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第9章:心象バトル――幻影デュエル


朝日が学園の塔に差し込み、金色の光が石造りの壁を照らしていた。「蒼天の決戦儀式」の日が来た。

俺は窓辺に立ち、深呼吸をした。胸のうちに緊張と決意が入り混じっている。昨日の蒼井との出会いから、一晩中眠れなかった。

「颯だよね♡ 準備はできた?」

寮の前で待っていると、莉玖の声がした。振り返ると、彼女は儀式用の特別な制服を着ていた。通常の淡青色よりも鮮やかな水色で、胸元と袖口には風の紋様が刺繍されている。

「ああ」

俺も特別制服を着ていた。同じく風属性のものだが、莉玖のものほど装飾はなく、シンプルなデザインだった。

「眠れなかったでしょう?」

莉玖が心配そうに尋ねた。

「そんなに分かる?」

「目の下にクマができてるわ」

彼女は微笑んだ。

「でも大丈夫、私たちがいるから」

紅とすずねも合流した。紅は鮮やかな火属性の儀式服、すずねは控えめな薄紫色の霧属性の服を着ていた。すずねは少し緊張した様子だったが、俺たちを見ると少し安心したように笑った。

「すずねが見たところ、ほとんどのチームが揃ってるよ」

彼女が報告した。

「みんな集まってるのは中央広場だって」

「行きましょう」

莉玖が先導した。

中央広場は、かつて見たことがないほどの人で賑わっていた。体育祭の最終試練を見るために、学園中の生徒が集まっていたのだ。広場の中央には巨大な円形アリーナが設置され、その周りに観客席が配置されていた。

「神楽坂チーム、こちらへ」

試験官が私たちを呼び、アリーナに隣接する準備エリアへと案内した。そこには他のチームもいて、みな緊張した面持ちだった。

「最終試練の詳細説明をします」

試験官が声を上げた。

「蒼天の決戦儀式は二段階で行われます。第一段階は『心象バトル』、第二段階は『蒼天覚醒』です」

心象バトル?蒼天覚醒?初めて聞く言葉に、チーム内で視線を交わした。

「第一段階の心象バトルでは、自分自身の『影』と対峙します。これは自分の内なる恐怖や弱さを具現化したものです。これに打ち勝ったチームだけが第二段階に進めます」

「自分の影…」

俺は呟いた。霧の迷宮の幻影の回廊で見たものと似ているのか。

「心象バトルは個人戦です。各チームから一人ずつ選出し、アリーナで対戦していただきます」

選出?俺たちは顔を見合わせた。誰が出るべきか。

「颯が良いんじゃない?」

莉玖が提案した。

「俺が?」

思わず声が上がった。

「ええ、あなたは成長が一番早い人だもの」

莉玖は微笑んだ。

「それに、内なる恐怖と言えば…」

「魔力ゼロの恐怖か」

紅が理解を示した。

「確かに、それを乗り越えたのは神楽坂だ」

すずねも頷いた。

「颯なら、絶対大丈夫!」

三人の信頼に、胸が熱くなった。

「分かった、任せてくれ」

選出者が決まり、俺はアリーナの入口へと向かった。他のチームの選出者たちも並んでいる。皆、強者ばかりだ。

アリーナに入ると、驚くべき光景が広がっていた。床全体が巨大な魔法陣になっており、青白い光を放っている。中央には理事長が立ち、杖を掲げていた。

「『蒼天の決戦儀式』第一段階、心象バトルを始めます」

理事長の声が響き渡る。観客席から大きな拍手が起こった。

「選出者は所定の位置へ」

俺を含む選出者たちは、それぞれ魔法陣の一部に立った。円周上に均等に配置される形だ。

「心象バトルとは、自分自身との戦いです」

理事長が説明を続けた。

「誰もが心の奥底に恐れを持っています。弱さや、不安や、過去のトラウマ…それらが『影』となって現れます。それに打ち勝てば、真の強さを手に入れることができるのです」

理事長が杖を高く掲げると、魔法陣が強く輝き始めた。俺の足元から青い霧が立ち上り、周囲の景色が霞んでいく。他の選出者たちの姿が見えなくなり、やがて俺は霧の中に一人取り残された。

「ここから先は、あなた自身との対峙です」

理事長の声だけが霧の向こうから聞こえてきた。

「恐れずに、前に進みなさい」

霧の中を歩き始めると、徐々に周囲の景色が変わっていった。見覚えのある場所…そこは三年前、俺が魔力ゼロと診断された検査室だった。

「神楽坂颯、魔力指数ゼロ」

冷たい声が響く。白衣を着た検査官が、冷ややかな目で俺を見下ろしている。

「あなたは魔法を使えません。学園への入学資格もありません」

当時の絶望感が蘇ってきた。あの日、すべての夢が砕け散ったように感じた。魔法使いになれない。友達もできない。誰からも認められない。ただの欠陥品。

「違う…」

俺は呟いた。

「それは過去の話だ」

すると景色が変わり、学園の教室に変わった。周りの生徒たちが冷ややかな目で俺を見ている。その視線が刺さる。

「魔力ゼロのくせに」 「なんで学園にいるんだ?」 「邪魔なだけだ」

囁きが耳元で響く。これも過去に実際にあった光景だ。入学当初の辛い日々。

「でも、今は違う」

俺はより強く言った。

「俺には仲間がいる」

しかし景色はさらに変わり、今度は未来の光景が広がった。腐った木のように枯れていく俺。風の契約の力も失い、再び誰からも見向きもされない存在になっている。

「これが君の未来だ」

声の方へ振り返ると、そこには「もう一人の俺」が立っていた。影のような存在。瞳は虚ろで、体からは闇のようなオーラが漂っている。

「魔力を得たと思っても、それは一時的なもの。君は結局、無力な存在に戻る」

影の俺が冷笑した。

「風の契約?あれは蒼井たちの実験。君は単なる実験台に過ぎない」

「黙れ」

俺は拳を握りしめた。

「仲間たち?彼らは君のことなど本当に気にかけているのか?莉玖は実験の監視者、紅は次の被験体の候補、すずねだって…」

「黙れ!」

俺は怒りに震えた。

「彼らは本物の仲間だ。お前には分からない」

「分からない?」

影の俺が嘲笑した。

「私は君だ。君の心の奥底にある恐怖と不安そのものだ。本当は分かっているだろう?君はいつか見捨てられる。魔力ゼロの落ちこぼれなのだから」

影の俺が手を伸ばすと、暗い風の刃が形成された。本物の風の刃よりも大きく、そして鋭い。

「さあ、本当の自分を受け入れろ。無力な自分を」

影の俺が風の刃で斬りかかってきた。俺も風の刃を形成して応戦するが、力の差は歴然。影の方が圧倒的に強い。

「なぜだ?」

俺は苦しみながら言った。

「なぜお前の方が強い?」

「当然だ。私こそが本来の姿。恐怖に支配された本当の君だ」

再び斬りかかってくる影。かろうじて避けるが、肩を切り裂かれた。痛みが走る。

「くっ…」

この調子では勝てない。影の言葉も、少しずつ心に染み込んでくる。本当にそうなのか?俺は無力で、仲間たちも俺を本当には…

「颯、信じてるよ!だよね♡」

突然、すずねの声が聞こえた。霧の向こうから、かすかに彼女の姿が見える。

「すずね?」

「神楽坂、弱気になるな!」

紅の声も。

「お前は強い。証明してみせろ」

「颯、あなたの力を信じて!」

莉玖の声も加わった。

三人の声に、心が揺れる。彼らは俺を信じてくれている。影の言葉は嘘だ。

「聞こえるか?」

俺は影に向かって言った。

「彼らは俺を信じている。俺も彼らを信じている。それが絆というものだ」

「絆など幻想に過ぎない」

影が反論した。

「いつか消える儚いもの」

「幻想かもしれない。でも、それを信じることで人は強くなれる」

俺は立ち上がり、刃を構えた。

「もう逃げない。恐怖を認め、それでも前に進む」

影が再び攻撃してきたが、今度は俺の方が冷静だった。風の力を全身に巡らせ、動きを読み、避ける。

「なぜだ?なぜ強くなる?」

影が混乱した様子で言った。

「お前は俺の弱さと恐怖。でも、それだけじゃない」

俺は風の刃に力を込めた。

「俺には希望もある。仲間がいる。未来がある」

「それでも恐怖は消えない!」

「消えなくていい」

俺は穏やかに言った。

「恐怖があるからこそ、勇気が生まれる。弱さがあるからこそ、強さを求める。お前も俺の一部だ」

影の動きが止まった。驚いたように俺を見つめている。

「お前を否定しない。受け入れる」

俺は腕を広げた。

「だが、お前に支配されることもない」

影が静かに頷いた。そして一歩、また一歩と俺に近づいてきた。やがて二人の距離がなくなり、影が俺の体に溶け込んでいく。温かい感覚が全身を包み込んだ。

霧が晴れていき、再びアリーナの光景が見えてきた。他の選出者たちも同様に自分の影と対峙し、勝利した者、敗北した者がいるようだった。

「神楽坂颯、心象バトル、勝利」

理事長の声が響き、観客から拍手が沸き起こった。俺はまだ少し恍惚としたまま、仲間たちの待つ準備エリアへと戻った。

「やった!颯、勝ったね!」

すずねが飛びついてきた。

「よくやった」

紅も珍しく笑顔を見せた。

「素晴らしかったわ」

莉玖が手を差し出した。

「あなたの戦いが見えたのよ。本当に強かった」

「俺一人の力じゃない」

俺は三人を見回した。

「みんながいたから勝てたんだ」

アリーナでは選出者たちの戦いが続いていたが、俺たちのチームは最初の関門を突破した。これで第二段階「蒼天覚醒」に進める。

しかし、この勝利は単に試練をクリアしただけではなかった。俺自身にとっても大きな一歩だった。恐怖や弱さを直視し、それでも前に進む決意をしたのだから。

「みんな、ありがとう」

俺は三人に深く頭を下げた。

「応援してくれて」

「当然よ」

莉玖が微笑んだ。

「私たちはチームなんだから」

「すずねの応援、届いてたね♡」

すずねが嬉しそうに言った。

「正直、見ていて心配だった」

紅が腕を組んだ。

「だが、最後は見事だった」

しばらくして、全ての心象バトルが終わった。勝ち残ったのは全チームの半分ほど。その中には私たちのチームも含まれている。

「心象バトルを勝ち抜いた選手たち、おめでとう」

理事長がアリーナ中央から声を上げた。

「自分自身の恐怖に打ち勝つことは、最も難しい試練の一つです。皆さんは真の勇気を示しました」

拍手が鳴り響く。だが、理事長の顔には何か謎めいた表情があった。

「第二段階『蒼天覚醒』は、今からちょうど一時間後に行います。その間、休息を取ってください」

試験官たちが私たちを休憩エリアへと案内した。そこには飲み物や軽食も用意されていた。

「蒼天覚醒って何だろう?」

すずねが小声で聞いた。

「分からないわ」

莉玖も首を傾げた。

「史料にも記述がない儀式ね」

「だが、この儀式が体育祭の本当の目的なのは間違いない」

紅が真剣な表情で言った。

「そして、蒼井たちの計画とも関係してるんだろうな」

俺も考え込んだ。

私たちは小声で話し合いながら、次の試練に備えた。いよいよ本番。体育祭の真の目的、そして蒼井たちの計画が明らかになる時が来たのだ。

「何があっても、一緒に立ち向かおう」

俺は三人に言った。

「ええ、もちろん」

莉玖が頷いた。

「すずね、頑張るよ!」

すずねも力強く頷いた。

「当然だ」

紅も静かに同意した。

そうして私たち四人は、未知の試練に向けて決意を新たにしたのだった。

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