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第6章:幻影図書館の試練


学園中央塔の最上階にある図書館。普段は上級生や教授陣にしか開放されていないこの場所は、古代から伝わる貴重な魔法書が多数収蔵されている聖域だった。天井まで届く巨大な書架、精巧な装飾が施された机と椅子、床には複雑な魔法陣が描かれている。

「ここが幻影図書館か…」

俺は息を呑んで周囲を見回した。これまでの試練とは違い、ここは学園内なのに、どこか異世界に来たような感覚がある。空気自体が魔力を帯びているように感じた。

「本がいっぱい…」

すずねが目を輝かせながら言った。

「全部読めたら、すごい魔法使いになれるかな?」

「一生かかっても読み切れないわよ」

莉玖が微笑んだ。

「この図書館には何万冊もの魔法書があるの。しかも、言語も時代も様々」

「そして今日の試練は、その中から特定の本を見つけ出すことだ」

紅が言った。

館内には他のチームの姿もあった。みな第三の試練「幻影図書館の試練」に挑戦するために集まっている。

「説明をお聞きください」

図書館の中央に立つ試験官が声を上げた。彼は年配の魔法使いで、首から下げた特殊な単眼鏡を通して私たちを見渡している。

「幻影図書館の試練は、『知識の探求』と『幻影との対峙』の二段階で構成されます。第一段階では、与えられた手がかりを基に三冊の本を探し出してください。第二段階では、それらの本に記された魔法を使って、館内に潜む『知識の守護者』と対峙していただきます」

試験官はそう言うと、各チームにスクロールを配った。そこには暗号のような文字が書かれている。

「これが手がかりとなります。解読は各チームの知恵を試すものです。それでは、試練開始」

「さて…」

莉玖がスクロールを広げた。

「これを解読しないといけないわね」

スクロールには、複数の言語が入り混じった文章が書かれていた。古代魔法語、現代魔法理論の式、そして象徴的な図形…複雑に絡み合った情報の海だ。

「難しそう…」

すずねが首を傾げた。

「風祭、解読できるか?」

紅が尋ねた。

「時間はかかるけど…できるわ」

莉玖は自信たっぷりに言った。

「私の専門分野だもの」

私たちは図書館の一角に席を確保し、莉玖を中心にスクロールの解読を始めた。彼女の前には何冊かの参考書が開かれ、紙とペンで計算や翻訳を進めていく。

「なるほど…これは『風の狭間に眠る古の知恵』を指しているわ」

莉玖が最初の手がかりを解読した。

「分類番号はW-421…風属性の古典セクションね」

「探してくる」

紅が立ち上がった。

「すずねも手伝う!」

すずねも続いた。

俺は莉玖と残り、残りの解読を手伝うことにした。彼女の傍らで、複雑な魔法式の計算を担当する。魔力はなくても、魔法理論の知識だけなら俺にもある。

「颯、この部分の計算をお願い」

莉玖が一連の式を示した。

「分かった」

俺は頷いた。

頭を使う作業は久しぶりだった。体を動かす試練の後だけに、頭脳を駆使するこの試練は新鮮だった。魔法式を解くのは、まるで複雑なパズルのよう。一つ一つのピースを正しく配置していくと、全体の意味が浮かび上がってくる。

「見つけた!」

紅とすずねが戻ってきた。紅の手には古ぼけた青い表紙の本があった。

「『風の狭間に眠る古の知恵』…これで一冊目ね」

莉玖が満足げに言った。

「次の手がかりも解読できたわ。『炎の心臓を捉えし者の記録』…これは火属性セクションにあるはず」

再び紅とすずねが本を探しに行く間、俺と莉玖は最後の手がかりの解読を進めた。

「これは…『霧の向こうの真実』?」

莉玖が首を傾げた。

「霧属性の本…珍しいわね」

「すずねの専門分野か」

俺が言うと、莉玖は微笑んだ。

「ええ、彼女が興味を持ちそうな内容ね」

二冊目も無事に見つかり、最後は霧属性の本を探すことになった。今回はすずねが先導役になった。

「霧の本なら、すずねに任せて!先生がいつも教えてくれるんだ!」

彼女は自信たっぷりに言うと、図書館の奥へと歩き出した。私たちも彼女に続く。

「先生って、誰なんだ?」

歩きながら俺はすずねに尋ねた。いつも彼女が言及する「先生」の正体が気になっていた。

「えへへ、秘密♡」

すずねは茶目っ気たっぷりに言った。

「でも、きっといつか会えるよ!」

すずねは特別なセクションへと私たちを導いた。通常の書架とは離れた、小さなアルコーブのような空間だ。そこには霧属性に関する書物が数冊だけ置かれていた。

「ここだよ」

すずねが指さした先に、薄紫色の表紙をした本があった。

「『霧の向こうの真実』!」

三冊の本を集め、私たちは中央の机に戻った。次は本の内容を理解し、何らかの魔法を見つけ出さなければならない。

「では、分担して読みましょう」

莉玖が提案した。

「紅先輩は『炎の心臓を捉えし者の記録』、すずねさんは『霧の向こうの真実』、私は『風の狭間に眠る古の知恵』を」

「俺は?」

「颯は、私たちが読んだ内容を統合して、三つの魔法の関連性を見つけてほしいの」

莉玖が言った。

「あなたは魔法理論に強いでしょう?」

確かに、理論面なら俺も貢献できる。それぞれが本を読み始めると、図書館内は静寂に包まれた。時折、ページをめくる音だけが響く。

俺はそれぞれの読書メモを見ながら、三冊の本の関連性を探った。『風の狭間に眠る古の知恵』には古代の風魔法の詠唱が、『炎の心臓を捉えし者の記録』には火の制御技術が、『霧の向こうの真実』には目に見えないものを顕在化させる術が記されていた。

「これらを組み合わせると…」

俺は気づいた。

「『幻影顕現』の魔法が完成する」

「幻影顕現?」

紅が顔を上げた。

「そう、過去の記憶や未来の可能性を、風と火と霧の力で目に見える形にする魔法だ」

「なるほど…」

莉玖が目を輝かせた。

「これが第二段階への鍵ね」

私たちは三つの本から必要な箇所を抜き出し、詠唱を組み合わせた。それぞれの属性の力を同時に発動させる複雑な魔法だ。

「準備はいいわね」

莉玖が立ち上がった。

「第二段階、『知識の守護者』との対峙…」

その時だった。図書館内の灯りが一斉に薄暗くなり、中央の空間に青白い光が集まり始めた。光は徐々に形を取り、人型の姿になっていく。

「知識を求める者たちよ」

透明感のある声が響いた。それは男性のようでもあり女性のようでもあり、若くも老いてもいないような、不思議な声だった。

「私は『知識の守護者』。古より、この図書館の秘密を守護する者なり」

完全に形を取った守護者は、青白い衣をまとった人型の存在だった。顔は常に変化し、時に老人に、時に少女に、時に獣の顔に見える。

「幻影とは、真実を隠し、また露わにするもの。汝らの見出した魔法にて、己が求むる真実を示せ」

これが試練の真の目的だったのか。幻影顕現の魔法で、私たちが求める「真実」を映し出すことが求められている。

「どんな真実を?」

紅が守護者に尋ねた。

「それは汝ら自身が決めるもの」

守護者は答えた。「過去か、未来か、現在の隠された真実か…選ぶのは汝らなり」

私たちは顔を見合わせた。何を「真実」として求めるべきか。個人的な願望か、もっと大きな意味を持つ何かか。

「体育祭の真の目的…」

莉玖が小声で言った。「霧の謎、そして学園の秘密…それを知りたいわ」

紅も頷いた。「同感だ。単なる競技ではなく、この体育祭には何か大きな意味があるはずだ」

「すずねも知りたい!」

すずねも賛成した。

「霧のこと、先生のこと…」

「じゃあ、決まりだな」

俺も頷いた。

「学園と霧の秘密、それが私たちの求める真実だ」

「さあ、術を唱えよう」

莉玖が中心に立った。

「私が風の詠唱を、紅先輩が火の、すずねさんが霧の詠唱を」

三人は円を描くように立ち、それぞれの詠唱を始めた。風の柔らかな音色、火のパチパチという音、霧の微かなささやき…三つの力が交錯し、中央に光の球が形成されていく。

俺も円の中に立ち、三つの力を統合する役割を担った。風の契約により、微弱ながらも風の力を持つ俺だからこそできる役割だ。

「風よ、過去を映せ」 「火よ、真実を照らせ」 「霧よ、隠されしものを現せ」

三つの声が重なり、光の球が大きく膨らんだ。その中に、映像が浮かび上がる。

それは学園島の姿…だが、現在とは異なっていた。島はより小さく、建物も少ない。時代は遡り、学園の創設期の光景が映し出された。

映像の中で、創設者たちが集まっている。彼らは大きな結晶—「蒼天の心臓」と呼ばれるもの—を中心に配置し、複雑な魔法陣を描いていた。

「蒼天の心臓…」

莉玖が息を呑んだ。「伝説の力の源…」

映像は進み、「心臓」から霧が生み出される様子を映し出す。天蒼の霧、碧霧、黄昏の霧、深淵の霧、そして終焉の霧…五つの霧が学園島を取り囲み、結界となる。

「霧は結界だったのね…」

莉玖が呟いた。「学園を守るための…」

だが、次の映像は衝撃的だった。結界の外には、無数の闇の存在が徘徊していた。人間の形をしているようで、でも違う…魔物とも呼べない奇妙な存在だった。

「外界の侵略者…」

紅の声が震えた。「学園は単なる学び舎ではなく、最後の砦だったのか」

映像はさらに進み、現在に近づく。学園の理事長や教授陣が秘密の会議を開いている。その中には蒼井の姿もあった。彼らは「霧の力」を兵器化する計画について話し合っていた。

「これは…霧を兵器に?」

莉玖が驚いた。

「まさか…」

紅も信じられないという表情だった。

すずねの顔は青ざめていた。「すずねの霧も…武器にするの?」

最後に映し出されたのは、すずねが言及する「先生」の姿だった。緑の長い髪をもつ女性…開会式で見た霧島ミドリとよく似ている。

「あっ!先生!」

すずねが声を上げた。

映像はそこで終わり、光の球が静かに消えていった。守護者は満足げな表情を浮かべていた。

「真実を見出す勇気を持ちし者たちよ」

守護者が言った。「試練を乗り越えし証として、この知識を授けよう」

守護者の手から、新たな光が生まれ、それは小さな巻物となった。

「風と火と霧の合体魔法、『蒼天の光』の詠唱なり。来たるべき決戦に役立てよ」

守護者はそう言うと、光となって消えていった。図書館内の灯りが元に戻り、私たちの周りには他のチームの姿もあった。彼らもそれぞれの「真実」を見たのだろう。

「これが…体育祭の真の目的?」

紅が重々しく言った。「霧の秘密、そして外界の脅威…」

「理事長たちの計画も気になるわね」

莉玖は眉をひそめた。「霧の兵器化…」

「先生が映像に出てた…」

すずねは複雑な表情をしていた。「どうして…」

俺も黙って考え込んでいた。これまで見たことのない世界が広がっていた。魔法学園の裏に隠された真実、そして霧の持つ本当の意味…

「この情報は、簡単に他言すべきではないな」

紅が慎重に言った。

「そうね」

莉玖も頷いた。「特に理事長たちの計画については…」

「試練は成功したようね」

図書館の試験官が近づいてきた。「おめでとう。三冊の本と守護者からの贈り物を返却してくれたまえ」

私たちは本と巻物を渡した。巻物についての言及はなく、試験官は通常の試練の一部として受け取ったようだった。

「幻影図書館の試練、合格です」

試験官が告げた。「次は『元素の泉を巡る巡礼』です。三日後に学園塔最上階の露天にお集まりください」

試験官が去った後、私たちは小声で話し合った。

「映像で見たことは、誰にも話さないほうがいいわ」

莉玖が言った。「少なくとも、状況がはっきりするまでは」

「同感だ」

紅も頷いた。「だが、警戒は必要だな。特に蒼井には」

「先生のこと…もっと知りたい」

すずねが呟いた。

「ミドリと関係があるのかもな」

俺が言った。「霧島ミドリ…彼女も何か知っているのかもしれない」

図書館を後にする私たち。表面上は試練を一つクリアした喜びがあるが、心の中には新たな疑問と不安が芽生えていた。

蒼天の下、学園の秘密はさらに深まるばかりだった。


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