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※機密ログ※(記録者:KANON)

【おめでとうございます。あなたはユニーク・スキルを修得しました。詳細をご確認下さい】

 

 (まさ)しく、寝耳に水とはこの事だ。

 二時間毎に目が覚める浅い眠りの中、骨振動式の姿無き声にそう告げられた。

 薄ら見ていた夢の続きだと思ったが、完全に覚醒した意識に、自動展開された仮想端末“ウインドウ”がスキルの詳細を私に突き付けて来た。

 これ、は……、…………。

 

【ユニーク・スキル:反物質の安定供給】

 

 読んで字の如く、このスキルの付与を以て、私は兵器開発の際に“反物質”を自在に使える様になった。

 核融合のエネルギー効率が0.1パーセントであるのに対し、反物質のそれは100パーセントの効率を持つ、とでも言うべきか。

 ただ、反物質には、ほぼあらゆる物体との“対消滅”が付き物だ。

 何かに――空気にすら――触れれば対消滅を起こしてしまう以上、ケースに入れて保管と言う訳には行かぬ代物であるのは想像に難くないだろうが、ご丁寧にもそれすらも【スキル】とやらが面倒を見てくれるらしい。

 早速、仮想端末で軽くシミュレートして見たが、実現可能なエネルギー量は、物理演算システム上でかなりセーブされているようだ。

 飽くまでも、このゲーム“オルタナティブ・コンバット”のルール下なりの“反物質”なのだろう。

 と言うより逆に、ゲーム側で制御してくれないと、これで何を作れば良いのか見当も付かなくなる。

 ……。

 心が、とても躍った事は確かだ。

 “反物質”と聞いて、スキルの概要をまだ数行しか読んでいない段階にも関わらず、何通りもの開発案が脳裏を駆け巡った。

 夢のようだ。

 ろくに知識が無くとも、NPCメカニックに命じれば世界(ゲーム)の方が整合性を取って空想を実現してくれるのだからな。

 だが。

 私がこのスキルで一作でも何かSB(スペアボディ)パーツを作れば、私には世界(ゲーム)中の全プレイヤーから、オンリーワンの反物質兵器開発者と言う重いレッテル・或いは“呪い”を課せられる事となる。

 極力目立たないライフル一挺を作るに留め、持たせたパイロット(HARUTO(ハルト)辺り)が何食わぬ顔で使っていたとしても。

 (いず)れ必ず誰かが気付き、足が付くだろう。

 他人と言うものが、どうでも良い他人事に目敏い生き物なのは、現実もVRも同じだ。下らない事に。

 このオルタナティブ・コンバットに限らず、VRMMOに於けるユニーク・スキルの重みとはそう言うものだと私は考える。

 一個人が背負える重みとは言い難い。

 HARUTO(ハルト)に、打ち明けるべきか否か。

 ――浮かんだ自分の考えに、また軽く戸惑った。

 “皆に”では無く、彼にだけ話そうと言う、自分の発想に。

 確かに彼は、チームのリーダーだ。

 手に余るユニーク・スキルの扱いを相談するなら、最も筋の通った相手ではある。

 ……いや、本当は分かっている。

 このチームは皆、私も含め、何かしらの“隠し事”をしている。

 

 そう。

 この(ひと)も、また。

 極限まで行われた強化手術により、今や半身不随も同然となったMALIA(マリア)の車椅子を押し、送り迎えをするのは私の役目だった。

 私自身が、望んだ。

 手術を承認した責任、と言うには綺麗事が過ぎる。

 私はきっと、彼女がそれを望んだ状況すらも――。

 居住区への帰路。

 少し寄り道をした。

 鉛色に曇った空を、私達は何と無しに見上げる。

 物資輸送のレールやSBカタパルトが蜘蛛の巣の様に張り巡らされた、メガストラクチャーが只広がっている。

 途方も無く大掛かりなインフラである筈なのだが、伴う音も振動も、空気の揺らぎも、空々しく感じる。

 NPCと言う偽りのものが、この世界の営み大半を維持している事の象徴だ。

 自室に帰ったMALIA(マリア)の身の回りを世話するのも、NPCのヘルパーである。

 強化人間の私生活としては、ありふれたものだが。

 車椅子を押す背後から、彼女の頬にそっと手を添えた。

 綺麗な、絹のように流れる髪をつい手ですいてしまう。

 彼女の世話を初めて間もない頃、私が半ば無意識についやってしまったその行為を、彼女は何も拒絶しなかった。

 それ以降、私にも甘えが生まれてしまったのかも知れない。

 何処までやれば、彼女は私を嫌うのだろう。

 好奇心と表裏一体の“何か”が、その内、私にとんでもない事をさせそうで怖い。

 彼女を纏う、薄いメイクが香る。

 満足に動かなくなった身体でも、彼女は決して身なりを疎かにはしなかった。

 何故だろう。

 何を、そこまで。

 ここまでの強化を行った事も合わせて、疑問が尽きない。

 そして。

 何故彼女は、私の、こんな手癖を拒まないのだろう。

 この分だと、向き合って唇を奪っても……彼女であれば拒まないで居てくれる気がした。

 そんな勇気は、私側に無いのだけど。

 同時に、彼女はどう考えているのか、どう考えるのかが怖くて仕方が無い。

 ここまでの述懐を、自分で振り返っても「終わってる」と思う。

 自由に動けない、且つ、お人好しな性格の人間を相手に、私は最低な事を考えている。

「済まない」

 普段通りの男言葉を作り、私は言った。

「なにがです?」

 彼女は、そう(うそぶ)いた。

 ……話はユニーク・スキルに戻るが。

 この場で彼女に、MALIA(マリア)に話したとしたら……どうだろうか?

 

 ――私が偶々(たまたま)怖じ気ずくような人種だったから、今の所、反物質は陽の目を見ていない。

 ――こんな、ゲームの世界観を壊しかねない代物を。

 ――運営AIは何を考え(演算し)ている?

 ――どうして、私なんかに?

 

 結局私は――HARUTO(ハルト)にもMALIA(マリア)にも打ち明けられないまま、このスキルを胸に秘めたままだ。

 幼少期から、そうだった。

 私は“物”と向き合う事が“好き”だった。

 人と――私を“普通に”育ててくれた両親とさえも、向き合えなかった。

 

 

 

 もしも、この機密ログを読む者がこの先現れるとするなら、醜態を重ねるのを承知で教えて欲しい。

 “彼”と“彼女”、どちらに打ち明けるべきなのか。

 こんな事を思うのさえ、生まれて初めてなんだ。

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