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神社

作者: 渡辺昌夫

 中学二年の秋を迎え、そろそろ高校受験を考える時期に入る。学校の成績は中の上といったところだ。今の所、希望する高校もなく日々漫然と学校に通っている。

 僕は学校が終わると、神社に寄り道するのを日課にしている。両親は共働きで家に戻っても誰もいないからだ。神社の拝殿に一人座り、スマホゲームで時間をつぶしている。

 神社は大通りから外れ、細い路地を抜けた所にありいつも静かだ。境内は大きな木々に囲まれ吹く風が冷たい。今日も辺りを見渡すが先客はいないようだ。拝殿に腰を下ろしカバンからスマホを取り出しゲームを始める。終末世界を舞台にしたRPGで、広大なフィールドをアクションで疾走する爽快さがたまらない。

「サッ、サササ、ザザザァ」

 突然、お社の裏から木の葉が擦れる音が聞こえた。何かが落ちてきたようだ。鳥が枝に降りそこね落ちたのだろうか。それにしては音が大きすぎる。折れた枝が落ちたのか。

 僕はカバンにスマホを仕舞いお社の裏に回る。裏には大きな木が植わっていた。幹の横には『カゴの木 市指定樹木』と言う案内板がある。

「へぇ、こんなところに大きな木が・・・」

 そうつぶやき幹をたどり見上げた。すると枝に何か白い布が引っかかっている。目を凝らしのぞき込むように見上げると、白い布の間から足が見える。「えっ、人が木に引っかかっているの」と思わず声が漏れる。僕の声に驚いたのか、布の間からひょこり亀のように頭を出した男性と目が合う。一体こんな所で何をしているのだろう、そう思っていると頭上から声がする。

「おーい、助けてくれ」

 周りを見渡すがハシゴのようなものは見当たらない。この人どうやって木に登ったのだろう。カゴの木の最初の枝は自分の背丈の倍ほどの高さで、ハシゴが無ければ登れない。

「ハシゴはどこに有るのですか」

 不思議に思いながらも訊いてみた。確かにこのままほっとけない。

「えっと、拝殿の左隅に置いてある。済まないが持って来てくれ」

 俺は返事をするとハシゴを取りに向かう。拝殿の横には木で出来たハシゴが置いてあった。今時木製のハシゴなんて珍しい。

 ハシゴを木にかけてみたが、変なおじさんのいる所まであと少し届かない。おじさんは見下ろすと、足元の枝に引っかかった服を取ってくれと言う。えっ。木に昇るの?そうつぶやきながらはしごを使い木に登る。生れてはじめての木登りは意外にとスムーズに登れた。

 枝に引っかかった布を外すと、変なおじさんは身体を起こし芋虫みたいに動き始める。その後二人は注意しながら木から降りた。

改めておじさんを見ると、真ん丸な顔は頬が落ちてきそうなほど福福しい。目も丸く愛嬌がある。ただ、服は白い布で身体を包んだような不思議な服を着ている。これなら枝のあちこちに引っかかり木登りは出来ない。

「あんなところで一体何をしていたのですか」

 そう尋ねるとタプタプの頬を緩ませ「戻って来る時、足を滑らせ木から滑り落ちた」と話す。戻るではなく、降りる、の間違いだろう。なぜ登ったのか分からないままだ。

もう一つ不思議に思ったのだが、ハシゴも掛けずどうやってあそこまで登ったのだろう。僕が訊くとおじさんは「だから、戻って来る時足を滑らせたのだ」とすこし苛立ちながら答えた。どうも話がかみ合わない。

 おじさんの話に合わせ、どこから戻って来たのか訊いてみた。すると会議の帰りだと答える。これは危ない人だと思い、取りあえず大きく頷き「それでは失礼します」とその場を離れる事にした。するとおじさんは立ち去る僕に話しかける。

「なんじゃ、助けてくれたのに願い事はしないのか」

 ますます話がチンプンカンプンだ。僕は振り返らず頭だけ下げ歩き続ける。後ろで「ちょっと待たんか」と後ろで声がしたがそのまま聞こえないふりをして歩き続ける。すると足は動いているのに周りの景色が変わらない。えっ・・・僕は足元を見ると、歩幅に合わせ地面が動き、まるでルームランナーの上を歩いているように前に進まない。

すると後ろからコツコツとおじさんの足音が近づく。やばい、捕まる。僕はその場から逃げだそうと走り出す。しかし相変わらず地面は動き続け、その場から一歩も動かない。頭の中は混乱し必死で走る僕の肩をおじさんが軽く二回叩いた。僕は「ひえっ」と声をあげその場に尻もちを着く。恐る恐るおじさんを見上げると、なぜか満面の笑みを浮かべている。しかしその笑みが恐怖を助長させる。一体何をされるのか。思わず息を呑む。

「せっかく助けてくれたのに願い事もせず帰るのか」

 全く意味が分からない。僕は怖々「おじさんは誰」と口をつく。

「わしゃ、神様じゃ」

「えっ」

「だから、神様じゃと言っているだろう」

「・・・」

 僕の意識は遠のく。

 気が付くと拝殿で横になっていた。

「突然気を失いびっくりしたぞ。なんぞあったのか」

 あったのかではない。木に引っかかっていた人を助けたら、本人は神様だと言う。驚かない訳がない。それにしてもこの神様、背が低くお腹がでっぷりしている。真っ白な布を纏いかろうじて神様風だがとても本物とは思えない。とりあえず名前を訊いてみた。

「鈴木二郎じゃ」

「えっ」

「だから鈴木二郎じゃ」

「普通、天照大御神とか伊邪那美命とかじゃないの」

 ついため口で話す。元大リーガーの名前に一本足した名前ではかなり胡散臭い。

「ワシは下っ端の神様でそんなたいそうな名前は持っておらん。お主は加藤二郎じゃろう」

「えっ、何で分かるのですか」

「わしゃ神様だ」

初めて神様らしい答えが返り、僕は「おぅ」とうなりを上げる。もしかして本当に神様なのか。しかしなぜ木に引っかかっていたのか不思議に思い訊いてみた。すると「定例会議で神界に行った帰りに足を滑らせた」との返事が返って来た。詳しく聞くとこの神社の願い事を上の神様に伝える会議の帰りだったらしい。

「願い事は直接神社に祭られている神様にしているのじゃ無いの」

「神社がいくつあると思っておるのじゃ。十五万八千か所以上あるのじゃぞ。コンビニの三倍はある」

「そんなに」

 確かにこの近くにも三か所ほど神社がある。しかしコンビニより多いとは思わなかった。

 その後、鈴木二郎を名乗る神様としばらく話をすることになる。しかしその内容は、神社にお参りに来る人が減ったとか、他の神社よりお供え物のお団子が少ないとか、ほとんど愚痴だった。

 神様はひと喋りすると満足したのか、最後に願い事を聞いてやると言う。僕は頭をひねり考えたが何も思いつかない。今回は結構ですと話し帰り支度を始める。するとこう見えても神様の端くれなので何か願えとしつこく言ってくる。端くれなんかい、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 その後、願い事の押し売りが始まった。彼女が欲しくないのかとか、スポーツが出来るようになりたくないのか、と。僕は頭を左右に振る。そんな僕に二郎さんは頭を抱えた。

「そうじゃ。来年受験じゃろう。どこの高校にいきたのじゃ」

「まだ決めていません」

「お主の成績からすると××高校はどうじゃ」

 二郎さんが話す高校は進学校で、いまの成績では難しい。

「そこは無理だと思います」

「そうかのう。まだ一年以上時間は有るぞ。今から始めれば合格できると思うがのう」

 その口調は進路指導の先生のようだ。

僕は、取りあえずその高校への合格祈願をすることにした。立ちあがり背筋を伸ばし、神殿に向かい願いを唱える。すると隣の二郎さんはなぜか自分を指でさす。まるで神様はここにいるぞ、と言いたげだ。

仕方なく二郎さんに向き直し、再び願い事をした。すると「分かった」と一言。「えっ、それだけ」キツネに抓まれた様な顔をしている僕をよそに、二郎さんは神殿に向かい歩き始める。

「ちょっと待ってください。これで終わり」

 慌てて声を掛けると「そうじゃ、終わり。あとは自分で勉強を頑張るのじゃぞ」と言い残し歩き出す。なんか軽い詐欺にあった気分だ。

 二郎さんは神殿の前まで来ると振り返り、頬が落ちそうなほどの笑顔で「いつも見ているぞ」と一言い残し、扉を開けずに神殿の中に消えた。

「消えた・・・」

 自分の声だけが拝殿に響く。夢だったのか。僕は頬を抓る。抓った頬は赤くなり痛かった。

 その後、学校帰りに毎日神社へ通ったが、二郎さんとは二度と会えなかった。きっと夢でも見ていたのだろう。

 三年生になり受験勉強も本番。机に向かう時間が増えてくる。苦手科目の教科書を開くと途端に睡魔が襲う。すると、必ず背中越しに誰かの視線を感じる。はっと思い周りを見渡すが誰とも目が合わない。そんな事が学校や塾、一人家で勉強している時に感じる。

 そんな時、ふと二郎さんの声が蘇る。「いつも見ているぞ」と。頼りない神様だったが見ていると思うと勉強もさぼれない。視線を感じるたびに気を引き締め勉強に集中する。すると成績も徐々に上がり始めた。最後の三者面談を受ける頃には、学力も目標校のレベルに達していた。


 受験も終わり、発表当日を迎えた。僕は受験した高校まで自転車で向かった。発表時間はすでに過ぎ、校舎の壁に合格者の番号が貼りだされていた。

 その紙に僕の受験番号が載っていた。「よっしゃ」ガッツポーズと共に声が漏れる。

 僕は自転車にまたがり猛スピードで神社に向かう。なぜだか最初に二郎さんに報告したかった。

 神社は僕を静かに迎えてくれた。お社まで駆け足で向かうと鈴を鳴らし合格の報告とお礼を言う。静まり返った拝殿で僕の弾む声だけが響く。

 合格の報告を終え、僕は参道を戻り始める。その時後ろでサワサワと葉っぱが揺れる音がした。振り返ると例のカゴの木の一枝だけがザワザワと揺れている。まるで枝の上で人が飛び跳ねているようだ。僕は大きく手を振り「無事合格しました。今度は木から落ちないでくださいね」と叫んだ。

 一瞬、葉っぱのざわつきが止まる。しかし再び葉っぱがざわつき始めた。

 僕はその様子を大きく手を振りしばらく眺めていた。


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