秋空に響け、ビールの宴 3
ナレーター(以降、「>」と表す): 前回「これじゃあ『出す出す詐欺』じゃねえか」と一部……いや大部分(?)の視聴者の方からお叱りの声をいただきました。こちらも、そういう気はなくもないので、今回は最初からあの人に登場してもらいましょう!
半裸の男: パンツなくして歌声なし! 私は文明の打楽器……
>半裸の男が、右手の人差し指を立てて、頭上へと突き上げる。
半裸の男: パァァァンツーーー
>天へ伸びていた手が止まると、右手は左肩右腰へと振られる。同時に前に突き出される左手。今度はその手の人差し指が立てられている。
半裸の男: イッチョマン!!
♪ バン! バン! バン!
>左! 右! 正面! いつもの三連ズーム!!そして――
♪ チャラッチャラッチャラッチャラッチャッチャー、デケデケドンデケデケドン……
(中略)
♪ パァアンツゥーーー、チャッチャッー、イッチョマ~~ン!
>あぁ、久々ですねぇ、この曲。あ、『イッチョマン・RADIO』の時も流れていましたが、やっぱり本編で聞くのとは違いますねぇ。……いや、だからといって、RADIOを止めるつもりはないですよ。
>『パンツイッチョマン弐』から御視聴開始したという方のために、今回は詳しく描写しておきましょう。
>パンツイッチョマンは身長が百八十センチメートルいくかいかないかくらいの筋肉質な男性だ。年齢は、二十代から四十代。……まるで、目撃者が子供の場合の容疑者の推定年齢幅だが、実際に年齢不詳な雰囲気がある。肌色全開なせいかも知れない。ただ、この推定年齢幅の確度は正規分布に近いと思われ、六割から七割程は三十代に収まる感じだ。当番組は音声多重総天然色3D脳内構築活劇なので、視聴者の好みで年齢を定めてしまっても構わないぞ。いや、むしろ、推定年齢幅を越えて想像するのも自由だ! お爺ちゃん好きなら、それもO.K.。だけど、性別まで変えるのは、他に改変しなくてはいけない要素がどっと多くなるので、音声多重(以下略)の御視聴に慣れた方のみお勧めします。
>パンツイッチョマンの容貌について戻ります。肌色については、完全に御視聴者の好みで決められます。学校教育の場から放逐された「肌色」は、音声多重(以下略)であれば問題なく生存し続けられるのであった。重要だが、敢えて描かなくても既にご理解いただけている部分として、パンツしかはいていません。そのボクサー型のパンツは挿入歌の歌詞でも印象づけられているとおり、黒パンツです。……あ、皆さんは挿入歌をほとんど聞いたことがなかったですね。では、該当個所を流してもらいましょう。
♪ 汚れたパンツゥははかないぜ~、チャッチャッチャラー、はくのは綺麗なー、チャッチャッラッチャーーー、パンパンパン! 黒パンツゥ!
>厳密には初めの「チャッチャッチャラー」の部分は前の歌詞と被っているんですが、そこは表現の限界で後にずらしています。脳内再生時に補完してください。パンパンパンの部分は何かを平手で叩く音、きっとイッチョマン・スラップをイメージしているんでしょうね。
>パンツ一丁と自称していますが、もう一点印象的な装備も着けています。それが、目元を広い範囲で覆うスモークバイザー。よく考えてみれば眉も見えなくなっているんじゃないか、と思いますが、過去に「眉を寄せた」的な表現をしていた気がします。そこんとこは、漫画で言うなら「髪の毛の上に描かれる眉毛」という感じなんでしょうね! 「だったら実写ではどうなるんだ?」ですか?
>……ご自由に処理してください!
>このパンツイッチョマン、日夜正義のために戦っているようだが、その正義とやらは格好を見ればわかるように、本人が思う自分勝手な正義だ。世間一般的な正義とは違うぞ。なお、世間一般的な正義というのも、実のところ、曖昧模糊としている。もしかすると、パンツイッチョマンのこの格好は、世間一般的な正義というものへのアンチテーゼとして……いや、そんな事はないだろうな。きっと考えなしです。
>こんなふざけた格好のオジサンが、前作では、日本全国を混乱に陥れ新しい価値観を創造しようとしていた偉大な異能者『穴穿き』の捕縛に大きく貢献していたのだから、人は見かけだけではわからないですね。
>……まあ、最終的には捕縛活動からは降りていたし、穴穿きも厳密には逮捕という扱いではなく、とある施設への収容でしたね。そういえばこの時点ではまだ穴穿きは自由の身だったなぁ……。まあ細けぇ事は気にするな。そんなの気にしていたら、当番組に付いていけませんよ。
>あとですね……。あ、もういい? 現時点で残っている方は『パンツイッチョマン』の濃さに慣れた人しかいません? だから「とっととパンツを動かせ!」ですか? ……そうですね。では、再生っと。
>パンツイッチョマンが片手を振ると、その方向にいた人が道を空ける。空けなければ『イッチョマン・ストンプ』という非人道的な殺人技を体験させられかねないので、退避して正解です。空いた先にあるのは特設ステージ。そこに立つ怪人アナベル切山へ、パンツイッチョマンが左手の人差し指を向ける。
パンツイッチョマン(以降、『P1』と表す): クイーンオブヨーデル、アンナ! 貴様の破壊行為は、黒パンツ文明の休日を台無しにするだけでなく、文明の片鱗であるヨーデル文化をも貶める行為だ。見逃すわけにはいかぬ!
>勝手に、アナベル切山を「アンナ」という愛称で呼んだパンツイッチョマン。しかし、当のアナベルはそこを気にしていないようだ。むしろ気にしているのは――
アナベル(以降、『アン』と表す): 片鱗ですって!? ヨーデルこそ現代文明を彩っている大黒柱でしょ!
>おっと、これは……。まあ、まず、パンツイッチョマンの「片鱗」発言は確かに不適切だったかな。「一部」くらいの表現だったら、相手の神経を逆なでしなかったかもしれません。対するアナベルも、「黒パンツ文明」を当然のごとく「現代文明」に塗り替えてくれたのは良かったのですが、ちょっとヨーデルを偉大に捉えすぎてますよね? 周囲の人も困惑しているとおり、どうでもよい論争だ。……いや、中にはちらほらとウンウンと頷いている人がいますね。少し失礼して考えを覗かせていただきます。
>……ふむふむ。これは、二人の変人の思想に賛同しているわけではありませんでした。良かった。変な思想に洗脳されちゃっているのかと心配しましたよ。そうではなくて、「そうそう。パンツイッチョマンってこういう事、言うよね」という納得でした。過去にパンツイッチョマンの巻き起こす騒動に巻き込まれた経験者だったようです。……でも、そう楽しめる時点で、ある種の洗脳状態とも言えますよね。
P1: ははは、それは違うな。黒パンツ文明での根幹は、その名のとおり「パンツ」にある。ただ、「黒」の部分は代表的に提示されているだけで、白パンツを否定しているわけではないぞ。
>パンツイッチョマンは、どこから来ているのか不明な自信で胸を張ると、最後の部分はへたり込んでいる放屁芸のおじさんに語りかけた。もちろん、突然注目を戻されたオナラおじさん――あ、こっちの方が言いやすいですね――は、きょとんとしている。
>根拠不明のパンツイッチョマンの自信は、意外にもアナベルを冷静にさせたようだ。というか、引いたのか!? 前のめりだった姿勢が改まる。
アン: っていうか、あなた……どうして、裸なの?
>まあ、そこだよね。本来、最初にツッコむべきところ。
P1: 裸ではない。文明人の証たる、パンツをこうしてはいているのが、見えないのかね?
アン: いや、だから、なぜパンツしかはいていないの?
>お! これは今までに出ていそうでほとんど投げられていなかった直球質問。私の記憶では、桜ちゃんがぼんやり聞いた程度です。さすがにパンツイッチョマンも、これを変に解釈して斜め上というか斜め下の回答をしないでしょう。
P1: 意味のない質問だな。ならば、私はこう返そう。なぜ君は、民族衣装を着ている?
>残念ダメでした。……どうやらパンツイッチョマンにとっては、パンツ一丁は普段着同然の扱い。例えを変えるなら、出社して「あれ? 今日はグレーのスーツなんだどうして?」と聞かれていると同じ感覚なのでしょう。グレーな選択に特に意味がなければ、答えに困り、「そもそもなぜそのような質問をするの?」と思いますよね。きっと、パンツイッチョマンも質問の意図がこのようにわかっていないのです。
アン: これは、ヨーデルの盛んなヨーロッパの高山地域の伝統的な衣装だからよ。
>うん、そうだね。周りの人も視聴者の方々もみんな理解しているよ。わかっていないのはあの半裸の男だけですから。
P1: そのとおり。黒パンツ文明では、出自に関わらず自由な服装が認められている。ノーパン丸出しはルール違反だがな。だから、私も、文明の一装束であり基本の格好をしているのだ。
>アナベルの顔から険が取れる。まともに話が通ずる相手ではないと思ったのだろう。もしかすると、何かいろいろやらかしても法律的に「仕方ないから許してやるか」と扱われるタイプの人たちと思ったのかも知れない。その点については、わたしもパンツイッチョマンが境界線のこちらかあちらか、密かに悩ましく思っている。
P1: 今日は同好の士も複数見受けられるな。はら、そこにも、あそこにも。
>パンツイッチョマンが、オナラおじさんと――え? 放屁おじさんの方が面白かった? じゃあ、次からはそちらで呼びましょう。……次に呼びかける機会があるかは分かりませんが。――赤シャツが破れてしまった実行委員の方たちを指差す。なお、元赤シャツ隊の人たちは、立ち上がろうとしているがふらつくようで手を地面に着いている状態だ。
>これはアナベルにとっては都合が悪かろう。自身の所業がパンツイッチョマンの説を補強してしまったのだから。これは、ある意味、自業自得――って、あれ? 鎮火しかけていたアナベルの瞳に、メラメラと怒りの炎が立ち上る。
アン: そう、そういうわけね。貴方も、私とヨーデルを馬鹿にするためにそんなふざけた格好をしているのね。
P1: ……ふざけているのは君の方だろう。なぜ、厳然とあるパンツの現実を受け入れようとしない。
>対するパンツイッチョマンもなぜか態度を硬化させる。まあ、「なぜ」の部分はこの人相手だともう慣れっこになっていますからいいですが、突然対立が激化する展開はよくありません。周りの人たちもオロオロとキョトンのいずれに落ち着けばいいのかわからない状態です。視聴者の方々も「なんなんだ、この番組!?」と我に返ってしまわないよう、気を強く持ちましょうね!
>ハの字に両手を構えるパンツイッチョマン。これはやる気だぞ! アナベルも両手を衣装のポケットに入れた。こちらも歌い出す準備は整っている。
♪ ヨーデルレリッヒ~~
>先に仕掛けたのはアナベルだ! そりゃ、舞台の下から距離のあるパンツイッチョマンに比べれば、歌声は圧倒的に有利だ。歌い出しに応じて、スピンムーブでそれを回避しようと――うん、無理だよね。歌声の直撃を受け、よろめくパンツイッチョマン! めったによろめく姿勢を見せないパンツイッチョマンを初撃でふらつかせるとは、恐るべしヨーデル格闘術!! 時には銃弾さえ回避するパンツイッチョマンでも、音速でかつ攻撃が見えないヨーデル怪音波の前には為す術がないのか!?
>が、パンツイッチョマン。数歩後ろによろめいた後、踏ん張った。それどころか、そこから一歩また一歩と舞台へと近づき始める。こ、これは!! もしかすると、ヨーデル格闘術とやら、衣服を剥ぎ取る事で相手を転倒に至らせる技だったのか? 全ての衣服を剥ぎ取らず下着を残す温情が、あるいは子供たちも見られるために定義づけられた仕様が、既に下着姿のパンツイッチョマン相手では本来の効果を発揮できないのか!? まさか、ヨーデル格闘術とやらの天敵がパンツイッチョマンだったとは……。
♪ レリレリレリレリ、レリレリレリレリ……
>おっと、アナベルもそのままでは足りないと感じたのか、レリレリレリレリの多重攻撃に切り替えた。複数の人を吹き飛ばしたこの攻撃、いかに下着姿といえどもパンツイッチョマンに――お、効いている! 効いているぞ!! パンツイッチョマンのパンツだけでなかったもう一つの装備、バイザーにピシリとひびが入った!! このままでは秘密だったパンツイッチョマンの素顔が公のものとなってしまうぞ!
子供: がんばれ~。パンツイッチョマン!
>おっと、ここで子供の声援。その声がヨーデル怪音波を受けているパンツイッチョマンに届いたかどうかは定かではないが、それを契機に周りの人たちも次々に声をかけ始める。
「負けるな~」「頑張ってぇ」「踏ん張れ~」
>おそらく、この場に銀子先生がいたら、今回もパンツイッチョマンの敵方を心の中では応援していたでしょう。そういう意味では美味しいシーンですが、今回、銀子先生の出番はないのですかね? 銀子先生のファンの方の為にも、ちょっと中断して、最勝寺先生に聞いてみましょう。
>…………
>あ、お待たせしました。「出番はない」そうです。「既に三章分を消費したので、更なる遅延は望まない」という理由だと。銀子先生のファンの方々、残念でした。次回は出てくるといいですね。
>では、戻りましょう。
>パンツイッチョマンは片手を眉間に持ってきて、バイザーを庇う素振りを見せる。これは、もしかすると、素顔だと力が失われるパターンかもしれません。それを危惧するからこその行動か!?
>えーと、申し訳ありませんが、イッチョマン・バイザーが割れてしまった場合、たまたまカメラがそれを捉えられない可能性があります。こう、タイミング悪く別カットが入ったり、顔を映せる角度のはずが何か――例えば花瓶がちょうどいい感じに割り込むかもしれません。……はい、わざとです。こっちには、パンツイッチョマンの秘密を守る義務が……いや、義務はないんですけど、秘密が秘密でなくなった後の当番組の視聴率が下がる危険があるので……。え、フェアじゃない? ええ、そうですよ。こっちにもこっちの都合がありますから、パンツイッチョマンほどではありませんが、自分勝手にさせていただきます。
男の声: ここは俺に任せろ!
>パンツイッチョマンの危機を見てられなかったのか、そして私と視聴者の方々との間に溝が深まるの助けてくれるためかなのか、大柄な男性がパンツイッチョマンの前に立ち塞がると、盾となるかのように両手を広げた。これを――あ、すぐ吹き飛ばされた。「これを機にパンツイッチョマンが息を吹き返すか!?」と言う暇すらなかった。そして、やっぱり剥ぎ取られる衣服。ん!? そこから剥き出しとなるのは、一般人とは思えないほどの逞しい肉体!
>盾になりそこなった男は、パンツイッチョマンの横をゴロゴロと後ろに転がっていったが、その回転力を利用して、膝立ちの姿勢で踏みとどまった。そこで見せる、サイドチェストのボディビル姿勢!
>あ、この男の人、あの人です。前作でもちょこちょこ出てきた、パンツイッチョマンの類似品――いや、品物ではなく人だから、類人猿――あ、違った。類似人になるのかな? その名はパンツ筋肉マン!!
>そう言えば、パンツはいつものスイミングパンツだ。いつでも変身できるように外出時は、密かにこのパンツをはいていたのだろうか。きっと同じようなパンツを複数持っているに違いない。しかし、さすがにスイミングゴーグルまでは、音波攻撃を受けながら装着できていなかったので、素顔のままだ。
>うーん、どうしましょうか。パンツイッチョマンの素顔は隠そうと、私の独断だけではなくディレクターも「それでいけ」と指示を出していたのですけれど、パンツ筋肉マンはどうしましょうか? ……え? そもそも需要がない? ……本当だ。いつもは耳を傾ければ、何となく聞こえてくるはずの視聴者の方々の声が、パンツ筋肉マンの素顔について聞こえてきませんね。じゃあ……面倒臭いからカメラを敢えて向けるのも止めましょう。
パンツ筋肉マン(以下、えーと何と表そうかなぁ、……じゃあ『筋肉』と表す): ぬんっ!
>ピクピクと震える大胸筋。予想しなかった展開に、周囲の人は息を呑み――というか、むしろ呆気に取られていたが、すぐにこれまで以上の歓声が爆発する。
「うおっ、もう一人増えた」「どっちも頑張れ~」「パンツイッチョマーン」「肉ダルマの方も気張れよ!」「つーか、何あれ、ウケる!」
>応援している方の発言から分かるとおり、純粋に応援していた雰囲気より、笑い声の割合が大きくなった。異能バトルというよりも、コメディなんじゃないか。そう感じている人たちが――あ、今のはこの城跡公園の攻防についてで、当番組についての評価ではありませんよ。
>あ、しかし、パンツ筋肉マンの体を張ったギャグ――じゃなくて助力に底力が引き出されたのか、パンツイッチョマンが一気に二歩進む。もう舞台は手の届くほどの距離だぞ。
>次の瞬間、アナベルの声が途切れた。
>何の事はない。ただの息継ぎだ。実は、レリレリレリレリに変わる際にも、厳密には息継ぎはあった。しかし、ほとんど間がない一瞬だった。しかし、レリレリレリレリ攻撃はアナベルの限界まで続けられていたようで、アナベルの身体が欲したのは自然と深呼吸になってしまったのだ。
>深呼吸。時間にして二秒ほど。しかし、その短い隙をパンツイッチョマンは逃さない。
>いや~、先ほどは異能バトルというよりコメディなんじゃないかという話が出ましたが、こちらでも実のところ番組全体がそうではないか、という自覚はあります。しかし、このパンツイッチョマンの隙のなさに関しては、さすが「アクション」とタグ付けされるのに似つかわしい鋭さ。
P1: イッチョマン・スラップ!
>え? 距離があるから無理でしょ!?
>パンツイッチョマンは、跳躍し、舞台へでんぐり返りで転がり込む。さらに、もう一回、アナベルへ向けて転がると、バネが弾けるように一気に跳ねる。
>声を出すだけで相手を封じられるアナベルだったが、こうも対象が下から上へと振り回されると、声すら発するタイミングを失う。
♯ パチン!
>アナベルの斜め後ろで、ヒーロー着地をするパンツイッチョマン。いつもと違うのは、地面に押し付ける左の拳が、今回は顔の前でまるで拝むように立てられている点だ。描写はされなかったが、音から空中でアナベツのほっぺを引っ叩いていたのだろう。
>俯きかげんだったパンツイッチョマンが、キッと顔を上げる。彼の肩の後ろから画面に映っていた、硬直していたアナベルの後ろ姿が、グラリと傾くと膝から崩れ落ちる。
>き、決まった! いつも一瞬で決まりますが、まさかあそこからの一発とは! パンツイッチョマン、恐るべし!!
>驚きは聴衆も同じだった。パンツイッチョマンの異様な存在感に、水を打ったように静まり返る。
筋肉: お見事!
♯ パチパチパチパチ……
>パンツ筋肉マンの拍手が、まるでバラエティ番組のスタジオ観客の拍手を誘う合図のADの拍手のように、我に返った周りの人々を拍手を呼び込む。拍手だけでなく、歓声も上がる。パンツイッチョマンはスクッと立ち上がると、正面に向き直り、観客に対して片手を挙げて応じた。それから、ブランカ楽団に向き直ると、挙げていた手の指をパチンと鳴らす。
>そう。ブランカ楽団についての描写をしていなかったですね。アナベル切山が暴走する前は、それを抑えようとしているのは表情から窺えたが、怪音波を発した後は一様に無表情になり、演奏も止めてしまった。「ああなったら、収まるまで待つしかない」という放置モードだったのだ。過去に止めようとした楽団員は怪音波を手加減なく照射され、やっぱり衣装を破かれてしまった。そこらで簡単に手に入る衣装ではないので、非常に痛かったのだ。さりとて、暴走を認めている訳ではないので、演奏を止めることで、我々は関与していませんよ感を出していた。もちろん、被害にあった観客にとってはブランカ楽団もテロリストの一味と思われている。仕方ないところだろう。
>パンツイッチョマンの手振りが何を意味しているのか、ブランカ楽団のメンバーへすぐに伝わらなかった。数秒後、最初に解釈が思い浮かんだのは、あの象ラッパを担当している男性だった。
♪ ぷぉ~おぉ~~
>正直なところ、象ラッパの音色を表現としてこれが適切かはわかっていないのだが、本物を知る人なら脳内で置き換えてくれるはず。これが音声多重(以下略)の優れている点だ。
>象ラッパが鳴ると、他のメンバーも反応した。バンドメンバーという人たちは、時に言葉よりも音楽で互いを理解するものなのだ。他の者も各々の楽器を鳴らし始め、あっという間にそれが調和する。その楽団員たちへ満足そうに頷くと、パンツイッチョマンはペタペタと足音を立てて、倒れて気を失っているアナベル切山の側へとやって来くると、膝をつく。
P1: イッチョマン・スラップ
♯ ピタン
>パンツイッチョマンが右手でアナベルの頬を叩く。厳密には、振り抜かず、当てて止めた。パンツイッチョマンのファンの方の中には、ここの描写が必要という一派がいるそうなので、詳細にお伝えしておきましょう。
アン: はっ!
>目を覚ますアナベル。しかし、当然ながら、すぐに行動を開始しない。普通は目覚めてすぐ跳ね起きられないものだ。まずは寝たまま目をパチクリする。暴走状態にあったことを憶えているか疑問が残るが、是非とも憶えていた上で反省を次に活かして欲しいところである。
>……いや、勘違いしないでくださいよ、アナベルさん! 「敗因を分析して次こそは勝利を」とかいう反省じゃありませんから。「暴走して、『ヨーデル格闘術』の発動をしてはいけません」という反省ですからね。そもそも、ヨーデル格闘術はパンツイッチョマンに相性が悪すぎですから。この圧倒的敗北がトラウマになって、ヨーデル格闘術の異能が封印されて欲しいとすら思います。きっとブランカ楽団のメンバーもそう思っていることでしょう。
>アナベルの覚醒を確認したパンツイッチョマンは、また立ち上がるとコーラスを担当している女性の近くまで歩き、もちろん「えっ! 私? どうしよう」とビビってコーラスできなくなった女性に対して、膝を折り、会釈する。この会釈は左手を胸に当て、右手は体の前をゆっくりと払う大仰なやつだ。
>日本人だが、アナベルに率いられては欧州を旅した彼女はすぐに意図を理解した。しかし、理解したからといって行動はおっかなびっくりだ。それでも行動をとっている心理として、応じなければ何をされるかわからない、という恐怖があるのは間違いないだろう。
>コーラスの女性がブルブル震える手を伸ばすと、パンツイッチョマンは優しくその手を取り……あ、やっぱりそうですか。二人は踊り始めました。もちろん、曲に合わせてです。
>向かい合って、二人の中心を軸としてクルクル回るダンス。女性は両腰に手を置き、まるで挨拶をするように、右に左に体を傾けます。お相手のパンツイッチョマンも同じような手の位置ですが……もう説明しなくてもわかりますね。これはいつものフロントラップスプレッドの体勢です。そうやって胸を張りながら、右に左に体を傾けても……いや、意外に合いますね。
>これ、もしかして、パンツイッチョマン、ダンスが上手い!?
>舞踊では、あと武道でも、型というのがありますが、習っているうちはそれに沿うよう努力するので精一杯です。しかし、習熟してくると、型を踏襲しつつ、自分らしさを織り込めるようになってきます。これは単に熟れただけでなく、センスがあるかどうかの問題で、できない人は何年やってもできないものです。しかし、パンツイッチョマン、その風貌に強烈な個性があるように、ダンスに関しても自己主張できる人でした。意外でしたね!
>上半身を起こし、キョロキョロしていたアナベルは、舞台の上がヨーデルフェスティバル状態なのを認識すると、スクッと立ち上がり、衣装を軽く叩いて整え、ポケットに手を入れる。
>何するのか察した観客に緊張が走り、ある人は悲鳴をあげられるよう息を吸った音が「ひっ!」と口から漏れ、またある人はよろめきながら舞台から距離をとろうとした。パニックになる直前の状況を収めたのは、アナベル切山その人だった。彼女の口から流れ出たのは、今回は怪音波ではなく、ただの美声だった。いや、違う。ただのなんかではない、相も変わらずの素晴らしい美声だった。
>ようやく戻ってきたヨーデル歌唱ショー。しかし、今回は最初にアナベル切山たちが登場したときと違い、観客に熱狂があった。パンツイッチョマンの活躍に拍手をしていた手は、今では曲に合わせた手拍子に変わっていた。怪音波から逃げ出そうと立ち上がっていた観客たちは、そのまま体を揺するライブ鑑賞スタイルになっていた。
>楽しげな舞台に感化されたのか、パンツ筋肉マンが舞台に駆け寄ると飛び乗ろう――として、やっぱり高いと判断したのか、よっこいしょと手をついて足を片方掛けてよじ登る。パンツ筋肉マンは、もう一人いたコーラスの女性に近づき、パンツイッチョマンのようにダンスに誘う。会場の声に促され、そして歌いながらアナベルがチラリと視線を送り許可したことから、コーラスの女性は戸惑いながら、パンツ筋肉マンに応じる。
>……う、うん。でも、誘ったわりには、パンツ筋肉マン、ダンスへったくそだなぁ。見よう見まねでチャレンジしているが、そう試みている者の自明な結果として、タイミングが遅れている。しかし、その動きの滑稽さから、観客の笑いを誘った。ダンスが得意でないのに挑んだ心意気も評価されているようだ。応援の声が飛ぶ。枚鴨市とはいえ、東京都内だ。江戸っ子気質の人たちは少なくない。パンツ筋肉マンはそれなりに粋だと認められたらようだ。
♪ レリレリレリレリ、レリレリレリレリ……
>アナベルの裏声と地声との切り替わりがどんどんと早くなる。それに応じて、演奏のテンポも上がり、ダンスも動きが速くなる。ステップが小刻みになり、それがコミカルだ。子どもたちを始めとして、舞台の下でも合わせて踊る人たちも出てきていた。
♪ ヨーデルレリッヒ、ヨーレリーヒ~~
>アナベルが最後にテンポを落とすと、ブランカ楽団と声を合わせ、決める。
『ホイ!』
>ブランカ楽団のメンバーは片手を挙げて叫んだ。被っていた帽子を手に取り掲げている姿も多い。アナベル切山はポケットに手を入れたまま斜に構え、パンツイッチョマンは――やはり決めのポーズはフロントラップスプレッドでしたね。パンツ筋肉マンは、最後も合わず、遅れて「ヘイ!」と言って片手を挙げた後、パンツイッチョマンの姿に気付いて、サイドチェストの姿に切り替えた。
>会場に満ち溢れる万感の拍手。それに対し、感謝のお辞儀を三方に向けるアナベル切山とブランカ楽団。パンツイッチョマンは同じ姿勢のまま頷き、パンツ筋肉マンはそんなパンツイッチョマンを見て少し悩んだが、真似し続けるのは止めて、アナベルたちに拍手を送った。
>楽しさに包まれた会場に、そうではない冷静な目を持つ者もいた。その一人、白髪のオールバックの紳士は、赤いシャツを着ていた。そう「オクトーバーフェスト実行委員」の、もうきっとそうに違いにない、セキュリティ担当の人だ。半裸になっていた元赤シャツの人たちはその老紳士の周りに集まっていた。東洋人らしからぬ高い鼻を持つその老紳士は、周りにいる彼より若い連中に負けない、いやもしかするとそれ以上の体躯をしていた。どうすべきか、周りの者が声を掛けていたが――もちろんアナベルたちについてだろう――リーダーと思しき老紳士は、首を左右に振る。今、舞台の鎮圧に乗り出したところで、無用な混乱が広がる、という判断だろう。
>だったら、落ち着いた後、どうするつもりなんだろう。……なんか、見守り続けると恐ろしい事になりそうだから、追跡はやめましょうね。
>もう一人、会場のノリに付いていけず、苦い顔で会場を去る者がいた。盛り上がる会場が更なる集客を見せている中、その波を切り開いて進む男。服飾メーカー『オルヒト』の貝積社長だ。秘書の添谷 が、長いエスカレーター『アオダイショウ』のところでようやく追い付くと、貝積社長は苛立った声で聞いた。
貝: アイツは何だ?
>アイツの詳しい説明はなかったが、さすがは社長秘書、すぐに思い当たる。
添: パンツイッチョマン、と名乗っていましたね。
貝: 名前なんかどうでもいい。何者なんだ?
>名前も「何者か」という問いに対する答えの一つのはずなのだが……。どうやら、貝積社長は理論が通じないくらい頭に来ているようだ。
添: あの動きを見る限り、合気道系の一派『裸神流麗流』の使い手かと。
>チラリと貝積社長が、エスカレーターで二段上の添谷 を振り返り見上げると、添谷 は眼鏡のつるを持ち、眼鏡のレンズは白く光っていた。
貝: デタラメを言うな。
添: ……はい。
>さすがに怒っている社長には素直に謝る添谷 。……だったら、最初から知ったかぶりなんてしなければいいのに。彼にとっては抑えられない衝動なのでしょう。
添: しかし、かなりの戦士である事は間違いありません。
>これについては、貝積社長も否定はしなかった。だが、彼にとって厄介な点は強さではなかった。
貝: なぜ、あんな出で立ちの男にあれほどの人気があるのだ!? 全く以て、けしからん!
>パンツイッチョマンに悩まされてきた枚鴨市民だったが、パンツイッチョマンに助けられた人はもちろん、特に関わって来なかった人も今やパンツイッチョマンへ愛着を抱きつつあった。「他にはない枚鴨市の特徴と言えるのではないか」という自負に繋がる捉え方をされるようにもなっていたが、いかんせんその名前と格好から「いや、やっぱり、市外に――特に都心に対しては――自慢するのは止めよう」という結論に至っていた。
>もちろん、枚鴨市民ではなく、むしろ日本国内に居る時間すら少ない貝積社長と添谷 は、パンツイッチョマンについて知らなかった。添谷 は、貝積社長へ深めに頷く。
添: 調べておきます。
貝: うむ。あんな輩を野放しにしていてはいかん。若者が真似などしてみろ。私の商売が上がったりではないか!
>え、そこ? 怒っていた理由は、会社の売り上げ的な問題だから、だったんですね。……でも、心配しなくても真似なんかする奇特な奴は……。居ましたね。今回も出てきていたパンツ筋肉マンがそうでしょうから。とはいえ、売上に影響するほどの数は居ないはずです。もし居たら、日本国は終わっているな、と悲観してしまいますね。
添: しかし、下着モデルとしては利用価値が――
貝: 下着など、脇役に過ぎん!
>大エスカレーター『アオダイショウ』の下り際で、大きな声を出した為、周りの人は何事かと視線を集める。眉を寄せて抗議の意を同時に表明している人もいたが、貝積社長に気にした様子はなかった。
>いや、確かに、パンツ限定に絞られるともちろん衣料品の売上は落ちますが、さっきも言ったように、パンツ限定で歩き回る人は多くないはずなので、そこのシェアを拡大するという手としては、パンツイッチョマン、利用できそうですけれど、ねえ。……えーと、ご覧になっている方の中にもし下着メーカーに関係する方がおられましたら、パンツイッチョマンをモデルにするのもアリだと思いますので、それについてのご相談がありましたら最勝寺先生にお声かけください。
>と広報活動をしつつ、添谷 の表層思想にアクセスするこの有能っぷり。……誰も褒めてくれないので、自己主張です。
>で、本題ですが、添谷 さんによると、貝積社長の『市場予測』はどうも下着には通用しないみたいです。しかし、社長本人はそう認めていません。社内でも、「欧米市場の生産指示が限定されているように、時間的制約から敢えて下着の指示は放置している」と考えられているようです。けれども、添谷 さんは「社長にとって、下着は穴」と考えているようです。
>そうだとしたら、貝積社長がパンツ勢力の拡大にイライラするのもわかりますね。それも、自分ではそちらに能力拡大しようと思っているのに、どうしても予測が浮かんでこない、という経験をしていたなら、むしろ下着類について嫌悪感が募るものなのかも知れません。
>……少なくとも、オルヒトでは下着部門の肩身は狭いようですね。現場にとってはうるさい社長の指示が飛んでこないから、独立心が強い自由な気風が流れていると思いきや、そうでもない。そのあたりの事情や、貝積社長の下着への反発心から、添谷 は「パンツの穴」――じゃなくて「パンツは穴」と推理しているようですね。嘘をつくのは超絶苦手な人ですが、他人の心を読むことは苦手とはいえないようです。
貝: 今日はもう良いぞ。
>相手の方を見ずにそういうと、貝積社長は駅前ロータリーのタクシー乗り場の一角へと向かう。添谷 は軽く頭を下げてそれを見送る。いつもであれば、途中まで乗っていくかと聞いてくるのだが、今回はその声がなかったということは乗せたくないのだろう。あるいは、乗るかどうかを聞くのを忘れるくらい怒っているか、だ。いずれにせよ、乗るべきではないと、添谷 は判断した。
>貝積社長は、止まっていたタクシーに乗り込むと行き先を告げた。車が走り出すと、窓を開けさせて、そこから外を眺める。しかし、その目はおそらく流れゆく街並みを見てはいない。何か考えている目をしていたからだ。
貝: パンツイッチョマン。抹殺するしかないな。
>不穏な呟きは誰にも拾われないまま、車窓から流れ出て消えていった。
>こうして、穴穿きが退場する前に、パンツイッチョマンに新たな強敵が生まれていたのだった。次の相手は、世界的な大企業の社長! アメコミヒーローだと、ヒーロー側が大企業の社長として有名な存在はいますが、ゴツゴウ・ユニバースでは逆になるようです。どういう戦いになるんでしょうねぇ。
>でも、ヒーロー側でないなら、表立って活動できないから資金源が豊富といってもどうなるのでしょう。オルヒトは株式会社ですから、不正な資金利用はすぐ発覚しちゃいそうですけれど……。そこは都合良く気付かれないようになるのかな? それとも、資金力ではなく、メディアを通じた情報戦を仕掛けてくるのでしょうか? ……いや、一般的な作品ならもっと意外で、だけど当番組ではいかにもあり得そうな展開として、今後特に触れられず貝積社長ごと無視される、というのも考えられますね。最勝寺先生は考えなしに行き当たりばったりで書いていってますからね。まあ、期待しないで、「貝積社長とか居たな」程度に憶えておきましょう。
《次回予告》
恨みをかわれた 半裸の男
そこに迫る科学の罠
計算、解析の力に
パンツの力は敵うのか!?
次回、『戦慄、骸骨博士!』
パンツを洗って、待っときな!