運転手は君だ、車掌は僕だ 5
ナレーター(以降、「>」と表す): 今回は飛ばして行きますよ! のっけから……そう言えば「ノン気」って表現もコンプラ的にはアレ何でしょうか? ……と言っておけば、皆さんも「『飛ばす』と言った直後に脱線。平常運転だな」と安心されますよね。……でも、飛ばしますよぉ! あ、信用ない? では実績で示しましょう。
>夜の河川敷。近くに光源はなく、月明かりが辺りをぼんやりと照らしています。時折、川の上の橋を渡る電車の明かりが、背の低い草が生えた大地に、窓の形を走らせて過ぎていきます。
♯ ガタンゴトン、ガタンゴトン……
>はい。当然、列車が過ぎていく音も夜の静寂に響き渡ります。
>そこに突如、何かが割り込みます。
男の声: 七翡翠駅、七翡翠駅。
>人気がなかったはずですが、突然の声。こちらのセンサーにも、いきなり二人の人が現れた事を示しています。ですが、何処からやって来たのかは何となくわかりますね。少なくとも誰が現れたのかはわかります。先ほどの声は、ポッチャリの方の偽駅員のものだったからです。
>しかし、残っている謎もあります。駅と言っていましたが、周りは建物などないのです。実質、ウソとしか思えない発言でしたが、一応、これについてはスタッフに調べてもらいましょう。
ノッポ: ふう。今日も無事脱出。
>やっぱりこの人もいましたね。二人で一組。人影も、暗くてわかりにくいですが、ちゃんと二つあります。
ポッチャリ: 無事じゃないよ、危なかったよぉ。そろそろ止めようよ。
ノッポ: 何、ビビってんだよ。世直しじゃねぇか。
>そう言ったノッポだったが、ガサリと近くの叢から音がすると、ブルリと体を震わせ、そちらを向く。
男の声: ふむ。やはり怪異であったか。
>物音だけでなく、人の声まで。そして、ゆらりと立ち上がる黒い影。この暗闇と藪があったせいで、大地に横になっていたら、そこに既に誰かいたとはわかりません。
ノッポ: な、何者だ!
>取り出されたスマホの照明に浮かび上がるのは、ボサボサ髪を後ろに束ねた着物姿の男。あ! あの人です!
着物の男: 光竹に誘われて来てみれば、どうやら月の民の技らしい、かな?
>発言の最後は自信がなさそうに曖昧でしたが、彼がどうしてここにいたのかは、少しわかりましたね。
着物の男: その怯えた態度と、今し方の言の葉。もしや、悪事を為した後か?
ポッチャリ: い、いや、悪事ってほどでは……。
>はい。ほとんど語るに落ちた状態ですね。良くない事はやりました、とほとんど告白しています。
ノッポ: だ、だったら、どうだってんだよ!
>ノッポの偽駅員がスマホをもう一方の手に持ち直すと、ジャケットのポケモンからスリッパを取り出し構えた! ――って、そんなんじゃ敵うわけないですよ! 現時点でその浪人の攻撃に対抗できそうなのは、フリップフロップ・チェリーの『出るか出ないかわからないビーム』か、パンツイッチョマンの『イッチョマン・スラップ』くらいでしょう。……って、よく考えたら、後者はただの平手打ちでしたね。それじゃあむしろスリッパの方が武装していると言えます。なのに、つい「イッチョマン・スラップなら……」と思ってしまったのは、パンツイッチョマンが技名まで付けて必殺技のように使っていたからです。イメージ戦略って怖いですね。
着物の男: 世に仇なす者なれば、か。
>呟くように唱えると、|忝い――いや、未だそう言っていませんでしたね。であれば、いつものように一般的な呼称で進めましょう。
>着物の男は、衣の中で組んでいた両手をズバッと両手の袖から出し、左手を腰で握ると右手をその前に添える。
>スマートフォンの明かりは顔を中心に上半身しか照らせていなくて、腰の辺りはむしろ光のせいで暗がりにしずんで見えませんが、視聴者の皆さんは何があるかは覚えていると思います。はい、竹光――刀身が竹でできている刀ですね。実際には竹でもないそうで、最勝寺メモによると、「竹っぽい何か」だそうです。何なんでしょうね? あ、素材に対しての意見じゃないですよ。「作者なのに……」という感想です。
>ともかく、この浪人の竹光は、本来この世界に在ってはならない代物なのです。そうとは知らずに、それにスリッパで立ち向かう――あ、明かりを下にずらして、帯刀していると気付きましたね。灯りがぶれます。動揺しているようです。あ、そっか。中身が見えないと本物と思いかねませんからね。……まあ、本物の刀より怖い物なんですけどね。
着物の男: 妖刀光竹、我のその真の力を示せ!
>いきなりの抜刀! 溢れる光! 鞘の辺りが光ったと思ったら、それはすぐに光の棒となり、浪人の右手に下げられた。抜刀術と呼ぶのに相応しい早業!
偽駅員: 『ひ、ひいぃぃ!』
>ハモりながら怯える二人。そりゃそうです。この状態の某侍から噴き出す圧力は半端ないですから。
着物の男: されど、拙者は世間に義理は無し。
♯ ぐぐぅぅ!
>呟く侍に、同意とばかりに大きく鳴る侍の腹。そして、光の刀の先からチリチリと光が粉のようになって上っていきます。みるみる短くなっていく光の刀。ものの数秒でまた周囲はスマートフォンの灯りだけの暗さに戻ります。――早っ! え、光竹ちゃんの出番、もう終わり?
>そう言えば、以前、「恩義がどう」とか言っていましたよね。だから力が維持できないのでしょう。代わりに、腹の虫は元気みたいですが。
>ポカンとする偽駅員の二人。侍の気迫と、光竹の放つ威圧感から完全に気圧されていましたが、それが消失すると、まるで気のせいかな、という気にさせられます。
>いや、気配としてしか感じられないのですから、「気のせい」で間違いないのですが、「気のせい」って、「そういう気がしたけど、勘違いだよね」という意味まで含みますね。
>その言葉に引っ張られているのか、偽駅員たちは、オドオドしつつも何もなかったかのように、縮こめていた背筋を伸ばし始めます。しかし、目の前にいるのは変わった風体のホームレスといえども、竹光は手にあります。威圧感が萎んだからまるで脅威が無くなったように感じてしまうでしょうが、まだ安全ではありませんよ。
着物の男: 腹が減っては戦はできぬと言うが……念入りに押してみるか。
>呟いた直後、振り下ろされる竹光。刀の先は地面を向いていたのですよ。それが一瞬で上げて振り下ろされる。いや、普通の動きではありますが、流れるように自然なせいで、思わず見入ってしまいます。
ポッチャリ: キャッ!
>女の子のような悲鳴をあげる偽駅員ポッチャリ。そう言えば、昔、従姉が言っていましたが、「驚いた時に可愛い悲鳴を出すのは練習しておかないとできないよ。じゃないと、『うおぉおぅ!』とオッサンみたいな声を出しちゃうからね」と言っていました。それが女子一般に言える事なのか、従姉限定の問題だったのかはわかりませんが、少なくとも偽駅員ポッチャリにとっては、意識せずに「キャッ!」と言えるようですね。
>意識がないのは、悲鳴だけではありません。偽駅員ポッチャリは目を閉じて、顔を背けていましたが、体は偽駅員ノッポの前に一歩踏み出し、両腕を斜め上に伸ばしていました。その両手に握られていたのはロープ。結果、ロープは振り下ろされた竹光を受け止める形になっていた。
着物の男: 咄嗟の身守り。やはり、月の民の遺物か。
>クルリと竹光が宙を周り、鞘へと戻される。と表現すると、まるで竹光がひとりでに動いたようですが、そうじゃありませんよ。ちゃんと侍の手による動きです。しかし、それが余りになめらかなので、竹光に命が宿っているように見えなくもありません。……背景を幾らか知る私たちには、事実、そうであるようにも思えますね。
着物の男: されば、拙者に裁く権利なし。
♯ ぐぐぅ。
>着物の男は袖へ両腕を引っ込めるとブルリと体を揺する。そう言えば、今は冬真っ盛り! 真っ盛り草男……とか言うと、また怒られそうになるから、これ以上は深入りしません。でも、皆さんは気に入っていただけたら、「真っ盛り草男」を使っていただいて結構ですよ。
着物の男: さりとて、ぬしらに詮議の謂われが無いわけでも無し。後は……
♯ ガタンゴトン、ガタンゴトン……
>橋の上を電車が通ります。今回は遠い側の線路の上を通ったので、光る窓がこちらへ降ってきません。が、侍は目を細めると、過ぎ行く電車を見送る。
着物の男: 噂をすれば影、か。……しからば、御免!
>クルリと背を向け去っていく侍。え、最後まで言わないの? 「忝い」の一言は? ねぇ、忝い侍さーん!
♯ ザバーン!
>大きな水音! 立ち上る水柱。
>終始、ポカンとするかビクビクしどおしだった偽駅員の二人は、今度もポーカンからビクッと川へと向き直る。しかし、夜の闇の中では、水柱が静まろうとしているのは見えないはずだ。
ノッポ: な、何だ、今のは?
ポッチャリ: ……ホームレスさんの縄張りに踏み込んだから――
ノッポ: ――いや、そっちじゃなくて、今の音だよ! ……いや、そう言えば、あのホームレス? あれも分かんねえな。あれは何だ?
ポッチャリ: ……誰かが電車の窓から何か川へ投げ込んだのかな?
ノッポ: 今度はそっちかよ! まあ、いい。……何かって、結構大きい音だったよな。ブロック塀でも投げ込んだのか?
>意味は伝わっていると思いますが、塀を投げ込むのは無理だと思うので、ブロックの方を指しているのだと思います。
ポッチャリ: ……でも、思い出してみたら、電車の通過からズレがあったね?
ノッポ: 直接投げ捨てたんじゃなくて、上へ放り投げたんじゃねえか。だったら、ズレがあっても……
>言っている最中で、自分でもおかしいと思ったようで、偽駅員ノッポの発言が止まります。
>確かに、電車の通過から水音まで間がありました。十数秒というレベルだと思います。日常では、「一瞬」とすら表現される事もある短い時間ですが、物が落下する時間としては長いです。……はい、今、大まかに計算してもらったところ、数百メートルのスケールになるそうです。上りと下りで距離は二倍になるから、少なく見積もっても百メートル高く打ち上げなくてはいけません。ホームラン級です。電車の窓からホームランボールが打ち上げられるはずはありません。まして、野球ボールよりずっと重いと思われる音でした。
>あ、最勝寺メモです。なになに……。「電車からと考えた場合、電車の進行方向の惰性も考える必要がある」だそうです。……あ、そういうことですか! 今、スタッフが軽く図示してくれましたが、橋に差し掛かるかなり前から打ち上げないと、川に物が落ちない、という意味ですね。あるいは、川の近くに差し掛かった所からなら、電車の進行方向逆へ打ち上げて相殺させないと、川に物は落ちないです。
>はい、不可能ですね。そこまで弾道計算に優れている存在として、ゴツゴウ・ユニバースにはノーパン刑事がいますが、彼にしても、打ち上げる質量に関してはきっと限界を超えています。
>というわけで、電車の窓から何かが投げ落とされた説は否定されます。……改めて考えてみたら、この手の考察はこちらがするべきではなかったのかもしれません。例えば推理小説って、この部分を読者が楽しむものですからね。そして、本編の後で出てくる解説部分と答え合わせをしてほくそ笑むものですが、生憎うまくいくは限りません。
>読者が作者の知識を上回っている場合は特に、推理したとおりに話が展開しない可能性があります。今回の事例で例えるなら、石を橋に差し掛かる前から投げ落としたのが真実、となる展開ですね。読者が、「いや、タイミングが難しすぎるから無理だって!」と諫めてもその声は届きません。作中では、投げ落とされてから着水するまでの時間が長すぎたとか、落とした石の量に対して水柱が大き過ぎたとか、が考慮されずに話が進むわけです。
>結果、賢明な読者は醒めちゃって「つまんね」となるわけです。ちなみに、当番組も開始直後にはそういう心の声が届く、というか殺到していましたが、三話目くらいから激減したので安心してください。きっと、最勝寺先生のクオリティが安定したからですね!
>読者が作者の能力を超える問題は、不可避です。生徒が教師の能力を超える問題と同じく、日常的に起きています。だから、もうとっとと諦める、というか、開き直るとして、他の推理小説を書く上で気を付けておくべき事柄について考えましょう! 「なろう」に来られている方は書き手に回られている方も多いでしょうから、興味のあるテーマではないでしょうか?
>昔、付き合っていた女性に一人読者好きの方がいました。彼女はある時、有名国公立大出身の人が書いた太い本を読んでいました。タイトルは覚えていますが、伏せておきます。で、その本は彼女の言を借りれば「推理小説でしちゃいけないことを全部やっていて……」だそうで、それでも最後まで読み終えた彼女は「私の四時間返せ!って、腹が立った」と大層ご立腹でした。私は――っていうか、えーと、友達、というか、実はスタッフの体験を臨場感を出すために一人称としてお伝えしたのでした。……ホントですよ。
>ともかく、そのスタッフは「これ、いつか俺についても思われるんだろうな」と怖くなり、その女生とは疎遠になったそうです。誰しも「時間の無駄!」と思われたくないですね。……あれ? 納得感が押し寄せてきますね。「まさに脱線話が、時間の無駄!?」……進めましょう。
ノッポ: ま、そんなことはいいか。
>こ、これは私の脱線話についてではなく、水柱についての発言ですよ。
ノッポ: それより、さっきのは何だ? 切られてくるのを受け止めていたが。
>この発言、助けられたのにどこか責める色が含まれていますね。
ポッチャリ: い、いや、僕もわからないよ。必死だったからな? 身体が勝手に動いていて……。
ノッポ: ……だよな! 護身術やっているのは俺の方だし、昔から俺がお前を庇ってやってたんだから……まぐれみたいなもんだ。
>今度はマンウントを取りに行くような雰囲気。これは、体格的にも常にノッポの方が上から目線の関係のようです。
ポッチャリ: う、うん。
♯ ザバッザバッ……
ノッポ: そうそう。お前が俺より先に行くなんて十年早いつーの。
♯ ザバッザバッ……
>徐々に近づいてくる水音に気付き、偽駅員の二人は息を止めると川の方を向く。そちらには、確かに月明かりの中こちらに近づいてくる人影があった。
ポッチャリ: た、た、タカシくん。な、何かいるよ!
>怯えてノッポに縋りつくポッチャリ。ノッポの方も怯えていたようだったが、頼られると不思議と背を伸ばす。虚勢かもしれないが、これはこれで勇気と言えよう。そして、侍が去った後、一旦切っていたスマートフォンの照明を再稼働させ、そちらに向ける。
>照らし出された人は……えーと、あの人なんですが、うーん、これはどう説明したらいいのでしょうか? ……とりあえずありのままに見えている事を話すぜ。
>まず、この夜の暗闇にあってもやっぱり掛けているバイザー型のサングラス。そして、闇に溶け込む漆黒のボクサートランクス。もう、ここまで来ればあの人しか居ませんよね? しかし、体が変なのです。全体的に灰色のペイントがされているので、きっとナントカ・ミラージュだと思うのですが、何を模しているのかがわかりません。灰色のボディに縦方向へ黒い皺が幾筋も描かれ……うーん、これは濡れた結果による液垂れかもしれませんね。だけど、この絵、どこかで見た気もします。何なのでしょう?
ノッポ: 止まれ! な、何者だ?
>いつもはなかなか空いてから名前を聞いてもらえなくてこちらがやきもきしますが、今回は早いですね。そりゃまあ、誰しもこんな風に近づかれたら同じ質問を投げかけます。
>言われて止まる、パンツの男。お、もしかすると数少ない「止まれ」と言われて……あ、違うや。あれは「『待て』と言われて止まる逃亡者などいない」説でしたね。「止まれ」ではありませんでした。
>パンツの男は両足の間を肩幅に広げ、軽く腰を落とすと、右手の人差し指を偽駅員の二人へ向ける。
パンツの男: 私は、文明の善玉コレステロール!
>謎めいた宣言の後、パンツの男は右手の人差し指を天へと向ける。
パンツの男: パァァアーーーンツゥゥウウ……
>天に伸ばされていた右手が、稲光のように左右に振られて下がり、右腰へ払われ、同時に人差し指が立った左手が前へ突き出される。
パンツの男: ……イッチョマン!!
♯ バン! バン! ババンッ!!
>左、右、正面の三連ズーム。正面ズームは若干のリピートを含むズ多重ズームだ!
♪ チャラッチャラッチャッチャッチャラー(デケデケドンデケデケドン)
(略)
♪ パァアンツーー(チャッチャー)イッチョマ~~ン!
>パンツイッチョマンは、前へ突き出していた左手の角度を変えると、立てていた人差し指を偽駅員の二人へ向ける。……いや、「二人のうち、どっち?」と言われましても……あ、もしかして今の質問を投げかけた方、「話す時は相手の目を見て話なさい」と言われても「じゃあどっちの目なの?」と思うタイプですね? ……言われてみたら、私もどちらの目を見て話しているんだろう。利き目ってありますけれど、握手と違って利き目同士見つめ合わないとうまくいかないわけでもないですからね。……たぶんどっちもかなぁ。というわけで、指摘に従って表現を一部修正しましょう。
>パンツイッチョマンは、左手を傾け、人差し指を偽駅員の二人辺りへ向ける。
パンツイッチョマン(以降、「P1」と表す。): どうやら、貴様らが巷を騒がせているGCのようだな。
ノッポ: え? GC!?
ポッチャリ: ガスクロの事かな?
>偽駅員ポッチャリがボソボソと偽駅員ノッポへ話し掛けるが、すぐに否定される。
ノッポ: ガスクロって、何だよ?
ポッチャリ: ガス・クロマト……気体分析の……
ノッポ: ンなわけ、ねぇだろ! ……GCって何だよ?
P1: Ghost Conductorだ。
ノッポ: ん? ゴースト、コンダクター? どういう意味だ?
>最後の一言は、偽駅員ポッチャリへの小声の質問だ。が、パンツイッチョマンは皆さんご存知のとおり地獄耳だ。
P1: 亡霊車掌。
ポッチャリ: そうだった。車掌! あ、当たっている。
>偽駅員ポッチャリは自分の衣装を見下ろすと、また相方にヒソヒソ話す。
ポッチャリ: もしかしたら、あの人も通なのかな?
>偽駅員ノッポもヒソヒソ声で返す。
ノッポ: いや、だったら俺は運転士だし。……そういや運転士って何だっけ?
ポッチャリ: ……えーと、Mで始まったはずだよね。
P1: motormanだな。
>当然のごとく、仲間同士の会話に割り込むパンツイッチョマン。
ポッチャリ: ああ、そうだった!
ノッポ: あ、はい。
>思い出して少し嬉しそうにしていた偽駅員ポッチャリは、偽駅員ノッポが対応に困っているのを見て、同じく萎縮する。しかし、我らがパンツイッチョマンはやっぱりいつものフロントラットスプレッド風の大きな態度だぞ。
P1: 鉄道は文明にとっての大静脈。それを乱し不整脈を引き起こす行為は、文明への脅威。見過ごすわけには、いかん!
>言っていることは意味不明だが、妙な威圧感だけは凄まじい。いや、意味不明だからこその威圧感かもしれない。またもたじろぐ偽駅員の二人。偽駅員ノッポは、偽駅員ポッチャリをタップする。
ノッポ: おい、行くぞ。ロープを貸せ。
>偽駅員ノッポは、もう視聴者の方の大半が忘れていただろう、スリッパをポケットにしまい――ええ。ずっと握ったままだったんですよ。ちなみに、もう片方の手は照明利用のスマートフォンですね。はい、こちらは覚えていた方が多数ですね。――空いた手で、偽駅員ポッチャリがぶら下げいるロープを渡すように促す。だが、偽駅員ポッチャリはその手を差し出すどころか、むしろ少し遠ざける。それに偽駅員ノッポは苛立った声を出す。
ノッポ: おい、ヒロシ! 別の駅に飛ぶぞ! 早くしろ!
>あ、ちょっとすいません。ここで一時停止です。……ああ、なるほど。そうだったんですね。
>偽駅員の二人が現れた時、「七翡翠駅」と言っていたのを覚えていますか? それについて調べてもらっていた回答が今届きました。この資料によりますと、鉄道がまだ新しい交通機関だった頃は、河川舟運も利用されており、というかむしろそちらが主流でして、それとの接続、荷移し作業の駅として、「七翡翠駅」がこのあたりに在ったそうです。しかし、物流が大きく変わり利用率が大きく低下。川の浚渫作業も滞るようになり、駅は廃止されました。今ではその跡地を示す標示が残るのみ。……はい、暗くて今は見えないですね。
>どうですか? 気になっていた方はスッキリしましたか? ……気にしていなかったから、脱線感しかない? ……では話を戻しましょう。
ポッチャリ: ダメだよ、タカシくん。駅弁、食べられていないから……。
ノッポ: バカ、何言ってるんだ! 駅弁なんか、後で食べられるだろ。今は飛ぶんだよ!
>怒鳴られるように話しかけられているのに、偽駅員ポッチャリは地面に視線を向けたままだ。パンツイッチョマンはさらに近づいて、もうあと一歩踏み込めばイッチョマン・スラップの間合いに入る距離にいた。
>勘違いされる方がいるかもしれないので、詳細に説明しておくと、例えば「パンチの間合いに入った」と表現されると、パンチの届く範囲=リーチと同じだ、と受け取る方がいます。そういう場合もありますが、通常、攻撃は踏み込みの一歩が合わさらないと威力も出ないですから、今回のイッチョマン・スラップの間合いも踏み込みます一歩を含む距離です。だから、歩幅だけで説明すると二歩分になります。……だったら、最初からそう言えよ、という意見も聞こえてきますが、歩幅だけだとイッチョマン・スラップの脅威を示せないでしょ! だから、こういう表現でもいいんじゃないでしょうか。
>少し離れた場所から、フロントラットスプレッド風の姿勢で見守るパンツイッチョマン。普段は自分勝手というか自分のペースで進める強引な方ですが、こういう時は意外に待ってくれますよね。そういう予測不明な部分もまた怖い人です。
ポッチャリ: ……だから、無理なんだって。……だって、『出発進行!』しているのは僕なんだから……。
>顔を上げないまま告げる偽駅員ポッチャリに、偽駅員ノッポは愕然とした表情を浮かべる。
ノッポ: いや、あれは俺たち二人の技だろ!
ポッチャリ: 僕の力だよ。ロープを持ってもらう意味はあるんだと思うけれど、それはタカシくんじゃなくても誰でも良い。
>そこで偽駅員ポッチャリはようやく上目遣いで偽駅員ノッポを見る。
ポッチャリ: 本当は、運転士も僕だったんだ。
ノッポ: そんなわけ、あるか! だって、お前は、いつだって俺の……
>偽駅員ノッポはまるで殴りかからんばかりに偽駅員ポッチャリを掴み、激しく揺さぶる。
ポッチャリ: もう、疲れたよ。いつもいつも、タカシくんを押し上げたり、後始末したりするのを……。
>偽駅員ノッポは、衝撃を受けたように、手を離す。
ノッポ: お、お前、いつもそんな風に俺を見ていやがったのか?
ポッチャリ: だって、タカシくん、中身が無いじゃん。鉄道マニアの振りしているけれど、ちっとも覚えないし、間違っているし。他の人たちと会った時にフォローするの、大変だったんだから。
>全く身に覚えもない訳でもないようで、偽駅員ノッポはよろめくように一歩下がる。
ポッチャリ: この制服だって、僕が作ったじゃん。タカシくんは細かいところ知らないんでしょ?
ノッポ: でも、金は払ったぞ!
ポッチャリ: 材料費ね。衣装代とは言えないよ。
>なんだか予想しなかった方向に張り詰める空気。そしてこういう空気に馴染まない半裸の男がそこにいた。
P1: ほほう。仲間割れか。
>期せずして、同時に二人の視線がパンツイッチョマンに向けられる。
ノッポ: うるせぇ!
>怒り任せて怒鳴り声を浴びせる偽駅員ノッポ。そこでハッと気付いたように目を開くと、その目が座り、口元に不適な笑みが浮かぶ。
ノッポ: だったら、俺が、こいつを追い払ったら、俺の力を認めるな?
>偽駅員ノッポがチラリと見るが、偽駅員ポッチャリはまた視線を落とした。いつも抑え込まれていた関係からついに口答えをしたようだが、すぐに二人の関係が覆るわけはない。むしろ、言ってしまったことが気まずいみたいだ。
ノッポ: やってやるよ! 俺は……役立たずじゃない!!
>ポケットからスリッパを取り出すと、それを振り上げ、パンツイッチョマンに向かっていく偽駅員ノッポ!
P1: イッチョマン・スラップ!
♯ パチン! ……ドサッ。
>うん、そりゃあそうだよね。もしかしたら、これまでパンツイッチョマンに挑んだ敵で最弱かもしれない人ですからね。一般人は、パンツイッチョマンくらいのレベルから見ればドングリの背比べなんでしょう。だから個々の強さは同じとすれば、差が出てくるのは、やる気と元気と――いや、語呂から「元気」と言っちゃいましたが、元気は関係ないですね。……いや、関係なくはないですね。元気は前提条件として必要です。でも、これまでの敵はみんな元気だったはずなので、比較する上では無視できます。あと、差が出てくるのは武器です。そして、今回のそれはスリッパです。素手よりほんのちょっぴりリーチはありますが、クリティカルヒット率はかなりマイナス補正が掛かりますね。というか、仕様化するなら、「クリティカル時、ダメージは増えないが、『パコン』と良い音が鳴る」になりますね。はい、やはり強くないです。
ポッチャリ: あぁ、タカシくん。
>気まずい雰囲気になったが、さすがに仲間が倒されると無視できず、駆け寄る偽駅員ポッチャリ。そこににじり寄るパンツイッチョマン。既にフロントラットスプレッド風の姿勢に戻っているぞ。
ポッチャリ: ごめんなさい、ごめんなさい。もうしません。
>早口に唱えると、ペコペコと頭を何度も下げる偽駅員ポッチャリ。
P1: ふむ。反省しているなら、それで善し。しかし、その技、封じさせてもらうぞ。
>何やら不穏なセリフを放つと、パンツイッチョマンは倒れている偽駅員ノッポへと覆うように身を寄せる。近寄って、偽駅員ノッポを軽く揺さぶっていた偽駅員ポッチャリは、すぐにその身を引く。
P1: イッチョマン・スラップ!
♯ ペチン。
>これは! マニアの間では「イッチョマン・スラップ タイプP」という呼び方がな最も普及している、気付け効果のあるイッチョマン・スラップですね。……あ、やっぱり偽駅員ノッポが意識を取り戻しました。
ノッポ: う、うう~ん。
>小さく首を振りながら目覚めた偽駅員ノッポは、上半身を起こすと、頭を掻こうとして被っている帽子に気が付いた。それを直しながらぼんやりした目で周りを見回し、近くに立っているパンツイッチョマンを認めると、目を見開き、身を引く。
ノッポ: ひっ!
>スリッパ片手に挑んだ記憶まで戻っていたかはわからないが、そんな記憶が戻っていなくとも近づきたくない、安定の忌避感。同じように怖がっている偽駅員ポッチャリも側に立ち、偽駅員ノッポの肩に手を置く。
>パンツイッチョマンは手のひらを上に向けて左手を前に出すと、ひらひらと上下に振る。立ち上がれ、という手振りだ。偽駅員ノッポは動けなかったようだが、言うことを聞かないと自分も平手打ちされかねないと怯える偽駅員ポッチャリが、仲間を引き起こす。
>偽駅員の二人が立ち上がると、パンツイッチョマンは両手を前後に広げて軽く腰を落とす。ん? いつもなら構えといえばハの字の構えですが、これはまるで、波に乗っているサーファーのようですね。それよりかは腰の位置は高いですが……あれ? でもこの構えどこかで見たことありますね。どこだったかなぁ。
P1: イッチョマン・……スピン!
>えっ! あれですか! 少しの溜めからの宣言。そして、一本足でクルクルと回転が始まります。何が起きているかわからない偽駅員の二人はポカンと見守っていますが、私は安全な場所から見ていているのに、思わず周囲に身を隠せる場所はないか、防御できる盾のような物はないか、探してしまいますね。
♯ ピュッ、ピピッ、ピピピピ……
>ああっ、やっぱり。パンツイッチョマンの体から塗料が飛び散り始めます。灰色ベースに縦の皺? 結局、何の変装だったのかわからないまま、その絵が乱れていきます。……あ、スタッフの中から思いついた者がいました。今、スケッチブックに書いているので、しばらくお待ちください。
>その間、何か音楽を掛けましょうか。今回は電車がテーマですから、ジャズで有名な『A train』なんか――あ、もう書けました? 「電車の連結部」? ん?どういう事? ……あ、わかりました! 電車の車両の連結部の蛇腹部分ですね! 確かに、アレっぽいですね。
>で、あれば、次のようなシーンがあったのかもしれません。
>隣の車両へと移ろうと、車両端の扉を開けて、女性が狭い通路を抜けようとしたその時、電車が少し揺れ、その女性がバランスを崩します。
女性: あっ!
>とっさに伸ばした両腕。それだけでバランスを取り戻した女性はホッと表情を緩めますが、すぐにそれは訝しげなものに変わります。伸ばした右手の先に何かが触れたのです。蛇腹になっているシート壁とは全く違う手触り。それはまるで人のような……。
>よく目を凝らした女性に、おかしな物が目に留まります。目の高さにあるそれはまるでバイザー型サングラス……。
女性: キャッ――
>ようやく異常に気付いた女性が悲鳴を上げようとしたその時、狭い空間に疾風が巻き起こる。
P1: イッチョマン・スラップ!
♯ パチン!
>いや、ダメですって! ……いやぁ、我ながら臨場感溢れる描写に思わず声を掛けてしまいましたが、今のはあくまで私の想像です。実際にそういう事は起きていま……いや、本当は起きているかもしれませんが、それだったらそれでどう処理すべきが困るので、調べるのは止めておきましょう。
>さて、イッチョマン・スピンによる塗料飛ばし攻撃は、夜の闇の中では最初認識されていませんでしたが、液が顔に飛んだことでようやく認識されます。
ノッポ: ん? 何だ? ……え! 服に斑点がっ!?
ポッチャリ: え? 本当だ! いや、汚れたら困る!!
>背を向けて逃げる偽駅員ポッチャリ。すぐに偽駅員ノッポも後を追います。しかし、後を追うのはパンツイッチョマンも同じだ。イッチョマン・スラップ・タイフーンで、回転しつつ移動するのにも慣れているので、駆け出した二人に難なく追随する。
偽駅員: うわーっ! うわーっ!
>追ってくる人間竜巻に、右へ左へと逃げ惑う偽駅員の二人。やがて、バラバラに逃げれば良いと気付き、それぞれの方向へ走り去る。
>そうして、ようやく止まるパンツイッチョマン。いつものように、塗料の剥がれ方は不完全で見苦しい。逃げ去った偽駅員の二人の衣装は、既に、さすがのゴツゴウ仲間ユニバースの人であっても気付かないわけがないほどの汚れが付着していた。満足そうに頷いたパンツイッチョマンは、偽駅員の二人とは違う方向へ走り去って行った。
♯ アチューッ!
>え? 何ですか、今の音は? え? くしゃみの音? じゃあ、パンツイッチョマンですかね? 考えてみたら、真冬に河に飛び込んで出て来たんだから、そりゃあ寒いよね。 次回、風邪を引いてなかったらいいんですけど。……っていうか、やっぱりそのスタイルに無理があるんだと思いますよ。
>結局、鉄道業界を騒がしたら謎の駅員事件はどうなったのか、と言いますと、今回みたいに消化不良のままフェイドアウトしていくのだと思います。では、次回予告のおじさんを呼んでみましょう!
《次回予告》
ついに突き止められた
パンツイッチョマンの弱点
張り巡らせられる罠
迫る最強の刺客
次回『白雪舞う聖夜の決闘』
パンツ洗って、待っときな!




