【2-10】崩壊
星晶院裏通路
> 『魔力干渉装置に異常。巡回兵へ確認依頼──通報者:E・S』
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深夜、南の監視区から続く、人気のない裏通路。
レインは、誰にも命じられていないはずの通達文を見て、その場所に来ていた。
> “秘密の消息が欲しいなら、この日時、この場所へきて。星の国が本当に助けたいのはあなた自身なのよ。”
筆跡が──エリのものだった。
(お前が……俺を呼んだ?)
期待半分、不安半分。
けれど、彼はまだ信じていた。
──星の国、アルセリア。
エリも覚えていたんだ…
バカみたいな、子供の頃の夢
それでも少なくとも……2人で作りたかった夢の国は、俺の心の中だけに存在する幻想ではなかったんだ───
──レインは堂々と、踵を進め歩いた……
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「レイン=アークロウ。……まさか………こんな所で………何をしているんだ?」
角を曲がった瞬間、そこにいたのは──勇者:天野悠だった。
「レイン=アークロウ。貴君は現在、王都防衛局の監視対象に指定されている」
「……は?」
「今この場で投降し、無抵抗を約束するならば拘束に留める。だが、抗えば──」
「何の話をしてやがる」
レインは一歩、後退った。
「本気で…わからないのか?」
「当たり前だ!…俺は、エリに呼ばれたんだ……!」
「…エリセリア女史は先ほど、貴君の侵入行為を通報している。余罪の証拠も確認されている」
「……な…に?」
全身の血が冷える。
何かが、確かに──狂っている。
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「どういうことだ…!…お前は!俺の事がそんなに気に喰わないのか!?なあ!勇者ッ!!」
「私の私情ではない。……君の処罰に関しては国からの正当な処罰命令が出ている。君の魔力記録は“改竄されていた”」
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「………何を…言っている?──そんなこと!!俺がやるわけっ──
「エリセリア女史によって、証拠も記録装置に残されている!!」
「意味が、わからない」
頭の整理が追いつかない
今、何が起こっているんだ
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「やだ………やっぱり来たのね。ほんと…お人好し……」
レインの鼓動が止まった。
その声に振り向けば、
そこには、夜空を背に、白銀の髪を揺らす彼女の姿があった。
エリセリア=フェルグランド
いつもと変わらぬ、美しい微笑。
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「天野様、やはり彼…私を尾けてたみたいです。ちょっと怖くて……」
「……お前、何を言って──」
「私、困ってたの。あなたがあんまり“付きまとう”から」
その声に含まれていたのは冷笑と、計算された予測可能な演技だった。
「天野様、私、本当に怖くて……だから…」
──信じる心はひび割れていた。
「な、んだ……それ……」
レインは、完全に凍りついていた。
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天野は剣を抜いていた。
その瞳には、わずかな迷いと覚悟があった。
「貴君との争いは望まないが、拘束を拒むのであれば戦うしかない」
その言葉は宣言であった。
──その刹那──剣が走る!──
「っくそがあああああああああああああああっ!!」
怒声と共に、レインが跳びかかる。
雷鳴のような剣戟が始まり、鋼鉄の火花が闇を裂いて飛んだ。
怒りと信頼の裏切られた感情が交錯する瞬間だった。
天野は乱暴に、力任せにレインが振るってくる剣撃を即座に受け流す。
──剣を振り回し殴打するレインの攻撃に剣筋はない。
剣と剣が激突し、火花が散る。
「落ち着け、レイン!…クッ!… これはっ…命令だ──!」
「黙れぇぇぇぇええええええっ!!」
激情と怒りが、剣に乗る。
だが天野は冷静だった。
的確に、洗練された技術で返す。
打ち合いが更に激しくなる──!
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エリは後方で、その様子を“余裕”の表情で眺めていた。
(これで、レインが拘束されれば……私の地位は盤石ね)
そう考えていた、その時だった。
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天野の剣がレインの振り下ろしを跳ね上げ──
二人の剣が真っ向からぶつかった衝撃により、刃が逸れた。
跳ね返ったレインの刃が、軌道を逸れ、通路の横を横切ったのだ。
そして、そこに──偶然、彼女がいた。
ザクリッ──!!
鋭い鈍音。静寂の刃が、冷たい運命を伝えた。
横合いに飛んだレインの剣の刃の先端が、静かにエリの胸部──心臓付近を貫いた。
「──えっ……?」
エリの身体が一瞬まどろむように揺れ、後ろ手に崩れた。
彼女の身体には、剣が突き刺さっていた。
「──は?……なに、これ……嘘……でしょ……?」
その瞳は、血で濡れても焦点を失わず、混乱そのものだった。
「……なんで……私が……?」
その声は震えていたが、あざ笑う気味のほのかな皮肉を帯びていた。
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彼女の視線がレインに向いた。
そこには、怒りも悲しみもなかった。
「なんで……私が……っ」
手を見た。
血が流れている。
「ありえない……私が……死ぬ……わけ……」
最後まで、彼女は“因果”を理解しなかった。
倒れ際に、レインの顔を睨み、叫ぶ。
「ふざけんな……ッ、私が……こんな……のって……」
──彼女の言葉は断片で、強く、そしてその視線は──死の向こうへ沈んだ。
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夜風が震えを帯び、星晶院の尖塔だけが淡く耀いている。王都の裏通路は人影ひとつなく、ただ静寂だけが支配する。
レインはポケットに突っ込んだ小さな手紙を見つめていた。
> “秘密の消息が欲しいなら、この日時、この場所へきて。星の国が本当に助けたいのはあなた自身なのよ。”
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“アルセリアってどう? 星の言葉で“願い”って意味なんだって”
“じゃあ、オレが王で、エリが……”
“女王?”
“……いや、魔法使い”
“……ふふっ、いいね、それ”
“必ず、2人で作ろうねっ!”
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かつて、甘く優しく笑ったあの声が、今は静かな狂気の底にまで響いている。
静寂の中、エリの血が石畳に広がる。
レインは立ち尽くし、剣を持った手が震えを止めない。
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「……レイン=アークロウ、貴様を拘束する」
天野が声を発したとき、その瞳にはまだ“信じた者を失った悲しみ”だけが─映っていた。
「罪状は、星晶院魔導側近・エリセリア・クルス殺害――および国家反逆の疑い」
駆けつけた王都衛兵がレインを取り囲み、剣を向ける。
誰一人、彼の悲痛な顔を読み取る者はいなかった。
鋼鉄の拘束具がカチリと嵌まり、レインの自由は完全に失われた。
「違う……俺は……!」
言葉は、誰にも届かない。
死んだエリは真相を語らず、天野は事実だけを信じる。
こうしてレイン=アークロウは、
“正義を守る者”によって “国家の裏切り者”として処される。
だが──これが彼の《本当の始まり》だった。
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