間抜けにも引っかかってしまったので
わたしジェニーは一四歳。
ケインズ男爵家の次女として、そろそろ先々の身の振り方を考えねばならない時期です。
貴族の生活って、華やかだとお思いでしょう?
とんでもないですよ。
もちろん裕福な貴族も多いですけれど、基本的に領主貴族は経営者ですから。
同じ爵位であっても、経営が上手いか下手かで天と地です。
ただ男爵家って、平均すると裕福な家が多かったりします。
何故なら商家が爵位を買うケースがあるからですね。
また基本的に領地の狭い男爵家は、税収だけでは経営は難しいです。
爵位と領地を返上することも少なくないですから、残ったのは特産品や交易でそれなりにやれている家ばかりという現実も。
うちケインズ男爵家ですか?
騎士上がりです。
御先祖様が著しい戦功を立てたとかで爵位を賜りました。
決して商売が上手というわけではなく。
言っては何ですが、一番破綻しやすいパターンです。
しかし清貧の家訓で代々何とか乗り切ってまいりました。
現在姉様は嫁ぎ先が決まりました。
兄様は次代の当主として懸命に学んでいます。
あとはわたしさえ何とかなれば、家に迷惑をかけずにすむのです。
貴族学校に行かずに侍女として奉公に出ることも考えましたが、両親に止められました。
学歴がないといいところに嫁げないからと。
貴族学校の方が出会いは多いからと。
来年から貴族学校に通うことになりました。
申し訳ないですね。
早く婚約が決まればいいのですけれど、まだわたしの年齢では早いでしょうか?
父様が何も言わないところを見ると、わたしが焦り過ぎなのかもしれませんが……。
◇
「婚約者募集中?」
侍女のミリーと買い物に出かけておりましたら、こんな張り紙を見つけました。
「ラニガン商会……新興の商会ですか。名前は最近よく聞きますよお」
「若旦那がお嫁さんを探しているということのようですね」
「貴族の令嬢を求む、とありますよお。お嬢様も条件に当てはまりそうではありますが……」
「でも変ですね」
貴族の令嬢なら、それこそ紹介なり社交なりで伝手を求めるものではないでしょうか?
店頭に張り紙なんて、おかしくないですか?
「ラニガン商会はまだ貴族人脈が弱いのかもしれませんねえ。それに令嬢なら何でもいいというわけではないでしょう?」
「というと?」
「人脈が弱いのに紹介を頼んだら、絶対に売れ残りのとんでもない令嬢を押しつけられますよお。相手が貴族じゃ断われないじゃないですかあ」
「あっ、ミリーは頭がいいですね」
なるほどです。
ミリーは執事長の娘でわたしと同い年ですけれども、のんびりした喋りの割に賢いです。
それで張り紙ですか。
ダメで元々、くらいの感覚なのでしょう。
「おそらく上流階級に食い込みたくて、貴族の令嬢を欲しているのでしょう。しかし商家の嫁なら庶民感覚も必要ですよお。それで店先で募集しているのではないですかあ?」
またしてもなるほどです。
「……ちなみにこれ、わたしが応募したらどう思います?」
「えっ?」
ミリーも驚くくらいのことですか。
ミリーの意見を聞きたいですね。
「……お嬢様はまだ貴族学校入学前ではないですかあ。先方の年齢がわかりませんが、おそらく十代後半かそれ以上の令嬢を望んでいるのではないかと」
「ですよね。でも求めているのが婚約者で、妻ではないようなので」
「ああ、婚約期間中に商家のしきたりを仕込むということかもしれませんねえ」
であればわたしでもよさそうな気がします。
「お嬢様の場合は、時期になれば旦那様や奥様が動かれると思いますけど」
「確かに。でも早く動けばいい話に当たるチャンスが多くなりそうです」
「いい話と考えているのですかあ?」
「うちケインズ男爵家は商売が上手とは言えませんからね。相乗効果があるように思えませんか?」
「なるほどお。お嬢様は夫が平民でも構わないのですかあ?」
「気にしませんね」
「では条件としてはありなのでしょうねえ」
「では、話だけでも聞いてきましょうか」
「面白いですねえ。ワクワク」
店内へ。
◇
――――――――――ラニガン商会の若旦那ギル視点。
表の張り紙に釣られて俺の嫁になりたい令嬢が引っかかってきやがった。
が?
「ジェニー・ケインズ男爵令嬢は一四歳で間違いございませんか?」
「はい、よろしくお願いいたします」
おいおい、どういうこった?
ピンクブロンドの結構な美少女じゃねえか。
しかも一四歳?
これからいくらでも縁談あるだろ?
あんな胡散臭い張り紙に応募してくるやつは、嫁き遅ればかりだと思ってたぜ。
どういうことだよ。
冷やかしか?
「ジェニー嬢はどうしてオレの婚約者に応募してみようと思ったのですか?」
「ええと、家の事情というものがありまして」
「ケインズ男爵家の事情?」
家名は知ってる。
確か武門の家だろ?
質実剛健なイメージがあるが。
「姉は嫁ぎ先が決まり、兄は家を継ぎます。先が決まっていないのはわたしだけなのです」
「ジェニー嬢の年齢を考えるとまだ早いのではないですか?」
「でも決まっていれば安心できますから」
ははあ、本気らしい。
つまり真面目な家の子だけに、自分の将来を真剣に考えている。
でも世間知らずだから、バカみてえな怪しい話に引っかかるってことか。
「オレは平民ですし、年齢も一〇以上離れておりますよ。ジェニー嬢はよろしいので?」
「はい、全然構いません。あの、ギル様はハンサムですし」
オレの面の造作はちょっとしたもんだよ?
しかし恥ずかしがるジェニー嬢は破壊力高えな、おい。
悪いことしてる気になるわ。
悪いことしようとしてるんだが。
……美少女なのは計算外だが、考えてみりゃえらく都合のいいのが飛び込んできたな。
作戦決行だ。
「では、ジェニー嬢をテストさせていただいてよろしいでしょうか?」
「テスト、ですか?」
「はい。ジェニー嬢は大変可愛らしくて素敵なお嬢さんなのですが、正直オレの想定していた婚約者像とは異なっていまして」
やはり微妙な顔になった。
自分が若過ぎるってことは気付いてたんだろうな。
オレも後で男爵に乗り込まれても困る。
利用するだけ利用して、奇麗におさらばする準備をしておかねば。
「商家の嫁に相応しいかどうか、資質を調べさせてもらいたいのです」
「そんな気はしておりました。テストとは何でしょう?」
「お使いです」
「お使い?」
「はい。当商会としては今後業容を大きくするために、貴族の令嬢を迎えて人脈を求めたい。しかし一方で、商家というものは取引相手の気を悪くさせてはいけません。相手の身分に関わりなくです」
「わかります」
「本来は店頭の接客で様子を見るのがわかりやすいのですが、商品知識のないジェニー嬢にはムリです」
「そこでお使いなのですね?」
「はい。商品を相手方に届ける、というお仕事です」
密売品の違法薬を顧客に届けるんだよ。
最近どうも憲兵の監視が厳しくなったように思える。
今の段階で特段うちがマークされてるようには思えねえ。
が、末端で売買されてる薬に薄々感付かれてるのかも知れねえ。
そこで思いついたのが、婚約をダシに貴族の令嬢をおびき寄せ、密売品の運搬を任せる策だ。
まさか何も知らない貴族の令嬢が運び屋をやってるとは思うまい。
憲兵だって自分の身は可愛い。
貴族相手に荷物をチェックさせろなんて言わないはず。
ハハッ、完璧な策だ!
「貴族の御令嬢にとっては薄謝でございましょうが、当商会の規定に則って運び賃は支払わせていただきます」
「その仕事ぶりを見て、婚約者にしていただけるかどうか決めるということですのね?」
「はい、いかがでしょう?」
「やらせていただきます」
よし、釣れた。
何度か運び屋に使ってクビにすりゃいいな。
最後に多めに賃金を払えば文句も言うまい。
「では明日の朝、開店時間頃に、もう一度ここに来ていただけますか? 運ぶ商品を用意しておきます」
◇
――――――――――翌日、ジェニー視点。
「いいお仕事ですねえ」
「そうね」
ラニガン商会の若旦那ギルさんの指示で、ミリーとともに荷物を運んでいる途中です。
「普通の貴族の令嬢ですと、自分でものを運んだりしないではないですかあ」
「多分そういうところが商家に合わないかもしれないと、ギルさんも心配したんでしょうね」
特にわたしは一四歳。
何もできないと思われて当然です。
しっかり任務を果たさねば。
「ちゃんと運び賃をくれるというのが偉いですよお」
「そうなの?」
「そうですよ。テストと称して働かせるだけ働かせてポイってこともあり得るでしょお?」
確かに。
きっとギルさんは商売に対して真摯な人なのでしょう。
ああいう人の婚約者になりたいものですね。
わたしもきちんと仕事をこなしましょう。
「御令嬢、少々よろしいですか?」
「はい」
若い憲兵さんが話しかけてきました。
「失礼、御令嬢方が自ら荷運びという状況が目を引きましたのでね。御令嬢が持つに相応しくない、大きく無骨なカバンでありますし」
「ああ、さようでしたか。お役目御苦労様です」
「これはアルバイトなんですよお」
ギルさんにはそう言えと言われておりました。
婚約のテストがどうこうなんて、ややこしいですものね。
「アルバイト?」
「はい。社会勉強を兼ねたアルバイトです」
「荷運びの仕事でしたか。どこからどこまでですか?」
「ラニガン商会から……」
感じのいい、爽やかな憲兵さんですね。
とても熱心です。
「結構遠いですね。では小官もお供しましょう」
「えっ? 憲兵さんに悪いのでは?」
「何の。女性が大荷物を抱えていると、奪ってやろうと考える不埒な者もおりますから。犯罪を未遂に終わらせるのも職務の内です」
「まあ、御親切に。ありがとうございます」
市民の生活を守る気概を感じますね。
わたしも腕に覚えはありますが、憲兵さんがいた方が安全なのは事実です。
何せ荷運びの仕事ですから、商品が破損したりしたらいけませんもの。
「ただ可愛い御令嬢だから贔屓していると思われるのも心外なのです。見られる分にはたまたまだと言い訳もできますが、小官が手伝っていると貴女の雇い主に誤解されるのも癪でして」
「ああ、憲兵さんは公務員ですものね。報告せず内緒にしておきます」
「御配慮痛み入ります。小官はアイク・パクストンと申します」
「わたしはケインズ男爵家の娘ジェニーです」
「私は侍女のミリーですよお」
「では参りましょうか」
◇
――――――――――二時間後。憲兵詰め所にて。アイク視点。
「署長。例の違法薬物の密売についてですが」
「手掛かりがあったか?」
「まだわからないです。可能性なんですが」
今日あったことを話す。
「ラニガン商会はノーマークだった。なるほど、貴族の令嬢を使って運ばせてるのか。考えやがったな」
「と、決まったわけではないですが。かなり臭いでしょう?」
「いや、末端の売人は浮浪者ばかりで、全然上に辿れねえだろう? 元の運搬手段がわからなかったんだ。貴族とつるんでいやがることを想定してはいたが……」
「しかしジェニー嬢に聞いたところでは、ケインズ男爵家は関係ないですね。たまたま店頭の張り紙募集を見て、社会勉強感覚でアルバイトですよ」
「中身が密売品かもしれねえとは?」
「もちろん知らないです。プライバシーの問題があるので、顧客や商品について詮索しないことと、ラニガン商会に言われています」
「うまいことやってやがるな。状況はわかった」
ジェニー嬢はただ荷運びをしているだけだ。
中身が禁制の品かもなんて疑っていない。
でなきゃ無警戒に色々話してくれるわけがない。
首をかしげる署長。
「……面倒なことになったな。もしラニガン商会がクロなら、その令嬢にも傷がついちまう」
「ジェニー嬢をオレがマークします」
「ふむ?」
「ジェニー嬢によると、まだ何度か荷運びを頼まれるようなんです。その都度偶然を装って同行します」
「……ラニガン商会の密売ルートを、全部浮かび上がらせることができる?」
「密売ルートならばそうですね。であればジェニー嬢は捜査協力者でいいわけですから。無論ラニガン商会がシロなら、元よりジェニー嬢は無罪ですし」
「よし、アイクは令嬢に張りつけ。俺はラニガン商会を調べる。証拠を炙り出してくれる」
「焦って気取られないでくださいよ。この際一網打尽にしたいですから」
「わかってるぜ」
署長の笑顔は凶悪だなあ。
◇
――――――――――二ヵ月後、ジェニー視点。
「はあ……」
思わずため息が出てしまいます。
この二ヵ月、地道に婚約者テストを続けてきたと思っていましたのに、いっぺんにパーです。
何があったかですか?
ラニガン商会ギルさんの指示に従って、あちこちに荷物を運びましたよ。
毎回憲兵のアイクさんに会い、護衛についてくれるので、ありがたいですけど変だなあと思ってはいたのですが。
何とアイクさんは荷物がどこに運ばれるかを調べていたんですって。
いえ、運び先に到着するとわたし個人に便宜を図るのがどうのとかの理由でいつも離れるので、迷惑をかけてしまっているのかと恐縮していましたのに。
まさか事件の全容を暴くのに必要な措置だったとは。
えっ? 事件ですか?
ラニガン商会が仕入れた違法薬物を提携先に卸し、売り捌くという闇の組織の摘発ですよ。
わたしは何も知らずに密売品の運び屋をやらされていたようです。
今日わたしがラニガン商会の事務所にいた時に、憲兵のガサ入れがありました。
ギルさんったらわたしにナイフをつきつけながら、憲兵に対する盾にしようとするんですよ?
「ギルさんはわたしを騙していたんですね?」
「ああ? 今更何を言っていやがる!」
急に言葉遣いが汚いです。
態度を急変させるのは悪党の証拠ですね?
許せないです!
それより腰の抜けたふりをして、お嬢様やっちゃってくださいと期待に満ちた目を向けてくるミリー。
もう、イベントを特等席で見ようとしているのですから!
信じられないです!
ギルさんのナイフを持っている手をくいっと捻り、足をかけて転ばせながら腕を逆関節に極めます。
「あいててててててて!」
「ジェニー嬢ナイス! ギルの身柄を確保しろ!」
哀れ、ギルさんは逮捕の憂き目に遭ったのでした。
憲兵の襲撃は各所同時に行われ、密売組織は壊滅だそうです。
今教えてもらったことですけど。
わたしは憲兵署長さんとアイクさんにより、事情聴取という名目で説明を受けています。
「ギルのやつは、婚約するからとジェニー嬢を騙して運び屋をやらせてたと言うんだが」
「正確には、婚約者にするための試験としてお使いをしてみろと言われていました」
「婚約者ってどういうことだい? 嬢ちゃん、まだ貴族学校にも入学してない年齢だろ?」
「時間は有限です。将来のことは早めに決めておきたいと思いまして」
「自力でかよ」
「しっかりしてますね」
しっかりしている令嬢は、こんな婚約詐欺に引っかからないと思います。
もう、恥ずかしいです。
「ジェニー嬢には特にお咎めありませんからね。安心してください」
「とっ捕まえるところまで世話になっちまったな。うちの連中が形無しだぜ」
「ジェニー嬢は武術の使い手なのですか?」
「ケインズ男爵家は武門の家ですから、あれくらいは」
幼い頃から鍛錬はしておりますので。
署長さんとアイクさんが感心しているようですが。
「捜査協力者としておくからよ。多分勲章が出ると思うぜ」
「そうなのですか?」
「おう。記者が取材に行くと思うぜ。適当に吹いておいてくれ。都合の悪い部分は、捜査上言っちゃいけないことになっているって伝えておけばいいからな」
「恐れ入ります」
犯罪の片棒を担がされたというのに、本当に憲兵の方々はお優しいです。
こういう方々が王都の平和を守っていると思うと安心できますね。
「ところで嬢ちゃん。婚約者を探しているんだろ?」
「はい」
「アイクはどうだい? こいつも社会勉強のために憲兵やってるんだが、パクストン子爵家の跡取りなんだぜ」
家名からパクストン子爵家の出なのかなとは思いましたが、嫡男だとは思いませんでした。
だって危険な憲兵なんてお仕事をしているんですもの。
「嬢ちゃんの荷運びでおかしいってピンと来たのは、アイクの手柄なんだ。できるやつだぜ」
「大変結構なお話ですけれども、アイク様はよろしいのですか?」
「ジェニー嬢は考え方がしっかりしているし、今日はとても強いというところも見せてもらったからね。小官の……僕の方こそジェニー嬢に惹かれてしまったんだ」
「アイクこらてめえ。最初に容姿を褒めるもんなんだよ。嬢ちゃんメチャクチャ可愛いじゃねえか」
「そ、そんな……」
恥ずかしいです。
アイク様だってとっても正義感があって爽やかでいらっしゃるのに。
「実は両親には既にジェニー嬢のことを話していてね。ぜひ連れてこいと言われているんだ」
「えっ?」
「いや、僕がケインズ男爵家に挨拶に行くのが先だな。いつがいいかな?」
「おお? アイクがこんな息もつかせず攻め立てる男だと初めて知ったぜ。やるじゃねえか」
「僕だってやる時はやりますよ」
「調子に乗ってると嬢ちゃんに投げ飛ばされるぞ?」
笑い声が唱和します。
アイクさんと目が合いました。
優しい視線です。
厄日のような吉日って、あるものなのですね。
――――――――――後日談。
「ねえ、お嬢様。パクストン子爵家にお嫁入りの際は、私も連れていってくださいよお」
「もちろんそのつもりですけど、どうして?」
「子爵家の使用人に気の合う方がいるんですう」
ミリーにも幸せの気配です。
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