【1-4】士官食堂の昼休み
王都中央衛兵団の士官食堂は、白壁の広い空間に木製の長机がずらりと並び、兵士たちの活気と騒音で常に満ちていた。
時間は昼──
隊ごとに割り当てられた休憩時間の真ん中。
レインは、皿の上に盛られた豆の煮物をぼんやりと見ていた。昨夜はほとんど眠れなかった。いや、眠れなかったというよりは──
彼女のことが、頭から離れなかった。
「……何してんだ俺は」
ぼそりと呟いて、匙を手に取ろうとしたその瞬間──
「ねえ、ここ、空いてる?」
反射的に顔を上げた。
そこに立っていたのは、またしてもエリセリアだった。
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空気が、凍った。
隣の兵士が口に運んでいたパンを落とし、向かいの者が椅子をひっくり返した。
「え、エリセリア様……っ!? ど、どうして……」
「ふふ、大丈夫。私、今“お昼の自由行動”の時間なの。食べたかったの、ここで」
さらりと微笑んで言ってのける彼女に、全員が絶句する。
《星晶院の導魔姫》が、衛兵たちの“格下食堂”で昼食を取るなど、前代未聞だった。
しかも、彼女が手に持っていた盆には──
レインのそれとまったく同じ料理が乗っていた。
「ここの煮豆、おいしいって聞いたの。……ね、一緒に食べてもいい?」
「え、あ、ああ……もちろん」
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着席。
空気は、まるで王の即位式のように張り詰めていた。
だが、彼女はまったく動じない。
スプーンを取って、淡々と豆をすくい、静かに口へ運ぶ。
「……ん、思ったより、ちゃんと味付けしてあるんだね。こういう素朴なの、好きだよ」
「お前が、食堂に来るなんて……」
「たまには、いいでしょ? 昔はよく、こうやって一緒にご飯食べてたよね」
その言葉に、レインは思わず微笑んだ。
「……ああ。覚えてるよ。お前、食べるの遅くて、いつも俺が待ってた」
「ふふっ。今日も待ってくれる?」
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その一瞬。
彼女の微笑みに、ふと影が差した気がした。
レインはそれを「気のせい」と切り捨てた。だが、本当に一瞬だけ、エリセリアの目元に、疲れと緊張が見えた気がしたのだ。
「……無理、してないか?」
「え?」
問いかけに、彼女は目を見開いた。
だがすぐに、柔らかく微笑んだ。
「……レインは、やっぱり優しいね」
その言葉に、胸が詰まった。
ああ、違うんだ。
彼女が無理をしているように見えるのは──たぶん、王宮での重圧があるからだ。
強く、美しく、完璧でなければならない存在。それが、導魔姫エリセリア。
誰にも弱さを見せられない。だから、こうして“昔の自分”を思い出しに来たのかもしれない。
レインは、強く思った。
守りたい。彼女の心だけは。
煮豆と麦パン:下級兵士用の定番メニュー。栄養価と保存性重視。特に美味くはない。