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第8章:裏切りの序章


霧に包まれた夜の学園。月明かりが霧を通して薄く広がり、幻想的な光景を作り出していた。深夜にもかかわらず、俺は眠れずに寮の窓から外を眺めていた。

元素の泉での試練から一日が経ち、最終試練「蒼天の決戦儀式」までは後二日。これまでの試練の緊張と興奮が、まだ体の中に残っていた。

胸元の元素紋章が微かに光を放っている。四つの元素の力が宿ったこの紋章は、単なる試練の証明以上の意味を持つような気がしていた。

「結局、体育祭の本当の目的は何なんだろう…」

幻影図書館で見た映像が、頭の中でぐるぐると回る。「蒼天の心臓」、霧の結界、外界の脅威、そして理事長たちの秘密計画…。何一つ腑に落ちないことばかりだった。

「颯、まだ起きてるの?」

突然、窓の外から声がした。驚いて見るとそこには、霧の上に浮かぶように立つすずねの姿があった。

「すずね?!どうしてここに?こんな時間に」

「うん…すずね、大切なことがあって…」

彼女の表情は普段の無邪気さとは違い、真剣そのものだった。俺は窓を開け、すずねを部屋に招き入れた。

「どうしたんだ?」

すずねは少し震えながら言った。

「さっき…理事長室の前で、すずね、聞いちゃったの…」

「理事長室?なんでそんなところに?」

「先生のこと、もっと知りたかったから…」

すずねは小さな声で言った。

「だって、図書館の映像に出てたから…」

すずねの好奇心は時に度を超えることがある。彼女の「先生」への執着も、少し心配だった。

「それで、何を聞いたんだ?」

すずねは辺りを見回し、誰かに聞かれないように更に声を小さくした。

「理事長と蒼井さんが話してたの。『碧霧兵器化計画』のこと…」

「碧霧兵器化?」

俺は息を呑んだ。図書館の映像で見た「霧の兵器化」が、具体的な計画として進んでいたのか。

「うん、二人で話してたの。『体育祭は最終段階の実験』って…」

すずねの目には恐怖の色が浮かんでいた。

「『魔力増幅に霧を使う』とか『被験体の選定』とか…こわいことばっかり…」

俺は考え込んだ。理事長は確かに謎めいた人物だったが、まさか生徒たちを実験台にしているとは。

「他には何か聞いた?」

「うん…」

すずねは顔を上げた。

「蒼井さんが『風属性の契約者、神楽坂が予想以上の結果を示している』って言ってたよ」

「俺のこと?」

思わず声が上がった。

「どういう意味だ?」

「わからない…」

すずねが首を振った。

「でも、『風の契約』のこと知ってたみたい…」

これは気になる情報だった。俺と莉玖の風の契約は、誰にも知られていないはずだった。それを蒼井が知っているということは…

「蒼井が莉玖たちに風の契約をさせるよう仕向けたのかもしれない」

「え?」

すずねが驚いた顔をした。

「考えてみろ。魔力ゼロの俺が風の力を得る。それを観察すれば、人工的に魔力を与える実験データになる。俺は彼らの実験台だったのかもしれないんだ」

「そんな…」

すずねの目に涙が浮かんだ。

「颯が実験台なんて…許せない!」

「でも、もし莉玖や紅が関わっているなら…」

「違うよ!」

すずねが強く否定した。

「莉玖さんも紅先輩も、いい人だよ!絶対に騙したりしない!」

すずねの確信には根拠があるのだろうか。だが、彼女の直感はしばしば当たっていた。

「とにかく、もっと情報が必要だ」

俺は決意した。

「理事長室に行ってみよう」

「え?でも…」

「証拠を掴まないと、何も分からない。何より、この計画が他の生徒たちを危険に晒すなら、止めなければならない」

すずねは少し迷ったように見えたが、やがて頷いた。

「うん…すずねも行く!」

「危ないかもしれないぞ?」

「だからこそ!」

すずねは決意を固めた様子だった。

「すずねは颯を一人にしない!」

その言葉に、胸が熱くなった。この少女の純粋な心が、俺の勇気の源だった。

「分かった。じゃあ、一緒に行こう」

夜の学園は、昼間とは別の顔を持っていた。廊下には青白い月光だけが差し込み、物の影が不気味に伸びている。見回りの教師や警備魔法を避けながら、俺たちは管理棟へと向かった。

「すずね、霧を出せる?」

俺が小声で尋ねた。

「うん、少しだけなら…」

すずねが手のひらを広げると、薄紫色の霧が漂い出した。その霧は私たちの周りを包み、姿を隠してくれる。完全な透明化ではないが、暗い廊下では十分な隠れ蓑になった。

「よし、行くぞ」

管理棟は学園の中心に位置し、理事長室や教授陣の執務室が集まっている。深夜にも関わらず、数カ所で灯りが点いていた。誰かがまだ仕事をしているのだろうか。

俺たちは慎重に廊下を進み、理事長室の前にたどり着いた。扉は固く閉ざされ、魔法の封印が施されている。簡単には入れそうにない。

「どうする?」

すずねが心配そうに尋ねた。

「窓から…」

理事長室の窓は中庭に面している。外から入るなら、そちらの方が可能性がある。俺たちは建物の外に出て、中庭から窓を探した。

「あれだ」

理事長室の窓は一階よりも高い位置にあったが、幸い近くに木があった。その枝を伝れば、窓の近くまで行けそうだ。

「すずね、大丈夫か?」

「うん!すずねは木登り得意だよ!」

意外にも彼女は俊敏に木を登り始めた。俺も後に続く。枝が軋む音がして冷や汗が出たが、なんとか窓の近くまでたどり着いた。

窓は少しだけ開いていて、中から声が聞こえてきた。蒼井と誰かが話している。

「…計画は予定通り進行しています。残るは最後の試練だけです」

蒼井の声だった。彼は誰かと話しているようだが、相手の声は聞こえない。電話か何かだろうか。

「はい、神楽坂の風属性適応は予想以上です。契約の効果が最大限に発揮されています。彼と風祭の組み合わせは正解でした」

俺の名前を聞いて、思わず息を飲んだ。やはり俺は実験対象だったのか。

「あの子も適応順調です。霧の資質は期待以上です。小鳥遊すずね、彼女も重要な被験体の一人です」

すずねの名前も出た。彼女の手が俺の腕をきつく握る。その指先が震えているのを感じた。

「最終試練での反応次第では、『蒼天の心臓』にも影響を…」

突然、俺たちの足元の枝が折れる音がした。

「誰だ?」

蒼井の声が鋭く響いた。

「やばい、逃げるぞ!」

俺はすずねの手を取り、急いで木から降りた。背後から窓が開く音がして、蒼井の姿が見えた。彼は窓から身を乗り出し、辺りを見回している。

「急いで!」

俺たちは中庭を横切り、建物の陰に隠れた。蒼井は窓から出てこなかったようだが、警戒を強めているに違いない。

「颯…」

すずねの声が震えていた。

「すずねも実験…?」

「大丈夫だ」

俺は彼女をしっかりと抱きしめた。

「俺が守る。誰にも実験なんかさせない」

俺たちは慎重に寮に戻ることにした。途中、警備の教師に見つかりそうになったが、すずねの霧のおかげで難を逃れた。

寮に戻った後、俺たちは今後の行動について話し合った。

「莉玖と紅先輩に伝えるべきかな…」

すずねが不安そうに尋ねた。

「うん、伝えるべきだと思う」

俺は決意した。

「彼女たちも巻き込まれているかもしれない」

「でも、証拠がないよね…」

確かに、聞いた断片だけでは説得力に欠ける。彼女たちに信じてもらえるだろうか。

「それでも伝えよう」

俺は言った。

「この件は俺たちだけの問題じゃない。学園全体、もしかしたらそれ以上に関わる問題かもしれないんだ」

「うん…」

すずねは静かに頷いた。

「明日、二人に会おう」

「そうだな。明日は最終試練の前日だし、みんなで集まる予定だった」

すずねは疲れた表情で、俺のベッドの端に座った。

「颯…怖いよ…」

「大丈夫だ」

俺は彼女の横に座り、肩を抱いた。

「俺たちには仲間がいる。一緒に真実を突き止めよう」

窓の外を見ると、月が雲に隠れ、学園全体が深い闇に包まれていた。だが、その闇の向こうには必ず光がある。そう信じたかった。

「すずね、今日はここで休むか?」

俺が提案した。

「もう遅いし、女子寮まで戻るのは危ないだろう」

「うん…」

すずねは小さく頷いた。

「すずね、颯のベッドで寝てもいい?」

「ああ、俺は床でいいから」

「ううん、一緒がいい」

彼女はまるで小さな子供のように言った。

「怖いから…」

俺はためらったが、彼女の不安そうな表情を見ると断れなかった。結局、ベッドの端と端で背中合わせに寝ることになった。

「おやすみ、颯」

「ああ、おやすみ」

すずねはすぐに寝息を立て始めた。彼女の安心した寝顔を見て、俺は決意を新たにした。この子を、そして仲間たちを守るために、真実を突き止めなければならない。

翌朝、俺たちは莉玖と紅に連絡を取り、放課後に会う約束をした。一日中、授業に集中できないまま時間が過ぎていった。

放課後、四人は学園の裏手にある小さな広場に集まった。人気のない場所で、誰にも聞かれる心配はない。

「何があったの?」

莉玖が心配そうに尋ねた。

「二人とも、顔色が悪いわ」

「実は…」

俺はここ数日の出来事を全て話した。幻影図書館で見た映像のこと、すずねが理事長室で聞いた会話、そして昨夜の蒼井の言葉。

話が進むにつれ、莉玖と紅の表情が変わっていくのが分かった。驚き、不信、そして怒り…様々な感情が交錯していた。

「…というわけで、俺たちは実験の対象になっているんじゃないかと思うんだ」

言い終えると、暫しの沈黙が訪れた。

「信じられない…」

莉玖が呟いた。

「私たちが使われていたなんて…」

「だが、筋は通る」

紅が腕を組んで言った。

「風の契約があまりにもスムーズに進んだことも、不自然だった」

「紅先輩も感じてたの?」

俺は驚いた。

「ああ。古代の魔法を簡単に再現できるはずがない。だが当時は、それを疑問に思うほどの余裕がなかった」

「じゃあ…莉玖さんも紅先輩も、知らなかったんだね?」

すずねが希望を込めて尋ねた。

「もちろん知らなかったわ」

莉玖はきっぱりと言った。

「私が颯を選んだのは、蒼井や理事長の指示なんかじゃない。私自身の判断よ」

「なぜ俺を?」

俺は聞かずにはいられなかった。

莉玖は少し考え込んでから答えた。

「あなたには、見えないものがある。魔力ゼロなのに、魔法理論に精通し、スポーツも万能。そんなあなたなら、風の力を受け入れられるんじゃないかと…純粋にそう思ったの」

莉玖の言葉には嘘がないように思えた。彼女の目はまっすぐに俺を見つめている。

「俺もそうだ」

紅が言った。

「彼らの計画なんて知らない。神楽坂、お前には魔力はなくとも、強い意志がある。それを認めていた」

すずねが安堵の表情を浮かべる。

「やっぱり!すずね知ってたよ!莉玖さんも紅先輩も、いい人だって!」

「しかし、問題は残る」

紅が真剣な表情で言った。

「彼らの計画とは何か。そして、最終試練は何のためにあるのか」

「蒼天の決戦儀式…」

莉玖が呟いた。

「明日行われる最後の試練。あそこで何かが起きるのね」

「準備しないと」

俺は言った。

「もし彼らが何か仕掛けてくるなら、対抗できるようにしておくべきだ」

「同感だ」

紅が頷いた。

「だが、正面から敵対するのは危険すぎる。まずは様子を見て、その上で行動すべきだ」

「じゃあ、明日は普通に試練に挑む振りをして…」

「そうね」

莉玖が頷いた。

「そして、異変があればすぐに対応できるよう、互いに目配せして…」

話し合いの最中、突然背後から声がした。

「やあ、みなさん。こんな所で何を話しているのかな?」

振り返ると、そこには蒼井が立っていた。口元に薄い笑みを浮かべ、私たちを見下ろしている。

「蒼井先生…」

莉玖が動揺を隠して言った。

「明日の試練の作戦会議でもしていたのかな?」

蒼井は穏やかな声で言った。しかし、その目は冷たく光っていた。

「はい、そうです」

紅が冷静に答えた。

「チームの連携を確認していました」

「そうか、素晴らしい熱心さだ」

蒼井は笑った。

「特に神楽坂君、君の成長ぶりには目を見張るものがある。風の契約が成功して本当に良かった」

その言葉に、俺たちは一瞬凍りついた。彼は知っている。そして、それを隠そうともしていない。

「何を言っているんですか?」

俺は知らないふりをした。

「とぼけることはない」

蒼井はもはや笑顔を見せなくなった。

「私たちは君たちのことを全て把握している。特に君と小鳥遊さん…二人は特別な存在だ」

すずねが俺の後ろに隠れるように立った。

「何が目的なんですか?」

俺は真っ直ぐに蒼井を見つめた。

「目的?世界を救うことだよ」

蒼井は驚くほど率直に答えた。

「外界の脅威から、この島を、そして残された人類を守るためだ」

「映像で見たアレのことですか?」

莉玖が鋭く質問した。

蒼井は少し驚いたように彼女を見た。

「映像?なるほど、幻影図書館で何かを見たようだな。だが、それは氷山の一角に過ぎない」

「説明してください」

紅が要求した。

「時間がきたら、全てわかる」

蒼井は謎めいた笑みを浮かべた。

「明日の蒼天の決戦儀式で…全ては明らかになるだろう」

そう言って、蒼井は踵を返し、立ち去っていった。その背中からは、圧倒的な自信が感じられた。

「なんだったんだ…」

俺は混乱した。

「彼は俺たちが知っていることを知っていた。なのに…」

「私たちを止めようともしなかった」

紅が言った。

「つまり…」

「私たちが知っていることは、彼らにとって問題ではないということ」

莉玖が結論づけた。

「むしろ、知っていた方がいいと思っているような…」

「でも、何のため?」

すずねが不安そうに尋ねた。

「明日、答えが出るわ」

莉玖が静かに言った。

「蒼天の決戦儀式で、全てが明らかになる」

四人は互いを見つめ合った。明日は単なる試練ではなく、何か大きな転機になることは間違いなかった。

「とにかく、今夜はしっかり休もう」

紅が言った。

「明日に備えて、万全の状態でなければならない」

「そうね」

莉玖も頷いた。

「みんな、明日は全力で挑みましょう。何が起きても対応できるように」

別れ際、すずねが俺の手をぎゅっと握った。

「颯…明日、絶対に離れないでね」

「ああ、約束する」

俺は彼女の手を握り返した。

夕暮れの空が赤く染まる中、私たちはそれぞれの道へと分かれた。明日の蒼天の決戦儀式で何が待ち受けているのか、誰にもわからなかった。

だが一つだけ確かなことがあった。この四人の絆は、どんな試練も乗り越えられるということを。



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