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エピソード3 変な人との邂逅

「もう、終わりですか?」


 講堂に向かおうと足を踏み出した途端、背後から声をかけられた。

 反射的に振り向いて確認すると、制服に身を包んだ男子生徒がそこにいた。

 長いベージュ色の髪をゆるく括っている、同じ色の目が真剣な目で真っ直ぐに私を見ていたけれど、長髪イケメンって好みじゃない。

 

「ものすごく面白かったのに」


 面白い? 何がよ? 無視を決め込んでさっさと講堂に行こうと思ったら男子生徒がそう付け加えてきた。

 まさか、奇声あげて頭を抱えてたの見てた?


「何が『いない』のです?」

「うぼあ」


 あ、やばい。また変な声が出た。でもそんなの構っていられない。

 やっぱり見られていたのか。

 どうする、消す? 勿論記憶じゃなくて存在を。


「とても面白くて心が震えました。こんなにドキドキしたのは初めてかもしれません」


 突然何言ってんだ、こいつ?

 

 ――はっ、駄目よ。思わず素が出てしまいそうになった。私は貴族令嬢。しかも王家の傍系の公爵家。この前提を崩してはダメ!

 

 全面的に妙なことを言ってくるこの男子生徒が悪い。

 この学校の生徒ということはどこかの貴族のお坊ちゃんだとは思うけど。肌とか髪がツヤツヤピカピカな感じが貴族らしい貴族って感じ。

 そしてこの私を見る恍惚とした目は?

 ――まあ、普通の娯楽には飽き飽きしていたところに出会った奇声に新たなエンターテイメントを見出したみたいな感じかしら。

 見世物じゃねえんだ失せな! って言ってやりたいけど、私は末席といえど公爵家のご令嬢なんだってば。


「そうでした、ルパート・オーブリー・アシュフィールドと申します。以後お見知りおきを。イザベル・セイド・ユスティノフ嬢」

「あ、あ、あ、アシュフィールド!?」


 思わず指を突きつけながら聞き返してしまう。

 我が家と同じ公爵家じゃない! 同格だけど、当主同士は政敵同士である。

 私と同い年の令息がいたなんて全然知らなかった。

 アシュフィールド家なんてゲームには一切出てこないし、父の敵の家だからなるべく避けていたせいもある。

 

 アシュフィールド家も王家と親戚筋なはずだけど、我が家みたいに王家と密な付き合いをしていない。そのため王家を通じて会うこともなかった。


 ――ゲームに出てこないイケメンか。

 もしかして、隠しキャラ?

 第二王子ルートの記憶が抜け落ちてしまっているから、その可能性も……いや、ないでしょ。だって、SNS上で「三人しか攻略できないなんてボリュームが少なすぎ」って意見があって、同人ゲームに求め過ぎんな! とツッコんだ記憶があるもの。


「ふふ、その反応、素敵すぎる」

「え、はぁ?」


 指を突き付けるのは無礼だと気付き、慌てて手を後ろに隠す。

 その笑いはなんだというのだ。不気味だわ。マジで。

 

「イザベル嬢とお呼びしても」

「ユスティノフ令嬢です」


 父の政敵の家の方と慣れあうつもりはない。高位貴族相手だが、冷たくあしらってもお父様が何とかしてくれるはず。


「入学式がはじまるので失礼いたしますね。アシュフィールド様」

「待って!」


 アシュフィールド公子の横をすり抜けようとしたら、手を掴まれてしまった。

 前世だったら異性と手を繋ぐ程度だったらそこまで咎められなかったけど、ここはナーロッパ。

 異性との接触など許されない封建世界。


「やめてください、アシュフィールド様」

「……こんな気持ち、初めてなんです、イザベル嬢!」

「ですから、名前を呼ぶな! 家名で呼べつってんだろーが!」


 ――っは!やばい。触れられてパニくって貴族令嬢にあるまじき言葉を口にしてしまった。

 我に返って無礼を詫びようとアシュフィールド公子を見れば、なぜか頬が紅潮している。


「やはりあなたはとても愉快な人です! どうか僕と友達になって――僕があなたの犬となることをお許しください」


 

 ……は?


 

 聞き違いかしら。

 何か不思議なセリフが飛び出した気がしたんだけど。


「そして、イザベル嬢に僕の飼い主になっていただきたい」

「何言ってんだ! じゃなくて、何をおっしゃるの!」


 だからさっきからお嬢様の化けの皮がぼろぼろぼろぼろ剥がれているわ。


 私が王家の血を汲む公爵家の令嬢としてはぶっ飛んでいる自覚はある。

 でもそれは、私が前世の記憶があるから、で。

 でも、この人そういうのがなくて素でこれ……?


「なんで犬?」

「犬ならば、いつでもイザベル嬢に寄り添うことができるのでしょう?」


 ちょっと公爵家! 息子の教育間違ってるわよ!

 校内には基本的に生徒以外の立ち入りを禁止しているから従者や侍女といった家の人はいないから文句を言う相手がいない。

 これは、家に帰ってから親を通じて苦情だな。

 息子の教育をやり直せ、が一番効果的な苦情になりえるのかしら。

 

「入学式が始まってしまうので失礼いたします」


 変な人に構っていられないと踵を返す。

 

「僕も入学式に出席いたしますので、ご一緒いたしませんか」

「お断りします!」

 

 強い口調で振り切って足を進める。

 無礼上等。

 家格は同等だからそこまで大きな問題にもならないと推測する。

 何よりもお父様の敵の家と関わりたくない。

 これからもお父様の脛をかじって生きていくつもりだから、お父様の心情を害するわけにはいかないのだ。


「ご一緒するだけでもいいんです!」

「お断りいたします! 今忙しいので!」

「入学式に出席されるだけですよね?」


 この人と一緒に入学式に行くなんてどう考えても目立つ。

 公爵家同士、しかも仲良くない家の二人が並んで歩くって。絶対避けたい。


 それに、あれだ。今日帰ったら第二王子に婚約を申し込むんだから。

 他の男性と仲が良い素振り見せちゃ駄目でしょ。

 破棄されるための婚約だけど、これで破滅が避けられるのならばやるしかない。


「イザベル嬢」

「申し訳ございませんが、私、第二王子殿下と婚約を結ばねばなりませんので」

「えっ!」

「では失礼」


 心底「意味不明」と言わんばかりの表情をした彼を置き去りにして私は講堂へと急いだ。


 うん、確かに意味不明よね? 客観的にみたら発言した私も意味不明でしかない。

 だけど、婚約者がいないとヒロインが救ってくれないんだったら仕方ないんじゃない?


 ――婚約者がいないとくっつかない二人って冷静に考えるとちょっとアレな気がしてきたけど。多分深く考えてはいけない、そういうことだ。

 

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