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運転手は君だ、車掌は僕だ の語句解説

***用語***

《脱出奇術》

手品と呼ばれるものは、主に手先の技で()せる至近距離(クローズアップ)奇術(マジック)と、大掛かりな大奇術(イリュージョン)がありますね。脱出奇術はもちろん後者です。

今回の脱出テクニックは、未知技術が使われていましたが、それでもおかしい部分があったと気付いた読者もいるかもしれません。

それは、『トイレからの脱出!』……と書くと(ちまた)で話題の小規模イベント脱出ゲームっぽくないですか? あ、脱出ゲームについてご存じない方は「Webで検索!」してください。

ということで、ここでも脱出ゲームの中の推理問題の一つとして考えてみましょう。作中では、

・トイレに入っていった駅員が消え失せた。

・確かめるまで、トイレから出た人はいなかった。

・駅員が入る前は誰も中にいなかった。

の要素を提示していましたね。もちろん、体型変化奇術は省きます。

一方で、後で書く予定ですが、『電車ごっこワープ』が、必要な要素は――

1.偽駅員ポッチャリ

2.不思議なロープ

3.満腹度

4.ロープの輪を支える誰か

5.歌

――くらいかなぁ。ただし、4と5が本当に必要かは、私も知りません。ただ偽駅員ポッチャリは必要と思っているので、トイレからの脱出時には利用されていたはずです。

読者に提示された情報からでは、必要要素の4番の協力者が欠けています。だから「おかしい!」となるわけですが、気づいていましたか? ……いい加減な作品で、そこまで頭を使って読んでいないはずなので、気付いていなくて問題ありません。

そして、このトリックは、

・同時にトイレに入った駅員が二人だった

というものなのでした! 日本語は単数と複数を意識して描写しないという盲点を突いた……えー、こういうトリックは邪道ですか? でも、「日本語は単数と複数を意識しない」というコラムを別に書いていたから……それでも、ダメかな? ……実のところ、正直に申しますと、単にワープ条件をあまり考えず書いただけでした。

作者が見落としていた設定は、ゴツゴウ・ユニバースでは怪異として発現するのであった! まさに、ご都合主義!!

えー、怪異として有耶無耶にするのが気になる方は、複数形に置き換えて認識してください。


七翡翠(しちかわせみ)駅》

実在しない、というか、それでは作中でもそうなので、現実には一時的にも実在しなかった(・・・)空想上の駅。

しかし、鉄道発展の初期には河川舟運とのアクセスが意識されていたのは歴史上の事実です。東京の基となった江戸は、元沼地だけあって、河川や堀に張り巡らされた都市でした。車は、もっぱら人力。牛や馬を使っても、舟に比べれば遅く、河川舟運が盛んでした。

皆さんご存知の飛脚は情報の伝達手段であって物流とは違います。それなのに、現代日本で運送会社のシンボルとして使われているのはちょっと面白いですね。だからといって、「かつての第一運送業態だった河川舟運を受け継ぐ存在を目指す」として舟がシンボルになっていても、普通は「何か違う」と思われるでしょうから、飛脚で良かったと思いますよ。

確かあのロゴでは(ふんどし)をしていましたが、実際には、そんなの着けて走ってもポロリするし、布の質は現代より荒いでしょうから擦れて痛いので、ノーパン刑事(デカ)でいうところのタイプFだったようです。つまり、ノーパン刑事(デカ)のシンボルとして飛脚は適していますね。

と、なると、実写化アニメ化の際にはあの会社にスポンサーになっていただくとピッタリですね! 営業さん、頑張って売り込み掛けてください。

……あの運送会社の飛脚はノーパンじゃなくて(ふんどし)ありだろう、という指摘には、だったらパンツイッチョマンが該当しますね、と応じておきましょう。……服を着ているからパンツイッチョマンじゃない? ……いや、あれはケープという事にしておけばノーカンですから!


***登場人物***

《パンツイッチョマン》

最後にチョロっと出て来てビンタするだけの簡単なお仕事、な人ですが、今回は川にダイブするスタント込みだったから大変でしたね。

多くの日本の河川は水位が低いですが、かつて河川舟運の拠点になった場所だけあって、深かったんでしょうね。でないと、さすがのパンツイッチョマンも怪我をしかねない……いや、川底に両足を広げて踏ん張って着地、という絵も浮かびますね。アニメでは、足がビリビリするやつです。ええ、あの怖いアニメ会社の老監督が好きな演出ですね。

というわけで、是非ともパンツイッチョマンもアニメ化してください!

……世界的に注目されている人だから、そんな事をすると「日本の恥」だの「ついに耄碌(もうろく)した」だの言われそうだから可哀想ですね。……あれ? それをオリジナルで書いている人はどうなるのでしょう?

――あ、パンツイッチョマンについてだった。さっきの自問はあれ以上踏み込むと危ない気配がしたので放っておこう。

今回、久々のイッチョマン・ミラージュでした。作中では、車内にいる描写でしたが、一作目のバスジャックの例から考えると、今回も電車に上から乗ったのではないか、と考えています。なので、車両間通路の上で横になっていたか、車両間に両手を突っ張っていたか、のどちらかではないでしょうか?

車両間に両手を突っ張っていた場合、現実にもなかなか気づかないかもしれません。普通、見ないですからね、そんな場所。

しかし、良い子のみんなはパンツイッチョマンの真似をして、電車の車両間に両手を突っ張って、移動を試みるなんて事は、危険だから絶対(・・)マネしちゃいけないよ! ……というか、考えてみたら、パンツイッチョマンの真似は根本的にしちゃダメですね。お風呂から出た後、お家の中だけにとどめてください。動きだけ真似るなら、名乗り上げの部分は良いですが、あれも基本的にはお家の中がいいでしょう。学校で休み時間に友達とどっちが様になっているかを競うのもいいですね。……意外に色々できそうですね! あ、しませんか? したくないですか?

パンツイッチョマンのくしゃみの音がハクションではなく、アチューだったあたり、何か正体に関係するのでしょうか? それとも筆者のように、中学生の時にアチューを知って、「ウソだろ! 言いにくいじゃん」と衝撃を受けた後、実際に試してそのまま板に付いたパターンなのでしょうか? ……あ、「筆者のように」が示すのは「衝撃を受けた」までで、私がアチュー人という意味ではありません。


《偽駅員ポッチャリ》

ヒロシ、という名前だけわかっている半ワガネコキャラ。この名前から、実写化の際には是非あのキャンプ芸人に演じてもらい――あ、体型が全然違いますね。

だったらノッポとポッチャリをひっくり返してしまえ、という手はわりと映像化で使われるやつですね。男女が原作で入れ代わっている例もあります。それで、原作に内包されていた歪さを解消できるなら良いですが、多くの場合、むしろ歪さが生じる結果を迎えます。

若い頃は、どうしてこんな作品を壊す事をするんだろう、と思っていましたが、社会の仕組みがある程度わかっていると「大人の事情」なんだとわかってきます。ま、具体的に言うと、力を持っている芸能事務所が「ウチの看板女優を使え」と押して、そっちが優先されているわけですね。おそらく、別の映画でもいいのだけれど、その時、計画が動いている映画のうち、いけそうなのに取りついているだけです。「良い映画を作るぞ!」の観点はありません。「お金が稼げる映画を作るぞ!」はありますけれど。……ん? 「お金を稼げる映画が良い映画」という解釈に従えば、両方成立しますね。そのあたりの判断は個人の考え方や立場で変わるので、正解はありません。

と脱線しましたが、重要キャラクターだったので、ちゃんと説明する箇所は残っています。

まず彼は、幼い頃から電車が大好きな子供でした。電車は、何故か幼児に人気がありますよね? 汽車――四国におけるJRのことではなく蒸気機関車です――に顔が付いているあのキャラも、顔を千切って食べさせる――ここだけ書くとホラーですが――皆さんご存知のあのキャラも同じく幼児には大人気です。

顔が丸い方のキャラが人気の理由は、一つわかっていまして、名前が発音し易いようです。「自分の名前を言うより早く言えるようになる」という事例は多くの家庭で観察されているでしょう。

あ、こっちのキャラじゃなくて汽車の方でしたね。あっちは、顔が大きくて親しみやすいから、という理由もありますが、イベントに行ったら、「画面越しなら良いが、リアルに近くで見ると怖い」と感じる子供いるようですね。泣いている男の子を見たことがあります。

しかし、両親のいずれも好きではないのに、子供が電車を好きになるって現象は何でしょうかね? で、結局、子供が好きだから、一緒に見に行ったり本を書ったり玩具を買ったりしているうちに、親の方も知識が付いて、知らない間に好きになっている。……少なくとも、知識を持つと楽しくなるのは他の対象でも言える心理ですね。

……あ、機関車ナントカじゃなくて、ヒロシくんについてでしたね。彼は、この幼児の頃に好きだった電車を、成長しても変わらず好きだったおかげで、かなりの知識を深めていました。周りに話が合う人がいないくらいです。

……ヒロシについての話でも、そういう普通の部分はいらないですか? じゃあ、『電車ごっこワープ』のメインエンジンといえる存在、として掘り下げてみましょう。

(かたじけな)い侍の見立てでは「月の民」が関わっている、ということでしたが、事実、そうです。

このヒロシくんは、中学時代、三日間行方不明になっていたのです。犬の散歩に出かけたはずなのに、犬だけ戻ってきて吠えているのに気付いた家族が、失踪を知ります。すぐに警察へ捜索願が掛けられ、事件か、と見られますが、全く消息が掴めません。

そのうち、よくある家出ではないか、という見方も検討され始めます。ヒロシくんは、大人しい性格なので思い切った家出なんてしなさそうなのですが、近頃は放置しがちだったなと両親は自覚します。身に覚えがなくはない、というやつですね。そして、仕事で家庭を顧みないのと、隠れて不倫をしている、という問題が顕在化して、両親が互いに非難し合った頃に、ひょっこりヒロシくんが帰宅します。

しかし、当人に犬の散歩をした以降の記憶はほとんどなく、日が経っていたのも気づいていませんでした。唯一の記憶が「空から光が降りてきた」ことで……えー、長くなってきたな。要点だけ書くか。

もうわかっていただけていると思いますが、この間に「月の民」との接触を果たしていたのです。

だが、その間に家庭内は冷え切り、ヒロシくん自身も学校では「UFOに連れ去られたと自称する電波野郎」という見方をされ、あまり楽しくない日々が始まってしまうのでした。

そこで登場するのが――


《偽駅員ノッポ》

――タカシ、と呼ばれていた男性です。登場ヒロシくんの同級生だったタカシくんは、イジワルな発言をされたり無視されたりしているヒロシくんと普通に接します。そこだけ見ると良い奴なんですが、そうした行為の根底にあったのはタカシくんの主体性のなさでした。

スリムで背が高く、顔がそこそこ。運動も勉強も中の上で、明るい。クラスの人気者になれそうなスペックで、実際そういう面はなくはないのですが、こだわりがない点が信用を落とします。知ったか振りをするのも良くない点でした。それで、「知ったか振りするなよ」と指摘されれば、まだ立ち位置も変わったのですが、苛められっこオーラはなく、指摘されにくいキャラだったので、「やりにくい奴」と敬遠されがちになるのです。数名だとやりにくいのですが、クラス単位だとハマって、時にリーダーシップを発揮し、時にそこそこのウケを取って、と総評としては「人気者」タグがついておかしくなかったので、タカシくんが普通に接することでヒロシくんへのイジメは本格化する前に終焉します。

以降、ヒロシくんはその恩を忘れずに、くっ付いて行動し、タカシくんも舎弟を持つ兄貴気分で応じる、という関係が続きます。

しかし、タカシくんは働くようになると、「なんとなく毎日を過ごす」生き方ではいけないのかな、と焦りを感じるようになります。そもそも、やりたい仕事などなかったのです。だからといって、「仕事はお金稼ぎのため。俺は趣味に生きるぜ!」という趣味もありませんでした。

履歴書的には「趣味:鉄道」と――書くべきかどうかはさておき――いう対象がありましたが、それはヒロシくんから流れてきた情報の蓄積に過ぎず、本心で好きなわけではありませんでした。しかし、本心で好きなものが特にないタカシ自身は、それが「一番好きなもの」と信じていました。

女性にも特にモテなくなっていました。中学、高校くらいなら「実は私、タカシくんが好き」と陰で言ってくれる女子がチラホラいたのですが、大学からは変わります。「あの人、良いかな?」と寄ってきてくれても、二人きりだと話が続かないのです。内気な女性の中には、「そういう感覚わかる」と共感を持ってくれる方もいましたが、だからといって、二人きりだと話が続かないのは変わらず、「私は共感できる人より、引っ張ってくれるタイプの人柄向いているんだ」と離れていきました。

……あ、もういい? まあ、パッとしない若者ですね。

内心焦りながらも、「ヒロシに比べりゃマシか」と思っていたのに、そのヒロシにも「マウントを取られ(タカシの認識です。ヒロシにはそのつもりはありませんでした)」、あの後二人は疎遠になっていきます。

しかし、ヒロシのおかげで、「このままじゃいけない」と二十代半ばで目が覚め、自分探しの旅が始まります。二十代半ばだったら全然問題ないですね。それよりずっと年上の人が訳の分からない小説を書いているのに比べたら、まだまだ人生やり直しが効きます! ……ん? じゃあ、あの人はもうダメってことか?

あ、これも考えたらダメな内容だな。

とにかく、相手の為に敢えて縁を切る、という友情の形もあったんですね!


《ノーパン刑事(デカ)

脱出奇術がある一方で、曲芸を披露してくれた主役級ヒーロー。……曲芸って言っても、作中で語られたとおり「ノミのサーカス」並みに地味でしたが。

自主的謹慎中に、間接的に「大規模駅での誤警報」事件を発生させたことは、みんなに秘密にしている。ただ、騒動を起こした以上、自主的謹慎という部分はもう成立していないのは確実である。

偽駅員を取り逃がした後、本件からは手を引く。「ワープする相手じゃどうしようもない」「会った感じでは、悪い奴じゃなかったな」というだけでなく、「何かあったら課長のクビが飛ぶ」ことを恐れての判断です。意外とこういうところは大人なんですね。


(かたじけな)い侍》

前回、「蛍の光」で転移した後、今は川の傍で生活しているようだ。本人としては「飲み水確保!」って感じなのでしょう。

妖刀『光竹』の力は、独力でも引き出せるようだが、一瞬しか持たない。だが、その一瞬で「文明の危機レベルの存在」を感知したパンツイッチョマンを誘引した。電車から降りて、橋の上を走っているパンツイッチョマンを視認していたので、この人も夜目は効きますね。

改めて考えてみると、偽駅員ノッポ同様「なんとなく毎日を生きている」一人なのですが、彼には「気に食わない奴は斬る」という強烈な意思があります。竹光状態でも、人の喉を突き殺す芸当ができますから、良い子は近づかないようにしましょうね。


《デイビッド・ノホホンダ》

「親にとって、複数いる子供のうちお気に入りがいるかどうか」という問いがあります。子供から見ると、「わたしよりお兄ちゃんの方がかわいがられている!」と感じるわけです。もう一方の親から見た場合、最初の命題に対して答え方は様々でしょう。

イエス(愛情の偏りがある)と思う方もいるはずです。ですが、一般的には「子供には平等に愛情を分け与えましょう」という答えが正しいとされています。かわいがられた方がワガママに育ちやすく、蔑ろにされた方が歪みやすい、と考えられているからです。

しかし、兄弟がいる方は特に、いや双子がいる人でも、兄弟(双子)は個性がそれぞれ違うと実感しているでしょう。そうなると、人の人との相性として、親から見た子供に相性の差異があるのは当然です。あと、おそらく一般論として異性の子供はよりかわいがってしまいがち、という特性もあると思います。

地域によっては、子供への扱いは違って当然、という文化もあります。儒教的な長男を別格に扱うという文化には触れた経験のある方は多いでしょう。

実は、イタリア、少なくともローマの家庭でも、長男を甘やかすという文化があるようです。「長男だから偉い」という儒教的な扱いより、母親がやたらと甘やかすのが当然というふうに地域の特徴は多少あるようです。

ですから、ローマ男子に惚れてしまった女性は気をつけましょう。その方が長男なら、かなりの確率でマザコン気質ですから。本人は「そんな事ないよ」と言ってくれても、文化的背景からくるマザコン・ベースラインが違いますし、本当に子供から母親への甘えがなくとも、母親から長男への過剰と思える世話は普通(・・)として受け入れるはずなので、その()(顔に付いた料理カスを取って食べたり、襟元など服装を細かく直したり)だけを見ると、「マザコンじゃんか!」と思うかもしれません。事前に、そういうものだと覚悟しておくか、母子がベタベタするのを許容できない性質なら、最初から深入りしないようにしましょう。


「ということは、デイビッド・ノホホンダはイタリア人か!?」という訳でもありません。アメリカ人です。すみません。もうしばらく脱線は続きます。


親から子供への愛情の多寡問題に関して、相性の差異はあるだろう、と書きました。「だったら、もうそれで決まりじゃん」と思う人もいるでしょうが、そういうことでもないのです。なぜなら、愛情と相性は別だからです。

多くの場合、愛情と相性は相関しますから認識しにくいかもしれませんが、家族相手に「嫌いじゃないけれど相性は良くない」という感じ方をする人はそこそこいるようです。

ですから、二人の子供が居て片方しかかわいくない、と悩んでいる親がいるなら、「それって愛情ですか? 相性ですか?」と自問してみてください。もし、後者ならそういうものなので罪悪感を抱く必要はないでしょう。

こういう前提で、改めて親から子供への愛情の多寡について考えてみると、「だいたい均等になっている気がする」という親が、少なくとも私の周囲では多数派です。

というわけで、今度は子供の立場から言うと、「他の兄弟に比べると、親に愛されていないのでは?」と感じる場合、相性の問題かもしれないと考えてみてください。一人っ子で比較対照がなくとも、相性問題は発生しうるので、そういう人もこの気づきで救われるかもしれませんね。

もちろん、無視(ネグレクト)という愛情不足問題も実在しますから、「相性問題だったのかな?」と自問して「いや、違うだろ!」と思ったら、もう外部に頼りましょう。無理をねじ曲げるより、きっとその方が楽だと思います。


……と、意外に教育問題に踏み込んだ上で、ようやくデイビッド・ノホホンダに戻ります。

実は、私、最勝寺は自分のキャラに対して非常にフラットな愛着を示しています。パンツイッチョマンやノーパン刑事(デカ)はお気に入りではありません。

しかし、そういった主役級を差し置いて、デイビッド・ノホホンダはちょっぴりお気に入りと言えるキャラでした! ……まあ、本当にちょっぴりで、初版では語句解説への掲載を忘れる程度だったんですけれど。手直ししつつ読み直している際に「え! ノホホンダを忘れてた!」と自分にビックリした次第。

初版では、おでんに関するエピソードを使っていたので、モデルはダジャレマスターのあの方、と思われたかもしれませんが、キャラが出てきた後に、こちらから向こうへ寄せただけで、彼はこんなに変な人ではないですよ。

まあ、お気に入りと紹介したものの、読み直しまで存在そのものも忘れていたんで、お気に入り度を十段階で示した場合、他のキャラとの差異は1程度なんでしょうね。


で、ようやく、デイビッド・ノホホンダの背景について書いていきましょう。

まず、ノホホンダというのはいわば芸名です。本名はカタカナ表記するなら「ホランド」「オラント」などと書くことになるでしょう。

前述のとおり、アメリカンの西部の生まれで、子供の頃からアニメを通じて日本に興味を持ちます。そこまでの嗜好ならかなりの人数がいるのでしょうが、デイビッドは高校時代に交換留学生として、大学には留学生として日本にやってきます。その前後から、忍者を入り口とした時代劇にも手を出し、アニメよりもむしろ日本古来の伝統の方へ興味を持つようになります。

東京の大学でしたが、頻繁に京都へ旅行し、長野県では戸隠流忍術を学びます。もちろん、剣術や柔術、空手などにも手を出します。

アメリカにいた時から格闘技も学んでいたのですが、実は日本の武術でなかったことを改めて知りショックを受け――もちろん当時から「これってカラテ、ジュウドーじゃないよね」と思っていましたが「東洋武術はルーツが同じ」と言われて信じてました――、そうやって日本文化にのめり込む余り、付き合っていたカノジョから振られて……となかなかに大変な学生生活を送りました。

一旦アメリカに戻った後はお金を貯めてまた来日、そこで日本語講師として働き始めます。その頃から「ノホホンダ」と名乗ります。

それまでは、本名が近いことから「ホンダ」という日本名を使っていましたが、「のほほん」という言葉を知り、泰然自若を旨とする生き方と融合して「ノホホンダ」が生まれたのです。

ゴールデンウイークと夏場は、アメリカ人忍者講師として働いています。実は戸隠流忍術で免許皆伝と認められているのです。

ゴツゴウ・ユニバースの戸隠流忍術は、昔から伝えられた技術ではなく外国人向けの娯楽的技術でした。しかし、デイビッドは真剣(マジ)だったので、奥まで行き着いてしまって、むしろ自分で開拓する立場になってしまったのです。

特に手裏剣の腕前は達人の域に達しており、三メートル離れた直径四十センチメートルの円形の二つの的に対して、両手投げで命中させられる腕前を持ちます。……ゴツゴウ・ユニバースの一般人基準なので、他の作品のヒーローとは比べないであげてください。

止まっている標的など意味はない、とある時思い、動く標的を使って練習もしちゃいます。ロープを伝って下りてくる木切れに当てる修練です。それもタイミングすらつかめると、止まっている標的と大差ない、と思うようになり、次はランダムに動く標的として小動物を相手にしようかと考えます。そこで、さすがに「いやぁ、それはやり過ぎだよね」と気付き、実行はしませんでした。

良かったですね。

他にも色々エピソードはあるけれど、もうお腹いっぱいですよね。


山川(やまかわ) 蟷螂(とうろう)

いわゆる昔ながらの旅芸人一座の看板役者にして座長。若い頃はスマートな出で立ちで、テレビに度々出演するほどの人気だったのだが、それから二十年。いつの間にかおなかも出て、キャーキャーと黄色い声が客席から掛かることもなくなった。

父親から代替わりして、今度は二人の男の子の父として、大変な日々を送る。

まず、子供があまり乗り気じゃない。幼い頃は楽しがっていたけれど、小学校に入るようになって、学業との両立が難しくなると、ぐずるようになる。

現在中学生の兄の方は、洗脳――じゃなくて、英才教育の賜物か、「継がなきゃならないでしょ」と渋々覚悟を決めているふしがあるが、弟は大人になるまでに抜けていいよね、と考えているようだ。

そこを押しつけられるほど、儲かっていないのも厳しい。はっきり言って、山川蟷螂(とうろう)一座は同業者のうちでは成功している方だが、それでも綱渡りの経営であった。

親戚以外の若手が育たないのも大問題だった。大きく言えば同じ芸能界なのに、どうしても若者はテレビや映画のようなキラキラする方に引き寄せられるのである。

まあ、若者に限らずみんなそうですね。夏の虫も明るい方に行きますから。

でも、テレビはネット勢力に押されて厳しくなっていますから……あ、そんなのは慰めにならない?

そもそもの問題は、現代日本が戸籍に縛られた管理が基礎にあることでしょう。流浪の民はシステムにマッチしていないのです。

これはまるで、狩猟採集生活から農耕生活へと人類が推移していった変化に似ていますね。人類規模で考えると、支えられる人口の多さから農耕生活しかなかったのですが、そんな中でも狩猟採集生活を続けていた文化の人達は、生きにくさからどこかに根を張って生活するように追い込まれているのです。

そんなの仕方ないじゃん、とこっち側の人は思うかもでしょうが、文化を失うってアイデンティティの喪失ですからね。大変なことなんですよ!


蟷螂(とうろう): ア、そんな世知辛れぇ世の中を~、俺は――


あ、現場の映像はいりませんか?

では、次、行ってみよう!


***パンツイッチョマンの技***

《イッチョマン・スラップ》

相手が素手であろうとスリッパ装備であろうと、躊躇わなく振るわれる張り手。もう知っていると思うが、「相手が手を出してこない限り、こちらから手を出さない」という、一般的な正義の味方が守るルールなんかも気にしていないから、一方的に先制攻撃を仕掛けるのにも躊躇いはないぞ。

いつものイッチョマン・スラップに比べるとスリッパ相手では物足りなかったという人もいたでしょうが、代わりにタイプPも出たので最終的には満足してくれた……のかな?


《イッチョマン・ミラージュ》

♪ かーらだーに、ペーイントー、変幻自在ぃー

『パンツイッショマン 弐』でも変わらず締めの歌『イッチョマン・スラップ』でも紹介されている……あれ? 挿入歌の方だっけ?

私が覚えていないなら、曲を知らない読者の皆さんはもっと知らないですよね。無視しましょう。


《イッチョマン・スピン》

イッチョマン・ストンプに匹敵すると噂される迷惑技の一つ。イッチョマン・ストンプは物理的なダメージだが、こちらは心理的なダメージが大きい。イッチョマン・ミラージュからの派生技だ。

この技によって、精巧な偽制服をペンキで汚された偽駅員の二人は、その後、改札をアレで抜けてお金を払わないという行為をしなくなった、らしい。なお、無賃乗車についてパンツイッチョマンが彼らを咎めなかったのは、その件については同罪だからだ。


***偽駅員の技***

《スリッパ・スラッシュ》

ポコンという音は大きくなるが、スリッパがヒット時に折れ曲がるためダメージはむしろ素手より低い技。お笑いの現場で時折使われているとおり、ツッコミ技といえよう。しかし、近年、教育上よろしくない、というか、流行りっぽく書くなら、コンプライアンス上よくない、という理由で、叩くツッコミは、特にテレビでは見られなくなってきている。素手よりダメージが低くても「何かで叩いている」と見られて、非難を受けやすいスリッパは絶滅状態だ。ただでさえ、物を使うならハリセンの方が見栄えがいい、という点から肩身の狭かったスリッパたちは、これからどうすればいいのでしょうか!

あ、スリッパは元々履き物ですか?

ちなみに、偽駅員ノッポが使っていたスリッパは茶色で、履き口(というのかな?)のところに金色で「乗務員専用」とプリントされていた。そんな物をどこで入手したかは不明だ。


《電車ごっこワープ》

(かたじけな)い侍は「月の民の技」と称したが、発動時のエフェクトの差から、幾らか異なるテクノロジーが使われている可能性が高い。ただし、その代償として、満腹度が関係するあたりは、近い技術だろうと推測される。

妖刀『竹光』同様、使われていたロープは地球外テクノロジーで作られた物だ。手触りは硬質ゴムのような感じだが、もちろん違って未知の素材である。繋目はなく、円を形作っている。

ロープというと、断面図は円形に近いものだが、この『電車ごっこロープ』は断面が数字の8の形に近く、ロープというより帯に近い。その帯は一周する間に一捻りしている。そう、いわゆる「メビウスの環」だ。

というわけで、『電車ごっこロープ』じゃ格好悪いし、『電車ごっこ()ープ』と見分けがつきにくいので、今後は『電車ごっこメビウスロープ』と呼称しよう! ……あ、それも格好悪い? じゃあ、また考えておきます。

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