【1-1】再会
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短編ですぐ完結させる予定ですので、どうかごゆるりとお楽しみください。
朝靄がまだ残る王都の北部。石畳の路地は夜露で薄く光り、空気には鉄と乾いた粉塵の匂いが混じっていた。
衛兵詰所の朝は早い。剣士たちが磨き上げる武具の音、罵声、朝飯の雑穀の匂い、誰もが働く歯車だった。そんな中、レイン・アークロウは黙々と槍を整備していた。
腕に馴染んだこの動きも、最初はぎこちなかった。
王都中央衛兵──
それは名誉というより、“試練”だった。
生まれついての兵ではない。彼は、努力で這い上がった。
彼女の背を、追いかけるようにして。
その記憶がよぎった瞬間だった。
「レイン? やっぱり……本当に、あなただったんだ」
声。
その響きが、時間を止めた。
記憶の中とまったく変わらない、いや──洗練され、磨かれ、どこか“音楽”のような調べになっていた。
振り向いた彼の視界を、ひとつの光景が埋めた。
そこに立っていたのは、かつて彼の隣で笑っていた少女──
今や宮廷魔術師《星晶院の導魔姫》、エリセリア=フェルグランドだった。
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黒と銀の宮廷礼装は、王都で最も格式ある魔術機関の印。その衣が彼女の細い身体に纏いつくように、まるで儀式の中に生きる女神のようだった。
銀の髪をゆるく結い、淡い藤色の瞳がレインを見つめている。その瞳が揺れる。驚き、懐かしみ、そして微笑んだ。
「こんなところで、偶然なんて……ほんとに運命かと思っちゃうよ」
彼女は歩み寄り、制服の上からレインの胸にそっと手を触れた。
「…よかった。元気そうで」
それは無垢な感情にも、抑えきれない安堵にも見えた。
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周囲の兵士が硬直していた。
誰もが知っている。
星晶院の導魔姫が、この詰所に現れるなど前代未聞だ。
しかも──
一般兵のレインに、ここまで親しげに?
「あ、ああ……お前こそ、立派になったな。……いや、すごいな」
レインの口から出たのは、ただの感嘆だった。
かつて隣に住んでいた貧しい少女が、今や王の側近にまで登り詰めた。それでも、自分に微笑んでくれるのか──変わらずに。
「うん。がんばったよ。だって──レインと約束、したじゃない」
微笑む彼女の声が、心を揺らした。
「……また、同じ空の下で並んで歩こう、って」
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思い出した。
冬の夜、エリセリアが泣きながら言った。
“魔術師に選ばれた”その日、彼女は震えていた。「置いていくのが、つらい」と言っていた。
レインは言ったのだ。「追いつくよ。お前と同じ世界に、行く」
あの言葉が、今──実ったのだ。
「レイン」
ふいに、彼女が囁いた。周囲に聞こえぬほど小さく、けれどはっきりと。
「……会えて、嬉しい」
その瞬間、レインの中の“何か”が溶けた。
不安、過去の嫉妬、憧れ、全てが──
ただ、彼女の言葉に、包まれていく。
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そして、彼女は手を離した。
ふわりと笑って、軽く踵を返す。
「また来るね。……あ、今度、王宮の中……案内してあげる。私、権限あるから」
「えっ、それって……」
「内緒。今だけの特別待遇だよ、レインにだけ」
目元を指先で抑えながら、彼女は肩越しにもう一度、笑ってみせた。
その仕草は、まさしく“ヒロイン”だった。
──この再会を、レインは一生忘れない。
登場人物(主要)
レイン・アークロウ
主人公。平民出身、努力で王都中央衛兵に。真面目で感情表現が不器用。
エリセリア=フェルグランド
幼馴染。現在は王直属の魔術機関「星晶院」の最年少首席魔導官。“導魔姫”と呼ばれる。レインに対して特別な親しみを見せる。
舞台背景
王都ヴェルマリオン:巨大な城郭都市。王宮、各省庁、魔術機関、軍が集中。
中央衛兵団詰所:城郭北側にある警備兵の拠点。衛兵の階級は低いが、王宮業務に直結する重責。
星晶院:国家魔術運用機関。王直属。魔術官僚制を敷き、術の権限と政治力を持つ。