ある日の指輪
僕は三十一歳で、相変わらず絵を描いていた。絵は不思議だとよく思う。色を塗っていて、ここはこうしようと思う時もある。それが上手くいかなかったり上手くいったり·····結局上手くいかないから面白いのだ。最初から上手くいくのだったら小説も詩も何もかもつまらない。
何かが上手くいくときは、長年の熟慮や、経験の末の研鑽された英知に裏打ちされることになる。
僕は、天才についてよく考える。天才は、時代を照らす一瞬の光····光は世の中を明るくする。明るくなるので、救われる。
ある日、僕は外の公園で、辺りをスケッチしていた。と、ある女の子が目に付く。
その子は、髪を短めにしていた。短い髪の先が、そろえてあって、僕は、彼女をなんとなく両義式のように思った。
けれど、彼女は、おとなしそうに見える。僕はその子のことをこっそりデッサンし、式と名付けた。けれども話すことは、はばかれた。
僕はその後も時々こっそり、その子のことを描くようになっていった。式は着物なんて着ていない。夏らしい白い、それが空の輝かしい雲のような真っ白なワンピースをよく着ていた。
その真っ白なワンピースは、描くのが少し難しかった。
ある日、とうとう僕は思い切ってその子に話しかけることにした。けれどなんて言おうか?
色々と考えた。そのワンピースはどこで買ったの?とか僕は将来絵を描きたいと思っているんだとか。
結局、僕は話しかけじまいだった。しょうがない。僕には絵の心得はあっても、度胸がないのだ·····
家で僕は悩んだ。『直樹は、後悔ってしないの?』そんな父の言葉を思い出した。(ちなみに父は生きている)
確かに僕はどちらかと言うとのほほんと生きていた。独自の価値観だったし家も僕に緩かった。
僕にはトゥと名付けた指輪があった。彼女は、僕の相棒で、いつもこの指輪をして僕は外に出ていた。絵の時も一緒だった。
一度この指輪を外して、絵を描いたことがあるが、妙にノリが悪かった。
それ以来僕はこの指輪を大事にしていた。