12.今度は魔法派のボスが死亡フラグを持ってきました
学院内の魔法派において一番力を持っているらしいシグレイ・エヌライトに呼ばれたんだけど、シグレイがいる「魔法派会議室」の場所が分からなかったので、ウメちゃんが扉が見えるところまで案内してくれた。
「ウメちゃんも一緒に入らないの?」といったら「メイドの身分では入れないのです」と申し訳なさそうに答えた。「でもなにかありましたらすぐに飛び込みますので、その時は大きな声を出してください。扉の前で待機しております」
扉の前に立つと護衛が空けてくれた。ウメちゃんが一緒に入れないことで私は機嫌が悪い。最初から「1人でこい」と言われたなら望むところよ!と思うが、入れない理由が“メイドだから”というので、私はかなり怒りメーターが上がってる。
扉から中をのぞくと暗い。恐る恐る中に入ると、手前から奥へロウソクの火が順番にポンポンポンと灯っていってびっくりした。ウメちゃんが見せてくれたがこれも魔法なのだろう。その魔法の火の連鎖は奥まで行ったはずだが、その奥は暗闇に包まれたかのようだった。光さえも吸い込むような暗黒だ。
「久しぶりだな、アーネ・パリサンダー嬢」
光も吸い込む暗闇の中に紫色の目が光る。この目でゲーム内記憶を思い出した。
暗黒王子、シグレイ・エヌライトだ。
「……久しぶりだな、アーネ嬢」
「ごぶさたしております、シグレイ様」
どれぐらい久しぶりなのか知らないが、とりあえず話をあわせた。
会議室にはカタカナの“ロ”の字を縦長にした感じで長机が置かれている。その一番奥にシグレイは座っていた。カーテンは閉められ、長机の“ロ”の真ん中にひとつだけロウソクが火が灯っているだけだが、シグレイが銀髪で目の色素も薄いのが分かる。部屋の雰囲気もあいまってヴァンパイアみたいだった。
それにしても暗い。
「シグレイ様、少し部屋が暗いかと」
「……失敬。光に弱くていつもの明度にしていた」
光に弱いって、本当にヴァンパイアみたい。
部屋がふいに明るくなった。が――
「きゃあ!」
「……どうした?」
シグレイが怪訝な顔をする。
「い、いえ……失礼しました」
平静を装うが、心拍数が一気にあがった。
なぜならシグレイの真後ろにバレー選手ぐらいの身長がある男性がいたからだ。全然気づかなかった……。190cm以上はありそう。もしかして2mあるかも。深緑のベルベットのいかにも貴族といった感じで、軍服っぽい服装をしている。髪は黒いが光の照らされ方で深い青にも見える。前髪が長く、目はほとんど隠れていた。かろうじて髪のすき間から少しつり上がった左目だけ見えた。目は瞳孔がないのかというぐらい真っ黒だった。はっきりいって表情も死んでいるので何を考えているかわからない。なによりも部屋が暗いとはいえすごく身長が高いのに気配を感じさせないのは、正直不気味すぎる。怖いって。
その彼(この人の名前は思い出せない。ゲームのキャラを全部思い出せるわけではなさそう)を見てからシグレイを改めて見ると、シグレイはまだ社交的なヴァンパイアって感じだ。こちらもなにを考えているかわかりにくいけど。
「……椅子はいくらでもある。好きなところに座ってくれ」
「ありがとうございます」
シグレイの近くに座った方がいいのかちょっと考えたけど、そこまで移動するのもめんどくさかったので、入り口付近の席に座った。シグレイの真正面の位置だ。私が暗いっていったからロウソクの火が増えたけど、それでもなお薄暗い。椅子に座ると真ん中のロウソクの火の影になってシグレイとバレー部男の顔がくっきりとは見えなくなった。
「……なぜバッジを外している?」
「バッジ?」
私が聞き返すと、シグレイが胸元を指さす。その先にバッジらしきものがあるが、部屋の暗さもあってよく分からない。私は薄目でそのバッジを見る。多分、大講堂で2年生が集合した時にみた五芒星のバッジだとは思うが確認できない。
「……どうした?」
「すみません、バッジがよく見えなくて」
今度はロウソクの火を増やしてはくれなかった。まわりを見ると燭台がそもそも少ない。ここにあるロウソクは全部ついているっぽかった。これがこの部屋の最大明度って、どれだけヴァンパイアなんだ。本当にヴァンパイアなのかもしれない。
「失礼します」
私は立ち上がり、シグレイに近づいてバッジを見る。暗くてちゃんと発色はしていなかったが、真ん中の彫金がロウソクの火の揺らめきで影ができる。五芒星をかたどった「魔法陣」のバッジだった。
ふとシグレイの顔を見る。バッジを見るのに夢中で結構間近だった。目は大きくまつげも長く、ギュンと上にあがっている。肌も化粧をしている?というぐらい綺麗な白だった。つまりすごい美形だった。でも全然ドキドキしない。なんか、画面の向こうにいる人。ライブのステージの上に立つ人。別世界の人で、私とは関係ない人という感じがした。
「……もう一度聞くが、なぜバッジをしていない?」
シグレイが表情を変えずいった。そうだった、バッジだ。
私はあごに手をやり考える。そもそも私はバッジ持っていたっけ? 大講堂に行ったときはたしか魔法陣のバッジをしていたが、いま胸元を触ると、そこにバッジはなかった。じゃあどこに置いたかと思うが、それも覚えていない。イオディールと会いに行くときは……していなかったか? あ! 化学派の婚約者と会うときは、警戒心を取っておいた方がいいと思って外したんだった! どうしよう? そのままいった方がいいか?
「すみません、つけ忘れておりました」
するとシグレイの目が赤く光った。
え!驚くと、私の胸元が赤い光が漏れているのに気がつく。この光がシグレイの目に反射したのか。
もしかして、と胸元の中を見る。弟からもらった水晶が赤く光っている。
うそお……死亡フラグたてちゃったの……。
昨日折ったばっかりなのにまた立てちゃうなんて……。
イオディールとてんやわんやしたあとだけに正直疲れていた。
「……二重スパイをしているのか?」
シグレイは私の心情も知らず質問を投げてくる。「質問」と言うより「疑念」か。
「二重スパイってなんですか?」
「……言葉の通りだ。君は化学派の内情を知るために婚約をしたはずだが、実は向こうに魔法派の秘密を伝えているのではないか?」
「は?」
反射的にデカい声で答えてしまう。結構大きな声だったんだろう、シグレイだけでなく後ろのバレー部男も動いた。それにしても二重スパイなんて初耳すぎる。
「私がそんなことすると思ってるんですか?!」
「……ではなぜバッジをしない?」
「バッジごときで人を判断するのはどうかと思いますけど!」
言葉に押されシグレイが縦横黄金比の目を崩して丸くする。イオディールとのやりとりの残り火もあり、我ながらすぐ沸怒してしまう。でもこのモードに入ると完全沈下するまでかなり時間が掛かる。これでいくつ剣道の試合を落としたことか。いかんいかん。
シグレイの言葉をバレー部男が継ぐ。
「バッジというのは――」
「しゃべる前に名乗りなさい! 暗闇に隠れているなんて卑怯だわ! よく見えないの!」
バレーボール男に、気合いを向ける。
彼は一瞬フリーズするが、すぐ回復する。
「失礼。私はダミアン・クロウだ」
ダミアン・クロウ、という名前を聞いてゲーム内記憶が復活。彼のプロフィールを思い出した。
没落貴族出身。冷酷で毒舌家。シグレイ・エヌライトの右腕として活躍。魔法の力は群を抜いており、回復系の「白魔法」も攻撃系の「黒魔法」も使える大天才。噂によると彼は魔法という“仕組み”ものを体系的に理解しており、「白魔法」「黒魔法」どちらにも属さない魔法も使えるらしい。
そして彼のルートには「皆殺しエンド」があるらしい。
……え? 皆殺しエンド?
ふわっと彼の「設定」を思い出したんだけど、皆殺しエンドってなに?
ゲームデータが飛ぶってことじゃないよね? それはそれで私も飛んじゃうんだけど、この世界が滅亡するっていう意味だったら、ダミアンはかなり凶暴すぎる。
「バッジというのは――」
「はいっ」
私は背筋を伸ばして返事をした。ダミアンは少し面食らった感じだがそのまま続けた。
「――バッジというのは、『証明書』みたいなものだ。その『証』がないということは、自分は魔法派ではないこととと同義だ。吟遊詩人が『竪琴』を持たずにどう歌う?」
「竪琴をもっていなくても人は歌えますー!」
あ、つい言い返してしまった。やばいと思ったが、ダミアンは肩をすくめただけだった。セーフ。
「……私が疑っているのはバッジがないだけではない」
シグレイが落ち着いた口調でいう。
「……アーネ嬢、君は化学派の象徴・イオディール・アストリアの婚約者だ。イオディールにほだされてか脅されてかされ、化学派に与するのではと疑われる立場でもある」
「そんなことされません。私は私です! 誰のものでもありません」
「……それは魔法派、化学派どちらも与しないということか?」
シグレイは声をワントーン落として続ける。
「……アーネ嬢、あなたには他の疑いも持たれている」
「な、なんですか?」
「……ソニア・シャンティのことだ」
シグレイの言葉は彼と私の真ん中に落とされ、波紋が広がっていった。




