表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/15

第4章:初陣――幻晶獣討伐の儀

すずねは可愛いです

「浮遊神殿か…」

俺は息を呑んで、目の前に広がる光景を見上げた。学園島の東端に位置する浮遊神殿は、文字通り空中に浮かぶ巨大な建造物だ。古代文明の遺跡と言われており、普段は立ち入り禁止区域だった。だが、今日は体育祭の最初の試練「幻晶獣討伐の儀」が行われる特別な日だ。

神殿は青白い石で作られた円形の建物で、幾つもの柱が空中に複雑に絡み合い、まるで幾何学的な彫刻のようだった。その周囲には、光の粒子を含んだ青い霧が漂っている。天蒼の霧と呼ばれる現象だ。

「綺麗…」すずねが隣で感嘆の声を上げた。

「幻晶獣か…実物を見るのは初めてだな」紅は腰の火剣に手を置きながら、静かに言った。

莉玖はデータが書かれた魔導書を手に取り、真剣な表情で神殿を見つめていた。「過去の記録によれば、この神殿には複数種の幻晶獣が生息しているわ。私たちが向かうのは、最下層のファントム・リザード」

三日前の風の契約以来、俺の体内には確かに風の力が宿っていた。まだ小さく不安定だが、確かにそこにある魔力。昨日まで練習した風の刃を出す訓練も、少しずつだが上達してきた。

「颯、緊張してる?」すずねが俺の表情を覗き込んだ。

「まあな」正直に認めた。「初めての実戦だし、昨日までただの魔力ゼロだったんだ。うまくやれるかどうか…」

「大丈夫だよ!」すずねは元気よく言った。「すずねがいるから!それに、颯は強いよ!」

彼女の無邪気な信頼に、俺は苦笑するしかなかった。すずねの霧属性の力は、主に「見えないものを見る」能力と、他者の魔力を安定させる補助能力だった。直接的な攻撃力は弱いが、チームにとっては貴重な存在だ。

「準備はいいか」紅が俺たちを見回した。彼女は今日も凛とした姿で、火剣を腰に下げている。紅は一歩前に出て、リーダーのように立った。「今日の作戦を確認する」

私たちは円になって集まった。

「まず、風祭が神殿内部の風の流れを読み、幻晶獣の位置を特定する。その間、俺が前衛として敵の注意を引く。神楽坂は風の刃で側面から攻撃、小鳥遊は後方から補助魔法で全員をサポートだ」

作戦は簡潔明瞭だった。紅は実戦経験豊富で、チームの力を最大限に生かす配置を瞬時に考えていた。

「ファントム・リザードは、体長約3メートル、尻尾の先に結晶体を持つ」莉玖が補足した。「その結晶が弱点。破壊すれば倒せるわ」

「みんな、気をつけて」紅が真剣な表情で言った。「向こうは獲物を求める本能のままに動く。ためらいはない。だが、私たちは違う。恐怖や迷いがあれば、一瞬のスキが命取りになる」

重い言葉だった。実際の戦闘は、訓練とは違う。相手は本気で襲ってくる。一歩間違えば命の危険もある。

俺は内ポケットですずねのお守りを握りしめた。そこから微かな風の気配を感じる。不思議と心が落ち着いた。

「行くぞ」

紅の合図で、私たちは神殿の入口へと向かった。石造りの巨大な扉の前には、古代文字が刻まれていた。

「これは…」莉玖が扉に近づき、指で文字をなぞる。「古代魔導文字ね。『勇気なき者は立ち入るな。この先にあるのは試練と真実』…といった内容ね」

「開け方は?」紅が尋ねた。

莉玖は少し考え込んでから、「恐らく…」と言って両手を扉に当てた。彼女の指先から青い光が広がり、扉の模様と共鳴していく。「風の力で共振させれば…」

低い轟音とともに、巨大な扉がゆっくりと開き始めた。中からは冷たい風と共に、青い霧が漂い出てくる。

「すごい…」すずねが小さく呟いた。

扉の向こうは、驚くほど広大な空間だった。天井は高く、床には美しい模様が描かれている。柱が整然と並び、神秘的な雰囲気を醸し出していた。だが、美しい外観とは裏腹に、空気には緊張感が漂っていた。

「気を付けて」紅が低い声で言った。「ここから先は実戦区域だ」

私たちは慎重に内部へと足を踏み入れた。足音が反響し、神殿内に響き渡る。青い霧が足元を包み、幻想的な雰囲気を作り出している。

「風の流れを読むわ」莉玖が目を閉じ、両手を軽く広げた。彼女の周りに青い光が渦巻き、神殿内の空気が揺れる。「感じる…下の広間に何かがいるわ。大きな生命反応」

「ファントム・リザードか」紅は火剣に手をかけた。剣の鞘から赤い光が漏れ出している。

「階段はあっちね」莉玖が前方を指さした。

私たちは彼女に導かれるまま、螺旋状の階段を下っていった。階段の壁には古代の戦いを描いた壁画があり、かつての魔法使いたちの姿が描かれていた。

「この絵…」すずねが壁画を指さした。「昔の魔法使いと、幻晶獣が戦ってる」

「体育祭の起源は、古代の試練の再現というわけか」紅が静かに言った。

階段を下りきると、そこには円形の広間が広がっていた。中央には台座があり、その上に青く輝く結晶が置かれている。広間全体に青い霧が漂い、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「結晶を守るのが、幻晶獣の役目…」莉玖が小声で説明した。「あの結晶を取れば、討伐の儀は成功よ」

「そこにいるぞ」紅が警戒の声を上げた。

台座の後ろの影から、ゆっくりと巨大な姿が現れた。ファントム・リザード——青白い鱗に覆われた、トカゲのような生き物だ。約3メートルの体長、太い尻尾の先には大きな青い結晶が埋め込まれていた。半透明の体は霧のようにも見え、幻のような存在感だった。

「うわ…」思わず息を飲む。想像以上の迫力だった。

幻晶獣は私たちを発見すると、尾の結晶を鮮やかに光らせ、低い唸り声を上げた。その目は冷たく光り、獲物を捕らえる獣の眼差しだった。

「作戦通り行くぞ」紅が声を上げた。「風祭、後方支援。神楽坂、左側面。小鳥遊、安全圏から補助を」

皆が素早く配置につく。紅は真正面から幻晶獣に向かって歩き出した。彼女の手に握られた火剣が赤く燃え上がる。

「おい、こっちだ」紅が幻晶獣を挑発するように声を上げる。

幻晶獣は紅に反応し、大きな口を開けて威嚇した。鋭い牙が並ぶ口からは、青い光が漏れ出している。

攻撃の前触れだ。俺は左側へと素早く移動し、体内の風の力に意識を向けた。魔力がうねるような感覚が、手のひらに集中していく。

「風、刃となれ」

掌から青い光が伸び、風の刃が形作られる。まだ不安定だが、確かな切れ味を持っていた。

幻晶獣が紅に向かって突進した。驚くべき素早さだった。紅は難なくそれを避け、火剣で幻晶獣の鱗を薙ぎ払う。鱗が砕け散り、幻晶獣が怒りの咆哮を上げた。

「颯、いくよ!」莉玖の声が響く。彼女は両手を広げ、強力な風を巻き起こした。「蒼風旋!」

旋風が幻晶獣を包み込み、一瞬だけ宙に浮かせる。これが俺のチャンスだ。

「今だ!」

俺は風の刃を握りしめ、幻晶獣に向かって跳んだ。動きは訓練通り。風の力を足元にも集中させ、跳躍力を高める。

「はああっ!」

風の刃が幻晶獣の体を横薙ぎに切り裂いた。体の半分が青い霧のように霧散したが、すぐに元に戻っていく。やはり尾の結晶が弱点なのか。

「すずねの応援、届いてるよね♡」

後方からすずねの声が聞こえる。彼女は両手を前に出し、淡い紫色の光を放っていた。「応援妖精魔法!」

すずねの魔法が発動すると、体が軽くなるような感覚がした。反応速度が上がり、魔力の流れもスムーズになる。彼女の補助魔法の効果だ。

「効いてるぞ!」紅が声を上げた。彼女の攻撃も一段と鋭くなっていた。

幻晶獣は怒りに満ちた咆哮を上げ、尾を大きく振り回した。衝撃波が広がり、私たちは一瞬足元をすくわれる。

「危ない!」

紅が素早く俺の前に立ち、火剣で衝撃波を切り裂いた。彼女の背中が、頼もしく見えた。

「風祭、一気に決めるぞ!」紅が莉玖に向かって叫んだ。

莉玖は頷き、より強力な風を起こし始めた。「風よ、我が命に応えよ。天空の旋律を奏でる者よ…」

長い詠唱が始まる。高度な風魔法を準備しているようだ。その間、俺と紅が幻晶獣の注意を引き続ける必要がある。

「神楽坂、いけるか?」紅が俺を見た。

「ああ」自信を持って答えた。「受け止める!」

幻晶獣が再び突進してきた。今度は俺に向かって。その巨体が恐ろしい速さで迫ってくる。

「風、刃となれ!」

俺は風の刃を構え、突進してくる幻晶獣に正面から立ち向かった。恐怖はあった。だが、それ以上に仲間を守りたいという思いが強かった。

風の刃が幻晶獣の頭部を捉えた。鱗が砕け散り、青い血のようなものが噴き出す。だが、致命傷ではない。幻晶獣は怒りに満ちた叫び声を上げ、尾で俺を薙ぎ払おうとした。

「危ない!」

紅の警告が遅れる前に、尾が俺の体を直撃した。激痛と共に、体が宙に浮く。壁に叩きつけられる前に、何かが俺を支えた。莉玖の風だ。

「大丈夫?」彼女の心配そうな声が聞こえる。

「ああ…」痛みに歯を食いしばりながら、立ち上がる。「まだ、やれる」

「すずねの魔法でパワーアップだよ!」すずねが両手を広げ、より強い補助魔法を発動した。「みんな、がんばって!」

彼女の魔法のおかげで、痛みが和らいでいく。体が軽くなり、魔力の流れも回復していくのを感じた。

「準備完了!」莉玖の声が響いた。彼女の周りには強力な風の渦が形成されていた。「紅先輩、お願いします!」

紅は大きく頷き、火剣を天に掲げた。「紅蓮の炎よ、我が剣を包め!」

火剣が鮮やかな赤い炎に包まれる。それは普通の炎とは違い、より純粋で強力な魔力の結晶のようだった。

「颯、準備して!」莉玖が叫んだ。「合わせ技よ!」

俺は風の刃を再び形成し、力を集中させる。体内の風の力を全て刃に込めて。

「行くぞ!」紅が叫んだ。「火風合体、紅蓮旋風刃!」

莉玖の風が幻晶獣を宙に浮かせ、紅の炎がそれを包み込む。俺はその隙に跳躍し、風の刃で幻晶獣の尾を狙った。

「はああっ!」

風の刃が結晶を直撃した。一瞬の抵抗の後、結晶が綺麗に真っ二つに割れる。青い光が爆発的に広がり、幻晶獣の体が霧のように消えていった。

「やった…」

俺は膝をつき、大きく息を吐いた。初めての実戦は、想像以上に激しいものだった。体中が痛み、疲労感で満たされていた。だが、それ以上に達成感があった。

「よくやった」紅が俺の肩に手を置いた。彼女の表情には、珍しく満足そうな笑みがあった。

「颯、すごかったよ!」すずねが飛びついてきた。彼女は嬉しそうに笑いながら、俺の背中に乗っかった。「すずねの応援、効いたでしょ?」

「ああ、ありがとう」俺は笑顔で答えた。「お前のおかげだ」

莉玖も近づいてきて、静かに微笑んだ。「見事な風の扱いだったわ。あなたの成長は驚異的」

台座の上の結晶が、より明るく輝き始めた。莉玖がそれを取り上げると、結晶はさらに強く光を放った。

「蒼晶の欠片…」莉玖が神秘的な表情で言った。「この結晶があれば、次の試練への鍵になるわ」

すずねが結晶に手を伸ばした。「きれい…すずね、持ってもいい?」

莉玖は少し考えてから、結晶をすずねに渡した。「気をつけて持っていてね」

すずねは大喜びで結晶を受け取り、大事そうに両手で包み込んだ。「すずね、絶対に守るよ!」

紅は周囲を見回し、「任務完了だな」と言った。「帰還しよう」

私たちは神殿を後にする途中、振り返って広間を見た。青い霧が静かに漂い、まるで何事もなかったかのような静けさが戻っていた。

「次は『霧の迷宮探検』か」紅が言った。「さらに危険になるだろうな」

「でも、私たちならきっと大丈夫」莉玖が自信たっぷりに答えた。「今日の連携は素晴らしかったわ」

「うん!最強チームだもんね!」すずねが元気よく言った。

俺は黙って頷いた。初めての実戦は緊張したが、この三人と共に戦えることに、不思議な安心感があった。今までの人生で経験したことのない感覚だった。

神殿の外に出ると、待機していた試験官たちが迎えてくれた。

「無事帰還、おめでとう」試験官が私たちに深々と頭を下げた。「幻晶獣討伐、成功と認めます」

周囲から拍手が湧き起こった。他のチームの生徒たちが、私たちを見つめている。その目には驚きと尊敬の色があった。特に、魔力ゼロだった俺が活躍したことが、大きな驚きだったようだ。

「神楽坂、本当に戦ったのか?」 「あいつ、風の力を使えるようになったらしい」 「嘘だろ?魔力ゼロのはずじゃ…」

囁き合う声が聞こえてくる。以前なら気になったかもしれないが、今は気にならなかった。俺には、誇れる仲間がいる。それだけで十分だった。

「次の試練は三日後だ」紅が言った。「それまでに休息と調整を」

「了解」莉玖が頷いた。

「すずね、頑張るよ!」すずねは結晶を胸に抱きしめたまま、嬉しそうに飛び跳ねた。

俺たちは学園に戻る道すがら、各自の感想や反省点を話し合った。初めての実戦だったが、予想以上にチームワークは機能していた。特に紅と莉玖の息の合った連携は見事だった。すずねの補助魔法も、思った以上に効果があった。

自分自身を振り返ると、まだまだ未熟だと感じた。風の力のコントロールは不完全で、攻撃の精度にも問題があった。だが、それも経験を積めば改善していくだろう。

「颯、何考えてるの?」すずねが俺の表情を覗き込んできた。

「ああ、次はもっとうまくやれるようにって」

「うん!次も頑張ろうね!」彼女は満面の笑顔で言った。「すずねのチューで、パワーアップだよね♡」

「お前な…」思わず苦笑してしまう。すずねのチュー式補助魔法は確かに効果があったが、少し恥ずかしい魔法だった。だが、その無邪気さがチームの雰囲気を和らげてくれるのも事実だった。

空を見上げると、蒼い天空が広がっていた。雲一つない晴天。風が頬を撫で、髪を揺らす。その風に、俺は初めて仲間を感じた。

この仲間たちと共に、これからの試練を乗り越えていく。その思いが、俺の中で強く芽生えていた。蒼天の下、新たな一歩を踏み出したのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ