一緒に暮らさんか
それは嫁ぎ先へ運ばれている途中のこと。
「…逃げろー!」
そんな声が聞こえて、みんな逃げてしまった。
馬車は捨て置かれ、馬と私と。
「…あー、すまんな」
一匹のオークだけがそこに残った。
「いやぁ、あのな、お前さんたちを襲うつもりはなかったのだ」
「そうでございますか」
「ううむ…なんというか、馬車から覗いたお前さんがあんまりにも綺麗だでな、もうすこぉしばかり近くで見たいと…」
その言葉に目を丸くする。
「綺麗、でございますか?」
「ああ、憂い顔ですらこんなに可愛いのだ、笑ったらどれだけ可愛いかと」
「…」
私の顔には、左頬に刀疵がある。
婚約者…嫁ぐはずだったあの男に付けられたものだ。
昔の私はあまりに無邪気で、男の狂気を知らなかった。
子供らしく無邪気に色んな人に懐いていたら、あの男に言われたのだ。
『他の人間に懐くくらいなら、殺してやろうか』
死ぬことはなかったが、顔に傷が出来た。
顔が痛むから、笑うことは無くなった。
人々はそんな私を敬遠した。
私はあの男の目論見通り、ひとりぼっちになったのだ。
けれどあの男の望んだ様に、あの男に依存することはなかったのだが…これから先、あの男に嫁いでいたらいずれそうなっていたのだろう。
「助かりました」
「ん?」
「嫁ぎ先は、あまり良いところではなかったので」
「…ああ、そうかぁ」
それで何を察したのか、オークは難しい顔をした。
「なぁお前さん、これからどうする」
「私は嫁ぎ先に行く気はございません」
「そうか、実家には?」
「私は妾腹にございます。元よりあそこは私の居場所ではございません」
「そうかぁ」
なら、とオークは私に手を差し伸べた。
「一緒に暮らさんか」
「嫁に来いと?」
「はっはっは!わしのようなオークが嫁などナイナイ」
「はい?貴方様、美男子ではございませんか」
「んん?」
目の前のオークは、その筋肉質な身体や鋭い牙、耳や角でオークだと一目瞭然ではあるが…顔立ちは整っていた。
それを指摘してやれば、困った様に笑うオーク。
「いやぁ、そうかぁ…人間にはそう見えるのか」
「オークにとっては違うのでございますか?」
「んんー…いやぁなぁ…」
それからオークが説明してくれたことを纏めるとこういうことらしい。
オークは人間の女を手篭めにして増えるのだそう。
その性質上、ほとんどは普通のオークとして生まれてくるのだが…たまに人間っぽい個体も生まれるのだとか。
このオークもそれらしい。
確かに筋肉質な身体だが、どちらかといえば人間寄りな気がしなくもない。
顔は美男子だし。
で、そういう個体は成体になると部族を追い出されるのだとか。
それまでも部族内では差別を受けるので、むしろ追い出されてよかったと笑うオーク。
「…なるほど」
「おう」
「では、美男子と呼ばれるのは褒め言葉ではございませんね。失言でした、申し訳ありません」
「いや、たしかに褒め言葉には聞こえんが…うむ。お前さんのような美人に褒められるのは悪い気はせん」
朗らかに笑ってくれるオーク。
私は気付けば自分のことを語っていた。
「実は…」
「ん?」
「ほら、私刀疵があるでしょう?だからほら、人間からはそれを理由に敬遠されていたのです。それ以前に妾腹でしたしね」
「おお、じゃあわしと同じじゃなぁ」
「はい、ですので」
遅くなったが、オークの手を取る。
「こんな私ですが、一緒にいて頂けますか」
「もちろんだ!わしがこんな可愛いお前さんと暮らせるなんぞ、夢の様だ」
「ふふ、お上手」
「世辞ではない、今まで見たどの女より綺麗だ」
そうして二人での生活が始まった。
「…お前さん、本当に料理が美味いのう」
「ふふ、左様ですか」
「うむ!本当に嫁に欲しくなる」
「まあ、お上手」
「世辞ではないと言うとろうに」
彼は私の食事を食べると必ず褒めてくれる。
「お前さんが洗濯してくれるとシワひとつないのう」
「干し方が肝心なのでございます」
「お前さんは本当に器用じゃ」
「そのように躾けられましたから」
「お前さんがいてくれると助かる」
彼は私が洗濯物を畳んでいると必ず感謝してくれる。
「お前さんが掃除してくれるとチリ一つ残らんの」
「潔癖性ではございませんが、掃除は得意にて」
「いやぁ、感心してもしきれん。お前さんは本当に良い女だ」
「ふふ、で、ございますか」
「うむ!」
彼は私が掃除をすると必ず褒めてくれる。
いつも褒められて、感謝されて。
私はいつのまにか、この美しいオークと本当に夫婦になった気分でいた。
夜の方は、紳士で真摯な男だったので当然なかったのだが。
それくらい、完全に心を許していた。
「…ああ」
だから、あの男のことをすっかりと忘れてしまっていた。
このまま、忘れていたかった。
あの男の率いる軍勢を前に、私はただ嘆くしかできない。
「…お前さんは安全な場所へ!」
「いけません、貴方様が!」
「あの軍勢はお前さんに執着する男の手の者であろう!お前さんが逃げんでどうする!」
「だって!」
「わしはこれでもオークだ!ただでは死なん!お前さんを逃すだけの時間は稼ぐ!」
オークが私を庇って、あの男の率いる討伐軍に突っ込んで行こうとする。
それを抱きしめて止める。
「私は貴方様を犠牲にしてまで逃げません!」
「何故!」
「貴方様が好きだからでございます!」
「…は?」
「好きなのです、名も教えてくれない貴方様が!」
その私の言葉に、彼は泣き笑いする。
「…名を名乗らんのは、お前さんもだろ」
「私の名は…エメリーヌでございます」
「そうか」
「…貴方様は」
「…アルフォンス」
もう一度、ぎゅっと抱きしめ合う。
「…好きな女くらい守らせてくれんか」
「いいえ、最期は一緒に」
「…ははっ」
彼は笑った。
そして、言った。
「ここに誓う。生きて、帰る。だから、お前さんも生きろ」
「…」
「…行かせてくれ。必ず帰るから」
「…もう。狡いです。そんな目で見られたら、決意が揺らぎます」
「大丈夫だ。本当に、帰ってくるから」
本当に?
嘘、あんな軍勢に勝てるはずない。
それでも、どうせ死ぬなら。
「…騙されてあげます」
「帰ると言うとろうに」
本当はここで一緒に死にたいけど。
彼が望むなら。
彼が一矢報いたあと、私も後を追おう。
「行ってくる」
「はい」
「必ず帰ってくるから、勝手に死ぬなよ」
「…はい」
そして彼は行った。
…その後の戦いは凄まじいものだった。
血飛沫が舞う。
人が次々と千切れる。
…オークとは、こんなにも強いモンスターなのか。
そして後に残ったのは。
ボロボロになりつつも生き残った彼と、離れた位置で見守っていた私と。
あの、男。
「エメリーヌ」
「なんでございましょう」
「そんなオークなど見捨てて、私のところへ戻ってこい」
「いやでごさいます」
「何故」
何故と言われても。
「アルフォンス様が好きだからでございますが?」
「アルフォンス?オーク風情がずいぶん立派な名だ」
「お褒めに預かり光栄だな。だがわしは強いぞ?」
「そんなボロボロで何を言う」
「惚れた女の前では、男は強くなるのだ」
あの男の目が血走る。
「オーク風情が、エメリーヌの何を知る」
「優しいところ、可愛いところ、器用なところ、性格は少し不器用だな。あとは…」
「もういい、死ねぇ!!!」
あの男は、明らかにボロボロなアルフォンス様に槍を向けて走った。
だけれど。
「…わしにそれはちぃと、まずいな?」
アルフォンス様は戦い慣れていないあの男の槍を簡単に避けて、あの男の腹に一発重い蹴りを入れた。
あの男は、痙攣してやがて動かなくなった。
「…ふう」
「アルフォンス様!」
愛おしいオークに抱きつく。
「ご無事で何より!」
「だから言うたろう?」
「はい!正直信じておりませんでしたけども!」
「なんじゃあ、わしの嫁はイケズじゃなぁ」
「え?」
きょとんとする私に、彼は微笑む。
「好き同士なんじゃ、夫婦にならんでどうする」
「…アルフォンス様、好きでございます!妻にしてくださいませ!」
「ははははは!するに決まっておろう!今日からお前さんはわしの嫁だ、エメリーヌ!」
「幸せでございます!」
嬉しくて嬉しくて、頬の痛みも気にせず久しぶりに思いっきり笑顔になる。
それを見てアルフォンス様の動きが止まった。
「お前さん…やっぱり美人だのう…笑った顔が思った十倍は可愛いわ…」
「そ、そうでございますか?」
「うむ…わしはこんな美人な嫁を持てて幸せものだ。ああけど、これからしばらくは忙しいぞ。逃亡生活だな」
「ああ…この男を殺せば当然、この男の親も動くでしょうからね。ですが私は、それでも幸せですが…」
「安心せえ、わしもだ」
そしてアルフォンス様は、私と逃亡してくれた。
しばらく逃げ回って、遠くの国にきて、慎ましく二人で暮らせる様になった。
討伐軍との戦いで命をたくさん奪った私たちがこんなに幸せでいいのかと思うほど、幸せな生活。
いつか報いが来ても、きっと後悔はしないだろう。
今がこんなに、幸せだから。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
楽しんでいただけていれば幸いです!
オークも彼女も、罪は背負いましたが幸せになりましたね。
罪と言っても、正当防衛と言えるかもしれませんが。
個人的には、これからも幸せに慎ましく二人暮らして行けたらいいなと思います。
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