第15章:蒼天の向こう側
これで最終話(のつもり!)です!
魔導王の危機から一週間が経った。学園は徐々に日常を取り戻しつつあった。生徒たちには「特別な試練の一環」として説明され、詳細は明かされなかったが、私たち四人が活躍したことは広く知れ渡っていた。
紅の回復は予想以上に早かった。三日目には医務室を出られるまでになり、今では通常の訓練にも参加できるようになった。彼女の体には魔導王の力の残滓が残っているようで、火の魔法がより強力になったという。
「神楽坂、その構えじゃバランスが悪い」
今日も特別訓練場で、私たちは守護者としての訓練に励んでいた。紅が俺の風の刃の扱いについて指導している。
「こうか?」
俺は姿勢を調整した。
「ああ、そうだ」
紅は満足げに頷いた。
「風の力は全身から出ているものだ。体の中心を意識しろ」
訓練場の別の場所では、莉玖がすずねの霧魔法の制御を教えていた。すずねの霧は強力だが、まだ方向性に欠けることがある。莉玖の論理的な指導が、それを整えるのに役立っていた。
「すずねさん、霧の密度をより均一に」
莉玖の声が聞こえてくる。
「そう、その調子」
私たちは「蒼天の守護者」として、特別なカリキュラムで訓練を受けていた。通常の授業に加え、古代魔法の研究、高度な戦闘技術、そして結界の理解と強化に関する特別講義などだ。
「休憩にしよう」
紅が提案した。
四人は練習場の中央に集まり、水を飲みながら一息ついた。
「皆、上達してるわね」
莉玖が感心した様子で言った。
「特に颯、あなたの成長は目を見張るものがあるわ」
「そうだな」
紅も同意した。
「魔力ゼロから、ここまで来るとは思わなかった」
「すずねも、頑張ってるよ!」
すずねが元気よく手を挙げた。
「ああ、みんな頑張ってる」
俺は笑顔で答えた。
「でも、まだまだ先は長いだろうな」
私たちの使命は明確だった。蒼天の心臓を守り、結界を強化し、侵食者から学園を守ること。それは容易な道のりではない。しかし、この絆があれば乗り越えられると信じていた。
「そういえば、紅」
俺が尋ねた。
「魔導王になった時、何か…見えた?」
紅は少し考え込んだ後、静かに答えた。
「ああ…霧の向こう側を」
「霧の向こう?」
三人が驚いて声を上げた。
「侵食者たちが住む世界だ」
紅の目は遠くを見ているようだった。
「かつてはこの世界と同じだったが、今は歪んでいる。建物は朽ち、空は灰色で、そこにいる存在たちは…もはや人間とは呼べない」
紅の言葉に、静寂が訪れた。私たちは想像しようとしたが、その光景は余りにも恐ろしく思えた。
「それに…」
紅はためらいがちに続けた。
「霧島ミドリを見た」
「霧島ミドリ?」
莉玖が驚いた。
「霧属性のリーダー?」
「ミドリ先生!」
すずねが突然声を上げた。
「すずねの先生だよ!」
「そう」
紅がゆっくりと頷いた。
「彼女は…霧の結界の向こう側にいる。だが、侵食されていない。むしろ、何かを探しているようだった」
「なんで彼女がそこに?」
俺は混乱した。
「どういうことだ?」
「わからない」
紅は首を振った。
「一瞬だけ見えただけだ。だが、彼女は間違いなくそこにいた」
すずねの表情が曇った。
「先生…危ないの?」
「心配するな」
紅はすずねの頭を撫でた。
「彼女は強い。それに、目的があって行動しているように見えた」
「私が調査してみる」
莉玖が決意した。
「霧島ミドリについて、もっと情報を集めましょう」
話し合いの最中、ドアが開き、蒼井が入ってきた。
「お疲れ様」
彼は四人に頷きかけた。
「理事長が呼んでいる。重要な話があるそうだ」
私たちは顔を見合わせ、すぐに理事長室へと向かった。理事長は窓際に立ち、学園を見下ろしていた。私たちが入ると、振り返って微笑んだ。
「よく来てくれた。守護者たちよ」
「何かあったんですか?」
莉玖が尋ねた。
「ああ」
理事長は大きく頷いた。
「重大な発見があった。蒼天の心臓の記録を解読していたところ、ある古代遺跡の存在が明らかになったんだ」
「古代遺跡?」
「学園島の北端、誰も近づかないとされる霧の森の奥にある」
理事長は古い地図を広げた。
「そこには、蒼天の力を増幅する装置が眠っているという」
「それが見つかれば、結界を強化できる?」
俺が期待を込めて尋ねた。
「その可能性は高い」
理事長は頷いた。
「だが、遺跡は長い間封印されていた。おそらく、古代の守護者たちが何らかの理由で隠したのだろう」
「危険かもしれないということですね」
紅が察した。
「その通り」
理事長は厳しい表情になった。
「だからこそ、君たちに探索してほしい。蒼天の守護者である君たちなら、そこに眠る秘密を解き明かせるかもしれない」
「いつ行けばいいですか?」
「準備ができ次第」
理事長は言った。
「だが、拙速は禁物だ。十分な訓練と研究を重ねてからにしてほしい」
私たちは新たな使命を得て、理事長室を後にした。帰り道、莉玖が考え込んでいた。
「霧の森…」
彼女が呟いた。
「何か関係があるのかしら」
「何が?」
紅が尋ねた。
「霧島ミドリと、霧の森の遺跡」
莉玖は思案顔だった。
「ただの偶然ではないような気がする」
「すずね、先生のこと、もっと教えて」
俺はすずねに向き直った。
すずねは少し考え、それから話し始めた。
「ミドリ先生は、すずねが小さい頃から教えてくれてたの。霧の魔法や、見えないものを見る方法とか…でも、半年前から会えなくなったんだ」
「半年前?」
紅が眉をひそめた。
「それは…蒼天の心臓の侵食が始まった頃だ」
「関連があるのかもしれないわね」
莉玖が言った。
私たちの守護者としての旅は、まだ序章に過ぎなかった。これから先には、もっと多くの謎と試練が待ち受けているのだろう。
特別宿舎に戻ると、すずねが突然明るい声で言った。
「ねえねえ、みんな!今日は学園島の祭り、行こうよ!」
「祭り?」
俺は驚いた。
「そんな予定あったっけ?」
「うん!体育祭の締めくくりとして、今夜は花火大会があるんだって!」
すずねは目をキラキラさせていた。
莉玖は笑顔で頷いた。
「そうね、少し息抜きするのもいいかもしれないわ」
「俺も賛成だ」
紅も珍しく積極的だった。
「戦いばかりでは、心が疲れる」
「じゃあ、決まりだな」
俺も嬉しくなった。
「夕方に出かけよう」
その晩、私たち四人は学園の中央広場で開かれる祭りに出かけた。通常の制服に着替え、普通の学生に戻った気分だった。広場には屋台が並び、生徒たちが楽しそうに歩き回っている。
「わあ!」
すずねは目を輝かせながら、あちこちの屋台を指さした。
「たこ焼き屋さん!綿菓子!りんご飴!」
「そんなに食べきれないぞ」
俺は笑った。
「全部少しずつ、みんなでシェアすればいいの!」
すずねの提案に従い、私たちは様々な屋台の食べ物を買って回った。たこ焼きを頬張るすずね、りんご飴を優雅に食べる莉玖、黙々と焼きそばを食べる紅、そして綿菓子を持つ俺。四人でベンチに座り、学生時代の平和なひとときを楽しんだ。
「ねえ、颯」
すずねが突然真剣な表情になった。
「これからも、ずっと一緒だよね?」
「ああ」
俺は迷わず答えた。
「俺たちは蒼天の守護者だ。これからもずっと一緒に戦っていく」
「それだけじゃなくて…」
すずねは少し顔を赤らめた。
「友達として…ずっと一緒がいいな」
「もちろんだ」
俺は優しく笑った。
「俺たちは特別なチームだからな」
「私もそう思うわ」
莉玖も柔らかな表情で言った。
「最初は単なるチームメイトだったけど、今は…家族のような存在ね」
「ああ」
紅も珍しく感情を表に出した。
「お前たちは…俺にとって大切な仲間だ」
そんな会話をしていると、空から最初の花火が打ち上げられた。
「あ!」
すずねが声を上げた。私たちは夜空を見上げ、様々な色の光が広がる様子を見つめた。
美しい花火の中でも、特に目を引いたのは青い光で描かれる大輪の花。蒼天の名にふさわしい、深い青が夜空を彩った。
「綺麗…」
すずねが感動した様子で呟いた。
「蒼天の花…」
莉玖も見入っていた。
俺たちはしばらく黙って花火を眺めていた。この平和な時間が、いつまでも続くことを願いながら。だが同時に、この平和を守るために戦わなければならないという責任も感じていた。
花火大会が終わると、祭りも終盤に差し掛かっていた。帰り道、すずねが急に立ち止まった。
「ねえ、颯」
「どうした?」
すずねは少し恥ずかしそうに、でも決意を持った目で俺を見上げた。
「明日、学園デートしよっか?」
「え?」
思わず声が上がった。
「だ、だって」
すずねは顔を赤くしながらも、真っ直ぐに言った。
「すずね、颯のこと好きだもん!だから…」
俺は一瞬言葉に詰まったが、すぐに微笑んだ。
「ああ、いいよ。どこに行きたい?」
「やった!」
すずねは嬉しそうに飛び跳ねた。
「図書館と、温室と、あと…」
彼女が嬉しそうに行き先を列挙する姿を見て、俺は思わず笑顔になった。小さな体に大きな勇気を持つこの少女が、今では大切な存在になっていた。
「あら、デートのお誘い?」
莉玖が茶目っ気たっぷりに言った。
「素敵ね」
「ちょ、莉玖!」
俺は慌てた。
「いいことだ」
紅も意外なことを言った。
「若いうちの思い出は大切だからな」
「紅先輩まで…」
四人は笑いながら宿舎への道を歩いた。明日からまた訓練や研究が始まり、やがて危険な遺跡探索も待っている。だが今は、この穏やかな時間を味わいたかった。
宿舎に着くと、莉玖が窓から外を見て呟いた。
「蒼天…その向こう側には何があるのかしら」
「それを見つけるのが、俺たちの役目だな」
俺は彼女の隣に立った。
月明かりに照らされた学園島は、実に美しかった。蒼い霧に包まれたその姿は、まるで空に浮かぶ宝石のようだ。この光景を守るために、私たちは戦う。
「明日からも、がんばろうね」
すずねが笑顔で言った。
「ああ」
俺たち全員が頷いた。
風の契約から始まった旅は、まだ序章に過ぎない。蒼天の向こう側には、多くの謎と試練が待っている。だが、この絆があれば、きっと乗り越えられる。
そう信じて、私たち蒼天の守護者は、新たな朝を迎える準備をしていた。
――ゼロからの蒼風伝説 ~魔力0から異世界空中学園で風のチカラで無双します~ Ⅰ 完――
反響があれば、次巻も書くかもですが、とりあえず新作を考えています!
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