第12章:理事長の影
朝の光が窓から差し込み、俺の目を覚ました。寝付きが悪かったせいで、まだ体が重い。昨日のグリフォン討伐の疲労が残っているのだろう。
ベッドから起き上がり、肩を確認する。傷は治療魔法できれいに塞がっていた。傷跡さえ残っていない。体内にはまだ蒼天の力が残っているのか、風の力が以前より鮮明に感じられる。
「蒼天覚醒…」
儀式は中断されたが、その効果は継続しているようだ。手のひらで風の刃を少し形成してみると、以前より容易にできることに気づく。力のコントロールもしやすい。
体を洗い、着替えを済ませると、ドアをノックする音がした。
「颯、起きてる?」
すずねの声だ。
ドアを開けると、そこにはすずねだけでなく、莉玖と紅もいた。三人とも真剣な表情をしている。
「どうした?」
「入っていい?」
莉玖が小声で尋ねた。
「大事な話があるの」
俺は三人を部屋に招き入れた。紅が窓の外を確認し、カーテンを閉める。何かあったのだろうか。
「何があったんだ?」
「すずねが夜中に面白いものを見つけてね」
莉玖が説明を始めた。
「彼女の話を聞いてちょうだい」
すずねは少し緊張した様子で前に出た。昨日の疲れが顔に出ているが、目は興奮で輝いている。
「すずね、昨日の夜、怖くて眠れなかったの…」
彼女は小声で語り始めた。
「それで、霧を使って学園を見回してたんだ」
「霧を使って?」
「うん、すずねの霧は遠くのことも見えるんだよ。先生が教えてくれた方法」
またしても謎の「先生」の話だ。だが今はそれを追求する時ではない。
「それで何を見たんだ?」
「理事長と蒼井さんが、中央塔の地下に入っていくの見たの」
すずねは興奮気味に言った。
「そこには大きな扉があって…」
「地下?」
紅が眉をひそめた。
「学園に地下施設があるとは聞いたことがない」
「私も初耳よ」
莉玖も同意した。
「学園の構造図にも記載されていないはず」
「でも、すずねは見たよ!二人が魔法で扉を開けて、中に入っていったの。それから…」
すずねは周囲を見回し、声をさらに小さくした。
「巨大な青い結晶があったんだ」
「青い結晶?」
俺は思わず声を上げた。
「どんな形をしていた?」
「うーん、丸くて…でも不規則な形。とにかく、すごく光ってた」
俺たちは顔を見合わせた。幻影図書館で見た映像を思い出す。「蒼天の心臓」と呼ばれた巨大な結晶。それが本当に存在するということか。
「それだけじゃないよ」
すずねはさらに続けた。
「理事長たちは結晶の周りに魔法陣を描いて、何か儀式を始めたの。そしたら…結晶が強く光って、すずねの霧が追い出されちゃった」
「霧が追い出された?」
紅が驚いた様子で言った。
「うん、すずねの霧が強制的に散らされたの。今までこんなことなかった…」
「結晶に防御機能があるんだな」
俺は考え込んだ。
「それだけ重要なものということか」
「蒼天の心臓…」
莉玖が呟いた。
「学園の中心に存在する力の源。霧の力の源でもあるかもしれない」
「でも、なぜそんなものが…」
話し合いの途中、突然ノックの音がした。四人は一瞬凍りついた。
「神楽坂颯くん、いるかい?」
蒼井の声だった。四人は互いに目配せし、すずねと紅はベッドの下に隠れ、莉玖はクローゼットに入った。
深呼吸して、俺はドアを開けた。
「蒼井先生、どうしました?」
できるだけ平静を装ったが、心臓はバクバクと音を立てている。蒼井は俺の緊張に気づいたのだろうか、微かに笑みを浮かべていた。
「昨日の件で、少し話がある」
蒼井は部屋の中を覗き込むようにして言った。
「中に入っていいかな?」
「あ、はい…」
俺は仕方なく蒼井を部屋に招き入れた。彼は部屋を見回し、何かを探すように視線を動かす。
「友達は居ないのかい?昨日はいつも一緒にいたじゃないか」
「みんな自分の部屋で休んでいると思います」
俺は適当に答えた。
「何の用件ですか?」
蒼井は部屋の中央に立ち、ため息をついた。
「昨日のグリフォンの件だが…あれは確かに事故だった。だが、単なる偶然ではない」
「どういうことですか?」
「体育祭の真の目的を知りたいかい?」
蒼井は突然質問を変えた。
俺は一瞬考え、頷いた。これは情報を得る絶好の機会かもしれない。
「学園と、その周りの霧の秘密…あれは何なんですか?」
蒼井は微笑んだ。
「正直だね。そうだ、あなた方は幻影図書館で何かを見たようだね」
「霧が結界だということ、外界の脅威から学園を守っていること…それは本当なんですか?」
「ああ、その通りだ」
蒼井は意外にも率直に認めた。
「学園島の周りを取り巻く霧は、外界の脅威から私たちを守る結界だ。そしてその力の源が…」
「蒼天の心臓」
俺は言葉を続けた。
蒼井の目が驚きで見開かれた。
「よく知っているな…そうだ、中央塔の地下に眠る青い結晶だ」
「なぜそれを活性化させようとしているんですか?霧の兵器化というのは…」
「兵器化?」
蒼井が眉をひそめた。
「なるほど、断片的な情報から誤った結論を導いたようだね」
「誤った…?」
「私たちが目指しているのは、霧の強化だ」
蒼井は真剣な表情で言った。
「結界をより強固にし、外界の脅威からこの島をより確実に守るためにね」
「外界の脅威って何なんですか?」
蒼井は窓の方を見やり、遠い目をした。
「かつて世界は滅びかけた。人類の大半は消え、残されたのはこの浮遊島に逃れた者たちだけ。外には『侵食者』と呼ばれる存在がうようよしている」
侵食者…幻影図書館の映像で見た人間の形をした奇妙な存在たちだろうか。
「彼らは魔力を持つ人間を求めている」
蒼井は続けた。
「そして近年、結界が弱まりつつあるんだ。だからこそ、蒼天覚醒の儀式が必要だった」
「俺たちを実験台にしたんですか?」
俺は少し怒りを込めて言った。
「実験台ではない」
蒼井は首を振った。
「あなた方は未来の希望だ。結界を守る次世代の力として」
「だったら、なぜ最初から説明しなかったんですか?」
「すべての生徒に真実を告げれば、パニックになる」
蒼井は肩をすくめた。
「それに、心の準備ができていない者に真実を告げることは危険だ。だからこそ試練を通じて、心身ともに強い者を選別してきた」
俺は思わず床を見た。そこには友人たちが隠れている。彼らも同じ話を聞いているはずだ。
「グリフォンは…?」
「あれは予定外だった」
蒼井は顔をしかめた。
「理事長の召喚魔法に『侵食者』のエネルギーが干渉した。だが、あなた方の対応は素晴らしかった」
蒼井の説明は、今までの疑問に一定の答えを与えていた。だが、すべてを信じていいのだろうか。彼の話には矛盾も感じられないわけではない。
「神楽坂くん」
蒼井が真剣な表情で俺を見つめた。
「あなたの風の契約は成功した。蒼天の力との相性も良い。あなたには大きな可能性がある」
「それで?」
「次の儀式に参加してほしい」
蒼井は言った。
「明日の夜、中央塔の地下で行われる儀式だ。蒼天の心臓の覚醒儀式に…」
この申し出は予想外だった。一般生徒が関わるような話ではないはずだ。
「なぜ俺なんですか?」
「あなたは特別だ」
蒼井は微笑んだ。
「魔力ゼロから風の力を得て、急速に成長した。その適応力と潜在能力は計り知れない。儀式にはあなたのような人材が必要なんだ」
俺は何と答えるべきか迷った。これはチャンスかもしれない。真実を知るチャンス。だが同時に、罠かもしれない。
「考えさせてください」
「もちろん」
蒼井は頷いた。
「だが、返事は今夜までにほしい。長く考える時間はないんだ」
蒼井は立ち上がり、ドアの方へ向かった。出ていく前に振り返り、言った。
「それと、もし他の三人に会ったら、彼女たちにも参加してほしいと伝えてくれ。特に小鳥遊さんの霧の力は…興味深い」
蒼井が去った後、しばらく沈黙が続いた。彼が完全に立ち去ったことを確認してから、三人が隠れ場所から出てきた。
「聞いたか?」
紅が緊張した面持ちで言った。
「ええ…」
莉玖も表情を引き締めた。
「蒼天の心臓の儀式…」
「すずね、怖いよ…」
すずねは震える声で言った。
「蒼井さん、すずねのこと知ってた…」
「落ち着け」
俺は三人を見回した。
「こういう状況だからこそ、冷静に考える必要がある」
四人で床に座り、蒼井の話を整理した。彼の話が真実なら、学園は最後の人類の砦であり、霧は外界の脅威から島を守る結界。そして体育祭は、結界を強化するための儀式の一環だった。
「話に矛盾はないわ」
莉玖が分析した。
「だけど、全部が真実とは限らない」
「すずねが聞いた『碧霧兵器化計画』との整合性が気になるな」
紅が指摘した。
「理事長室を調べるべきだ」
俺は決意した。
「蒼井が真実を語っているのか確かめるには、直接証拠を見つけるしかない」
「でも、危険じゃない?」
すずねが心配そうに言った。
「だからこそ」
紅が立ち上がった。
「今、理事長は地下にいるはず。これはチャンスだ」
「賛成」
莉玖も頷いた。
「行動あるのみよ」
「すずね、一緒に行く?」
俺がすずねに尋ねた。
すずねは少し迷ったが、やがて決意の表情を見せた。
「うん!すずねも行く!みんなと一緒がいい!」
作戦を立て、四人で理事長室に向かうことにした。すずねの霧の力で姿を隠し、警備をすり抜ける。万が一見つかれば、体育祭の件で理事長に報告したかったと言い訳することにした。
中央管理棟へ向かう途中、学園内は意外と静かだった。体育祭は中断され、多くの生徒たちが自室待機を命じられていた。警備の教師も少なく、すずねの霧の力で簡単に避けられた。
「ここよ」
莉玖が理事長室の前で立ち止まった。
重厚な木製のドアには魔法の封印が施されている。前回すずねが聞き耳を立てた場所だ。
「どうやって入る?」
紅が尋ねた。
「すずねに任せて!」
すずねが自信満々に言った。
「すずねの霧は、こういう鍵を通り抜けられるの」
彼女が手をドアに当て、薄紫色の霧を鍵穴から送り込んだ。複雑な形状を探り、内部の機構を操作しているようだ。
「できた!」
カチリという音と共に、ドアの封印が解除された。四人は素早く中に入り、ドアを閉めた。
理事長室内部は、厳かな雰囲気に包まれていた。重厚な木製の机、壁一面を覆う本棚、窓からは学園全体が見渡せる。机の上には整然と書類が並べられ、側面には魔法の封印が施された引き出しがある。
「手分けして探そう」
莉玖が指示した。
「何か手がかりになるものを」
四人は部屋の中を慎重に探し始めた。紅が本棚を、莉玖が机の上の書類を、すずねがソファや絨毯の下を、俺は壁や天井の隠し場所を探る。
「ねえ、これ…」
しばらくして、すずねが小さな声で呼んだ。彼女は大きな世界地図の前に立っていた。
「この地図、変だよ」
近づいてみると、確かに奇妙な地図だった。現在の世界地図とは大きく異なり、大陸の形状も違う。そして、ほとんどの地域が赤く塗りつぶされ、「侵食領域」と書かれていた。唯一青く塗られているのは、学園島の位置だけだった。
「これが現実の世界なのか…」
紅が息を呑んだ。
「ほとんどが『侵食者』に支配されているのね…」
莉玖も驚いていた。
地図の隣には、時系列に並べられた小さな地図があった。年代順に並べられたそれらは、赤い領域が徐々に広がり、青い領域が縮小していく様子を示していた。
「人類は後退しているのか…」
ショッキングな発見だったが、探索を続けなければならない。
「颯、ここ」
莉玖が机の引き出しを指さした。
「魔法の封印があるわ」
「すずね、開けられる?」
「うん、試してみる」
すずねが再び霧の力を使い、封印を解除しようとした。だが今回は簡単にはいかないようだ。
「うーん、難しい…」
彼女が眉をひそめる。
「強い封印だよ」
「俺も手伝おう」
俺は風の力を集中させ、すずねの霧と共鳴させようとした。風が霧を包み込み、より細かい動きを可能にする。二人の力が合わさり、ついに封印が解けた。
「やった!」
引き出しの中には、一冊の古い日記と、赤い結晶が収められた小箱があった。
「これは…」
紅が結晶を見て息を呑んだ。
「すずねが言っていた石だ」
確かに、グリフォンの胸にあったものと同じような赤い結晶だった。小さいながらも不気味な赤い光を放っている。
「日記を見てみよう」
莉玖が提案した。
日記はかなり古いもので、表紙には「ハーディン・フォン・ゲルマー」と理事長の名前が記されていた。ページをめくると、理事長の若かりし頃の記録が綴られていた。
「最後の浮遊島として、我々は責任重大だ…」 「侵食者たちは日に日に強くなる…」 「蒼天の心臓の力が弱まりつつある…」
そして、最近のページにはより危機感あふれる記述があった。
「蒼井の計画は危険すぎる。だが、他に選択肢はあるのか?」 「彼の言う通り、若い力が必要なのかもしれない…」 「神楽坂の少年の適応力は驚異的だ。彼こそが鍵になるかもしれない」
俺の名前を見て、思わず息を呑んだ。
「理事長は蒼井の計画に疑念を抱いているようね」
莉玖が指摘した。
「でも、他に方法がないから従っている…」
紅が続けた。
「あっ!」
すずねが突然声を上げた。
「窓の外!」
四人は窓に駆け寄った。外では、中央塔から青い光が噴き出していた。まるで光の柱のように、空高く伸びている。
「儀式が始まったの?」
すずねが心配そうに言った。
「予定より早いな」
紅が眉をひそめた。
「蒼井は明日だと言ったはずだが…」
突然、部屋が震え始めた。弱い地震のような揺れだ。
「まずい、何かが起きている」
莉玖が言った。
「急いで戻るべきよ」
急いで引き出しを閉め、部屋を出ようとした時、廊下から足音が聞こえてきた。
「誰かが来る!」
紅が警戒した。
「隠れて!」
四人は急いで隠れ場所を探した。俺と紅は大きなカーテンの裏に、莉玖とすずねは机の下に身を潜めた。
ドアが開き、蒼井が入ってきた。彼は急いだ様子で、机の前に立ち、何かを探し始めた。
「どこだ…」
彼が引き出しを開ける音がした。
「赤い結晶がない…」
蒼井の声には焦りが滲んでいる。何かがうまくいっていないようだ。
「誰かが侵入したのか?」
彼は部屋の中を見回し始めた。俺たちは息を殺し、動かないようにした。蒼井が机の下を覗き込もうとしたその時、外から大きな爆発音が聞こえた。
「くっ、もう始まってしまったか…」
蒼井は諦めたように呟き、急いで部屋を出て行った。彼の足音が遠ざかった後、四人は隠れ場所から出た。
「何が起きているの?」
すずねが不安そうに尋ねた。
別の爆発音と共に、再び部屋が揺れた。窓から見える中央塔からの青い光が、より強く、不安定になっている。
「儀式が暴走しているようね」
莉玖が分析した。
「蒼井は赤い結晶を探していた。それが必要だったのでしょう」
「俺たちが持ってきてしまったからか…」
紅が緊張した面持ちで言った。
「いや、これは偶然じゃない」
俺は決意した。
「すずねが見たように、彼らは何か危険なことをしようとしている。俺たちは止めなければならない」
四人は急いで理事長室を出て、中央塔へと向かった。学園内は混乱状態で、生徒たちが不安そうに外を見ている。青い光は夜空を引き裂くように輝き、時折赤い閃光が走る。
「あれは…結界が不安定になってるの?」
すずねが空を指さした。
学園島を囲む霧が渦を巻き始め、一部が赤く染まっていた。
「急ごう!」
中央塔の入り口に着くと、そこには数人の教師たちが立ちはだかっていた。
「生徒は立ち入り禁止だ!危険だから戻りなさい!」
「でも、中で何が起きているんですか?」
莉玖が尋ねた。
「それは…」
教師は言葉に詰まった。
「すずね、お願い」
俺がすずねに目配せした。
すずねは頷き、薄紫色の霧を教師たちに向けて放った。霧が彼らを包み込むと、一瞬で意識を失ったように崩れ落ちる。
「眠りの霧」
すずねが説明した。
「しばらくしたら目覚めるよ」
四人は急いで塔の中に入った。内部では、階段と中央のエレベーターがある。
「地下に行くのよね?」
莉玖がエレベーターを見た。
「でも通常操作では地下には行けないはず…」
「ここだ」
紅が壁の一部を指さした。そこには微かに浮かび上がる魔法の紋様があった。
「隠された入口だ」
「すずねの霧で解錠できる?」
俺がすずねに尋ねた。
「うん、やってみる!」
すずねが霧を壁に向けて放つと、紋様が明るく輝き、壁が横にスライドして開いた。中には隠された階段があり、青い光に照らされて下へと続いている。
「行こう」
四人は階段を下り始めた。狭く暗い階段は、かなり深く地下へと続いていた。下りるにつれて、青い光はより強くなり、震動も激しさを増す。
「あれが…」
階段の終わりに着くと、広大な円形の空間が広がっていた。中央には巨大な青い結晶が浮かんでいる。「蒼天の心臓」だ。結晶の周りには複雑な魔法陣が描かれ、理事長と数人の教授たちが儀式を行っていた。
「止めろ!暴走する!」
理事長が叫んでいた。
だが、儀式は既に制御不能な状態に陥っているようだ。結晶から放たれる光が不規則に明滅し、赤い閃光が走る。
「侵食が始まっている…」
莉玖が恐怖に満ちた声で言った。
四人は隠れながら状況を観察した。理事長たちは必死に儀式を制御しようとしているが、うまくいっていない。そこへ、蒼井が慌てた様子で入ってきた。
「結晶がない!見つからない!」
「なに?」
理事長が愕然とした。
「それなしでは安定化できない!」
「侵食者のエネルギーが漏れている…結界が…」
その時、結晶から強烈な光が放たれ、理事長たちが吹き飛ばされた。結晶の表面に赤い亀裂が走り、不吉な唸り声のような音が響く。
「もう手遅れだ…」
蒼井が諦めたように言った。
「違う!」
理事長が立ち上がった。
「まだ方法がある。緊急封印だ!」
「しかし、それは…」
「他に選択肢はない!」
理事長は杖を掲げ、残りの教授たちと共に新たな魔法陣を形成し始めた。それは「蒼天の心臓」を封印するための儀式のようだ。
「手伝わないと」
莉玖が決意した。
「あの結晶が完全に侵食されれば、学園全体が危険よ」
「でも、どうやって?」
紅が尋ねた。
「私たちにも力がある」
莉玖は胸元の元素紋章を見た。
「蒼天覚醒で得た力で…」
「わかった」
俺も決意した。
「行くぞ!」
四人は隠れ場所から飛び出し、結晶に向かって走った。理事長たちは驚いた様子で振り返った。
「生徒たち?なぜここに!」
「手伝います!」
莉玖が叫んだ。
「私たちにも力があります!」
理事長は一瞬迷ったが、状況の緊急性を理解したのか、頷いた。
「わかった!魔法陣の空いている場所に立て!力を結晶に向けろ!」
四人は指示された位置に立った。莉玖が風、紅が火、すずねが霧、そして俺は風の契約の力を使う。
「始めるぞ!」
理事長が叫んだ。
「全ての力を結晶に!侵食を押し返すんだ!」
魔法陣が輝き始め、全員の力が結晶に向かって流れていく。青い光と赤い光が激しく交錯し、結晶内部で戦いが繰り広げられているようだった。
俺は全身の風の力を集中させ、結晶に向けて放った。体内のエネルギーが急速に消費されていくのを感じる。だが、これしか方法はない。
「頑張れ!」
すずねが隣で叫んだ。彼女の周りには濃い紫色の霧が渦巻いている。
莉玖と紅も全力で力を解放していた。四人の力が合わさり、青い光の柱となって結晶を包み込む。
「効いている!」
理事長が喜びの声を上げた。
「侵食が押し返されている!」
結晶内部の赤い亀裂が徐々に小さくなり、青い光が優勢になっていく。だが、同時に俺たちの体力も限界に近づいていた。
「もう少し…」
紅が歯を食いしばった。
「みんな、最後の力を!」
莉玖が叫んだ。
四人は残りの力を振り絞り、結晶に向けて放った。すると、結晶が強く脈動し、赤い亀裂が完全に消えた。青い光が安定し、徐々に穏やかな輝きに変わっていく。
「成功した…」
理事長がほっとした様子で言った。
魔法陣の光が消え、儀式は終了した。四人は疲労で崩れるように座り込んだ。
「助かった…」
蒼井が近づいてきた。
「君たちのおかげだ」
「何が起きたんですか?」
莉玖が尋ねた。
理事長と蒼井は顔を見合わせ、理事長が説明を始めた。
「蒼天の心臓は、この島を支え、結界を維持する力の源だ。だが近年、その力が弱まりつつあった。我々は力を回復させるための儀式を行おうとしていた…」
「しかし、侵食者のエネルギーが混入してしまった」
蒼井が続けた。
「本来なら、赤い結晶を使って安定化させる予定だったが…」
「これのことですか?」
俺はポケットから赤い結晶を取り出した。
蒼井の目が見開かれた。
「どこで…!」
「理事長室で見つけました」
莉玖が冷静に言った。
「グリフォンを操っていたのと同じものです」
理事長は蒼井を厳しい目で見た。
「蒼井、君は…」
「理事長、説明します」
蒼井は焦った様子で言った。
「あれは侵食者のエネルギーを研究するためのものです。グリフォンの件は不測の事態で…」
「後で詳しく話を聞こう」
理事長は疲れた様子で言った。
「今はまず、生徒たちに感謝すべきだろう」
理事長は四人に向き直った。
「君たちの勇気と力がなければ、学園は大変なことになっていた。感謝する」
「あの…」
すずねが小さな声で言った。
「侵食者って…本当に外にいるんですか?」
理事長は重々しく頷いた。
「残念ながら、その通りだ。かつて人間だったものが変異した存在だ。彼らは魔力を求めて、この最後の砦を狙っている」
「だからこそ、結界を維持しなければならない」
蒼井も言った。
「そのための体育祭だったんだ」
「でも、なぜ最初から説明しなかったんですか?」
紅が厳しい口調で尋ねた。
「パニックを避けるためだ」
理事長が答えた。
「全ての生徒が真実を受け入れられるわけではない。だからこそ、試練を通じて心身ともに強い者を選別してきた」
「そして君たちこそ、その理想的な例だ」
蒼井が付け加えた。
「特に神楽坂くん、魔力ゼロから風の力を得て、これほど成長するとは…」
「それって…」
俺は思い切って尋ねた。
「風の契約も計画の一部だったんですか?」
理事長と蒼井は顔を見合わせた。
「契約のアイデア自体は私が提案した」
蒼井が認めた。
「だが、実行したのは風祭さん自身の意志だ。そして、誰も君がここまで適応するとは予想していなかった」
「君は特別だ、神楽坂くん」
理事長が優しく言った。
「そして君たち全員も。今日の活躍は、学園の歴史に刻まれるだろう」
四人は複雑な思いで互いを見つめた。騙されていたような気もするが、同時に重要なことに関わっていたという実感もある。
「これからどうなるんですか?」
莉玖が尋ねた。
「体育祭は正式に終了とし、君たちを優勝者として表彰しよう」
理事長が言った。
「そして…もし良ければ、特別チームとして結界の研究と強化に協力してほしい」
四人は顔を見合わせた。驚くべき展開だったが、もはや逃れられない運命のように感じられた。
「俺は…やります」
俺は決意した。
「だけど、もう秘密は要りません。全てを知った上で協力したい」
「私も」
莉玖が続いた。
「俺もだ」
紅も頷いた。
「すずねも!」
すずねも元気よく手を挙げた。
理事長は安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう。これから詳しく説明しよう。蒼天の秘密、そして君たちの役割について…」
中央塔の地下で、四人は新たな旅路の始まりを実感していた。体育祭は終わったが、本当の冒険はここからだった。蒼天の下、彼らの絆は更に強くなっていくだろう。