11.化学派のボスからうまく逃げられたみたいです
イオディールがソニアちゃんに言ったことは予想外のことだった。
「ソニアはアーネの隣りに部屋替えをすることを命じる」
私の隣の部屋にソニアちゃんがくるのは嬉しいけど、その意図はなんだろう? 私とソニアちゃんがグルなのなら離した方がいいと思うのだけど、近くにいた方がまとめて監視しやすいということなのだろうか。
そもそも1生徒であるはずのイオディールが部屋替えまで管理できるなんて、その権力にも驚く。さすが化学派門閥のトップ・アストリア家当主だ。
でも、これだけ化学派が学内のことを自由にやっているのを「魔法派」はどう思っているのだろう? あまり学内のことに興味ないのだろうか?
ソニアちゃんが部屋に来るのは、準備もあるので明日になるらしい。「夕食、一緒に食べましょう」と約束して別れた。
部屋に戻ると疲れがドッと襲ってくる。ウメちゃんと手合わせして体力を使い果たしたし、イオディールとケンカしたのも心身ともにかなりきていた。私はベッドにダイブする。疲れがベッドに吸い取られるような感覚があった。
「アーネ様、アーネ様」
遠くの方から声が聞こえる。あと体が揺れるのを感じた。少しずつ頭が覚醒していく。いつの間にか眠っちゃったみたい。
目を開けるとウメちゃんがベッドの横にいた。
「ハーブティーをお入れしますけど、飲まれますか?」
「うん」
ガスガスの寝起きの声で答えた。
私は3回ぐらいトライしてなんとかベッドから出た。
ウメちゃんはポットにお湯を入れて少し葉を蒸し、カップにハーブティーを注ぐ。
「どうぞ」
私はウメちゃんのハーブティーを一口飲む。少しクセのある味が体の回復機能を目覚めさせてくれる。
ウメちゃんも私といっしょにハーブティーを飲む。背筋が伸びてとても優雅だ。さすまたをもって戦闘モードに入るウメちゃんも凜々しくて素敵だが、気品があるウメちゃんもまたいい。
「私の顔になにかついてますか?」
ウメちゃんは私の顔を不思議そうに見る。
「さっき手合わせをしたときとはまったく違うなと思って」
ウメちゃんは恥ずかしそうにうつむく。
「すみません、私、体を動かすのが好きで……」
「私も! また手合わせしてね」
「はい!」
「でもウメちゃん、タフだね。私もうヘトヘトで寝ちゃったよ」
「私もヘトヘトです」
と疲れたポーズをする。
「あんなに集中してトライデントを振ったのは久しぶりです」
「ウメちゃん、本当に強かったー」
「アーネさんこそ。厳しい打撃を受け止めるのに必死でした」
ウメちゃんとの手合わせ(にしては激しすぎたが)を思い出す。私はウメちゃんの攻撃を反射的に鰹節(伝説の木の棒)で受けてしまった。(やば! 折れる!)と思ったが鰹節は折れることなくウメちゃんのさすまた(というトライデント)をしっかり受け止めた。
「私の鰹節、固かったね」
「驚きました! 木の棒とは思えない、かといって鉄ともちがう、しなやかな堅さがありました。本当に“伝説の木の棒”です」
私はエアーで構えを取った。鰹節を部屋まで持って帰ろうと思ったが、帰る途中に生徒に会いでもしたら奇異の目でみられるのは確実なので、校舎裏の目立たないところに隠した。木の棒を部屋に持って帰っているのがバレたら、確実にイオディールの耳に入るだろうし、私への疑惑を強くするだろう。
ティーカップが載ったテーブルに窓の格子の影が色濃く映る。もうすぐ夕方だ。
ふいにノックの音がした。
ウメちゃんが扉の前に立つ。
「どなた様でしょうか?」
「シグレイ・エヌライト様の使いの者です。アーネ・パリサンダー様に魔法派会議室に来るようにとのことです」
「それは今すぐでしょうか?」
「左様です」
「――かしこまりました」
「お待ちしております」
ウメちゃんは少し厳しい顔をして戻ってきた。
「シグレイ様がお呼びとのことです」
「シグレイ、エヌライト、だったっけ? その人はどういう?」
「魔法派で2年生の生徒です」
「私と同じ学年ね」
「はい……」
依然浮かない顔だ。
「どうしたの?」
「シグレイ様は学院内における魔法派のトップなのです」
「2年生なのに? でもイオディールも2年生だけどトップか」
イオディールは、国の中でも結構トップ近いみたいだけど。
「でも魔法派なんでしょ? 私たちと同じ派閥じゃない」
「そうなんですが、イオディール様よりも少々やっかいかもしれません」
「え? そうなの?」
「自信家でプライドが高いのはイオディール様と同じなのですが」
なかなかのいわれようだけど、うん、私も同じ意見。
「イオディール様は王道の行動、それは素直で読みやすいともいえます。しかしシグレイ様は目的達成のためならなんでもするというか、曲者と言いますか……」
「陰湿っていうこと?」
ウメちゃんは苦笑いをする。
「そうですね。化学派からも魔法派からも『暗黒王子』と呼ばれていますから」
「あ、暗黒王子……」
それはなかなかの難敵っぽい。
その「暗黒王子」が私に何の用なのだろう?




