戦慄! 骸骨博士 2
ナレーター(以下、「>」と表す): 皆さんご存知の枚鴨市駅の駅前には再開発が進んでいる地域がある。陸橋網があり、城跡広場へと続く――えーと、こっちは方角的にどっちになるんですか? ……あ、そこまで厳密性は求められていないですか? むしろ方角を固定したくない? ふむ。では――城跡広場へ続く側と、噴水広場がある逆側があるのは、視聴者の皆様もイメージできていると思います。しかし、噴水広場側には線路沿いに進むと、工事現場が多くなる再開発地域に行き着くのだ。
>この工事現場の一つが、以前桜ちゃんが誘い出されて片腕を折られていた事件現場でした。「そんな事あった?」と思った視聴者の方は、前作を見直してみましょう。該当するシーン以外に多くの発見があるかもしれませんよ。今ならオンデマンドサービスが特別価格で……あ、端から無料? だったら、改めて広報する必要もないか。
>その再開発地区に、閉鎖された大衆食堂があった。人気がなくなって廃業した店舗ではありません。ここは人気店で……いや、そう言い切るほど人気ではなかったか。客の入りにはむらがあり、月毎でみると概ねなんとか黒字なお店です。日毎では赤字になる日もありますね。でも、利用客には「潰れたら困る」という人は……これもそんなに多くないですね。「安くて便利だけど、なくなったらなくなったで別の店を利用する」という感想の人が利用客の大多数のようです。
>なんか悲しくなっちゃいますね。経営している側はきっと一生懸命なんでしょうけれど、お客様の愛着ってそういう感じですものね。当番組も安寧としていられません。
>え? 「そんな事より、銀子先生はどうした?」ですか? いや、だから、その閉鎖された大衆食堂が現場なのですよ!
>というわけで、先週の実質予告映像から行ってみましょう!
>暗い部屋の中央にぽつんと置かれた椅子。そこに座っているのは若い女性。
※うら若い、という表現は改めました。
銀子先生(以降、「お銀」と表す。): 助けて! パンツイッチョマンさん!!
>もぞもぞと動く銀子先生。どうやら縄で椅子に縛られているようだ。そこに現れる半裸の男………………いや、しばらく待っても誰も現れない。
お銀: パンツイッチョマンさーん、私、ピンチです。助けてくださーい!
>数分後また呼びかける銀子先生だが、最初の熱意は無く、かなり棒読みに近くなっている。また薄暗がりの中、時間だけが過ぎていく。
お銀: あ! 良く考えたら、私がピンチになってからきっと駆け出したわけだから、あと十分。……いや、あと三十分くらい、掛かるかもなぁ。
>言い訳がましく、独り言にしては大きな声でそう言う銀子先生。何かよくわかりませんが、こちらもそれくらい待ちましょう。視聴者の皆さんも一風呂浴びるくらいの余裕はありそうですよ。少なくとも、お手洗いくらい、行けるんじゃないですかね。……あ、こっちが時間短縮すればいい? はい、そうですね。
>薄暗がりの同じ部屋。今度は銀子先生に近づく影が映っているぞ。 しかし、それは暗くてもぼんやり分かる白衣の細い体。これはきっと骸骨博士と思しき……名前何でしたっけ? あ、魚図でしたね。はい、魚図博士でしょう。……誰ですか? 今、魚図博士と読んだ方? 博士じゃなくて博士ですからね。
お銀: え、そんな……いつもより、おっきくないですか?
>ムニャムニャと不明瞭な言い方で呟いている銀子先生。声質から、おそらくニヤニヤ笑っている表情なのだろう。
魚: おい、起きろ! 半時間過ぎたぞ。
>やはりこの声は魚図博士でしたね。呼び掛けても銀子先生は居眠りをしたままなので、キョロキョロした後、白衣の胸ポケットから小さな棒状の物を引き抜く。形から想像するに、おそらくペンですね。それで魚図博士は銀子先生の頭を軽く叩く。しかし、刺激が弱いのか、銀子先生は目覚めない。少しためらってから、魚図博士はペンで銀子先生の頭をつつく。
>うーん、おそらくこの反応。セクハラと言われる機会が増えた現代社会にうまく適応できていない年配の男性の行動って感じですね。どうやら魚図博士の身の回りには日常的に若い女性がいないようです。それで、ちょっと過剰というか……だって、触れたらいけないとしてもペンでつつくのも相手に失礼でしょう? ようするにわかっていない年配男性ということです。
お銀: え? パンツ……
>ぼんやりと反応した銀子先生は目の前に人が立っているのに気付くと、急に覚醒する。
お銀: パンツイッチョマンさん!? ……って、服、着ているじゃん。
>ガッカリするワードがおかしい! それじゃまるで、少年向けコミックで、女子更衣室を覗き見た男の子が発するワードと同じです。ちなみに、コミックではページめくりと同時に服を着たヒロインが描かれているので、期待していた読者も同じくがっかりするわけですね。……えーと、もう今は、覗きも立派な性犯罪、としてコンプライアンス的に描きにくいので、こういう展開をコミックで確認したい方は、昭和・平成の作品を選択してください。
お銀: あれ? パンツイッチョマンさんは? もう少しでパンツを脱ぐところだったのに……
>どんな夢を見ていたんじゃい! ……しかし、これで銀子先生はある程度自分の夢を操れるという噂の信憑性が増しましたね。当番組としては、銀子先生の夢から距離を置きたいと思います。
魚: 何を寝ぼけている。……パンツイッチョマンは一向に姿を現さんではないか!
お銀: あれ? 本当ですね。 ……おっかしいなあ。いつもは助けに来てくれるんですけれど……。もしかして、これが狂言と悟られたのかもしれませんね。
>あ、やっぱり。どうりで銀子先生に切迫感がなかったわけです。最初の叫びにしても、本当に助けを呼んでいるならもっと大きな声で、かつ何度も試みたはずですがそうではありませんでした。むしろ、二回目の変化を見る限り、「悲劇のヒロイン気分で調子に乗って大きな声を出し過ぎちゃった。パンツイッチョマンさん以外の人が来たら困るから、控えめにしておこう」と考えたんでしょうね。
>しかし、どうして銀子先生と魚図博士が結託するような構図ができてしまったのでしょう? 気になりますね。ここは銀子先生の……いや、彼女の場合は変な思考に衝突しかねないから、魚図博士の思考を読んでみましょう!
>………………
>あ、お待たせしました。十分近い時間が経ってしまいましたね。……あ、そっちは一瞬でしたか。この時間経過感覚の差も音声多重(以下略)の強みですね。テレビドラマだったら、こうも上手く……あ、できる? そもそも、不要なナレーターもいない? そいつは失礼しましたね!
>で、銀子先生と魚図博士との出会いですが、やはり最初は、前回のシーンで描かれていたように、パンツ筋肉マンから攻めました。いや、厳密に言えば当然パンツイッチョマンをファーストターゲットにしましたが、警察も、本腰ではないにせよ、探しているのに尻尾を掴めていない、という情報を知り、早々に諦めます。っていうか、警察情報と繋がっていたんですね。骸骨博士と名乗るだけあって、侮れないです。……って、未だ名乗ってませんが。
>しかし、パンツイッチョマンの仲間だろうと魚図博士が勘違いしている、パンツ筋肉マンも見つかりません。ゴツゴウ・ユニバース特有の人の顔を認識する能力が低いという影響ですね。でも、ゴツゴウ・ユニバースでなくとも、韋駄天のイッパチが実践していたとおり、半裸の男の行動は後から思い出そうとしても、半裸という部分だけが印象的に残ってしまうものです。だから、オクトーバーフェストの際はスイミングゴーグルを着けていなくとも、パンツ筋肉マンの素顔が多くの人の記憶に残っていないのです。
>仕方なく、それ以外のパンツイッチョマン接触情報を探っていた魚図博士は、「私はパンツイッチョマンに会った事はないけれど、同僚が何度も会ったことありますよ」という発言に行き当たる。その「何度も会ったことある同僚」こそが養老銀子先生なのであった。なお、その発言者は「私はパンツ筋肉マンという方に会ったことありますけれど」という言も返していたが、多くの視聴者と同じく魚図博士も「類似人には興味ありません」と無視した。
>というわけで、パンツ筋肉マンにとってお近付きになりたい人だった女性保育士が、銀子先生と魚図博士の出会いを取り持っていたのだ。……と一応、好意的に取れるように表現しましたが、これって確実に勝手な個人情報の漏洩ですね。あの女性保育士さん、おとなしい雰囲気の可愛らしい容貌の方でしたが、中身はちょっとアレな人のようです。今回の個人情報保護意識の低さだけでなく、パンツ筋肉マンが襲来した際、警察に通報すべきか、しつこく銀子先生に聞いていましたもんね。自分で責任を取りたがらない性格なのでしょう。個人的には、パンツ筋肉マンに「あの子、止めておいた方がいいよ」と言ってあげたいです。
>銀子先生は、魚図博士から接触を受けた時に、「何故、私に?」「え、またあの人、勝手に私のことを話していたの?」と動揺する事はありませんでした。意外に思われるかもしれませんが、養老家の影響がきわめて大きい地元では、何かにつれ相談を持ちかけられることがよくあったからです。「銀子先生が地元で生活していた子供の頃でも?」と思われた方には、子供には子供なりの悩みがあるのです、とお伝えしておきます。
>その関係で、例えば高校時代の銀子先生の周辺の男子は総じて紳士的でした。銀子先生に逆らわない方が良いというのは当然として、お付き合いした女性にひどい対応をしようものなら、「ちょっと銀子ちゃん、聞いてくれる?」と告げ口されかねないからです。一度、養老案件になってしまうと本人だけでなく、親も、その親が勤める先も戦々恐々としてしまいます。一応、ああ見えて銀子先生は相談相手としてしっかりしており、一方的に相談を持ってきた相手の肩を持つことはせず、相手の言い分を聞いて、その結果「これはモトコちゃんの方が悪かったね」と諭す事もありました。それだけでなく、銀子先生が相談内容を家に持ち込むことも基本はありませんでした。周囲が恐れるほどの事はなかったのです。しかし、導火線が繋がっているのは事実なので、特に大人は「これは警戒し過ぎることにはならない」と対応していたのです。
>……養老家に関する説明会はいつも長くなりがちですね。それだけ、あそこが説明が必要なほど特殊な存在という意味でもあります。
>同僚が個人情報を漏らした件については、そういう失点はいつものことなので、銀子先生は馴れてしまって、その部分で立ち止まるほどに至りませんでした。で、ようやく、銀子先生と魚図博士が接触する事になるのですが、最初から友好的に進んだわけではありません。むしろ同僚から「銀子先生に、パンツイッチョマンについて色々聞きたい人がいるみたいよ」と話された時、「パンツイッチョマンさんを狙う悪者!?」と思い、そうであれば排除すべきだと考え、接触に応じました。ちなみに、銀子先生は既に警察からは幾度かパンツイッチョマンについて尋問を受けています。それに善良な市民として応じてはいますが、「パンツイッチョマンさんに仇なす連中は悪い奴ら」と考えていますので……はい、警察はパンツイッチョマンに関しては「悪い奴ら」と見なしているようですね。うん、もう立派に広い意味での反社でした。
>ところで、見かけや雰囲気から窺えるとおり、魚図博士はあまり対人コミュニケーションが得意ではありません。もっぱらネットを通じて情報を得ていました。銀子先生の同僚とはSNSを通じて知り合ったのですが、「意外とあのジジイ、SNS慣れしているんだな」と驚いた視聴者の方の感性は正しいです。一部はAIで対応していたのでした。
>当然、直接遭遇した二人は、圧倒的に魚図博士が不利になります。魚図博士としては、証言者が嘘をついているかどうか、直接会わないと確かめにくいので、人と話すのは苦手だという意識があっても会う必要がありました。銀子先生には当然怯む要素はありません。
>そういうわけで……あ、少しお待ちください。今、最勝寺先生から連絡が……ああ、なるほど。では、そうしましょう。
>ここから先は私がサラッと解説処理する、いわゆるナレ処ではなく、映した方がいいでしょうと。では、次から早速そのシーンへ移ります。
>そこは座席毎に間仕切りが設けられたら喫茶店。噂では、最勝寺先生と保紫先生が不定期会合を行うとされる喫茶店に似た雰囲気らしい。いわば『文明の守護者パンツイッチョマン』の生まれる――あ、別にパンツイッチョマンの創作については話さないみたいです。「あれは覗いてみたら、勝手に繁茂しているカビのような」――って、作者の言にしても作品に失礼ですね!
>ともかく、その一角に銀子先生と魚図博士が向かい合って座っていた。
>ここはなかなかの人気店で、正規の席に着くまで待合室でかなりの時間待たされる。魚図博士にとっては、ある程度の秘匿性が確保される場所らしいから応じたものの、「これだけ待たされるならもっとオープンなカフェでも良かった。どうせ周囲の人にパンツの話なんか聞かれても警戒されないだろうし」と待ち時間の間後悔していたが、情報提供者である銀子先生たっての要望だったので、我慢するしかなかった。幸い、待合室の席配置は奇数で列が構成されており、同行者なのに離れて待たされた。若い女性と二人で待たされている間、何を話していいのかわからなかった魚図博士にとっては、この点は追い風だった。「いや、その待ち時間の間、本件について話しても良かったのかな」と、途中で気付いたが、それだと何のために待っているかわからないので、そのままにしておいた。
>待ち行列は、順番に従って移動する形式ではなく、待合室の空いている席に思い思い座り、店員が順番用の番号を読み上げたら、その札を持った者と連れが出て行く形式だった。つまり、魚図博士にとって、銀子先生の隣に再配置されないシステムだったのだ。これも魚図博士にとっては良かったのだが、若い女性がメインの客層であるこの店では、やはり居心地は悪かった。魚図博士本人は気づいていないが、居心地が悪い理由の一つは、ここに来ても未だに白衣を着ている事だろう。
>そりゃあ皆さんと街中で白衣の人、見ないですよね? あ、もちろん、病院は別ですよ。……え、それ以外でも見かける? あ、薬局ね。ほとんど一緒じゃないですか。もう、言われる前に詰めておきますが、薬店もこの際同じですよ。
お銀: で、パンツイッチョマンさんに何をするつもり何ですか?
>運ばれてきたダージリンティーを一言飲んだ後、銀子先生が唐突に口火を切った。オリジナルコーヒーを「ほほぅ、あれだけ待つ甲斐はあったな」と満足げに飲んでいた魚図博士は一旦カップを置く。
魚: そ、それは、ほ、ほら調査の一環で、詳しい内容についてはここでは言えない。
お銀: でも、なんでパンツイッチョマンさんなんですか?
魚: そ、それは……やっぱり優れた異能者だという評判を聞いて……。怪鳥ナントカいう若者は――
お銀: 花鳥風月! ……確かに、あの人は協力してくれなさそうですね。お金を積めばまた別かもしれませんが。
魚: いや、そもそも異能者の科学的解析は世に言うヒーロー憲章に抵触するから、認定ヒーローは――
お銀: それって、パンツイッチョマンさんを人体実験するって事ですか!?
>鋭い視線を向ける銀子先生。しかし、会話が成立しているようで、微妙に色々違っていますね。
>花鳥風月を怪鳥ナントカと言った訂正までは良いです。ちなみに、当番組で怪鳥と言えば、何時だかパンツイッチョマンがイッチョマン・スラップを放った後に言った怪鳥音がありましたね。……あれってどのシーンだったろう……あ、回想しなくていいですか? それはそちらでやっていただける? ……そんな事を言って見返すつもりはないんでしょう? ……いや、むしろ「そんな事を言ってないで先を続けろ」? そうですね。
>花鳥風月がお金次第で動くヒーローという認識は一般的ではなく、銀子先生の見解です。かつて桜ちゃんが言っていたとおり、無償のボランティアヒーローではないのは事実ですが、その価格設定が法外だという評判はあまりありません。ただし、「ヒーローは須く無償活動であるべし」という幻想を抱いている人たちがいますから、「花鳥風月は守銭奴だ」という声は存在します。あ、今幻想と言ったのは、彼ら彼女らにも生活があるので報酬なしじゃ生きていけない、って理由です。
>次の魚図博士の「ヒーロー憲章」という発言も、さも一般的に言われている認識のようですが、一般にはむしろ「ヒーロー宣言」という呼称で広まっています。……でも、考えてみたら、日常会話はこのように定義がぶれていたり意志疎通が微妙に噛み合っていなかったりするものですね。いやぁ、言葉に関する職業なのでつい気になってしまいました。
魚: 人体実験などとは……。いや、それも一つの手なのか?
お銀: 手じゃありません!
>ピシャリと言われて身を竦める魚図博士。おそらく年齢は二倍差だと思うが、その差とは真逆の支配率だ。銀子先生はプリプリ怒りながらも、セットとして頼んでいたチョコレートケーキを食べる。多くの女性にとって満腹時のデザートで発動する能力「別腹」の一種なんですかね。今回は「怒っているのとケーキは別」という事ですね。
お銀: 本当は、パンツイッチョマンさんに何をするつもりなんですか? ハッキリ言いなさい! 今ならまだ許してあげますから。
>あ、これはアレだな。先生の説教モードだ。白髪のお爺さんがイタズラを叱られている幼児のように竦み上がっています。
>……うーん、これは、ちょっとかわいそうですね。今、魚図博士の表層思考を読んでみました。二人の位置関係は、壁際の席に魚図博士、通路側に銀子先生が座っています。就職活動をする前後に熱心に勉強されるマナーによると、上座に当たるのは魚図博士のいる壁側です。この会合は、魚図博士が招いた形であり、さらに明確に上下関係がない場合は、女性に上座を譲るのがマナーとして良い、のですが、魚図博士は敢えて自分から奥へ座りました。年長者だから当然とも言えますが、あんな風体なのに魚図博士自身は自分をあまり年配者と意識しておりません。それなのに上座
を奪ったのは、いつだか読んだエチケット本――この名称からもう古臭さを感じるのを禁じ得ません――に、女性と二人きりで話す時は部屋の扉を閉め切らずに少し開けておくのがエチケット、という記述を思い出して、魚図博士なりに応用したのでした。しかし、その気遣いが今、彼をより追い詰めていました。この場を逃れるには、正面にいる銀子先生を突破しなくてはいけない、と感じるからです。もちろん、会話の途中に全てをうっちゃって逃げ出すつもりは魚図博士にありませんでしたが、逆の配置で通路を背後にしていたらどれだけ圧迫感が和らいだだろうと考えてしまいます。……ね、かわいそうでしょ。
魚: じ、実は、とある事情からあの男を抹殺せねば――
お銀: 抹殺!?
>銀子先生の片眉が上がります。目が細められ、あの養老家伝統の邪眼『蛇睨み』が魚図博士へ向けられます。ゴクリと唾を呑み、震えないよう抑えるのに必死になりながら、魚図博士は掠れた声で弁明をします。
魚: いや、生死の意味ではなく、社会的に抹殺するという意味で……
>自身も貝積社長から「抹殺」と聞いた時に同じ流れになったのに、その反省を活かせず、紛らわしい説明をしてしまいましたね。しかし、精神的に余裕がない時は、つい受け売りな対応になりがちなのです。
お銀: 社会の為に努力しているパンツイッチョマンさんを、よりによって社会的に抹殺ですって!
魚: いや、結果的にそうなるかもしれないというだけで、何が何でもというつもりでもないようで。単にパンツを剥ぎ取るだけで……
お銀: 協力しましょう!
魚: いや、本当に、機嫌を損ねたようなら申し訳ない。この話はなかったことに……え?
>あまりの急展開に、何が起きているのかわからないかのように一旦停止する魚図博士。銀子先生は難しい顔をして考える素振りを示す。
お銀: パンツイッチョマンさんは多少の障害などものともしません。貴方たちの悪だくみはきっと簡単に粉砕されるでしょう。ですから、それをわからせるためには、一度痛い目に遭った方が良いでしょう。いや、あの、べ、別に、上手くいった場合には、万が一上手くいっちゃった場合は、生黒パンツをいただけるなら協力するのもやぶさかではない、というか。いや、別にパンツイッチョマンさんを丸裸にしてみたい、とかそういうんじゃなくて、なんというか象徴的な物? コレクション的な?
魚: …………では、それで一つ、手を組みますか?
お銀: やだっ、恥ずかしい!
>銀子先生は、急に赤らめた顔と両手に埋めた。魚図博士は、ポカンとそれを見つめつつも、ホッとしたような、これで良かったような、なんとも微妙な顔で首を傾げた。
>というような会合があり、銀子先生と魚図博士が手を組むことになったのでした。意外でしたか? あ、もうそんな感じの女性だってわかっていたからそうでもなかったですか? でも、これでヒロインレースでは後退したように、私は思うのですが、どうなんでしょうねえ。これって普通のお話じゃないですからねえ。
若い男: ったく、いつまで待たせるんだよ! もうスタミナなくなっちまっただろ。
>いや、「まったく」と言いたいのはこちらですよ。紹介する前に話し出したら視聴者の皆さんが混乱しちゃいますからね。部屋の一角から現れたのは、大柄な若い男。一目でわかる、ガラの悪い感じだ。なお、どういう要素が「ガラが悪い」かという判定は視聴者に任せます。例えば、校則の厳しい学校の生活指導的には「髪を派手な色に染めている」「目立つ場所にタトゥーがある」などは世代や住んでいる環境によって、受け取る印象が変わりますからね。当番組としては、見かけだけで「悪い印象だ!」と決めつけたくないのです。だって、メインヒーローが見かけアレですから……。
>で、この能面のようにのっぺりとした顔の男ですが、ずっとこの元飲食店に潜んでいました。スマホでゲームをしながら待っていたので、顔がぼんやり照らし出されて、ある種怖い雰囲気が増していた状態でした。もちろん、パンツイッチョマンを誘い出すという目的があるので外からは見えない位置でしたよ。……まあ、パンツイッチョマンなら、漏れ出ているスマホ画面の明かりを感じ取れそうな気もしますが。サングラスをつけて夜中も活動しますからね。なお、顔を液晶画面で照らしていたのは魚図博士も同じです。彼は別室でノートパソコンを触っていました。英語の論文を読んでいたみたいですね。好きだから苦にならないのかもしれませんが、私からすると大人になって働きだしてもずっと勉強し続けないといけないという立場はゾッとします。
お銀: そうですね。もう今日はお開きにしますか?
>社会人のサークル活動のようなノリであっさりと話を進めて行こうとする銀子先生。二人の視線を受けて、おそらくこの場のリーダーである魚図博士は白衣に両手を突っ込んだ。
魚: しかし、何の成果も出ていないな。……そもそも、この罠自体、効果のあるものだったのか……
>後悔が多分に交じる自問をしている魚図博士に気を遣う感じもなく、銀子先生が声を掛けて注意を引く。
お銀: まあ、続けるにしても、その前に、お手洗いへ行ってもいいですか? 解いてください。
>言われるまま、魚図博士が椅子の後ろに回ろうとすると、若い男に止められる。
若い男(えーと、略称どうしようっかなー。……さっき「能面」と言っていたから、以降は「能」と表す。): ちょっと待てよ。さっき、成果がないとか言っていたが、ないなら作ればいいじゃないか。
>下卑た笑いを浮かべた若い男に、たちまち残りの二人は不穏な気配を感じ取ったようだ。
魚: いや、ちょっとそれは……
>問題が発生する前に魚図博士が止めようとするが、あっさりと押し退けられる。……うん。魚図博士ってからっきし力がなさそうだもんね。銀子先生の目が細くなり、蛇睨みが向けられるが、若い男はそれをニヤニヤ笑って受け止める。そして、部屋の明かりを点けるためにその場を一旦離れた。その間に、魚図博士は銀子先生の縛めを解こうとするが、すぐに結び目が解けない。
能: おい、ジジイ! 余計なことをするな。
>怒鳴りつけられただけで引き下がる魚図博士。これはもうちっとも暴力に慣れていないタイプの人ですね。
能: へへ、縛られた女をヤるのは初めてだな。楽しみだぜ。
>もうこっちがとっても心配になる発言をする若い男。これはもう、銀子先生の代わりに私も「パンツイッチョマーン! 早く来てくれぇ!!」です。
お銀: これが最後の警告です。今すぐ、私の縄を解きなさい。さもないと――
# パチン!
>銀子先生が話している最中に、若い男がその顔を張った。
能: おい! 女! わかっていないのは貴様の方だな。大人しくしねえと――
>苛立った様子でそう言っていた若い男だが、銀子先生に下から睨まれると言葉を詰まらせた。……どうやら、一つ前の蛇睨みをニヤニヤ笑いで受け止められたのは、単にわかっていなかっただけのようだ。今になって、ようやく恐怖を感じたのだろう。しかし、若い男は首を振ると、また手を振り上げる。
# パチン!!
>恐れていた事実を認めたくないからか、暴力で上に立とうとしているのだろう。顔を叩かれて、向きを変えられた銀子先生は、目を閉じると深く息を吐いた。
能: へっ。観念したか。だったら、さっそく始めさせてもらうぜ。
>若い男が、服の上から乱暴に銀子先生の胸を掴んだ。銀子先生は悲鳴一つ上げず、ただもぞもぞと上半身をくねらせるように動かす。
能: ん? よがっているのか? それとも、無駄な抵抗か? まあ、もがけよ、そっちの方が楽しいぜ。どうせなら、悲鳴を上げた方がもっと楽しいか? いや、邪魔が入った方が面倒だな。静かにしとけよ。
>魚図博士はオロオロするだけで、止めようとしない。いや、部屋の隅にチラリと目を走らせて、壁に立てかけてある木刀を見たが……やはり動かない。武器を持って、若い男に殴りかかったところで、その武器を奪われるのが落ちだと気付いたのでしょう。少なくとも、私には魚図博士が相手ではそういう未来が見えます。
>その時、ほとんど無抵抗な銀子先生の横顔に、自分の顔を這わせていた若い男が違和感を覚えたように、身を引いた。
>ええ、私たちは、もうヤバい絵になりそうだと引いた構図で、銀子先生の後ろから映していたから良く分かりますね。銀子先生を縛っていた縄が緩んで落ちそうになっているのです。
能: て、てめえ!
>もぞもぞした動きがこれのためだったのか、と悟った若い男が銀子先生の喉元を締め上げようと手を伸ばす。しかし、その手首を銀子先生の自由になった右手が掴み取る。
能: イテ、イテテテテ
>銀子先生に手を捻られて、若い男の身も捩れる。そのまま、地面に倒れそうになる前に、ポキリと小さな音がする。
能: く、くそっ! くそったれ! 折りやがった!!
>地面に膝をついて、左手で右手首を押さえる若い男。その間に、銀子先生は左腕も自由にすると、縄をまるで脱ぐようにして、椅子の上に立ち上がる。そして、若い男には目もくれず、魚図博士を見下ろす。
お銀: きちんと教育をしていなかったようね。
魚: え、えーと、は、はい。教育というか、今回の為に雇っただけで……
能: てめえ! ふざけやがって。ボコボコにしてやる!!
>若い男は立ちあがると、壁際に置いてあった木刀を手に取った。それを左手で振り上げて、銀子先生へと走りながら振り下ろす。
# ブン! グルン! ドサッ! カランカラン……
>ええ、もう敵うわけがありません。若い男はあっさり投げ飛ばされました。それでまた腕を痛めたのか転がっています。
能: くそっ。許さねえからな。絶対、おかして――
お銀: うるさい。
>銀子先生はそう言うと、若い男の首を踏みつけた。グェっとくぐもった音を出して、若い男が声を出さなくなる。というか出せなくされたようですね。
お銀: 死にたくなかったら、静かにしろ。
>淡々と言うと、銀子先生は足を外した。若い男は喘いだ後、床に転がったまま震え出した。
>ふう、良かった。これでまだ騒いで、銀子先生が有言実行していたら、今週分を緊急暗転しなくてはいけませんでした。……でも、やっぱりこれって、ヒロインレース、どんどんゴールが遠ざかっていますよね。
お銀: もしかして、これでパンツイッチョマンさんから黒パンツを奪うつもりだったの?
>まだ冷たい眼差しを受け止めたくないからか、魚図博士は床に転がっている若者を見下ろす。
魚: いや、まだ奥の手があったのだが……。
お銀: ふうん。……でも、いずれにせよ。こういう人がいたらもう手を組むのは無理ね。帰るわ。
>スタスタと立ち去る銀子先生。それを見送るしかない魚図博士、と思いきや、銀子先生の背中にポツリと言葉を投げかける。
魚: そうか。では、パンツイッチョマンを呼べるというのはガセだったのか。
>銀子先生がピタリと足を止めると、首を少しだけ巡らせる。
お銀: 嘘ではないわ。本当よ。今回はたまたま、来なかっただけ……。
>しかし、語尾に自信は感じられない。そう思いたいだけのようだ。
魚: まあ、そうかもしれないな。実験は一度だけで決められるものではないからな。
お銀: ……また、パンツイッチョマンさんに会えたら、連絡します。
魚: ふむ。それで良かろう。
>銀子先生が部屋を出て行くと、魚図博士が大きく息を吐いた。やはり緊張が解けたのだろう。銀子先生、怖かったですからね。しかし、そこに繋ぎをねじ込むあたり、さすがは年の功といったところでしょう。魚図博士は、シクシク泣き始めている若者の近くへ行くと声を掛ける。
魚: さてさて、余計なことをして、痛い目に遭ったようだな。……
>えーと、魚図博士と若い男の会話はまだ続くようですが、みなさんはあまり興味ないですよね? もう放送時間が終了になっているんですが、こっちも銀子先生が怖くて、閉められなかったんですよ。
>次回はどうなるんでしょうかねえ。パンツイッチョマン、実はもう要らないんじゃないかという気がするほどの銀子先生の活躍でした。
>では、また来週~~。