2.妹が乙女ゲームをしていると私がいたみたいです
「ねえ! 盛夏! 私の声が聞こえているなら返事して!」
呆然としている私に、鏡の中の私に声を掛ける。
……ん? この声には聞き覚えがある。
「もしかして……夕凪?」
「わあ! 返事した!」
夕凪が口を押さえて驚く。
「こんなことが起きるなんて……」
「えっと、なにが起きてるの?」
私の質問に答えず、夕凪は質問してくる。
「本当に盛夏なの?」
「本当だって! ……たぶん」
自分だって、自分の状況がどうなっているのかわからない。
「そうなんだ……」
夕凪は今の状況を飲み込もうとしているらしい。
「ナギ、どうしたの?」
夕凪だと長いから、ナギって呼んでいる。友達からもそう呼ばれていた。
ナギは私のことを「盛夏」ってそのままいう。ちっちゃい頃はお姉ちゃんっていってたけど昔の記憶。小学校に入る前には「盛夏」になってたと思う。
鏡の中のナギはまだ思案に暮れている。
「ナギ?」
「盛夏は、自分のことを“盛夏”だと思ってるんだよね?」
「そうだけど」
「そっか。『我思う故に我あり』じゃないけど、自分が自分のことを自分と思っているんだから、盛夏はゲームの中で生きているっていうことだね」
ナギがなにか呪文みたいなことをいってよく分からなかったし、最後の言葉は言っている意味は分かったが、理解できなかった。
「ゲームの中で生きているってどういうこと?」
「盛夏は、『魔法と化学とエレメンティア』っていう乙女ゲーの中にいるの」
「へ?」
魔法と化学とエレメンティア? ナギが乙女ゲーが好きなのは知ってたけど、私はまったく興味がなかった。
「盛夏は私の姿が見えてるんだよね」
「うん。見えてるよ」
「私は、いまピエルタでゲームをしているの。ピエルタにたまたま『マ化エレ』……『魔法と化学とエレメンティア』の略なんだけどそれがささってて、起動したらナギがいたの」
ピエルタというのは携帯ゲーム機の名前で、乙女ゲーの名作がたくさん出ているというのをナギから聞いたことがある。
そのピエルタの中に私がいる?
「いまどうなっているのか、なんでこうなっちゃったのか分からないけど、いま起きていることをそのままいうね」
鏡の中のナギが一度ギュッと口唇を結んでからいう。
「盛夏は『マ化エレ』のキャラクター、アーネ・パリサンダーになってる」
「アーネ、パリサンダー……あっ」
さっきウメちゃんが私のことを「アーネ様」と呼んでいた。話が繋がってきた。
「盛夏からは日本の私が見えているだろうけど、私からはエレメンティア王国のアーネが見えている」
「じゃあテレビ電話できてるってこと?」
「そういうことになっちゃってる」
そうか。でもこうやってナギと話せるのは嬉しい。それ以上に気になることがある。
「あのさ、一郎……」
と、弟のことを聞こうとした瞬間、画面がバチバチッとチカついた。
「えっ」
ナギが慌てて話し出す。
「いま電波の状況が悪くなってる。Wi-Fiマークが最弱」
現世とWi-Fiで繋がっているの?
ふと鏡の上を見ると三日月マークがあるのに気づく。それが半月になったり満月になったり変わっている。
「Wi-Fiが落ち着いた」
ナギが言う。
「こっちも月マークが満月になった」
「え?」
ナギに鏡に月のマークのことを話すと、電波と月になにか関係あるのかもしれないという。
「いつ通信が切れるか分からないから、大切なことをいうね。
盛夏――アーネ・パリサンダーは、『マ化エレ』のヒロインのライバル、悪役令嬢なの」
「悪役令嬢?」
「そう。ヒロインの恋を邪魔する存在」
「へー。なんか面白そう」
「全然面白くない!」
ナギがドンと台パンをする。ナギはいつもピエルタをゲームスタンドにおいて、なんか別売りのキーボードみたいなのをくっつけてパソコンみたいにして遊んでいた。「それって携帯ゲーム機の意味なくない?」といったら「こっちのほうが首とか腕が楽で長時間できるの」といっていた。そのぶん手に自由がきくので、ゲームが上手くいなかったらしょっちゅう机を叩いていた。
その音が鏡からビリビリ響いてくる。ナギは気色ばんでいる。
「ど、どうしたの?」
「ヒロインの恋が上手くいったら、悪役令嬢は死んじゃうの!」
「え?」
「良くても地の果ての牢獄行き。その途中で野党盗賊に殺されちゃう」
「ええ!? そんな、2回も死ぬのは嫌だ!」
“死ぬ”という言葉が私たちの間にリアルに流れる。
その空気を変えるようにナギに聞く。
「でもなんでそんなことがわかるの?」
「私、このゲーム、隅から隅までやってるから。同人誌も書いたことある」
ナギは得意そうにいう。
「だから盛夏が生き延びるためにはヒロインの恋を邪魔して、死亡フラグを折っていかないといけないの」
「死亡フラグって、どれぐらいあるの?」
「それは……王子様の数だけ」
その王子様はどれぐらいいるのか聞こうかと思ったがやめた。ナギの暗い顔で、これは相当いるんだなというのを察したからだ。
「とにかく簡単に『マ化エレ』の話をするね」
『マ化エレ』の舞台はエレメンティア王立学院。
魔法派と化学派があって、10年ぐらい前まで戦争をしていたらしい。その戦争は「エレメンティア戦争」、別名「聖域戦争」と呼ばれ、百年以上ものあいだ戦争していた。
その戦争中「カオス・コア」という大爆発が起きて、両陣営大打撃を受ける。それからこの戦争は不毛だということで和睦したらしいが、魔法派と化学派はいまだに仲が悪いらしい。
そしてこのエレメンティア王立学院にはその派閥の貴族たちがおり、魔法と化学の技を研鑽している。
「しかもその王子たちが全員魅力的なの!」
ちょっと前まで私の命を心配してくれていたのに、ナギはもうゲームの世界に飛んで行っちゃっている。ゲームの世界に飛んでしまったのは私なんだけど。
「それで盛夏は、いや、アーネは魔法派のご令嬢なんだけど、化学派のトップのご令息、イオディール・アストリアと“政略婚約”しているの」
「へー。じゃあ、私の地位は安泰じゃない」
「それがそうは行かないの。その地位を守ろうと行動するたびに死亡フラグが立ってしまうの」
「ええ?! 生き残ろうと頑張るとフラグがたつの? どうすればいいの?」
「うーん……私はヒロイン目線でしか分からないから」
「そんな……」
「とにかく婚約者のイオディールの好感度を上げて。それが一番」
「分かった」
画面にノイズが入った。ノイズが入る感覚が短くなってきている。
胸がポッと熱くなる。物理的に。
胸元を見ると、水晶のペンダントが赤く明滅している。
鏡を見ると、ナギも同じ水晶のペンダントが明滅している。
「ナギ……これ……」
「うん……」
このペンダントは、高校入学の時、一郎がナギと私にプレゼントしてくれたものだ。一郎には、ナギと私がお金を出し合って腕時計をあげた。
水晶をギュッと握る。熱が収まる。手を空けると、水晶は透明になっていた。
「転生したのに、これだけは持ってきちゃったみたい」
と私は笑った。うまく笑えたかどうかはわからない。
また画面にノイズが入る。
聞けるときに聞きたいことを聞いておこう。たまたまナギと連絡が取れたのかもしれないのだから。
「ナギ、一郎は生きてるの?」
ナギはうつむき、両手で顔を覆う。死んじゃったの? でも私は弟がどうなったのか知りたかった。転生する直前の、苦しそうな一郎の顔がありありと浮かぶ。
「ナギ」
「一郎は生きてるよ」
ナギは顔を上げた。
「でも、意識は戻ってない」
「え?」
「いろいろ検査して、骨も折れていない。あれだけ飛ばされたのに外傷もないなんて奇跡だとお医者さんは言ってるんだけど……意識が戻ってこないの」
「そんな……」
「ずっと病院で寝ている。今日も会いに行ったけど、静かに寝てるの。脈拍とか計る機械をつけているだけで、酸素ボンベとかつけてない。栄養のために点滴はつけてるけど、自分でちゃんと息もできているの。でも、起きてくれないの」
「……死んでなくてよかった」
私はわざと明るくいった。
「大きな衝撃を受けたら、体が驚いちゃっているのかも。きっと意識戻ってくるから、ずっとそばにいてあげてね」
ナギが私を見る。
私は水晶をナギに見せた。
「私もここから応援してる」
「お姉ちゃん……」
ナギも水晶を見せた。ナギは泣いていた。
お姉ちゃんって言われるの久しぶりだな……。
「ナギ、私のお葬式はいつ終わったの?」
「おととい」
「そっか。パパやママにありがとうって言いたいけどパニクるだろうから、黙ってて」
「でも」
「いいから。ナギの中で止めといて」
ナギは納得してなさそうだったが頷いた。
いよいよノイズがひどくなってきた。
「じゃあまた!」
「盛夏! 頑張って! ヒロインに勝てば生き残れるから! 王子様をたぶらかしまくって! ヒロインをバッドエンドにして! そうすれば生き残れるか――」
鏡には、アーネの私が映っていた。
ナギ、最後にすごいこと言ってたな。王子をたぶらかしまくって、ヒロインをバッドエンドにしろって。
私が生き残るためにはそれしかないんだな。
「どうされましたか!?」
扉が突然開き、ウメちゃんが入ってきた。
ベルは鳴らしていない。
どうしたの、とウメちゃんに言おうと思ったけど言葉が出ない。
ウメちゃんが私を抱きしめる。
「怖い夢でも見られたんですか?」
私は泣いていた。
ウメちゃんから温かさがしみこんでくる。それが優しくて、私はさらにないた。
「アーネ様、なにか具合でも悪いのですか? まさか誰か入ってきたとか?」
私は首を振る。
「ち、違うよ。大丈夫だよ」
ウメちゃんは私の涙を拭って、もう一度抱きしめてくれた。
ぐうぅぅぅぅ~~
私のお腹の音が盛大に鳴った。
ウメちゃんがくすりと笑う。
「事故からなにも食べられてませんものね。お食事を持ってきますね」
そういって部屋から出た。
そういえば転生する前の日、ナギのカップ焼きそば食べてケンカになったなあ。カップ焼きそばって、なんであんなにおいしいんだろう。
ナギ、だから次の日も怒ってたのかな。ちゃんと謝っておけばよかったな。
ウメちゃんが料理を運んでくる。
「すみません。夜も遅いので大したものを用意できず」
テーブルの上にはパンとシチュー、鶏肉の香草焼き、サラダに目玉焼きが並べられた。
まずはシチューを飲む。
「どうなされました?」
ウメちゃんが私の顔をのぞきこむ。
「ううん、体に染みわたって」
「そうですか」
正直、シチューはすごくしょっぱくて体がビックリしてしまった。
香草焼きは味が薄く、サラダはどっちかっていうと草寄り、目玉焼きもそんなに味がしなかった。シチューのしょっぱさで周りの味の薄さをまかなっているのかな?
紅茶の良い香りがする。ウメちゃんがポットにお湯を注いで、蒸らしていた。
ポットからティーカップに紅茶を注ぎ、私の前に置いてくれた。
飲もうとすると、ウメちゃんがじっと私を見てくる。
「どうしたの?」
「いえ……」
一口飲む。喉からお腹へと流れる。温かさが体中に広がる。
「おいしい……」
「本当ですか?」
ウメちゃんが私に顔を近づける。
「本当本当。今まで飲んだ紅茶で一番おいしい」
ウメちゃんは両手を胸に手をあて、ホッとする。
「体に優しいハーブティにしようか迷ったのですが、アーネ様が好きな紅茶がいいと思いまして。私もいろいろ飲んで、この茶葉が一番お好きかと思ったのをお淹れしたんです」
紅茶の湯気が揺らめいてる。その香りでまた癒やされる。
「食事の方があまりお口に合わなそうだったので、ドキドキしていたんです」
「え?! バレてた?」
「眉根がすごく寄っていました」
「ごめんなさい。ウメちゃんが準備してくれたのに、そんなつもりはなくて」
「私の方こそ申し訳ありません。厨房にあったものを急いで持ってきたもので……きちんと味見するべきでした」
「そんな、気にしないで」
「お気遣い、いたみいります」
空気を変えるには話題を変えるのが一番。
私はウメちゃんにいう。
「それよりウメちゃん、紅茶飲まないの?」
「え?」
「一緒に飲もう。ウメちゃんが探してくれたものでしょ?」
「メイドがお嬢様とお茶を一緒にするなんて……先ほどアーネ様を抱きしめてしまったことも畏れ多く――」
「ウメちゃん、そんなこといわないで」
私はウメちゃんの手を握る。肌が少し荒れている。顔の綺麗さに見とれていたが、いろいろと私のために働いてくれているのが分かる。
「ウメちゃんはメイドさんかもしれないけど、友達でもあるから」
「友達?! そんな畏れ多い――」
「畏れ多い禁止!」
「え?」
少し目を広げ、私を見る。月に照らされてさらに美しい。ウメちゃんの瞳って、ダークブラウンよりちょっと明るめなんだ。
いや、見とれている場合じゃなくて。
「私、たぶんいろんな記憶がなくなってる。だけどウメちゃんの優しさは最初から分かってた。だから私のことを特別扱いしないで」
ウメちゃんの表情が固まる。
え? 私、なんかマズいこと言った? ウメちゃんにやられる死亡フラグとかあるの?
「アーネ様……記憶がないのですか?」
あ。
だましだましやっていこうと思ったのに、初手でバレちゃった。
「あるというかないというか、まあねえ」
「なるほど……いろんなことが繋がってきました」
繋がっちゃってきてるんだ。いやまあ、どうしよう……。
ウメちゃんが私の肩をガッと掴んだ。
「アーネ様、私はどんなことがあっても守ります。いつか記憶も戻ってきます! それまで、いや、記憶が戻らずともウメはアーネ様の盾となります」
ナギがいろんなイケメンが出てくるといったけど、ウメちゃんが一番のイケメンじゃないかって思う。
あ! もしかしてよくある女装しているパターン?
私はウメちゃんの胸を触った。ぽよんと弾力があって指が跳ね返された。
「お、お嬢様?!!!!!!」
ウメちゃんは顔を真っ赤にして胸を両手でガードする。
「ごめんなさいごめんなさい! ウメちゃんがかっこよすぎて男なんじゃないかと思って、ちょっと確認を」
「私はそんな男っぽいですか?」
「いやそういうことじゃなくて、行動が王子様みたいでカッコいいから。外見はすごく美人で肌も綺麗で私好み……あ! 変な意味じゃなくて。それぐらい魅力的ってこと」
「は、はい」
ウメちゃんの顔はまだうっすらと赤い。
空気を変えよう。空気を変えるには話題を変えるのが一番!
「ウメちゃん、私が記憶がないことは、誰にも言わないでね」
「もちろんです。初めからそのつもりでした」
「うん。私とウメちゃんの秘密。これは『友達』としての秘密ね」
「え?」
「だから、私とウメちゃんは友達」
「私はアーネ様のメイドで、その立場を越えると……」
「みんなの前ではメイドさんでいいけど、でも友達でいて。お願い」
「……わかりました。アーネ様とは同い年ですから、陰ながら親近感をもっていました」
ええっ! 同い年なの?! 大人びすぎてるでしょ! 美人過ぎるでしょ!
「どうかされましたか?」
「ううん、私もそう思ってた」
たぶんこの動揺はウメちゃんは感じ取っていたはず。でもそんな変な空気を笑顔で変えてくれた。
「じゃあウメちゃん、一緒に紅茶を飲もう」
「はい。アーネ様の紅茶もぬるくなっているでしょうから淹れ直しますね」
「あ、大丈夫だよ。いい茶葉なんでしょ?」
「お気になさらず。淹れ直しましょう」
そういって私のカップを下げて、別の2つのカップを用意した。
まだ敬語なのは気になるけど、まあいいか。
ウメちゃんが私の前にカップを置く。ウメちゃんの前にもカップがある。
「この茶葉、なんて名前なの?」
「名前はないです。紅茶屋さんがブレンドしてくださいました」
「じゃあこのブレンド茶葉の名前は『ウメちゃん』にしよう!」
「え?」
「ね! 私とウメちゃんの友達のしるし!」
ウメちゃんは、少しうつむきモジモジしている。
「どうしたの? イヤ?」
「いえ! 嬉しいんですが、友達のしるしでしたら、アーネ様のお名前もほしいなと」
「あー、じゃあ『ウメアーネ』にしよ!」
「え! 私の名前が先に来るのは……」
「友達のあかしでしょ! 私は『ウメアーネ』の響き、好きだし。ね?」
「……はい! ありがとうございます!」
私たちは紅茶を飲んだ。
この世界で生きていけるのか、すごく不安だった。
でも『ウメアーネ』があれば、やっていけそうな気がした。
読んでいただきありがとうございます。
感想など書いていただけると嬉しいです。




