第10章:休息と絆の間奏
「一時間か…」
休憩エリアの窓から外を見ながら、俺は呟いた。蒼天覚醒の儀式まで残された時間は、あっという間に過ぎていくだろう。
アリーナの外では、体育祭を祝うかのように学園祭が開かれていた。試練の合間の気分転換として、屋台や催し物が並んでいる。色とりどりの提灯や装飾が広場を彩り、生徒たちの笑い声が響いていた。
「颯、外に出てみない?」
すずねが俺の袖を引っ張った。
「みんな、少し気分転換しよう!」
「でも、準備は…」
「大丈夫よ」
莉玖が微笑んだ。
「むしろリフレッシュした方が、次の試練に集中できるわ」
紅も静かに頷いた。
「緊張しすぎても良くない。少しの息抜きは必要だ」
四人で休憩エリアを出ると、祭りの熱気が私たちを包み込んだ。音楽、笑い声、食べ物の香り…普段の学園生活では味わえない活気があった。
「わぁ!たこ焼きの屋台だ!」
すずねが目を輝かせた。
「颯、食べよう!」
「ああ、いいな」
たこ焼きを買って四人で分け合う。熱々の中身に、思わず
「熱っ!」
すずねが声を上げた。彼女の反応に、紅まで思わず笑みを浮かべた。
「綿菓子もあるわ」
莉玖が指さした。
「すずね、それも食べたい!」
次は綿菓子を買い、ふわふわの甘さに笑顔が広がる。すずねはいたずらっぽく綿菓子の一部を取り、紅の頭に乗せようとした。
「おい、何をする」
紅が身をかわした。
「えへへ、紅先輩に似合うかなって」
すずねが茶目っ気たっぷりに笑う。
「やめろ」
紅はきっぱり言ったが、口元には微かな笑みがあった。
「じゃあ、颯にしよう!」
すずねは俺の頭に綿菓子を乗せた。
「おい!」
しかし、すでに遅かった。頭に乗った綿菓子に、莉玖が吹き出して笑い始める。紅も肩を震わせて笑っている。その笑顔を見て、俺も怒る気にはなれなかった。
「似合うわよ、颯」
莉玖が笑いを堪えながら言った。
「ピンクの帽子みたい」
「まったく…」
俺は苦笑しながら、綿菓子を取り除いた。
他にも様々な屋台を回り、射的や輪投げなどのゲームを楽しんだ。心象バトルの緊張が徐々に解けていくのを感じた。
「あ、見て!」
すずねが指さした先には、小さな広場があった。そこでは生徒たちが軽いダンスを踊っていて、その周りでは演奏者たちが賑やかな音楽を奏でていた。
「踊りですって」
莉玖が微笑んだ。
「伝統的な祭りのダンスね」
「すずねも踊りたい!」
彼女は俺の手を引っ張った。
「颯、一緒に踊ろう!」
「えっ、いや、俺はダンスなんて…」
しかし、すずねは聞く耳を持たず、俺を輪の中へと引きずり込んだ。簡単なステップの繰り返しだったが、それでも俺はぎこちない動きしかできなかった。一方、すずねは即座にリズムを掴み、楽しそうに踊り始めた。
「ほら、もっと自由に!」
すずねが言った。
「こんな感じ!」
彼女の動きには自然な優雅さがあった。霧属性の魔法使いらしい、流れるような柔らかさだ。
「颯、楽しくない?」
すずねが嬉しそうに聞いた。
「ああ、楽しいよ」
実際、最初の緊張が解けてくると、踊ることの楽しさを感じ始めていた。周りを見ると、莉玖も輪に加わっていて、風属性らしい軽やかなステップで踊っている。彼女と目が合うと、微笑み返してくれた。
ただ紅だけは踊らず、少し離れたところから私たちを見守っていた。彼女の表情は穏やかで、どこか懐かしむような目で踊り手たちを眺めている。
踊りが一段落すると、四人は少し離れた静かな場所へと移動した。学園の端にある小さな丘で、そこからは学園全体と、その周りを取り囲む蒼い霧が見渡せた。
「綺麗な景色…」
すずねが呟いた。
「ああ」
俺も頷いた。
この景色を見ていると、いつもの悩みや不安が小さく感じられる。広大な空の下、俺たちはただの小さな存在に過ぎない。
「あれが、蒼天の霧か…」
紅が遠くを指さした。
学園島の周囲を取り囲む青い霧。今まではただの自然現象だと思っていたが、今では違う。あれは学園を守る結界であり、外界の脅威から私たちを隔てる壁なのだ。
「霧の向こうには何があるんだろう」
莉玖が物思いにふけるように言った。
「幻影図書館で見た、あの存在たちかも…」
すずねが小さな声で言った。
沈黙が訪れた。皆、同じことを考えているようだった。体育祭の本当の目的、蒼井たちの計画、霧の秘密…そして、これから待ち受ける蒼天覚醒の儀式。
「どうなるかはわからないけど」
俺が静かに言った。
「俺たちは仲間だ。一緒に乗り越えよう」
「うん!」
すずねが力強く頷いた。
「もちろん」
莉玖も微笑んだ。
「ああ」
紅も同意した。
四人の間に、言葉にならない絆を感じた。最初に出会った時とは違う、深いつながりが生まれていた。試練を乗り越えてきたからこそ得られた信頼関係。
「そういえば」
莉玖が話題を変えた。
「私たちがチームになって、もう一週間ね」
「たった一週間?」
俺は驚いた。
「もっと長く感じる」
「そうね」
莉玖が笑った。
「いろいろなことがあったから」
「でも、すずねは颯のこと、ずっと前から知ってたよ!」
すずねが誇らしげに言った。
「そうなのか?」
紅が興味を示した。
「うん!颯が入学した日から、すずねはずっと見てたの」
「おい、それって…」
俺は少し恥ずかしくなった。
「だって、颯は特別だったもん」
すずねが真剣な表情で言った。
「魔力はないのに、すごく輝いてた」
「輝いてた?」
「うん、すずねには見えるの。人の中にある光。颯の中には、とっても強い光があった」
彼女の言葉に、三人とも驚いた様子だった。
「霧属性だからこそ見える何かがあるのね」
莉玖が感心した様子で言った。
「俺は?」
紅が珍しく興味深そうに尋ねた。
「紅先輩は…」
すずねが紅をじっと見つめた。
「赤い炎みたいな光。とっても強いけど、どこか寂しそう」
紅は少し意外そうな表情をしたが、否定はしなかった。
「莉玖さんは、青い風のような光!知性の光って感じ」
「そう…」
莉玖は少し照れたように微笑んだ。
「でも、みんなの光が一番強く輝くのは、一緒にいる時!」
すずねが嬉しそうに言った。
「チームになって、みんなの光がもっと強くなったの!」
彼女の純粋な観察に、心が温かくなった。確かに、私たちは互いの存在によって、より強くなっていた。
「颯」
莉玖が突然真剣な表情になった。
「あなたは、将来何になりたいの?」
「え?」
予想外の質問に戸惑った。
「将来か…」
魔力ゼロとわかってからは、将来のことを具体的に考えるのを諦めていた。ただ現実から逃げるように、日々を過ごしていた部分がある。
「正直、わからない」
俺は正直に答えた。
「魔力がないから、選択肢も限られるし…」
「いいえ」
莉玖が強く言った。
「あなたには風の力がある。それに、魔法理論の知識も」
「それに、颯は人一倍頑張り屋さん!」
すずねも言った。
「魔導研究者になれるんじゃないか」
紅も意見を述べた。
「理論と実践の両方を知る者として」
三人の言葉に、胸が熱くなった。彼らは本気で俺の未来を考えてくれている。
「ありがとう」
俺は微笑んだ。
「考えてみる」
「あなたの可能性は、まだ見ぬものであふれているわ」
莉玖の目は優しく輝いていた。
空を見上げると、日が傾き始めていた。休憩時間も残りわずかだ。
「そろそろ戻ろうか」
俺が言った。
「蒼天覚醒の準備をしないと」
四人は丘を下り、アリーナに向かって歩き始めた。この短い休息の時間が、私たちの絆をさらに深めたように感じる。何があっても、共に立ち向かう勇気が湧いてきた。
戻る途中、突然大きな音が響き、空が明るく輝いた。驚いて見上げると、花火が打ち上げられていた。青や赤、緑の光が夕暮れの空を彩る。
「きれい…」
すずねが感嘆の声を上げた。
四人は足を止め、しばらく花火を見上げていた。その光景は、まるで私たちの旅路を祝福しているかのようだった。
「さあ、行こう」
紅が静かに言った。
「私たちの戦いはこれからだ」
四人はアリーナへと戻り、蒼天覚醒の儀式に備えた。どんな試練が待っていようとも、この絆があれば乗り越えられる。そう信じていた。
ここからラストスパート頑張ります