屋敷編前半
パルとノア、そしてハシェルはとある荘厳な屋敷に足を踏み入れた。魔術師教会から手紙が来たからだ。
「魔女が関与する貴族の屋敷にて晩餐会と称した次期当主選びが開かれる。その目にて真偽を確かめよ。魔女の残した魔道具があるとの噂。くれぐれも気をつけよ。ハシェル殿、ノア殿」
と簡潔に書かれていた。
そして――――
暗雲が立ち込める中、パル達はその屋敷にやって来ていた。その例の屋敷、もといバロック調の華美な建物には、見張りらしきものたちと、今しがた到着したばかりなのだろうか、正門に行く途中で、正面に馬車が4台止まっていた。それぞれの黒い馬車には美しい薔薇の装飾が施されていた。
そして馬車から、1人ずつゆっくりと出てくる。
1人はダリアのような美しいシックな赤のドレス。そのバーガンディー色の髪は巻いてあり、ダリアの髪飾りをつけていた。
1人は濃い紫の服が特徴の紳士。眼鏡をかけており耳飾りには藤の花をあしらった垂れ下がるものを選んでいた。
1人は一際目を引く蜜柑色のマーメイドドレス。髪は後ろでまとめてあり、4本の簪が美しい。胸元のネックレスが美しい。
そして最後の一人は淡いピンクの紳士服で胸元の小さな蘭のか触りが可愛らしい。髪色も柔らかなライムイエローだ。
四人が馬車から降りる。するとその先には使用人たちが勢揃いして待機していた。
「ねぇ!何あれ!」
とノアが使用人たちを指さす。
何故ノアがそのような行動を取ったのか、何故ならば並んでいた使用人たちは全員執事服やメイド服を着てはいるが頭が異形だったからだ。その形状はランタン、燭台、本やワイングラスなど様々だった。
パルは眉を寄せて言った。
「あれは完全に魔女の仕業じゃな」
「そんな…あの人たちも人間だったんでしょうか、酷い」
思わずそんな言葉がハシェルの口からポロリと零れた。
その時。
「あなた方が魔術師教会から来てくださった方々ですね」
後ろから優しく声をかけられた。
3人が驚いているとその女性は眼鏡をくい、とあげて薔薇の紋章が着いたメイド服の裾を掴んで優雅にお辞儀をした。
「わたくしめが侍女頭を努めさせて頂いております、ココと申します。皆様の到着を心より、お待ちしておりました」
「変な頭じゃない!」
とノアが指をさして驚き、思わず口に出した。
パルがこれこれ、とノアの指さした指を緩く制した。
するとココがクスクスと笑いながら答える。
「頭がものになっている使用人は魔女様が先々代様に貸与された貸家具です。私が唯一人間の侍女なのでございます」
パルが前に進み出た。
「よろしく頼むぞ、お嬢さん」
ここはその差し出された手を握り返す。
「ええ!よろしくお願い致します、パル様、ハシェル様、ノア様!」
そしてココは説明を始めた。
「このお屋敷は、先々代様が魔女のおひとりと深い関係になり、4つの魔法具と頭が通常と異なる家具を授かりました。」
3人はココに連れられ歩く。
敷地内の警備なのだろう、2人の異形頭はココに対して敬礼をし、道をあけた。そして4人の紳士淑女が玄関の扉に向かっていく途中でココが3人を連れて挨拶をした。彼女は先程と同じように裾を摘んで片方足を後ろに引き深々とお辞儀をする。
「ローズ家の皆様方。お客様がいらっしゃっております」
「まぁココじゃない!?久しぶりね!」
「ええ、ランタナ様もお変わりないようで。むしろ益々美しさに磨きがかかっておいでですね」
「あらやだ!ココッたら!」
2人は和気藹々とし、ここは説明を続けた。
「うふふ、では説明を続けますね。こちらのお客様がたを紹介致します。こちらの瞳が緑のお方があの、暁卿と呼ばれていらっしゃるパル様であらせられます。」
パルは軽く頭を下げた。
「うむ。良きに。」
「そしてこちらの赤毛がハシェル様、白髪がノア様です」
2人は深々とお辞儀をした。
「…では、次にローズ家の方々をご紹介致します。赤いダリアの髪飾りをしていらっしゃる方が、その名の通りダリア様でございます。4人兄弟の1番上、次期当主候補であらせられます。」
ダリア、と呼ばれたその女性はココをみて密かに笑んだ。
「次に、ウィスタリア様。長男で藤の花の耳飾りをしていらっしゃいます。魔術師軍人として、頑張っていらっしゃいます」
ウィスタリアはぺこりど頭を下げ、パルに握手を求めた。
「かの伝説の暁卿と対面できて恐悦至極だ」
「うむ。よろしく頼もう、末永く。」
「次に、お医者様をやっていらっしゃる、ランタナ様です。首飾りの装飾が今日も一段と映えてらっしゃいますね」
ランタナはやれやれ、と呆れ気味に微笑んだ。
「まぁまぁココったら。褒めても何も出ないわよ?」
満更でも無さそうだ。とハシェルは女心を少し理解ったような気がした。
「最後に次男、オーキッド様」
するとオーキッドが前に進み出てなんとノアに口説き始めた。
「あぁ…その瞳の色は美しい浅瀬の海…どうか俺の手を取ってくれないか?」
ノアとハシェルは固まって何も言えない。パルがここで保護者魂を発揮し始めた。ノアを引き寄せ、パルが言う。
「お戯れを。オーキッド様」
ダリアが軽くごほんと咳払いをする。
「オーキッド、やめなさい」
「わかったよ、姉貴」
オーキッドは軽く両手を上げ首を振る。
「さ、自己紹介も終わったことですし、ダイニングホールに行きましょう」
ダリアが促し全員同意した。
そして。
4人の兄弟は銀杯にワインを燻らし、3人の来訪者について口々に不満や愚痴を漏らしていた。
「星の魔術師ですって?胡散臭いわ」
ダリアが怪訝な顔をする。
「姉さん俺も軍人魔術師…つまり星の魔術師だぞ?」
ウィスタリアがそう言うとランタナは口元を扇子で隠す。
「この家の魔道具を持ってくつもりなんじゃなーい?」
ダリアが銀杯からワインを1口口に含んだあと話し出した。
「まぁ、次期当主の座に着くにはどちらにせよ、第3者の承認が必要だものね」
はぁ、とランタナはため息をつき、兄弟もそれに続く。
「姉さんがそう言うなら…」
「仕方ないな…」
そのとき。
「お招きいただきありがとうございます!」
いつから居たのか3人がこちらを見ていた。
ハシェルは丁寧にお辞儀をし礼を言った。
パルはさて、と切り出した。
「我々を認めていただき有難う。ところで、この屋敷の一族…ローズ家には魔女との関わりがあるのじゃろう?それは、使用人たちを見ればわかる。」
ダリアは悪びれる様子もなくサラリと言った。
「ええ、そうよ」
ランタナは頬杖を着きながらパルを見遣る。
「だからぁ?あんた達目的は何?この家の魔道具を持っていくつもり?それとも破壊する?あんた達星の魔術師は月の魔女が嫌いだものね。」
「そうじゃ。我々は太陽神教の聖人たちと手を組み、魔女と魔獣を抑圧するのが目的じゃ。じゃが全てを否定する気はない。魔女が人に害を及ぼしているのなら介入するまで。ということでお嬢さん、魔女のこと、そして魔法具について教えて頂けるかな」
ダリアは少し考えた。
「姉さん、うちの家宝を余所者に軽々しく教える気!?」
ランタナは抗議した。
「協力しなきゃ星の魔術師協会に魔女信仰者って見られるんじゃないか?」
魔術師軍人であるウィスタリアがダリアに助言をする。
「姉貴、俺も教えることに賛成だな。第1、隠す必要が無い。隠さず堂々としてればいいさ。浅瀬の君もそう思うだろ?…おっとノア君、だったかな?」
オーキッドは相変わらずノアに執心しながらも、そのせいもあってか、此方に協力的だ。ダリアはひとつため息をついた。
「いいでしょう。我が家の家宝と魔女の秘密をお教え致します」
ランタナがなにか抗議しようとするのをウィスタリアが手で制した。
「おじい様が亡くなってあの使用人達が出てくるまでは私達も家宝について信じてはいませんでした……」
ダリアは考え込むように、思い出すように話を始めた。
「事の発端は曾祖父が没落したことで始まりました――……」
100年ほど前のこと、ローズ家は没落の一途を辿っていた。
没落の原因となったのは、曾祖父が博打好きの親戚に金を多額に騙し取られたことである。金も栄誉も失い、曾祖父は富と栄華を願いながら酒に溺れ、そんな姿に妻はほとほと呆れ果て男を何人も渡り歩いた。そんな中で生まれたのが祖父、オリバーだった。オリバーはその不運な環境に打ちひしがれ、魔術や闇の魔法に傾倒していき、その中で、自らを魔女と名乗る女性と闇のサバトで出会った……
「もううんざりなんだ…冷えたパンも、じゃがいものスープも…」
魔女は囁くように。
「あなたのこと、助けてあげてもいいわ」
その言葉はまとわりつくように。
「でもね…条件があるの……」
オリバーはその足にしがみつき、必死に懇願する。
「何でもする、助けてくれ…俺をここから救い出してくれ…」
魔女と名乗るその女性の口が綺麗な弧を描く。
「なんでも?」
「……なんでもだ」
その言葉を反芻するように再確認する。
「…私の事を信じているのなら妻を殺して。話はそれからよ」
「わかった」
オリバーは政略結婚で一緒になった妻とはもう関係が冷えきっていて、既に心などなかった。それどころかその魔女に心惹かれていた。彼は魔女の言うとおり、妻を絞め殺し捧げた。その事件から数日後、彼はまた闇のサバトに訪れていた。
「君の言う通り妻は殺した……さあ頼む。願いを叶えてくれ!」
大声を出すオリバーに魔女は幼子を宥めるように、しー、と彼の唇に人差し指を当てて囁いた。
「まだよ。」
彼は困惑する。妻はもう殺したはずだ。彼女はこれ以上オリバーに一体何を望むというのか。
「な……」
「これから私が当主と認める人物が現れる度に、4人の生贄をいただくわ。その代わり…あなたは失った財産を取り戻せるわ。
その上末代まで栄えるようにしてあげる……」
「お、おぉ…」
彼にとって今後多くの犠牲者が出ることなど些末なことだった。「そんなこと」よりも、父親の代で失われた富と栄華こそ彼にとっては重要視されるべきものだったのだ。
「……勇気あるあなたなら、……契約、するわよね?」
まるで誕生日に小さな子供が親にプレゼントを強請るように、魔女は甘く、優しく、彼に問うた。
「あぁ、する、するとも!」
魔女はくすくす、と密かな笑いを堪えながら。
「……ええ、ええ、あなたならそう言うと思ったわ。
その勇気に敬意を称して4つの魔道具と、使用人をあげる。
……あぁ、そうね、それと妻の墓を見て見なさい」
そして彼は契約を交わした。
契約後、すぐに妻の墓を彼は掘り返した。するとなんと妻の棺の中に入れていた花が全て魔石に変わっており親戚に貸した金が倍になって帰ってきたのだ。
彼は喜びそれを全て金に変え、息子達と共に自由を満喫した。しかし彼の息子であるアスターが成人し、妻を娶ってから3年後、「契約」は発動した。
アスターが「当主」と認められたのだ。
オリバーは栄華を誇ってから16年あまりで死んだ。
彼は亡くなる最後まで金を手放さなかったという。
そして、彼に引き続きアスターの妻が、兄が、弟が亡くなったと言う……
ノア、ハシェル、パルは静かに耳を傾けていた。
ダリアは話し終わったあと、一息ついて銀杯に口をつけた。
その時、外から雨音が聞こえ出す、まるでこれから起こる惨劇に鎮魂歌を捧げるように。全員が雨音に気づいたころ、ダリアは4本指を立ててひとつずつ数え、出す。
「魔道具の1つ目は時計。時を30分間止める効果があります。止めた際は薔薇の紋章が使用後1時間現れ、その紋章が現れている間は使用することができません。」
そして壁にかけてある時計を指さした。
時計はかち、かち、と美しく規則的に時を刻んでいる。
今は19時、話を聞いているうちに2時間も過ぎていたようだ。
「2つ目はこの5つの銀杯です」
と掲げてみせる。ローズ家の4人の手にしている銀杯と、もうひとつ、銀杯があった。
「これは、お父様の分だったのよぉ。」
ランタナが銀杯を手にし一気に飲み干す。
「これは全員に形見分けされている毒を見分ける銀杯なんだ」
ウィスタリアが銀杯をさすりながら続けて言う。
「毒を飲まなくてすむっておじい様が言うもんで小さい頃からこれで飲んでたんだよなぁ。」
その声にオーキッドも頷く。
「そして次に、手紙です」
「えっ?手紙ですか?」
ハシェルは思わず聞き返した。ダリアは返す。
「ただの手紙ではありません。何も書いていない、真っ白な手紙なんです。ただ…」
「ただ…?」
ランタナは険しい顔でダリアが告ごうとしたその言葉を乗っ取った。
「ただ真っ白な手紙だけはこの家には無いわぁ。」
ランタナが言うとダリアも頷きながら同調する。
「ええ。お父様がご友人に渡したと言っていたわ。」
「まぁ、そのご友人も、誰かに渡して、結局色んな人を転々として……結局今はどこにあるか分からないのよね」
続けてウィスタリアが話し出す。
「なんでも、その手紙を手にしたら死ぬとか、死を呼ぶ手紙だとかで。次の当主が選ばれたとき、前当主の元に馳せ参じて、死を招くといわれている。だからお父様はそれを恐れて友人に渡したのではなかったかな?」
と、ここまで来てパルが言った。
「皆、本日、当主の顔を見たものはあるかの」
パルが言うと皆がざわついた。しかし、顔がランタンの使用人が前に進み出た。
「本日朝、旦那様は昼食を取られました。しかし夕食はいらないとのことで…」
「旦那様の様子、見に行った方がいいんじゃない?!」
慌てて言うノアにハシェルもそれに賛同した。
「もしかしたら、もう既に……」
ローズ家の皆が銀杯を置いて立ち上がり、ダリアがランタンの使用人に言った。
「早急にお父様の部屋へ参ります。案内して。」
7人と使用人は2回の旦那様の部屋へ向かった。
扉の前に立ち、ランタンの使用人は3回ノックした。しかし、返事は無い。
「お父様、聞こえてらっしゃいますか?!」
ダリアが問うたが、刹那、静寂が場を満たした。
「開けなさい!」
ランタナが思わずランタンの使用人に命じた。
使用人は返事をし鍵を差し入れ、回した。
「お父様!!」
何人かは悲鳴を上げ、どよめき、それは広間にまで木霊した。
初老の男性は自室の椅子に座り、静かに永久の眠りに付いていた。口から血を流し、床にまで拡がったそれはバラの紋章を咲かせていた。
そしてそのポケットには先程の会話の中にあった「それ」があった。それは真っ白な手紙。
手紙は死を知らせる手紙なのだろうか。それとも、死を呼ぶ手紙なのだろうか?本来ここに無いはずの死を呼ぶそれは、今パル、ハシェル、ノアとローズ家の4人全員の前に鎮座していた。
何度も持ち主を転々としてきたであろう、何も書かれていない真っ白な手紙。
「まさか、今日が「その日」だったとは…」
使用人が思わず口を漏らした。
ダリアは何かを言いかけ、口をつぐみ、頭を振って何かをふりきったようだった。それは己の血の繋がった父親への慕情だったのだろうか。纏わりつく思い出を振り切り、ダリアは命じた。
「お父様の遺体を綺麗にして、棺に入れなさい。」
ランタナは扇子を広げ嫌味を口にした。
「これで家督は姉様のものじゃない。おめでとう」
ウィスタリアが抗議する。
「お父様が亡くなったばかりなのになんてことを!!」
「何よ。本当の事じゃない。」
「……ということは、あと3人、死者が出る」
ウィスタリアが険しい顔で口にした。
その時先程の顔のない使用人に連れられ、ココが青ざめた顔でやって来た。
「アスター様からお話は聞いていましたが…皆様、まずは落ち着いて。ダイニングホールに行きましょう。」
ココは的確な指示を出す。パルとハシェルもそれに賛同する。
「そうじゃな。ここは、一先ず1人にならないようにしよう。」
「みんなで知恵を寄せ合えば呪いをとく鍵があるかも知れません」
ダリアは頷きながら言う。
「ここはココとパルさんの言うことを聞きましょう。ウィスタリア、ランタナ、オーキッド。行きましょう」
ウィスタリアとランタナが無言で肯定し、ココについて歩き始めた。オーキッドはまたもノアに近づいて言う。
「ノア君、君は俺が守ってあげよう。大丈夫何もしないから」
「僕…あの、ごめんね?そういうのちょっと苦手で……」
ノアもタジタジだ。その時。
「オーキッド」
ダリアのたったその一言でオーキッドは制される。
「わかったって」
オーキッドはやれやれ、と首を振り、ランタナ達に着いていく。ノアは散々オーキッドに言い寄られたのが効いているのかパルとハシェルを盾にして、背後に隠れるようにして着いていった。ダリアが一番最後尾におり、白い手紙を大事に胸に抱えながらみんなを守るようにして歩いた。
そしてダリアは歩きながら話し始めた。
「話が途中だったわね」
パル、ハシェル、ノアに向けてダリアは続ける。
「4つ目の魔道具は、絶対に心臓を外さない拳銃です。」
ノアはひっ、と悲鳴をあげた。
「絶対そんなの危ないじゃん!!」
ハシェルも思わず慌て出した。
「それってどこにあるんですか!?誰かの手に渡ったら危険じゃ……」
然しダリアは至極落ち着き払って言う。
「大丈夫です。金庫にありますから。……それよりも、みなが殺されないようにしなければ」
ノアがぷるぷると脅える。
「ハシェル……パル……僕と一緒の部屋に寝てー!!!」
パルはノアの頭を撫で、ハシェルは手を繋いでやった。
ダリアはそれを見て思わず微笑んだ。
そうこうしているうちにココを含めた8人はダイニングホールに着いた。そこには、ココが用意させたのだろう、食卓にはまだ湯気の立ちのぼるオリオスープが7名分並んでいた。
「……腹が減っては戦ができぬ、と言います。食べましょう」
時計は19時を指していた。確かに、夕飯の時間だ。
ダリアが白い手紙をテーブルに置き、椅子に座った。
「そうね。餓え死にしたら元も子もないものね。」
ランタナは意地悪くダリアへの賛同を口にし、オーキッドやウィスタリアもランタナに続いて座る。ハシェルやノアは始めてみるスープに戸惑いながら着席した。パルは食べたことがあるようで、おぉ、オリオスープか、と口にした。
ローズ家の者たちは食べなれているようでそれぞれ次々に口に運んでいる。見た目は具のない、ただのコンソメスープだ。
ハシェルとノアは恐る恐る口に運んだ。
「うわ!なにこれ!めっちゃ濃いー!!!」
ノアが叫ぶ。ハシェルも賛同する。
「お肉とバターがとろけたような味がします!」
ウィスタリアが眼鏡をくいとあげて言った。
「うちでの作り方だが、仔牛をバターで炒めて何種類かの薬草を入れて煮込む。で、1日置いて濾すんだ。うちじゃあ風邪の時には必ず飲まされてたな。」
「……じい様が死んだ時もオリオスープだったんだよな……」
オーキッドが落ち込んだように言うと、ウィスタリアは思わず肘で小突いた。
「食事中にその話題は出すな」
「ごめん兄貴……」
そして思わず皆の目線が白い手紙に集まった。
その時。ノアがあっと思いつき、言った。
「僕、これ、本で読んだことがあるよ!ちょっとしたトリック!果実の汁で文字を書くの。何もしないままだと透明だけど炙ると文字が出るの!やってみて!」
「なんですって!?」
ランタナは思わず乱暴にスプーンを置いた。一方でダリアはえぇ、と困惑しながら頷き、燭台の炎に手紙を広げ、翳した。
その時。
ボッと炎が燃え上がり手紙を包んだ。すると手紙の一部分だけがくっきりと焦げ、文字が浮び上がる。
『 この手紙を読んだ時点でこの手紙の死の効力は消える。
手紙を読んだ聡い者よ、生贄を捧げよ。我が力によって得た富と栄華の代償を支払え。 』
ノアが立ち上がり指さして言った。
「手紙の呪いが解けた!」
皆がざわつく。
「ってことはさ、どうにかすれば生贄の呪い、解けるんじゃない!?」
ダリアは手紙をビリビリと破り捨て息巻いた。
「ええ。こんな呪いなんて破り捨ててやるわ。今は当主ですもの。弟や妹を守れなくて何が当主よ。」
「ランタナ、オーキッド、ウィスタリア、来なさい。
例の銃が金庫にあるか、今1度確かめるわ。」
そして4人は金庫へ行き、暫くして帰ってきた。
「銃はちゃあんと金庫の中にあったから安心するといいわ」
少し冷めたスープを口にしながらランタナが言う。
その時ココが白ワインを持ってきた。
「さ、皆様ワインですよ。」
その時ウィスタリアが首を振った。
「俺はこんな時に酔いたくない。」
ココはそんな彼に優しく提案する。
「そう仰られると思いまして、此方に、ウィスタリア様の好きなココアが用意してあります」
「それにしてくれ」
銀杯にそれぞれ白ワインと、ウィスタリアにはココアが注がれる。ココが緩く微笑んだ。
「皆様が安心できるよう、部屋の鍵は皆様にお渡しします。マスターキーは私、ココがお預かりしております」
「うむ、それがよかろう。」
パルも頷き賛成した。
ココは用意していたワイングラスに白ワインを注ぎ入れ、ル、ハシェル、ノアに渡した。ノアは初めて見るようで、ワイングラスに付いた泡に興味津々だ。
「綺麗ー」
「あの、僕未成年なんですが…」
ノアがきらきらと目を輝かせている横でハシェルがパルを困ったように見遣ると、パルはニヤリと笑って言った。
「言わねばわからぬ。それに、ここは招かれた席。飲まねば失礼に当たるじゃろ?」
ノアがぐいっと一気に全部飲んだ。
それを見てハシェルもええいままよ、と口を付けた。
パルとダリアは子供を見るような目つきでそれを見ていた。
「ノア君、どうだい?初めてお酒を飲んだ感想は?」
オーキッドがワインを燻らしながら尋ねる。
ノアは飲んですぐに頬が赤くなり目元が潤み始めた。
「うー……くらくらするぅ、ぱる、はしぇるーー」
そして両脇に座っていたふたりの腕を掴み引き寄せる。
「これ、ヤバいやつかもぉー…………」
なんだかノアが婀娜っぽく見えてくる。
ハシェルも胸がドキドキしてきた。動悸なのか何なのか分からない。パルはふぉふぉふぉ、とまるでサンタのような笑い声をあげる。パルも酔っているのだろうか、いや、酔っているに違いない。とハシェルは心の中で断定した。
そんなことをハシェルが思っている時、頬に何かが当たった感覚がした。見るとノアがニマニマと笑っている。
「……ノア、今僕になにかしました?」
「えへへ。何もーー??」
オーキッドはおやー、と残念そうに首を振っていた。
「ノアくんには心に決めた人がいるんだね…」
その時、ノアが勢いよく席を立った。
みなが驚いているのは裏腹にノアはオーキッドに向かっていく。まさか。ハシェルは慌てて止めた。
「ダメですよ!誰彼構わずそんなことをしちゃ!!」
オーキッドは首を竦めて歓喜の言葉を口にする。
「積極的……そんな君も最高にキュートだよ!」
ウィスタリアは無言でココアを口に含む。
「ノア、ノア、わしの言葉を聞くんじゃ!」
そんなパルに対しても口付けを迫ろうとするノアに悪戦苦闘していると、ノアの全身からガクッと力が抜ける。寝たようだ。ハシェルは初めて頬にキスをされた衝撃で、内心穏やかではない。オーキッドはというと……なんとなく残念そうだ。
ダリアが鶴の一声で、混沌としていた場を収めた。
「少し早いですが……ここでお開きにしましょう。みな、部屋には鍵をかけて絶対に外へ出ないこと。いいですね。用がある時は使用人を呼ぶこと。ココが巡回してくれるそうですから」
「うん、それがいい、」
ウィスタリアが同意する。
ランタナは面倒なのか先程から一言も発せず、手鏡を見て口紅を塗り直していた。パルとハシェルは少し息を切らしながらノアをダリアに指定された二階の寝室へ運んだ。
「こういう時に使える魔法があればいいですね……」
ハシェルが思わずそんなことを口にするとパルが言う。
「魔法とは便利で不自由なのじゃ。以外にも出来んことが多い。まぁ、ゴーレムを作って運ぶという手もありはするが…」
扉を開け、入ると、そこには豪華な装飾を施されたキングサイズのベッドが少し疲れたハシェル達を招いていた。
パルとハシェルはずさーっと、倒れ込むようにしてベッドに顔を埋める。
「……これは、……ラベンダーの匂いじゃな……」
顔を埋めたままパルが言うとハシェルもベッドの香りを思い切り吸い込む。確かに、仄かにラベンダーの匂いがする。先程までの動悸がだんだん落ち着いてくるのを感じた。
これで寝れると思ったのも束の間で、夜明け近くになって今度はノアが魘され始めた。二人の間で寝ていたのだが、うー、とうめき始めて、まずパルが目覚め、のあを必死に起こそうとしているところにハシェルも起きる。
「……やめて、僕は魔女じゃない!!殺さないで!!」
ノアは混濁した意識の中で叫ぶ。ハシェルは初めて見るノアの様子に困惑していた。
「パル。これは……?」
「うむ。今までも度々あった。最近は落ち着いてきたと、思ったのだがな。……ノアは少し前、魔女として処刑されかけた」
「えっ、どうしてですか?」
「パル!!……パル!!」
と、ノアが飛び起きた。全身汗だくで、呼吸も荒い。
「ぅうー…ハシェル……パル…………」
力なく名前を呼ばれ、パルは背中をさすり、ハシェルは手を握る。ノアはハラハラと涙を流し訴えた。
「もう鞭で打たれるのも、杭で胸を刺されるのもいやだ……」
ハシェルはノアの言葉に胸を痛めた。
「そんな…そんな酷いこと、誰が……」
パルは優しく背中を叩き声をかける。
「大丈夫じゃ。わしもハシェルも付いておる。」
そして声を潜めてハシェルの耳に囁いた。
「ノアを育てた司祭が魔女と決めつけて酷いことをしたんじゃ」
「もしかして…お酒のせいでしょうか」
「かもしれん」
ノアは次第に落ち着いたようで呼吸は静かになっていった。
そして夜が明けた。
ココが指示をし、執事やメイド達が慌ただしく朝食の準備をはじめていた。昨夜の雨は降り続き、朝だと言うのにまだ外は暗い。時計は午前9時を鐘で告げる。
ローズ家それぞれの部屋に執事や侍女が紅茶と軽食を持っていく頃、ハシェル、ノア、パルの所にも顔がランタンのメイドがやってきた。サービングカートの上にはポットと茶器、そして下には様々なスコーンやパンが置いてあり、ハシェルとノアは感嘆の声をあげた。
「おはようございます、パル様、ノア様、ハシェル様。お茶はバリオン産のロゼットティーでございます。」
「すごい……」
ノアは夜明け近くの落ち込んだ様子から持ち直したようだ。
目をキラキラとさせてスコーンを見ている。
メイドは3人にお茶を注いだ。テーブルは、3人で止まると言った時からココが用意させたのだろう、かなり大きかった。
「こちらのスコーンですが、プレーン、チョコ、アップルシナモンがございます」
「僕甘いの大好き!」
説明を聞くうちに段々とノアのテンションが上がる。
パルとハシェルはお茶を飲みその味に驚く。
「これは香りが凄いですね。あっさりしてて飲みやすい!」
パルも頷く。
「目覚めに良い1杯じゃな」
メイドは説明を続ける。
「それからミニブレッド、クッペをご用意しております」
ハシェルはクッペとチョコスコーンを、ノアは甘いスコーン二種、パルはプレーンのスコーンとミニブレッドを選んだ。
ノアはひとりで勢いよくペロリとスコーンを平らげた。ハシェルとパルはパンを半分にして交換し味見しあった。
焼きたてなのもありスコーンもパンもサクフワでみな思わず無言になって食べた。
「おいしかったー、毎日これ食べたい!てか食べ足りない!」
その言葉にパルは安堵して笑う。
「うむ。ノアの調子が戻って何よりじゃ。」
そしてハシェルとパルは口を揃えて言った。
「もう酒は飲むな」「飲まないでください」
ノアはえへへーと笑いながらはぁいと返事をした。
3人は身支度を整え、寝癖を直したり髪を纏めたりしながらダイニングホールへと足を進める。
まだ人の集まりはまばらで、ダリアとランタナが話をしていた。2人の仲は悪いのだろうか、姉妹とは思えないほど性格に差があった。その点、ダリアとウィスタリアは似ていた。
「姉さんが家督を継ぐんだから先に言っとくわ。私の恋人に財産の4分の1、つまり私の分は譲ってよね」
「ランタナ、気持ちはわかるけどお父様が亡くなってから間もないのにそんな話をしないで頂戴。それにまだ死ぬなんて決まったわけじゃ…」
「死ぬのよ!分かるわ!姉さんは私と違うもの!魔女も私なんかより姉さんが継いだ方がいいって分かってるんだわ!」
「声が大きいわ!誰かに聞かれたりしたら……」
思わず3人は、身を潜めた。その時丁度ココが通りかかった。
「皆様、何をなされていらっしゃるので?」
思わずノアがしー!っと唇に指を当てたがもう遅かった。
ランタナが声をあげる。
「まるで泥棒ね!これだから貴族じゃない者は嫌いなのよ」
「すまぬな。盗み聞きは趣味ではないが、おふたりの会話を聞いていたら入れなくてのぉ」
とパルはランタナに少し反抗の意を口にする。
「申し訳ありませんでした。ランタナにも後で言い聞かせておきます。客人方の前で見苦しいものを見せてしまうなんて…」
ダリアは謝罪を口にした。




