トラップを真っ向からぶっ潰して参ります
何よ何よっ!! 予想と全然違うじゃないっ!!
バニーガール姿の女性、田中圭子(29)はそう取り乱していた。
彼女は今、勤めている組織にてデスゲームの司会進行役を務めている。ツッコミどころ満載な文面だが、彼女が所属する組織自体がまともではないので、とやかく言うのは野暮だ。
そんな彼女のミッションはこのゲームを成功させ、観客を楽しませる事。
そのためにそこら辺にいた馬鹿な男を1人捕え、ついでに消えても問題のない無能な下っ端を上手く騙して参加者として加えた。
男の方は組織と敵対関係にあるらしいし、下っ端の女の方は見てくれだけはいいので、画面映えするだろう。断じてあいつの方が自分より綺麗で嫉妬してるとか、下っ端のくせに成績を伸ばしてて生意気だとかそんな私怨はない。断じてない。
まぁともかく、今回のゲームの評価も上々。自身の評価も鰻登りとなるはずだった。しかし。
「いやぁもう1人戦える人がいるとめっちゃ楽だし、君結構強いよね。すごいや」
「殆どあんたの手柄なクセに何言ってんの。ま、伊達に前線張ってないしこれくらいはね。武器持ってるからって舐めてかかって来てくれるんだから、まー1人や2人くらいなら楽勝よ」
ゲームの道中に配置した戦闘員達は、2人の周りで白目を剥いて横たわっている。男は涼しい顔で背伸びをしているし、女は手に持っている特殊警棒型のスタンガンを弄んでいる。
なんなのっ!? あんなにあの男が強いなんて聞いてないしっ! 武装した男7人相手に無傷って、人間? それにあの女下っ端のはず。あんなにデキるなんてそんなはず……!
などと彼女は心中で宣っている。が、その原因は全て自身の調査不足と人材を見る目のなさ故である。が、そんな都合の悪いことは彼女には見えていない。哀れな人類は見たいものしか見ないのだ。その好例だろう。
――――でも、これから先にある『罠』は絶対に越えられない。もし越えられたとしても、最後にあるアレを攻略できるはずない。
そんな自分を棚に上げ、彼女はこう思惑する。
取り乱した心を鎮めるように彼女はそうよ、きっとそうだわ、などと呟き、笑みを浮かべた。
しかし、見る人が見たらこう言うだろう。
それ、フラグですよ。と。
◆◇◆
「ストップ悟くん。止まりな」
コースも後半に差し掛かるところで、後ろから首元部分を来夏さんに掴まれる。
服が後ろに引っ張られ、軽く首が絞まった。
「ぐぇ。何すんの」
「失礼ね。ここで不用心に進んだら君、死んでたよ?」
「この先にトラップ的なモノがあるんでしょ? 分かってるよ。ここまで来る最中だって沢山あったじゃんか」
彼女は元々このゲームの司会者だから、この後待ち構えてるモノをある程度予測できるのだろう。
けど、流石に俺だって予想できてないわけじゃないぞ。考えなしに突っ込んでる、みたいに言われるのは心外だ。
「ま、そうなんだけどさ。黙って見てなって」
彼女は懐からジッポライターを取り出して火をつけ、そのまま前へ放り投げた。
一瞬、壁が鋭く光る。そしてその光にジッポが射抜かれ、小気味良い音が響く。光はその後、壁に当たり乱反射した後、地面へと衝突した。
「なーるほど?」
「この壁、温度の変化を感知するセンサーが中にあんのよ。それで僅かにでも異常を検知したら……こうなるってわけ」
そして残されたのは、真っ黒焦げになり炎をゆらめかせるジッポの残骸。
「へぇ。よく見抜いたね。しっかり見れば小さい穴があるし、わかるっちゃわかるけど」
「ま、元々こーいう細かい変化を見抜くのは得意なのよ。自分で言うのもなんだけどね」
彼女はそう言うと薄く微笑んだ。
まぁ実のところ、ここにこういう初見殺しトラップがあるって事は、ある程度は予測はできていた。けど。
「いやぁ助かったよ。ありがとう」
「よく言うよ。君の事だしどうせ分かってたんでしょ?」
「うん。でも、どんな仕掛けかまでは分かってなかったよ。おかげで相当やりやすくなった」
「……あーそ」
彼女は少し照れたようにそっぽを向く。可愛いな。
あまり自分に自信を持ってないように見えるけど、俺からしたら優秀な人材に映る。ほんといい出会いしましたよ。
でも、彼女はすぐに気を取り直して俺に向き直る。
「でもさ、これ、どーやって抜けるつもり? 仕掛けがわかったからって簡単には攻略できないでしょ。何m続いてるかわかる?」
「20mくらいかな? 確かに正攻法じゃ無理だ。でも考えがないわけじゃないよ。ねぇ、ちょっとそれ貸してくれる?」
「? いいけど」
「ありがと。離れててね。危ないから」
彼女は手に持っていたスタンガンを俺に手渡す。俺の言葉の意図がいまいち読み取れないと言った顔だ。
そんな彼女を尻目に俺は、レーザーが照射される壁に検知されないように慎重に側まで忍び寄った。
『おやおやぁ? 何をする気なんでしょうねぇ。もしや死にに向かいましたか? それでもいいですよー? 言っておくとそれ、楽に死ねないようにできてるので……。あはははっ!!』
あぁ、そういえばいたなあの人。すっかり忘れてた。
随分と自信があるようで何より。少し元気取り戻してません? さっきまであんなに発狂してたのにね。言わないでおいてあげるけどさ。
さーて、一丁ビビらせてやりますかねぇ。
そう思いつつ、俺はスタンガンを振りかぶった。
「ちょ、あんたまさか……!?」
俺の行動の意図を察したらしい。彼女は驚いたように声を上げる。いやわかっただけすごいよ君。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
「はい、せーの」
気の抜けた声で、俺は壁をスタンガンでぶん殴った。
重たい音を立てて壁は壊れ、レーザーの照射口が顕になる。そして俺は、
思い切り、そこに電流を流し込んだ。
大の男が白目剥いて倒れる程の電流電圧を流し込んだのだ。そんなモンを喰らった機械は盛大にショートし、そして、
ばりばりぼふーーん。そんなコミカルな音を立てて遠くまで軽く火が噴き上がる。
『……っはぁぁああ!!?? 今、何が起こ……は!?』
「うわエグっ。確かに機械ならセンサーの穴は潜れるけど、壁ぶち破るってなんて脳筋……」
うわぁ面白い程上手くいった。ショートした時に散った火花が別のところをショートさせて……ってしたらこんな感じになった訳だけど。
「あー面白。一応反対側もやっとこ」
そう言って俺は反対側も同じようにぶち壊す。そして聞こえるばちーーんという音。いやぁいい音。
ま、これでもう大丈夫だろ。
「はい。貸してくれてありがと。もう大丈夫なはずだよ。にしてもいいスタンガンだね。耐久度抜群」
「あーあ、こんなあっさりと。なんかアホらし……。ふふっ、本当になんとかなりそうな気がしてきたわ」
「あれ、今更? もうそのつもりでいてくれてるもんだと」
「改めてそう思っただけだっつの。ったく」
そう言って、俺と彼女は歩き始める。
上からはギャラリーの野次と、司会者の喚き散らす声。喧しいのは確かなんだけど、さ。
でも、そんなの気にならなかった。