白雪舞う聖夜の決闘 3
ナレーター(以降、「>」と表す): 近隣の住人に四角い豆腐のようだ、と称される白い建物の前に、黒いスクーターが停まる。黒いコートを羽織っているが、胸元から覗くのは、特徴的な衣装、袈裟だ。そう、スクーターに乗っていた男は坊主だった。
>しかし、この坊主にはその職に就く者の多くが身に付ける風格がなかった。自信なげに周囲を見回すと、コートのポケットから取り出したメモを参照する。そして、見上げた先の看板には『魚図未来科学研究所』という文字があった。
>はい。今週は前説なしでしたね。だから代わりに今から――あ、それじゃあ意味がない? どうやら今回内容が押す見込みだ、という通知があって、それでこの運びとなりました。まあ、膨れあがるのは、いつものことなんですけれどね。
>インターホンを通じて、坊主は大きなシャッターが閉じられた横にある扉を通して建物の中に入る。かつて貝積社長が通ったのとは違う扉だ。その扉を開けて中で待っていたのは、やはり白衣姿の魚図博士だった。いや、顔にペイント済みなので、これはもう頭蓋骨博士の方ですね。
>当然、その風貌を見てギョッとした坊主だったが、それを一つの信仰の表現と解したのか、納得したように、というか自分を納得させるように、何度か頷いた。
>その場所は大きな車庫だった。この建物一階分をほぼ占める面積で、あの岸九浪を誘拐した時に使われたライトバンと、大きなコンテナを引いているトレーラーが止まっていた。
>ここがこれほど広く造られていた理由は、大型研究用機器を搬入し易いからだった。奥には資材用エレベーターも備えられていた。しかし、それらの大型機器の運び入れは基本最初の一回のみで済む。だから日常的には、無駄に広い部屋と言えた。ただし、消耗品を搬入する業者にすれば、「魚図さんの場所は広くて使いやすい」と好評だった。
>もちろん、坊主は実験用消耗品を運んで来たわけではないので、怪訝そうな顔をして、どちらに進むべきか指示してくるのを待っていた。入ってきた扉に施錠されたのも、不安にさせられる要素だっただろう。そこに、頭蓋骨博士が語りかける。
頭蓋骨博士(以降、「頭」と表す): 下柳光円! ――
>そう、この坊主こそ、今回の刺客候補の下柳光円だった!
頭: ――その能力、利用させてもらうぞ。
>そう言うと、頭蓋骨博士は白衣の胸ポケットから注射器を取り出すと、キャップを外してから逆手に持ち、振りかざす。
下柳(以降、「下」と表す): え? ええっ!?
>そりゃあ、驚愕して当然です。おそらく、読経しに訪れたつもりなので、いきなり白衣の爺に怪しげな注射器を持って襲いかかられるなんて展開は、予想の斜め上どころか、遙か外です。まして、そのお爺さんが白髪を振り乱して、骸骨を思わせる化粧をしていたら、怖さ倍増です。……えーと、最勝寺先生は「科学なのか儀式なのか、わからないところが恐ろしい!」と指摘ポイントをメモして寄越していますが、普通、そんな観点ないですよね。なので、無視します。
♯ ブン! ブン!
>しかし、頭蓋骨博士の攻撃は宙を切る。混乱しつつも、軽いステップで距離を取る下柳坊主に、頭蓋骨博士の注射器は届かない。
頭: ふふふ。さすがは、添谷君の見込んだだけの存在だな。だが、こちらもただの科学者ではない。
>うん、マッドな科学者ですね。どう見ても。
下: いきなり、何ですか!? 止めてください!
頭: 賢くない答えだな。目的は既に、「貴様の能力の利用」と伝えている。そして、「止めろ」と言われてすぐに止めるようなら、端から誘い出して襲いはしない。
>理論的に説明しながらも、理性的な話し合いには応じない、というどこか矛盾を感じさせる回答。
下: いや、だから、当然何ですか? ドッキリ企画!?
>そう言って、下柳は周囲を見回す。一般人が動画配信する世の中になって、被写体が有名人とは限らない可能性も高まった。下柳光円のように、有名人になり損ねた者なら余計に、こっそり撮られていると思うのは自然だ。なお、実際、このガレージの様子は記録用に撮影されているので、その部分は合っていた。
頭: まあ、ドッキリといえばそうかもしれないな。貴様が再び有名ボクサーに返り咲くかもしれない、そういう計画だからな。
>最近のウェブ動画事情に疎い頭蓋骨博士は、「ドッキリ」の意味をよくわかっていなかったはずだが、微妙に意志疎通できているような発言を返した。
下: え?
頭: そう。この注射器の中身は貴様を強くする薬だ。さりとて、そう簡単に「それだったら」と注射を受けるわけでもあるまい。
>これも、相手の立場でどう感じるか考えながら、それに応じるつもりはないという姿勢。ある意味、興奮しているから話を聞いてくれない相手より厄介です。
下: くそ、やるしかないのか……。
>そう言うと、覚悟を決めてコートを脱ぎ始める下柳。これは大きな隙を作る行動だったが、頭蓋骨博士は見守ります。パンツイッチョマンだったなら、容赦なくイッチョマン・スラップが飛んできてもおかしくなかったですが……ん? パンツイッチョマンの方がまるで卑怯者みたいですね。
>……えーと、コートの下から出てきたのは、やはり黒い袈裟姿。そこでボクシングの構えをとりますが……違和感ありますねぇ。坊主ボクサーって、アルファベットの略称だとBBになるから、英語圏では有りなのかもしれませんが、日本人としてはやっぱり変です。
>下柳もしっくりこないようですね。だらんと垂れている袖が気になるようで、腕まくりをしますが……軽くジャブを打っただけで、袖がブランブランと揺れて、腕を高く上げていないと、めくり上げた分を取り戻そうと広がろうとする。
>それを見ていた頭蓋骨博士は、ポケットからキャップを取り出すと注射器の針に被せ、それを丸ごと胸ポケットへ収める。――あ、ここで最勝寺メモです。
>「リキャップは癖になるから、良い子は真似しないでね」ですか? ……どういう意味なんでしょう? あ、余計な一言を口走ったため、追加のメモが現れました。
>「注射針に再びキャップを重ねる行為は、誤って針を手に刺すリスクがあります。ある肝炎など、患者に刺した針による負傷は、重大な医療事故に繋がりかねません。そうならないために、普段からリキャップをしない習慣にしておかないと、ついリキャップしてしまい、そういう注意力散漫な精神状態だから誤って刺す可能性は高いんですよ」だそうです。うーん、医療関係者の以外の方には「読み飛ばしてください」な内容でしたね。
頭: ちょっと待ってろ。
>そう言うと、頭蓋骨博士は倉庫の片隅に消えていきます。呆気にとられて数秒ほど素直に待っていた状態になってしまった下柳でしたが、「今こそ脱出のチャンス」と気づいて動きだそうとした所に、また頭蓋骨博士が現れます。その手にぶら下がっているのは荷造り用の紐。さすがに自分のガレージ内。どこについて何があるかは把握できています。
頭: ほれ、これでたすき掛けをするがよい。
下: え、たすき?
>年代隔絶ですね。伝わっていません。えーと、「たすき」がわからない若い視聴者の方のためにお伝えしておきますと、「Webで検索してください!」です。
頭: かー、たすき掛けもわからんのか? 最近の若いモンは……。
>年寄りの専売特許ともいえる台詞を言いながら、頭蓋骨博士は自分でササッとたすき掛けをして見せます。
頭: 白衣はそもそも邪魔にならないよう袖が垂れ下がっておらんが、和服にはちょうどいいだろう。ほれ!
>突き出された紐を受け取り、なんとなくたすき掛けを試す下柳。幸い、そう難しいものでもないので、ちょっと調整しながら、両袖を邪魔にならないよう留めるのに成功する。
下: あ、本当だ。ありがとうございます。
>下柳は軽く拳を何度か前に出し、パンチが改善されたのがわかると自然とお礼の言葉を口にする。が、すぐに状況的におかしいと思い、首を傾げる。
頭: では、行くぞ!
>頭蓋骨博士がまた胸ポケットから注射器を取り出し、キャップを外して、そのキャップを胸ポケットに入れる(前回は使うと思っていなかったので、描写を飛ばしましたが、次も使うかも知れないから言及しておきます)と、注射器を逆手に持ち、下柳に飛びかかる。
下: だから、危ないから! 止めてください!
頭: ふ、「止めろ」と言われて――
> だが、下柳は発言の途中だった。割り込んだ形になっていた頭蓋骨博士の発言が、今度は割り込まれる。
下: ――俺、本気を出せば強いんですよ。ケガしても知りませんよ!
頭: むしろ、本気を出さねば、負けるぞ。私はもはやただの科学者ではないからな。
下: ったく、知らねえぞ。正当防衛だからな。
♯ シュバッ――パコン!
> 再度飛びかかろうとしていた頭蓋骨博士の顔に、下柳の左手が当たり、頭蓋骨博士の突進が止められる。
頭: ふむ。さすがはカヤックⅡ。大して痛くないな。
♯ シュバッ、パコパコン!
>次は立て続けにジャブが二発命中する。顔を仰け反らせながら、頭蓋骨博士が二歩後ずさると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
頭: どうした、その程度か?
>そう言った後、頭蓋骨博士の左の鼻孔からツツーと赤い筋が流れる。その感触に鼻をすするが、鼻水と違って粘性がないので、当然ずり上がらない。反射的に拭った白衣が赤く染まった事により、ようやく頭蓋骨博士も自らが鼻血を出している事を理解した。
>近年のテレビ番組ではあらゆる流血がNGな領域も存在するが、当番組は音声多重(以下略)活劇なんで、そういう規制はありません。それどころかいわゆる放送禁止用語のアレやコレも発言してもオールO.K.! ……あ、そういうわけでもない? 運営からバンされたら終了? 実は、現状でも見つかってないだけでオールO.K.でもないかもしれない? なら、密やかに活動し続けましょうね。……心配しなくても主流になることはない? し、失敬だな!
下: 爺さん、これでわかっただろう? 法事がないなら帰らせてもらうぞ。
>しかし、頭蓋骨博士、両手を広げて立ち塞がる。
頭: まだまだ勝負はこれからじゃ。何せ、私は「ただの科学者」ではないならな!
>どうやら、「爺い」と言われた事が些かショックだったようだ。「科学者」呼称が強調されている。
下: ふん。年寄りのナントカ……冷や麦? だぜ。
>いや、「年寄りの冷や水」ね。慣用句が良くわからないなら、言わない方が恥をかかないで済みますよ。何となく口にしてから考えて思い出せない癖は直していきましょう。実践するのはなかなか難しいんですけれどね。
頭: 未だ言うか!
>いや、「年寄り」というのは、悪口じゃなくて事実なんですけれどね。でも、本人が言ってほしくない言葉を投げかけるのはやはり良くありません。社会的に問題になる名誉棄損は事実であっても訴えられますから、「本当のことを言っただけじゃん」は通用しません。注意しましょう。ただし、今回においては、悪口よりずっと悪い行為を頭蓋骨博士が実行しているので、悪い子勝負では頭蓋骨博士が勝ちです。とはいえ、下柳の悪口が帳消しにされるわけではありません。……え、そんな事どうでもいい? そうですね。
>頭蓋骨博士は持っていた注射器を口にくわえると、胸ポケットからもう一本の注射を取り出した。いざという時の為の予備を用意しているあたりは、実験者として正しい姿勢です。そして、キャップを外すと、そのキャップを胸ポケットにしまい――すぐに捨てないからリキャップしちゃうんですよ――両手に注射器を持ち直す。
>重要な変更点は、二倍の注射器より、持ち方が変わった点でしょう。今までは、逆手に持っていました。針が相手に刺さったら、親指でピストン部を押す持ち方ですね。しかし、今は人差し指と中指の間に注射器を持っています。これは親指というより、親指の付け根部分で押すスタイルですね。え、また細かい指摘ですか? いえいえ、これが結構変わるのですよ。
>それぞれの腕の振りを見てみましょう。逆手だと、振り回します。さらに攻撃ポイントは拳の中心軸。つまり、拳の先を相手に当てるより、ほんの少しですが間合いを踏み込まなくてはいけません。しかし、持ち方を変えた今、攻撃ポイントは突き出された針の先端になります。これは逆に拳が届くより先の間合いまで範囲に入っています。十センチは変わらないですが、七センチくらいの差は生まれています。殴り合いにおいて、かなり大きな差と言えるでしょう。さらに、攻撃の軌跡はストレートに近くなります。振り回すのに比べて避け辛くなりますね。
>……そんな事より、針が折れ曲がってしまわないか気になる声もあるようですね。もしかすると、注射器を日常的に使う方なのかもしれません。そこは、そういった方の常識とは違う解法で挑んでいるので心配ご無用です。針が太いのです。予防接種などで使われる針の太さだとちょっと引っ掛かっただけで曲がりますが、今頭蓋骨博士が持っている針の太さは……あ、Gという単位で示されているのですか? では、えーとサイズを示す数字は……10? ……具体的に言われてもサッパリですか? 皆さんが良く見るのは二十幾つという感じだそうです。数字が小さい方が太く、刺された時に痛く感じるようですね。
>……10Gであろうと格闘で交錯すれば曲がるはず、という声もありますが、幸い、下柳が華麗にかわし続けているので、曲がっていません。もしかすると、頭蓋骨博士が用意した曲がりにくい特別素材を使っている可能性もありますが、そうであってもきっと、「刺された時の痛みを感じにくくなる処理」なんかはされていないでしょう。
頭: アチョョォォ!
>お、久々に出た怪鳥音。今ふと思ったんですが、こういう飛び掛かる時に発する音で世代の差が出そうですね。
# ブン、ブン、スパン、ガシッ、ドガッ!
>音響さんが頑張ってくれていますが、私も頑張らないことにはちっとも状況は伝わりません。それとも、音声多重(略)活劇習熟者の皆さんはもう、これだけで激しいバトルが脳内再現されているのでしょうか? しかし、あまりお客さん任せにしてはいけませんので、キチンと――いや、キキンと説明しすぎると長くなりすぎるので、ざっと説明いたしますと、頭蓋骨博士の連続攻撃を軽く避けた下柳がまたジャブを一発決め、続けてフックを放ったところ、意外にも頭蓋骨博士がこれを止め――たと思ったら、そのまま勢いを殺し切れずによろめいた状態です。
下: 確かに、ただの爺じゃねえな。
>そういう下柳選手、少し息が乱れています。そう、ほとんどの格闘ゲームなんかでは、制限時間の許す限り攻撃し放題ですが、現実には攻撃行為でも消耗します。スタミナ概念が取り入れられたゲームも多いですが、たいていそのスタミナはみるみる回復するはずです。現実では、息が上がったら落ち着くのに分単位の休息が必要ですが、ゲームなら秒単位です。
>もちろん、攻撃したら数分休まないと次の攻撃に移れないようなゲームはクソゲー呼ばわりされるので、ゲームの設計が間違っているわけではありませんよ。ですが、ゴツゴウ・ユニバースでは、格闘戦においてスタミナの消耗は厳密に……いや、今、最勝寺メモで「すいません。厳密ではありません」と指摘されたので訂正しますと、スタミナの消耗はなんとなく管理されているのです。
>そして、添谷さんの指摘では、下柳はボクサー時代にスタミナに問題を抱えていました。現役から遠ざかった今は、余計にスタミナが切れやすいのでしょう。
>対する頭蓋骨博士の呼吸は乱れていません。こちらは、勝手な憶測かもしれませんが、きっと運動不足な生活を送っているはずです。それなのに、このスタミナ! やはり怪しげな薬が効いているのでしょう。
頭: ふふふ。こちらは貴様のパンチは効いていないが、勝手に疲れているようじゃな。さあ、人を年寄り呼ばわりしたことを詫びるがいい!
>かなり根に持っていますね。これも、自身に孫がいたり、子供と関わる仕事をしていたりするなら、「もう俺もお爺さんだよな」と気づかされるのですが、日々少しずつ老けていく自分の姿を鏡で見ているだけだったら、なかなか納得できないものなのです。まして、頭蓋骨博士は六十歳を迎えていないですからね。髪が白くて老けて見られやすいのが、問題なのでしょうね。しかし、古い文献などを目に通すと「四十代で老人」と見なされていることもありますから、周りが老人だと見なしたらもう老人だと認めて、呑み込むしかないのでしょう。
下: ぬかせ、年寄りの冷や――冷や水!
>お、思い出しました! しかし、それで先ほどの間違いが恥ずかしくなったのか、顔を赤くしています。真実が必ずしも人を幸せにしないという例の一つですね。
頭: キエエェェェ!!
>前回と違う――これももう怪鳥音と表現しておいた方が統一感があっていいですね――というわけで、怪鳥音をあげて飛びかかる頭蓋骨博士。
♯ シュバッ、シュバッ、ガラガラン、シュバッバッ、ドガッ!
頭: ぐ、ぐうぅ。
>バトルの解説する前に頭蓋骨博士が呻いて体を折る。ガラガラと転がったのは、頭蓋骨博士が壁際に置いていたバケツをよろめいて蹴っ飛ばした音でした。頭蓋骨博士の攻撃は、テクニックとしては稚拙でしたが、速さから連続攻撃として成立しており、下柳も防戦一方のように見えていました。が、さすがは天才ボクサーと言われただけあって、下柳はふいに間合い詰めると、ボディーブローを一発見舞いました。顔への攻撃ばかりを警戒していた頭蓋骨博士は全く警戒していなかったようです。そして、スタンディングダウン。
>ボクシングの特にアマチュア戦ではレフリーが止めて戦闘の意志があるか確認するタイミングですね。パンツイッチョマンなら、相手が怯んでいるかどうかなんか関係なくイッチョマン・スラップで追撃していたかもしれません。容赦ないですから。まあ、そもそもイッチョマン・スラップで倒せるでしょうから、追撃は関係ないか。
>ボクサーもプロなら、レフェリーが止めに入るまでは試合が続いていますから、相手がふらついている時にも手を止めませんね。下柳はプロボクサーでしたが、アマチュア戦績の方が長いので、見守っています。単に、年配者への配慮かもしれません。敵対して危険だから攻撃はするが、過剰にするつもりはない、というスタンスですね。
女声: コラッ! 年寄り相手に何してるのよ!
>突如、ガレージ内に響き渡る若い女の声。当然のように、格闘していた二人の男はそちらへと振り向く。そこに立っていたのは、もこもこのコートを着ている金髪の女性。そう、理香珈さんです!
>理香珈さんは、ガレージの通用口ではなく、正式な玄関扉から入って、そのまま廊下を進んでエレベーターあるいは階段を利用して上に行くのがいつものルートだったのですが、音がするので途中の扉を抜けてガレージに入って来ていたのでした。廊下から入って来た場所はガレージ全体より一段高い台になっており、高いヒールのロングブーツを履いていたのもあって、完全に見下ろし視点です。……あ、いくら下から見上げている視点とはいえ、スカートの中は覗けませんよ。もこもこコートが長いので、全く見えません。
頭: おや? リカ? お前、仕事で忙しいんじゃなかったのか?
>呻いていた頭蓋骨博士が驚きながら体を伸ばした。びっくりして痛みが飛んでいったというより、回復力が早くなっているのでしょう。残念ながら、「痛いの痛いの飛んでけー」は効果がないので、驚きでは痛みは飛んで行かないのです。……え? そんなことはない? それならきっと、その感覚はプラセボ効果でしょうね。いわゆる「気のせい」ですが、製薬の現場では「プラセボは超えるのが、意外に難しい壁」と言われているので、全く効果がないと言い切ってしまうのは、確かに言い過ぎかもしれません。……あ、製薬系の方からのご意見をいただきました。先ほど「超えるのが、意外に難しい」と表現しましたが、業界内ではもはや常識なので「意外に」ではないそうです。
頭: 協力してくれないかと連絡した時には、「そんなに都合のいい女じゃない」って怒っておっただろう。
理香珈(以降、「理」と表す): 実際、私はちっとも「都合のいい女」じゃないわよ。
>理香珈さんは、片手で髪をファサァっとすると……あ、文学的な表現じゃなかったですか? では、片手で髪の毛をかき上げて肩の後ろになびかせる――あ、もうファサァっとで良かった? えーと、ともかく、理香珈さんはガレージの壁際に備えられている階段へ向かいながら話す。
理(いざ使ってみたら「頭」と見分けにくいですね。以降、「リカ」と表します): アタシの職場ってグローバルじゃん? だから、クリスマス休暇ってのがあるのよねぇ。日本の年末休暇よりちょっと早い感じ? それ使って、一応、帰郷ってことでぇ。
頭: ほぉ。……しかし、そうなると研究が止まる時間が長くなるのが気掛かりだな。
リカ: まあ、そうなんだけど、結局、ボス一人分の働きがチョー大きいから、アタシら雑魚は定期的に休ませておく方が効率いいんじゃない?
頭: ということは、大門さんは休まない、ということか? ……いや、私も、休めと言われても他にする事が無いから、研究を続けているが。
リカ: じゃあ、今年のお正月はウチ来る? ……あ、やっぱ、止めて。親戚だから一応いいかなと思ったけれど、どうせ話が合うのはアタシしか居ないんでしょ? じゃあ、面倒臭いからカンベン。
頭: 従弟は、確か……甲くんだったな?
リカ: いや、宗! 甲は叔父さんの方! ……いや、確かに頭蓋骨博士からすれば、どっちも従兄弟だけど、アタシのパパの事を言ったんでしょう?
>突然、始まった親戚会話に、当然、下柳は置いていかれたまま。ポカーンとしていると、睨むような目つきで理香珈さんが近づいて来るので、思わず後ずさる。しかし、手の届く範囲にまでくると急に理香珈さんの表情が和らいだ。
>ギャルが好きかどうかという好みによって評価も変わるだろうが、ギャル好きの人にとってなら大多数が「あり」と言うだろう理香珈さんの容姿。……あ、この評価には彼女の年齢による「あり」か「なし」かの判定は含みません。もし、「その年齢でその恰好は、なし」という方がいたら、その人には「あり」の年齢の時の理香珈さんの容姿を判断してもらう、という感じでの判定です。
>と、いうわけで、下柳の態度も緩む。美人の笑顔はそれだけで大きな効果を生むものだ。
>理香珈さんがポケットに突っ込んでいた手を差し出す。まるで握手を求めているような態度に、下柳が応じようと手を伸ばすと、急に理香珈さんの手が上がり顔へと向けられる。その手に握られていたのは小さな噴霧器。
♯ シュッ!
下: な! ゲホ、ケホホッ……
>怪しげな霧を吸い込んでしまった下柳は咳き込みながらよろめく。そう、この理香珈さんのスプレーには、麻酔効果があるのだ。ただし、これはまだ序の口。理香珈さんは手早く、もう一方の手に握った拳銃のようなものを、よろめく下柳の首に押し付ける。
♯ プシュ
>打ち出される注射針。もちろん、注射液も速やかに体内に注入される。
下: な、何を……
>下柳は、何かをされた首元に手をやるが、すぐに目が虚ろになる。そして、そのまま膝から崩れ落ちた。
頭: お、おおっと!
>倒れて頭でもぶつけたら大変と思ったのか、頭蓋骨博士が慌てて手を伸ばすが、間に合わず、下柳は床に突っ伏した。すぐ傍にいた理香珈さんはそれを支えるどころか、半歩身を引いて避けた。
リカ: ……おじさん、鼻血出てるじゃん。大丈夫なの?
>理香珈さんは迷惑そうに片眉を吊り上げている。頭蓋骨博士は白衣の袖でそれを拭う。最初に一筋垂れた後は止まりかけていたが、動いているうちにまた出血し始めたのだろう。
頭: おう、平気平気。カヤックⅡのおかげで、ちっとも痛くないからの。まあ、鼻の血管までは頑丈にならなかったという事だな。
リカ: ふーん。だったらいいけど。……これ、ターゲットで良かったんだよね?
>理香珈さんが倒れ伏している下柳をまるでゴミを見るような目で見下ろす。こういう目つきは向いているキャラクターですね。
頭: おお、そうじゃ。うむ、助かった。……しかし、手際が良くなってきておるな。
>うん、そのとおり! 前にも言いましたが、これはもう当番組比では、異能者を除いた中では最強クラスですね。銀子先生クラスじゃないでしょうか? もちろん、格闘技術そのものは銀子先生がずば抜けているでしょうが、不意打ちからの『一撃』はちょっと並ぶ者が居ない状態です。
リカ: 実験と一緒よ。慣れると早くなるもんでしょ。
頭: ふむ、そういうもんか。では、こいつを運ぶとするか。
リカ: ちょっとその前に、記憶を消しておかなきゃダメでしょ。ここの場所がバレているんだから。
頭: まあ、そうじゃが。この後、説得して協力してもらえるなら、そこまでする必要は――
リカ: ――協力してくれなかったら、要るでしょ? それなら、最初から射っておいたら問題ないじゃない。
>なんか怖いですね。もう、人としてではなく実験体としてしか見ていない感じです。まだ二人の会話は続いていますが、こうして下柳が捕らえられ改造――じゃなくて、強化される運びになったというのはわかったからいいでしょう。この先は、あまりお子様には見せるべき内容ではないと思います。
>本当はもう一シーン用意されていたのですが、時間となりましたので翌週に持ち越しですね。添谷さんが言っていた「説得シーン」だったのですが……あー、今ディレクターからの通知で、翌週も放送されずカットになるかもしれない、とのことです。添谷ファンの皆様にとっては、悲しいことかもしれませんが、逆に、公式で確定にならない場面であれば、アレやコレや自由にし放題ですよ! やったね♪
>では、また来週~~。




