10.校舎裏でメイドと決闘をしたら、「ケンカはやめて!」とヒロインがいいました
私が見つけた学院内のオアシスの場所「校舎裏」(正確に言えば、どこからも見られない、人気もない中庭)、そこで拾った運命の木『伝説の木の棒』を持って剣道のように素振りをした。久々の運動で体がほぐれ、心晴れ晴れになっていたら、足音が近づくのが聞こえた。気配の消し方からして、かなりの達人というのを直感する。
……このゲームってデスエンドはないよね? でも死亡フラグがあるから、ありえちゃう?
伝説の木の棒を持ち、音がした方に切っ先を向け構える。
校舎の壁の角から人影が飛び出した。
私はその人を見て脱力する。
「ウメちゃん?! なんでこんなところに?」
「それは私のセリフです! アーネ様」
ウメちゃんは体に緊張を残しつつ、怒っている半分、ほっとした半分の表情を向ける。
ウメちゃんは長い髪を後ろでくくり、右脇には長いさすまたを抱えていた。
「私、学院中探したのですから。探しても探しても見つからず、もしものことがあるのではと気が気ではありませんでした」
「え? どうして私を探していたの?」
「イオディール様の執務室に呼ばれたという話を聞き、これはなにか重大な問題が起きたのではと心配したんです」
「ありがとう。でもどうしてさすまたなんて持っているの?」
「ここ数日のアーネ様のご様子を見ていたら、イオディール様にその……粗相をされるのではと思いまして……」
「粗相? 粗相って?」
「それはその……」
ウメちゃんは喉に言葉がつまって、困っている。
「言って。友達でしょ?」
「言葉を飾らずいえば、ケンカになるのではと……」
「え?」
「その時は私がアーネ様をお守りしなくてはと思い、執務室に行ったのですがそこにはおられず、ではどこへ? もしかして化学派の人間に連れ去られたのではと思い、校内を探しまくりました」
さすまたをもって校内を走り回るウメちゃんの姿を想像して面白くもあり、嬉しかった。
それに執務室にいったということは、さすまた持ってイオディールと対峙したということだよね。さすがのイオディールも面食らっただろう。ウメちゃん頼もしい!
「ありがとうね、ウメちゃん」
でも私は大丈夫――と言おうと思ったが、大丈夫じゃないことを思い出した。
「どうなされたんですか、アーネ様」
「アーネ様じゃなくて、アーネね。あと敬語も禁止っていったでしょ」
「あ、はい。その、アーネ、どうしたんですか? こんなところに1人でいるなんてやっぱりおかしいです」
「えっとね、ウメちゃん、怒らないって約束してくれる?」
「私はアーネ様のことを信じています。怒るわけないじゃないですか」
「じゃあ、あの……さっき執務室でイオディールに婚約破棄するっていっちゃったの」
校舎裏にびっくりするぐらいの沈黙のかたまりが居座る。
そのかたまりを割るかのようにウメちゃんがさすまたの柄を地面に突く。
「なにしてるんですかぁぁ!!」
ウメちゃんの声がビリビリと空気を揺らす。
「ごめん! ホントにごめん! でもソニアちゃんが疑われたのが許せなくて」
「ソニアちゃん? ああ、ソニア様ですね。お弁当をいただいて、あとイオディール様が手を差し伸べたお相手とお聞きしましたが」
ソニアちゃんのお弁当を食べてすごくおいしかったことと、大講堂でイオディールが私より先に彼女に手を差し伸べたことは言っていた。それを聞いてウメちゃんが「ソニアって子、危ないですね」と警戒していたので「それはないそれはない! だってお弁当おいしかったから」の謎理由1本でなんとかウメちゃんの気持ちを収めた。
「やはり、ソニア様はアーネ様を脅かす存在なのでは」
ウメちゃんが敬語に戻っている。それだけに怖さが増す。私はあわててフォローする。
「ソニアちゃんは悪くないの。イオディールにいろんなことを言われたんだけど、なんていうんだろ、ソニアちゃんの素性だけで判断して、暗殺者よばわりをしたの。それが許せなくて。ウメちゃんももしかしてイオディールの話を聞いたら『ソニアちゃんは暗殺者かも』と思うかもしれないけど、私はソニアちゃんのお弁当を食べているから」
結局またお弁当1本勝負の説得になってしまった。
「アーネ様がそこまでいうのなら、私はソニア様を信じます」
奇跡的に説得が通った。
「ただし! ソニア様がアーネ様の身を脅かすことが1ミリ1ミクロンでもあれば容赦しません!」
ウメちゃんがさすまたの柄をカシャンカシャンと回す。するとさすまたの先、柄の部分から鋭利な槍が飛び出す。なんと三つ叉の槍に変身した。
「そこのところはお見知りおきを」
「大丈夫、ソニアはそんな子じゃないから。それよりさすまたにそんな仕掛けが?」
「これは“さすまた”ではなく“トライデント”ですよ」
そういえばホールで“イオディール名前忘れ事件”をした後にいっていたな。その時、荒れた手を後ろに隠したことを思い出した。
ウメちゃんはトライデントを軽々と回して、構えを取る。扱い方はなぎなたに似ているのかもしれない。にしても鉄製らしき長棒を意のままに操るなんてすごい。彼女の顔つきも紅茶を入れる時と違うベクトルで、生き生きとしている。
それを見てちょっと腕がうずいた。
「ウメちゃん、ちょっと手合わせしない?」
私は伝説の木の棒を構える。
「アーネ様にトライデントを振るなんて」
ケガをしますよ、という言葉を飲み込んだのを感じた。
私は「剣道」と違う「剣術」の姿を見せる。現世ではいろんな流派の剣術道場にいき、いろんな師匠と剣を交え、学んできた。
前に置いていた右足を後ろに下げ、剣もまっすぐではなく少し右に倒し、握り手も少しあげた。柔軟に動きやすく、そして攻撃力を上げた型だ。
「ウメちゃん、私の“演舞”を見せてあげる」
現世にいたとき、放課後の誰もいない道場で木刀を振り続けていた私の木刀の太刀筋だ。
私は気合い一閃の声を発し、左下になで切り、返す刀で横胴。前に進み突き。そして兜ごと叩き潰すように面を打つ。
ウメちゃんの表情が変わる。シャコンとトライデントの槍先を柄に戻し、さすまたモードに戻す。
「アーネ様、トライデントは鋼鉄でできています。その木では受けきることはできませんよ」
「木の棒でも戦い方はあるから。それにこれは“伝説の木の棒”だから」
「伝説の木の棒?」
「そう」
でも、いちいち伝説の木の棒っていうのもめんどくさいな。そうだ、名前を付けてあげよう。その時、ピンとある名前が浮かんだ。
「この伝説の木の棒の名前は『鰹節』よ」
「カツオブシ? オリエンタルな名前ですね」
「いい名前でしょ?」
私は鰹節が大好きだ。冷や奴にのせて醤油をたらす鰹節とたこ焼きの上で揺れる鰹節は特に好きだ。あと削る前の鰹節は超固い。いろいろと伝説の木の棒の名前にはぴったりだと思った。
私はウメちゃんの目を見て構えを取る。
「あと何回も言うけど、アーネ様じゃなくてアーネだからね」
「かしこましました、アーネ」
ウメちゃんも構えをとった。
★★★★★★★★★
「きゃあ!!」
その声で、私の鰹節とウメちゃんのトライデントの動きが止まった。
声の方を見ると、胸に籐カゴを抱えたソニアちゃんがいた。
「ソニアちゃん、どうしたの?」
「それはこっちのセリフです! ケンカはダメです! 武器まで振り回して」
私とウメちゃんは目を合わせ、同時に苦笑する。
「違う違う。これは剣術の練習」
「どうしてアーネさんが剣術を? 護衛兵がおられますよね?」
そっか。そもそもこんな動きにくいドレスを着て、木の棒を振り回している令嬢の方がおかしいか。
「気分転換とダイエット代わりのエクササイズみたいなものだから」
と、とりあえずの言い訳をした。
「そちらのお方は?」
ソニアがウメちゃんを見やる。
「この人はウメちゃん。私の友達」
「友達ではありません! ソニア様のメイドを務めております、ウメと申します」
「友達? メイド?」
ソニアが不思議そうな顔をする。
「友達でもありメイドでもあるって感じ。ね?」
最後の「ね?」を強めにウメちゃんに向かっていう。ウメちゃんは不承不承に頷いた。
「ウメ様、はじめまして。私はソニア・シャンティと申します」
と頭を下げた。
「そんなメイドの私に頭をさげないでください」
「もう、そういうのいいから」
私は2人に言う。
「私とウメちゃんは友達。私とソニアちゃんも友達。だからウメちゃんとソニアちゃんも友達。だから、“様”付けはなし! ね!」
2人は私の勢いにおされて、お互いに見合う。
「あの、様を取るのはちょっと心の準備が……『さん』づけからで……」
ソニアちゃんがおそるおそる言ってくる。そうだね、押しつけはよくないか。
「うん、そうだね」
そういうと、はいと一言いってソニアちゃんが笑った。ウメちゃんもホッとした感じだ。ウメちゃんの方が実は難攻不落っぽそうだからなー。少しずつやっていこう。
でも、なんでこんなところにソニアちゃんが?
「ソニアちゃんどうしたの? こんな人がいないところに」
「アーネさんを探していたんです。一緒にお昼ごはんを食べようと思いまして。でもどこにもいなくて、もしかしてお休みなのかなと思ったら、校舎の裏からアーネさんの声が聞こえて」
「え? もうそんな時間?!」
手合わせに夢中になっていたら、あっという間に時間が過ぎていた。
そして、自分がすごくお腹が空いていることに気づく。
「ソニアちゃん、そのカゴは?」
「はい! お昼ごはんです。昨日、アーネさんが喜んでくれたのが嬉しくて作ってきました。ウメさんも一緒に食べましょう」
「いえ、私は――」
「遠慮しないでください。ちょっと張り切り過ぎちゃってたくさん作っちゃって。お口に合うかどうかはわかりませんが」
「ウメちゃん、食べよ!」
タイミング良く、ウメちゃんのお腹が鳴る。
「ありがとうございます」
ウメちゃんの頰が少し赤くなっていた。
「おいしい!」
ウメちゃんはバケットサンドを1口食べたとたん、目を見開いていった。
「よかった、お口に合って」
「ウメちゃん言ったでしょ? ソニアちゃんは料理の天才だって」
「はい、天才です!」
私もバケットサンドを食べると、体中にうまさがかけめぐった。
レタスとサーモンとチーズを挟んだシンプルなものだが絶妙においしい。
「なんでこんなにおいしいんだろう」
そういって私はもう1口食べた。
「これは、パンがおいしすぎます」
ウメちゃんがいう。そうか、なによりもパンがおいしいんだ。
「そんなたいしたことはしていません。でも私の地元の小麦を使ってるので、喜んでくれて嬉しいです」
「え? このパン、ソニアちゃんが焼いたの?」
「はい」
私は感動のあまりソニアちゃんをハグした。
ウメちゃんは自分が持っているバケットサンドを見つめる。
「私も、こんなパンが焼けたらな……」
「よかったら一緒に作りませんか?」
「えっ、いいんですか!? あ、でも私にはアーネ様のお世話があるので」
私はウメちゃんに体を寄せる。
「自分の世話ぐらいできるから。私も料理……はできないけど、2人が料理を作ってくれるんだったら、それを真っ先に食べたい」
「じゃあごはん会をしましょう! 素敵! わくわくします!」
ソニアちゃんが、本当に天使のように喜ぶ。
なんかこんなガールズトークをするのはすごい久々な感じがした。
「あ、ウメさんがいてちょうど良かったです。さっきイオディール様から言われたことがありまして」
イオディール。その単語を聞いて、私とウメちゃんはフリーズした。




