?」
私がそういうと、ウメちゃんは頭を抱えた。
「そうでした……アーネ様は記憶がないのでした」
いまナギがゲームをプレイしていて私を見ているのなら、ナギも頭を抱えているだろう。
ウメちゃんはカーテシーの見本や、礼儀作法、マナーなどを教えてくれた。一夜漬けは得意だけど、朝起きて2時間でできることはたかが知れてる。
私が寝ていた場所は女子寮みたいなところで“ヴィーナス棟”と呼ぶらしい。そこから歩いて学院本棟に向かう。そこには教室や大講堂があるらしい。学院は広いのでそこそこ時間はかかるらしいが、誰かが同行することはまずないらしい。貴族ばかりいる学院だが、そこかしこに守衛がいるから安全は確保されている。でも私はあまりにも不安なので強引にウメちゃんに「一緒に来て」とお願いした。
2人でホールに向かう。慣れないどころか一度も着たことがないドレスと高いヒールで歩くのも一苦労だ。その道すがらもウメちゃんからアドバイスをもらう。
まわりの風景はなぜか見覚えがあった。ゲームキャラとしての記憶が内蔵されているのかもしれない。
「アーネ様、聞いてますか!?」
ウメちゃんの目はギンギンだ。私の惨状を見て、生徒たちが集まる大講堂に行くのは、腹を空かせた猛獣たちがいる檻に放り込むようなものだと心配している。
「聞いてる聞いてる」
「同じ言葉を2回続ける時は、だいたいそれは嘘です」
た、確かに。私はまわりの情報を処理することで精一杯だった。
「ごめん。なんかまだふわふわしてて」
そこでウメちゃんがハッと気づく。
「すみません! 水牛に跳ね飛ばされるんですもの。こうやって普通に歩いているだけで奇跡です」
体はまだ痛いが、一晩寝たら結構回復していた。
いろんなマナーを聞いていると、あっという間に大講堂の前に到着した。
ウメちゃんが私の手を握る。
「アーネ様、最後に『これだけ守ればなんとかなる』方法をお教えします」
「なに?」
「余計なことをしないこと、これが大切です」
私を握る手に力がこもる。
「わ、わかった」
大講堂の扉が開く。
私はウメちゃんに見守られながら、中へ入っていった。
そこは絵に描いたような宮殿世界だった。
「マ化エレ」はやったことがないが、ナギに進められて別の乙女ゲーをやったことがある。それは10代後半から20代の王子と姫がいる世界観だった。ナギはこういうのが好きなのかなと思う。
中に入ると、若き紳士淑女が挨拶してくれる。私も一夜漬けカーテシーをする。ウメちゃんいわく軸がぶれなくて筋はいいらしい。剣道で鍛えた体幹のたまものかもしれない。
私は挨拶がすんだら、ホールの隅の方へ行き、なるべく目立たないようにした。おいしそうなお菓子やお茶があるので食べたいと思ったが「余計なことをしないこと」というウメちゃんの言葉にしたがって、グッとこらえた。
早く終わらないかな。部屋に戻りたいな。
といっても学校の授業と同じで、なかなか終わらない。
ヒマなのでとりあえず人間観察してみる。
するとあることに気づく。みんな胸元にバッジを付けているのだ。最初は学年がわかるバッジかなと思ったけど、2種類しかない。ひとつは水色に近い青のベルベットがベースにあって、真ん中に銀色で「天秤」の紋章がかたどられている。
もうひとつは臙脂がベースで、五芒星を○で囲った、いわゆる「魔法陣」の紋章がかたどられていた。「魔法陣」があまりにも魔法っぽいなのでこちらが魔法派、「天秤」がおそらくだけど化学派なのだろう。
あと男子で特徴がある服装をしているグループがあった。色はさまざまだがロングコートのようなものを羽織っていて、両手に手袋をしている。彼らは固まって話していた。バッジを見ると「天秤」だったので化学派の正装なのかもしれない。
そういや私、どっち派なのだろう?
胸元を触るとバッジがあった。ウメちゃんが付けてくれたのかな。胸元を少し上げてバッジを見ると「魔法陣」だった。ということは私は魔法派か。
ということは私、魔法が使えるの?
近くのテーブルの上に紙ナプキンがあった。それを見て(燃えろ!)とか(ファイアー!)とか念じるとか、なんにも起きなかった。
魔法派なのに魔法が使えないと、なんか死亡フラグが立ちそう。ウメちゃんに聞いてみよう。あとナギと鏡で通信できたから、そのあたり再チャレンジする価値はある。
そんなことを考えていたら、ホールがざわつき始める。
ざわつきの中心は大講堂の扉だ。扉の前に石が落ちてそこから波が広がるように緊張の空気が広がる。
なんだろう、とその石が落ちたところを見ようと背伸びする。
私の身長がそこそこ高いのとヒールを履いているのもあって、人混みのすき間から少し見えた。金髪と青髪の男子がどうやら波の中心らしい。なんとか顔を見ようと思うが、慣れないヒールが痛くて背伸びするのがつらい。
まあいいか、と諦めてかかとをつけたが、彼らの姿をはっきり見ることができた。
私と彼らを結ぶ線上の生徒が、左右に分かれて道ができたのだ。
モーセの十戒か!
割れてできた道を金髪と青髪が自分に向かって歩いてくる。
ん? 私のために道ができたの?
相手もそうだけど、自分も結構身分が高めの貴族なのかしら?
今の置かれている状況を考えていたら、金髪と青髪が私の前まで来ていた。
金髪の男性の髪は、光を透過させたらキラキラ光るような感じではなく、本当に金属の金でできているような金だった。長さは男性だと長めだが肩に着くほどではなく、若き貴公子のオーラをまとっていた。瞳は碧く、肌は白いが病的ではなく男性独特の強さを持っていた。ロングコートは白く膝下まであり、襟元には天秤のバッジ、白い手袋、そして首元には水滴状のペンダントヘッドがついた金のネックレスが印象的だった。
青髪の男性はもっと特徴的だった。身長は金髪の男性より少し高め、180cm以上はありそう。濃い赤のビロードでできたロングコートで長さはお尻が隠れるぐらい。手袋は黒で、金髪の人とは違っていた。そして一番目をひくのは顔に仮面舞踏会に付けそうな仮面をしていることだった。その仮面は目元から鼻梁、頰を覆っている。つまり空いているのは口元だけだ。目の部分もメッシュを付けているみたいで、表情をうかがいしることはまったくできない。
そしてこの2人の姿を、女生徒たちはうっとりと見ていた。
その気持ちは分かる。金は美しく、青は妖しく。ビューティ-&ミステリアスの組み合わせは、甘いお菓子としょっぱいお菓子みたいなもので無限にいただけてしまう。
金髪の貴公子が右手を左胸に当て、軽く会釈をする。
「おはよう、アーネ・パリサンダー」
声は高くもなく低くもないが、なにより通りがよかった。ホール中に彼の声の成分が広がるようで、女子生徒だけでなく男子生徒の一部も引き込まれていた。私もその美しい(そう、まさに声が美しい。そんな体験は初めてだ)声に心が持っていかれた。ゲームならばヘッドホン推奨だ。
私もカーテシーをする。
そして彼に声を掛けた。
「えっと? どなたでしたっけ?」
この人はイケメンだ。とびきりのイケメンだ。だから攻略すべき王子の1人であることは間違いない。仮面の青髪も、このミステリアスオーラから攻略王子のひとりだと思う。
でも、どうしても名前が思い出せない。それほど重要人物じゃないのだろうか? あ、もしかしてナンパルート? 私は、いきなり声を掛けた彼に「失礼です!」といってビンタでもして立ち去る。そして残された彼は「俺にこんなことするなんて……おもしれー女」という展開になっちゃう?
ゲームはあまりしないけど、漫画だったら少年漫画・少女漫画、どっちもかなり読んでる。いろんな展開は予想できた。
――のだが、まわりの反応を見ると私の予想とは違う。
さっきまでざわざわしていたのに一気に張りつめている。女子たちは口を扇子で隠し、驚きの表情で私を見ている。男子生徒は怪訝な表情を向けている。
目の前の金髪の貴公子は時が止まったかのように動かなかった。
え? ゲーム、フリーズしちゃったかな?
その時、胸元が熱くなる。見ると、ペンダントの水晶が燃えるような赤色に光っていた。




