第14章:魔導王覚醒と最終対峙
次回最終回!!
学園祭の喧騒が徐々に収まっていく中、闇が深まっていった。夜空に浮かぶ月は青白く輝き、学園島に神秘的な光を投げかけている。
「そろそろ戻ろうか」
莉玖が提案した。新しい宿舎へ向かう時間だ。
私たち四人は人気の少なくなった広場を横切り、特別区域へと歩き始めた。すずねはまだ興奮冷めやらぬ様子で、花火の感想を饒舌に語っていた。紅はそんな彼女の様子を穏やかな目で見守り、時折頷いている。莉玖は明日からの予定を考えているのか、少し考え込んだ表情をしていた。
そんな平和な瞬間に、異変は訪れた。
突然、学園島全体が大きく揺れた。まるで地震のような振動に、私たちは思わず足を止めた。
「何が…?」
紅が周囲を警戒し始める。
次の瞬間、中央塔の方向から強烈な赤い光が噴き出した。昨夜の青い光とは異なり、不吉な赤色が夜空を染めていく。
「まさか…!」
莉玖の表情が一変した。
学園内のあちこちから悲鳴が上がり始めた。まだ学園祭を楽しんでいた生徒たちが混乱に陥っている。
「中央塔だ!」
俺は叫んだ。
「行こう!」
四人は全速力で中央塔へと走り出した。途中、混乱から逃げる生徒たちとすれ違う。彼らの表情には恐怖が浮かんでいた。
「守護者チーム!」
教師の一人が私たちを見つけ、駆け寄ってきた。
「理事長が急いで来るよう言っています!地下室へ!」
塔の入口に着くと、そこは昨夜とは打って変わって混乱状態になっていた。教師たちが慌ただしく出入りし、指示を出し合っている。
昨日使った隠された階段へと急ぐ。階段を降りていくにつれ、不吉な赤い光がより強く、より濃密になっていった。壁に描かれた魔法陣が赤く点滅し、危険を知らせている。
地下室に着くと、そこにはすでに理事長と蒼井の姿があった。彼らは必死に何かの対策を講じているようだったが、その表情からは絶望が見て取れた。
「来たか!」
理事長が私たちに気づき、振り返った。
「大変だ、結晶が…!」
私たちの視線は中央へと向かった。そこには「蒼天の心臓」が浮かんでいたが、その様子は昨夜とは全く異なっていた。かつての美しい青い輝きは消え、代わりに不気味な赤い光が内部から漏れ出していた。結晶の表面には無数の亀裂が走り、そこから赤い霧のようなものが噴き出している。
「何が起きたんですか?」
莉玖が理事長に尋ねた。
「侵食が始まった」
理事長の声は震えていた。
「昨夜の儀式では完全に封じ込められなかったようだ。侵食エネルギーが内部で増殖し、ついに…」
「昨日の赤い結晶は?」
紅が尋ねた。
「すべて集めて封印したが、間に合わなかった」
蒼井が歯噛みした。
「すでに結晶内部で侵食プロセスが始まっていたんだ」
「何か、できることは?」
俺は周囲を見回した。
「最後の手段がある」
理事長が決意に満ちた表情で言った。
「『魔導王覚醒』だ」
「魔導王覚醒?」
四人が同時に声を上げた。
「蒼天の心臓の力を一人に集中させ、その者を一時的に『魔導王』として覚醒させる儀式だ」
理事長が説明した。
「覚醒した魔導王なら、侵食エネルギーを押し返せるかもしれない」
「しかし、代償は大きい」
蒼井が続けた。
「覚醒者の精神と肉体に多大な負担がかかる。最悪の場合、命を落とす可能性もある」
「私がやります」
理事長が一歩前に出た。
「私の責任です」
「駄目です!」
蒼井が止めた。
「あなたの年齢では、体が持ちません」
「では誰が…」
その時、結晶から巨大な赤い光柱が噴き出し、地下室の天井を突き破った。地上まで達したであろう光柱が、一際強い震動を引き起こす。
「時間がない!」
蒼井が叫んだ。
「このままでは結晶が完全に侵食され、学園全体が危険に…」
「俺がやる」
四人の中から、紅が一歩前に出た。彼女の表情には強い決意が浮かんでいた。
「紅先輩…」
すずねが不安そうに呟いた。
「俺は火属性だ」
紅は冷静に言った。
「火は浄化の象徴。侵食エネルギーとの相性が最も良いはずだ」
「しかし、危険すぎる」
理事長が心配そうに言った。
「私がこの役割を与えられたのは、こういう時のためなのでしょう」
紅の表情に迷いはなかった。
「『紅炎の剣士』として、学園を守る」
「紅…」
俺は彼女を止めるべきか迷った。だが、彼女の決意の強さを知っている。一度決めたことは、誰にも変えられない。それが紅という人間だ。
「準備を」
理事長は覚悟を決めたように頷いた。
「儀式の準備をするぞ」
理事長と蒼井が急いで準備を始める中、私たちは紅の周りに集まった。
「本当に大丈夫なの?」
莉玖が心配そうに尋ねた。
「ああ」
紅は静かに頷いた。
「これが俺の役割だ」
「でも…」
すずねの目には涙が浮かんでいた。
「泣くな」
紅がすずねの頭を優しく撫でた。普段見せない優しさだった。
「大丈夫だ。必ず戻ってくる」
紅は俺に向き直った。
「神楽坂、頼む。俺がいない間、二人を頼む」
「ああ、わかった」
喉が詰まる思いで答えた。
「でも、お前も必ず戻ってこい」
紅は小さく微笑んだ。
「約束する」
「準備ができました」
理事長が呼びかけた。
中央には新たな魔法陣が描かれ、結晶の周りを取り囲んでいた。紅はそこに立ち、深呼吸をした。彼女は火剣を抜き、前に構えた。
「儀式を始めます」
理事長が宣言した。
「皆さん、彼女の周りに立ち、力を送ってください」
私たち三人と理事長、蒼井が魔法陣の外周に立った。
「魔導王の儀式、開始」
理事長が唱え始めると、魔法陣が赤と青の光で明滅し始めた。紅の体が浮かび上がり、彼女の周りに炎のオーラが形成される。
「火の力よ、集え。蒼天の心臓と共鳴せよ」
結晶から青い光の筋が伸び、紅の体に吸収されていく。同時に、赤い侵食エネルギーも彼女に引き寄せられていった。
「くっ…!」
紅の表情が歪んだ。明らかに激痛に耐えている。彼女の体は青と赤の光に包まれ、その間で葛藤が続いているようだった。
「紅先輩!」
すずねが叫んだ。
「大丈夫だ…」
紅の声は苦痛に満ちていたが、強い意志も感じられた。
「これを…乗り越える…!」
紅の体がさらに強く輝き始め、その姿が変容していく。彼女の髪が炎のように燃え上がり、目は鮮やかな赤に変わった。体から漂うオーラは以前の比ではなく、部屋全体を炎の気配で満たしていく。
「紅炎魔導王、覚醒」
理事長の宣言と共に、紅の変容が完了した。彼女はもはや普段の姿ではなく、炎を纏った王者のような風格を放っていた。火剣も巨大な炎の剣へと変わり、その一振りで周囲の空気が歪むほどの熱を帯びている。
「侵食エネルギーを…」
理事長が紅に指示を出した。
「結晶の中の赤い力を…浄化してください!」
紅は結晶に向かって炎の剣を向けた。
「紅炎浄化の剣…」
剣から巨大な炎の柱が放たれ、結晶を包み込んだ。赤い侵食エネルギーと青い蒼天の力、そして紅の炎が激しく交錯する。結晶内部では、赤と青と紅の光が互いに闘い合っていた。
「負けるな!」
俺は思わず声を上げていた。
莉玖とすずねも固唾を呑んで見守る。この戦いの行方が、学園の運命を左右するのだ。
「ああっ…!」
紅から悲鳴が上がった。浄化の過程で、侵食エネルギーが彼女の体にも影響を及ぼし始めているようだ。彼女の姿が一瞬揺らぎ、覚醒状態が不安定になる。
「このままでは…」
理事長が心配そうに呟いた。
「力を送らなきゃ!」
莉玖が叫んだ。
「私たちの力を紅先輩に!」
私たち三人は魔法陣に近づき、自分たちの力を放出し始めた。莉玖の風、すずねの霧、そして俺の風の契約の力。三つの異なる力が紅へと流れ込んでいく。
「俺たちの力を使え、紅!」
俺は叫んだ。
紅の姿が再び安定し始め、彼女の炎がより強く、より鮮やかに燃え上がった。
「みんな…」
紅の声が響いた。
「ありがとう…」
新たな力を得た紅は、炎の剣をさらに高く掲げた。
「蒼天絆滅!」
四人の力が一つとなった光が放たれ、結晶を貫いた。侵食エネルギーが悲鳴のような音を立て、徐々に消えていく。赤い光が薄れ、代わりに青い光が強くなってきた。
「効いている!」
蒼井が興奮した声で叫んだ。
「侵食が後退している!」
私たちは最後の力を振り絞り、紅に注ぎ込んだ。莉玖の風が紅の炎を大きく燃え上がらせ、すずねの霧が侵食エネルギーを捕らえて動きを鈍らせる。そして俺の風の契約の力が、それらを結びつける接着剤となった。
「ああああっ!」
紅の雄叫びと共に、最後の一撃が結晶を貫いた。まばゆい光が部屋中を包み込み、一瞬で視界が真っ白になる。
光が収まると、結晶は元の青い輝きを取り戻していた。侵食エネルギーの赤い痕跡は完全に消え、平穏な姿に戻っている。
「成功した…」
理事長は安堵の表情を浮かべた。
だが、その喜びも束の間、紅の体が空中から落下した。魔導王としての力が消え、彼女は通常の姿に戻っていた。
「紅!」
俺は急いで駆け寄り、彼女を受け止めた。腕の中の彼女は、あまりにも軽く感じられた。その顔は青白く、体温も低下している。
「医療班を呼べ!急いで!」
理事長が叫んだ。
すずねが泣きながら紅の手を握り、莉玖も心配そうに彼女の様子を見つめていた。
「紅…」
俺は彼女の名を呼んだ。
「しっかりしろ…約束しただろう…」
かすかに、紅の唇が動いた。
「約束は…守る…」
彼女の意識はあるようだが、非常に弱っている。魔導王の力を制御し、侵食エネルギーを浄化する過程で、多大なダメージを受けたのだろう。
医療班が駆けつけ、紅は緊急処置を受けた。治療魔法が次々と施され、彼女の体は徐々に正常な色を取り戻していった。
「大丈夫でしょう」
医療班の主任が告げた。
「魔力を使い果たして消耗が激しいですが、命に別状はありません。しっかり休めば回復します」
全員がほっと胸をなでおろした。
「彼女の勇気と犠牲によって、学園は救われた」
理事長が厳かに言った。
「彼女は真の英雄だ」
紅は担架に乗せられ、医務室へと運ばれていった。私たち三人も付き添おうとしたが、理事長が止めた。
「まだ終わっていない」
彼は言った。
「蒼天の心臓は安定したが、侵食エネルギーの一部が地上に漏れ出してしまった。それを処理しなければならない」
「どういうことですか?」
莉玖が尋ねた。
「侵食エネルギーが具現化して、学園内を彷徨っている」
蒼井が説明した。
「このままでは生徒たちが危険だ」
「どんな姿なんですか?」
俺が尋ねた。
「紅の魔導王化によって引き寄せられた侵食エネルギーが、彼女の姿を模して具現化したようだ」
理事長が答えた。
「『影の魔導王』とでも呼ぶべき存在が、上で暴れている」
「私たちが倒します」
莉玖が決意を示した。
理事長は三人を見つめ、頷いた。
「君たちなら、できるだろう。だが、紅がいない今、さらに強い絆が必要だ」
「大丈夫」
俺は言った。
「私たちの絆は、揺るがない」
すずねも涙を拭って立ち上がった。
「すずね、頑張る!紅先輩のためにも!」
私たち三人は地上へと急いだ。学園中央広場に着くと、そこには恐ろしい光景が広がっていた。紅を模した姿の存在が、赤黒い炎を振りまきながら暴れていた。その周りでは、教師たちが必死に防衛魔法を展開しているが、効果はほとんど見られない。
「あれが…影の魔導王」
莉玖が息を呑んだ。
「気持ち悪い…」
すずねが顔をしかめた。
影の魔導王は紅に似ているが、その姿は歪で不自然だった。目は血のように赤く、体からは黒い霧が立ち上っている。火剣も歪んだナイフのような形になっていた。
「倒すぞ」
俺は風の刃を形成した。
「ええ」
莉玖も風の魔法を準備した。
「すずねも!」
すずねの周りに紫色の霧が渦巻き始めた。
影の魔導王は私たちに気づくと、不気味な笑みを浮かべた。その声は紅のものでありながら、どこか金属的で歪んでいた。
「魔力…よこせ…」
それが攻撃の合図だった。影の魔導王が一気に飛びかかってきた。その速度は尋常ではなく、ほとんど反応できないほどだった。
「風の盾!」
莉玖が素早く防御魔法を展開し、攻撃を受け止めた。だが、盾は一撃で砕け散る。その力は予想以上だった。
「くっ…」
莉玖が苦しむ。
「こっちだ!」
俺は風の刃を振るって影の魔導王の注意を引いた。
影の魔導王は向きを変え、こちらに飛びかかってきた。俺は風の力で跳躍し、かわそうとする。だが、影は俺の動きを読んだように軌道を修正してきた。
「危ない!」
すずねが霧の壁を作り、一瞬だけ影の動きを鈍らせる。それでも完全には防げず、黒い炎が俺の腕を掠めた。
「うっ!」
激痛が走る。普通の火傷とは違う、魂を焼くような痛みだった。
「颯!」
莉玖が風の刃を連続で放った。
影の魔導王は数発をかわしたが、一発が肩に命中した。だが、ダメージは表面的なものにしか見えなかった。
「効かない…?」
影は瞬く間に回復し、今度は莉玖に向かって突進した。
「危ない!」
俺は急いで莉玖の前に立ち、風の盾を展開した。盾は砕けたが、一瞬の猶予を生み出すことはできた。
「連携して攻撃するしかない」
莉玖が言った。
「すずね、見えない弱点はない?」
すずねは霧の力で影を観察した。
「あるよ!胸に赤い核みたい」
「そこを狙おう」
俺は言った。
三人で迅速に作戦を練る。すずねの霧で影の動きを制限し、莉玖が風の鎖で拘束、そして俺が決定打を与える計画だ。
「いくよ!」
すずねが両手を広げ、濃い紫色の霧を放った。
「霧の牢獄!」
霧が影の魔導王を取り囲み、その動きを鈍らせる。影は苛立たしげに霧を払おうとするが、容易には消えない。
「風の鎖!」
莉玖が詠唱すると、青い光の鎖が現れ、影を縛り付けた。
「今だ!」
俺は風の力で高く跳躍し、エネルギーを風の刃に集中させた。体内の風の力、蒼天覚醒の力、そして紅への想いを込めて。
「風よ、我が刃となれ!」
刃が青白い光を放ち、その姿が変わっていく。より長く、より鋭く、より強力に。
「蒼風絆斬!」
俺は全力で影の胸を突き刺した。刃が赤い核を貫き、影が悲鳴を上げる。黒い霧が激しく渦巻き、影の体が崩れ始めた。
「これで終わりだ!」
三人の力が合わさり、最後の一撃を放った。光の爆発が起き、影の姿がついに消滅した。残ったのは、赤い結晶の欠片だけ。それは徐々に色を失い、透明になっていった。
「やった…」
莉玖がほっとした表情を見せた。
「紅先輩のお陰だね」
すずねが空を見上げた。
「先輩の力が、私たちを助けてくれたんだよ」
「ああ」
俺も同意した。
「紅の想いが、俺たちに力を与えてくれた」
三人は疲れ切った体で医務室へと向かった。そこでは、紅が静かに眠っていた。彼女の表情は穏やかで、安らかな寝息を立てている。
「大丈夫よ」
医務室の医師が言った。
「彼女は強い。きっとすぐに回復するでしょう」
私たちは紅のベッドの周りに座り、見守り続けた。理事長と蒼井も訪れ、状況を聞いた後、安堵の表情を見せた。
「君たちは本当に素晴らしいチームだ」
理事長は感動的な表情で言った。
「この危機を乗り越えられたのは、君たちの絆のおかげだ」
夜が明け、朝日が窓から差し込み始めた頃、紅がゆっくりと目を開いた。
「みんな…」
「紅先輩!」
すずねが飛びつこうとしたが、莉玖に制止された。
「ゆっくりね、すずねさん。紅先輩はまだ弱っているわ」
「おはよう」
俺は微笑んだ。
「約束通り、戻ってきたな」
紅はかすかに微笑み、頷いた。
「ああ…約束だからな」
私たち四人は再び一つになった。この試練を乗り越え、絆はさらに強くなった。蒼天の守護者として、これからも共に歩んでいく道は、決して平坦ではないだろう。だが、この絆があれば、きっと乗り越えられる。
その確信を胸に、私たちは新たな朝を迎えたのだった。
次章が最後になると思います!