【1-5】星夜の窓辺
夜が、王都に静かに降りていた。
詰所の宿舎は粗末な造りで、暖炉の火も頼りなかったが、それでも眠るには十分だった。
だが今夜、レイン・アークロウの目は閉じなかった。
窓を開け、外気を感じながら、彼はただ月を見ていた。
宮廷の塔が遠くに見える。光を放ち、権力の象徴としてそびえ立つ建物。
そしてその中に──彼女がいる。
エリセリア。
名前を口に出せば、胸が熱くなる。
心が疼くような、けれど満たされるような、不思議な感覚。
「……昔のままだな、お前は」
声は風に溶け、夜の静寂に消えていった。
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レインは思い出していた。
今日のこと。いや、ここ数日のこと。
初めて詰所に来たときの彼女の笑顔。
王宮で遠くから見た、輝くような姿。
旧道で並んで歩いた、まるで昔に戻ったような時間。
食堂で、煮豆を前にした笑顔──ほんの一瞬見えた影すらも、今はもう愛おしい。
それはきっと、恋だった。
彼は、ずっと彼女のことを想っていた。
けれど“幼馴染”という言葉に縛られて、踏み込めなかった。
彼女は遠くに行ってしまった──そう思い込んでいた。
だけど、違った。
彼女は振り返り、彼の名前を呼んでくれた。
もう、それだけで良かった。
この命が兵士としていつ潰れるか分からなくても、彼女のそばにいられるなら。
「守るよ……」
彼は、小さく呟いた。
「どんなことがあっても……今度こそ、絶対に」
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月明かりが、静かに彼の頬を照らす。
その表情は、穏やかで──どこか、誓いを秘めたようだった。
そう。
まだ、彼は知らない。
この恋が、彼の運命を砕き、世界を変える火種になることを。
この優しさが、やがて最も冷たい破壊へと姿を変えることを──