其の一葉
あれから千年……。
妖精たちは、はた目からは いっしょうけんめい生きものを『お世話』しているように見えましたが、あくまで目的はイタズラ……。生きものをオモチャにすることでした。
(同じ妖精でも、初心者は生きものの体を乗っ取って直接 生きものを痛めつけて遊びますが、その程度では興奮できなくなった上級者は、日記に むごい予定を書きこんでベスト アングルから眺めて楽しみます)
もちろん、中にはマジメな妖精もいましたが、それは ごく一握り……。レア中のレアなのでした。
そんなことも知らない神様は、
「妖精たちは働き者じゃ……」
と、ほめること しきりです。
でも、そんな中にも一人だけ、ナマケモノがいました。
ハックです。
ハックは、生きものが困ってても知らんぷり……。
悲鳴をあげるまで ほうっておいては、シブシブ助けるのでした。
ハックの言いぶんは、こうでした。
「いつも助けていたら、ナマケモノになってしまう……」
「なんでも自分でやるクセをつけさせないと いけない」
そんなハックでしたが、意外なことに『ぬけみち』を知りませんでした。
仲間がいそがしいときにも手伝わなかったせいで、やり方を教えてもらえなかったのです。
いちおう考えてみましたが、頭を使うことも なまけてたせいで、分かりません。
そして、とうとう……
「教えなてくれないと神様にばらす!」
と さわぎだしたので、仲間たちはシブシブ教えました。
「まずは動機を よういするんだ」
「お酒を飲んで正気じゃなかった とか、ショックな出来事があってボーッとしてた とか……」
「つまり、それらしければ、なんでもいいのさ」
「のっとっても、思考にクセをつけるまでは、迷うフリをするのを わすれるなよ」
「イタズラが おわったら、生きものの良心を責めたてて……」
「反省した ところ を日記に つけりゃいい」
そのころ、子ネコの お世話をしていたハック……。
人間の飼い主の おうちで、食べては寝る毎日です。
そんな ある日、テーブルの上に おいしそうなケーキを見つけました。
お母さんが子どものために作ったバースデイ・ケーキです。
ハックは、考えました。
『子ネコは、イタズラ好きと評判だ。のっとってもバレたりしない……』
さっそく 子ネコをのっとったハックでしたが、すぐには動きませんでした。
仲間がくれたアドバイスを おもいだしたのです。
頭の中で、
『さわっちゃ、ダメ……』
『この くらいは、いい……』
と、何回か繰り返して迷うフリをすると、
『ちょっと、なめるだけ……』
と流されたフリをしたのでした。
それから テーブルに飛びのると、こころゆくまでケーキを たんのうしたのです。
イタズラが おわって、子ネコが われ に かえったときには、もう手おくれ……。
ケーキはメチャメチャ。お母さんはカンカン。子どもはワンワン泣いてます。
かわいそうに、子ネコは、おうちを追い出されてしまいました。
子ネコはトボトボと歩きながら、
『なんで、あんなこと、しちゃったんだろう……?』
と首をかしげました。
ハックが すかさず、迷うフリをした時のこと、流されるフリをした時のことを思い出させると……
『そうか、誘惑に負けたんだ……』
そう 思いこまされると、また おちこんで、トボトボ……と歩いていきました。
ここが、『のっとり』のフシギなところ……。
のっとられている あいだ は、自分と妖精さんの くべつ が つかないのです。
むしろ、妖精さんが本体なので、どうにか出来そうでいて、どうにも出来ません……。
自由がありそうで ない 二人 羽織と言ったところでしょうか?
大人しい人や真面目な人が非常事態に遭遇すると、気が動転してしまって普段からは考えられない行動に走り、あとから悩んで自殺してしまう、と言われますが、これが原因だったりします。(反面、ふだんから修羅場に慣れてる人だと不自然に見えるので、餌食にならずに済んだりします。)
この場合、妖精さんが その行動を好むからだけでなく、良心に苛まれた挙げ句、‘自分だけじゃない!他のヤツだって、やってる!’と言いたいが為に行為を強いる(そして、お仲間に見せる)と言うパターン……。
(実は、妖精さんたちは、自分達の‘成果’を お互いに見せあいっこしてるのです)
さて、しゅびよく子ネコに反省をさせたハックは、さっそく日記を つけました。
“○月×日。
子ネコは、誘惑に負けてケーキをだいなしにした、と反省しました”
ウソではありませんよね?
でも、神様は なにも言いませんでした。
天使たちも なにも言いませんでした。