第11章:突如の襲来――天空神獣グリフォン討伐
アリーナに戻ると、空気が一変していた。先ほどまでの祭りの賑わいが嘘のように、緊張感が漂っている。心象バトルを勝ち抜いたチームだけが集められ、全員が真剣な表情をしていた。
「第二段階『蒼天覚醒』の準備が整いました」
試験官が宣言すると、アリーナの床にあった巨大な魔法陣が輝き始めた。青白い光が渦巻き、床から天井へと延びていく。
「皆さん、アリーナの中央に集まってください」
私たちを含めた残りのチームが中央に移動すると、理事長が現れた。彼の手には長い杖があり、先端には青い結晶が嵌められている。
「勇敢なる挑戦者たち」
理事長の声が響いた。
「心象バトルを勝ち抜いた者たちよ。今からあなた方は、蒼天の力と共鳴し、覚醒する儀式に参加します」
共鳴?覚醒?何のことだろう。俺たちは互いに顔を見合わせた。
「この儀式の本質は、体内に眠る潜在力を目覚めさせることにあります。蒼天の霧の力を借り、自らの魔力を最大限に高めるのです」
理事長が杖を掲げると、アリーナの天井が開き始めた。蒼い空が見え、そこから薄い青い霧が降りてきた。天蒼の霧だ。
「あなた方の胸の元素紋章は、この儀式のために与えられたもの。紋章を通じて、蒼天の力を受け取りなさい」
紋章が光り始めるのを感じた。胸元から温かさが広がり、体中にエネルギーが満ちていく。風の力が増幅され、より鮮明に感じられるようになった。
「すごい…」
莉玖の声には驚きが滲んでいた。
「風の力が…強くなる」
紅も静かに頷き、彼女の周りには以前より強い炎のオーラが漂っていた。すずねの周りにも、より濃い紫色の霧が形成されていた。
「蒼天の力は古代より伝わる至高の力。それを扱えるだけの心の強さを持つことができたあなた方は、真の魔法使いと呼ぶにふさわしい」
理事長の言葉が続く中、俺は体内の変化に集中していた。風の契約による力は確かに強まり、より自在に操れるようになってきた。だが、同時に違和感も覚えた。この力は自然なものだろうか?それとも、蒼井たちの計画の一環なのか?
「そして最後の試練」
理事長が宣言した。
「強まった力で、天空神獣を討伐せよ」
天空神獣?そんな試練は聞いていなかった。生徒たちの間に動揺が広がる。
「恐れることはない」
理事長は続けた。
「この力があれば、必ず勝てる。さあ、来たれ!天空神獣グリフォン!」
理事長が杖を空に向けて振りかざすと、大きな魔法陣が空中に形成された。そこから、巨大な生き物が出現した。
獅子の体に鷲の翼と頭を持つグリフォン。伝説の生き物が、目の前に実在していた。その大きさは小型の家ほどもあり、鋭い爪と嘴は金属のように光っている。グリフォンは轟音と共に咆哮し、アリーナの上空を旋回し始めた。
「な、なんだあれ!?」
観客席から悲鳴が上がった。計画にはなかった出来事に、混乱が広がっている。
「これも試練の一部か?」
紅が眉をひそめた。
「いいえ」
莉玖が低い声で言った。
「あれは召喚された本物のグリフォンよ。これは通常の試練ではない」
「すずね、怖い…」
すずねが俺の腕につかまった。
グリフォンはさらに大きく咆哮し、急降下してアリーナ内の生徒たちを襲い始めた。各チームは慌てて防御魔法を展開している。
「逃げるぞ!」
紅が叫んだ。
「でも、観客席には人がいっぱい…」
すずねが指さした。
確かに観客席には大勢の生徒たちがいて、パニック状態だった。グリフォンが方向を変えて観客席に向かおうとしている。このままでは犠牲者が出るだろう。
「守らないと」
俺は決意した。
「俺たちには力がある」
「同感だ」
紅も頷いた。
莉玖は冷静に状況を分析していた。
「あの神獣、どこか様子がおかしいわ。目が赤く、挙動も不自然…」
「操られてるの?」
すずねが尋ねた。
「可能性は高いわ」
莉玖が頷いた。
「誰かの魔法で強制的に召喚され、狂わされている」
「蒼井か…」
紅が歯をくいしばった。
「理由はともかく、止めないと」
俺は言った。
「作戦を立てよう」
四人で手短に打ち合わせ、作戦を決定した。莉玖が風魔法で空中戦を担当し、紅が前衛として攻撃、俺がサポートに回り、すずねが見えない危険を察知する。
「行くぞ!」
紅が先陣を切って走り出した。彼女の周りには増幅された炎のオーラが渦巻き、火剣が赤く燃えている。
「紅蓮の舞!」
紅が跳躍し、グリフォンの翼に向かって斬りかかった。剣筋に沿って炎が走り、グリフォンの羽の一部が焼け落ちる。グリフォンは苦痛の叫びを上げ、紅めがけて爪を振り下ろした。
「危ない!」
莉玖が風の障壁を展開し、紅を守る。その間に、俺も風の刃を形成して攻撃の隙を伺った。
「すずね、どこが弱点?」
すずねは霧の力で透視するように、グリフォンを観察していた。
「胸に何かある!光る石みたいなの!」
「わかった、みんな!胸を狙おう!」
私たちの攻撃が始まると、他のチームも動き出した。各属性の魔法がグリフォンに向かって放たれる。だが、グリフォンの皮は予想以上に硬く、多くの攻撃を弾いていた。
「このままじゃ…」
観客席の方から悲鳴が上がった。グリフォンの尾が振られ、座席の一部が粉砕される。幸い生徒たちは避難していたが、このままでは学園全体が危険だ。
「もっと力を…」
俺は体内の風の力を最大限に引き出そうとした。風の契約の力と、蒼天覚醒による増幅。この二つを組み合わせれば…
「風よ、我が刃となれ!」
手のひらから、これまでにない大きさの風の刃が形成された。青白い光を放つその刃は、まるで実体を持ったかのように重く、鋭い。
「おお…」
驚いたのは俺自身だった。こんな力、想像もしていなかった。
「颯、すごい!」
すずねが目を輝かせた。
莉玖も驚きの表情だった。
「風の契約と蒼天の力の共鳴…予想以上の結果ね」
「行くぞ!」
俺は風の刃を構え、グリフォンに向かって跳んだ。
風の力で跳躍力を高め、グリフォンの胸元へと迫る。だが、グリフォンも俺の動きを予測したように、鋭い嘴を突き出してきた。
「くっ!」
かわしきれず、肩に鋭い痛みが走った。だが、この程度で諦めるわけにはいかない。
「風の盾!」
莉玖が風の障壁を展開し、俺をグリフォンの次の攻撃から守った。
「大丈夫?」
彼女の声には心配が滲んでいた。
「ああ、問題ない」
肩から血が滲んでいたが、不思議と痛みはそれほど感じなかった。蒼天の力の効果か、それとも単なる興奮のせいか。
「もう一度行く!」
紅が火剣を構え、別の角度からグリフォンに迫った。グリフォンは爪を振るって応戦する。
「颯、チャンスよ!」
莉玖が叫んだ。
紅の攻撃に気を取られているグリフォン。その隙に、俺は再び跳躍した。今度は風の力をより集中させ、刃の先端をグリフォンの胸元に狙い定める。
「はああっ!」
刃がグリフォンの胸に突き刺さった。石のように硬い皮膚を貫き、内部に到達する感触。グリフォンが激しい痛みに身をよじる。
「すずね、今だ!」
莉玖が叫んだ。
「うん!」
すずねが両手を広げ、紫色の霧を放った。
「霧よ、真実を映せ!」
霧がグリフォンの胸部を包み込み、その内部を可視化する。確かにそこには赤く光る石があった。それがグリフォンを操る媒体なのだろう。
「紅先輩!石を壊して!」
すずねが叫んだ。
「任せろ!」
紅が全力で跳躍し、炎に包まれた剣でグリフォンの胸を貫いた。直撃を受けた石が砕け散り、赤い光が消えていく。
グリフォンの目の色が変わり、荒々しさが消えていった。まるで目が覚めたかのように、混乱した様子でアリーナ上空を旋回する。
「成功した…?」
石が砕けたことで、操りの魔法が解けたようだ。グリフォンはもはや敵意を見せず、ゆっくりと上空へと飛翔していった。
「やった!」
すずねが喜びの声を上げた。
観客席からも拍手が沸き起こった。グリフォンの脅威から守られたことへの安堵と感謝だ。
「なぜこんなことに…」
莉玖が眉をひそめた。
「グリフォンを召喚したのは理事長だけど、操っていたのは別の誰かよ」
「蒼井か?」
紅が疑った。
「ただの事故としては済まされないな」
俺も同意した。
アリーナには混乱が残っていたが、試験官たちが秩序を取り戻そうと奔走していた。理事長の姿は見えなくなっていた。
「皆さん、冷静に!」
試験官の声が響く。
「異常事態は収束しました。怪我人はいますか?」
数名の生徒が怪我をしたようだが、幸い重症者はいなかった。医療班が迅速に対応している。
「神楽坂くん、肩を見せて」
医療班の一人が俺に近づいてきた。
簡単な治療魔法で、肩の傷はすぐに塞がった。痛みもほとんど感じなくなる。
「蒼天覚醒の儀式は、申し訳ありませんが中断とします」
試験官が宣言した。
「全員、当面の間は自室で待機してください」
生徒たちが徐々に解散していく中、俺たちは他のチームから称賛の言葉をかけられた。グリフォンの討伐に大きく貢献したことは、皆の目に明らかだったからだ。
「よくやったな」
「あの風の刃、すごかったぞ」
「火剣の一撃、見事だった」
素直に嬉しい言葉だったが、俺たちの心には疑問が残っていた。なぜグリフォンは出現したのか。誰がそれを操っていたのか。そして、蒼天覚醒の本当の目的は何だったのか。
アリーナを出ると、蒼井が待ち構えていた。彼は無表情で私たちを見つめている。
「お疲れ様。見事な活躍だった」
「あれは何だったんですか?」
莉玖が鋭く尋ねた。
「事故だよ」
蒼井は簡単に答えた。
「理事長の召喚魔法が暴走しただけさ」
「信じられません」
紅が怒りを押し殺した声で言った。
「あれは明らかに誰かに操られていた」
「証拠があるのかね?」
蒼井は涼しい顔で言った。
「なければ、単なる憶測に過ぎない」
彼の態度に腹が立ったが、今はそれを表に出すべきではないと判断した。
「とにかく、今日の試練はここまでだ」
蒼井は言った。
「残念だが、蒼天覚醒は完全には達成できなかった。だが、あなた方の潜在能力の一端は見ることができた。特に神楽坂君の成長は…興味深い」
「何が目的なんですか?」
俺は静かに尋ねた。
蒼井は微笑んだ。
「全ては学園と、その先にある世界のためだ。いずれわかる日が来る」
そう言い残し、蒼井は立ち去った。私たちはしばらくその場に立ち尽くし、今起きたことの意味を考えていた。
「あの石…」
すずねが思い出したように言った。
「前に見たことある」
「どこで?」
紅が尋ねた。
「理事長室で…小さいのがたくさん置いてあった」
「理事長の仕業か…」
紅が歯噛みした。
「でも理事長自身も驚いていたわ」
莉玖が言った。
「彼はグリフォンを召喚したけど、操っていたのは他の誰か。蒼井が単独で動いている可能性もあるわね」
「それとも、まったく別の勢力が…」
俺も考え込んだ。
この事件は、私たちが思っていた以上に複雑な状況を示唆していた。単なる実験ではなく、もっと大きな何かが動いているのかもしれない。
「とにかく、今は休もう」
紅が決断した。
「無理に動けば、逆に危険かもしれない」
「そうね」
莉玖も同意した。
「情報を集めつつ、次の動きを考えましょう」
四人で寮に戻る途中、すずねが俺の腕を軽く叩いた。
「颯、すごかったよ!あんな大きな風の刃、すずね初めて見た!」
「ああ、俺も驚いたよ」
正直に答えた。
「あんな力が出るなんて…」
「蒼天の力の影響ね」
莉玖が説明した。
「私たちの魔力を増幅する効果があったわ。でも、その力が暴走したグリフォンを呼び寄せたのかもしれない」
「どういうこと?」
紅が尋ねた。
「蒼天の力と、グリフォンの胸にあった石…どちらも似たようなエネルギーを放っていたの。共鳴していたように見えたわ」
「そうか、だから理事長の召喚が暴走した…」
考えれば考えるほど、謎が深まるばかりだった。
寮に戻った私たちは、しばらく共有スペースで今日の出来事を振り返った。討論の末、次の方針を決めた。表向きは通常通り行動しつつ、裏では情報収集を続ける。特に理事長と蒼井の動向を注視し、必要なら再び理事長室に忍び込むことも視野に入れる。
「今日は本当に疲れたね」
すずねがソファに深く沈み込みながら言った。
確かに、心身ともに疲れ切っていた。心象バトル、蒼天覚醒の儀式、そしてグリフォンとの戦い。どれも普通の試練の範疇を超えていた。
「少し休もう」
紅が立ち上がった。
「明日また集まろう」
「そうね」
莉玖も頷いた。
「明日は冷静な頭で考えましょう」
紅と莉玖が去った後、すずねはまだ俺の隣に座っていた。彼女の表情には、今日初めて見る不安の色があった。
「颯…あの石、怖かった」
彼女が小さな声で言った。
「悪い力が入ってたの、すずねにはわかった」
「そうか…」
俺はすずねの頭を優しく撫でた。
「でも、もう大丈夫だよ。みんなで壊したから」
「うん」
彼女は少し安心したように微笑んだ。
「すずねのミニ魔女砲も効いたでしょ?」
「ああ、すずねの透視がなかったら、石の存在に気づかなかったかもしれない」
彼女はその言葉に嬉しそうに微笑み、少し眠そうな目をこすった。
「さ、お前も部屋に戻って休め」
俺は言った。
「明日も大変かもしれないからな」
「うん…」
すずねが立ち上がり、ドアの方へ向かったが、振り返って言った。
「颯、これからも一緒に戦おうね」
「ああ、約束する」
俺は微笑んだ。
すずねが去った後、部屋に一人残った俺は、窓から見える夜空を見つめた。蒼い月光が学園を照らし、霧の向こうには果てしない空が広がっている。
今日の出来事は、単なる体育祭の一部ではなかった。もっと大きな何かの前哨戦。そして俺たち四人は、その渦中に巻き込まれていった。
だが、不思議と恐怖は感じなかった。仲間がいるから。共に戦える仲間がいるから。
風の契約から始まったこの旅が、どこへ向かうのか。その答えはまだ見えない。だが、一歩一歩進んでいくしかない。
俺は内ポケットからすずねのお守りを取り出し、見つめた。それはまだ淡く光を放っていた。風の香りがする、心地よい光。
明日も、風は吹く。その風に乗って、俺たちは前に進むだろう。