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運転手は君だ、車掌は僕だ 4

ナレーター(以降、「>」と表す): 一線を越える。改めて考えると、意義深い言葉ですね。一般的には、「取り返しのつかない事をした後」で使われることが多いですが、世の中、一線を越える内容がたくさんあります。

>例えば、物事の習熟(しゅうじゅく)。もっと具体的に例えるなら、自転車の乗り方がわかりやすいでしょう。乗れるまでは幾らか苦労しますが、一旦乗れるようになるとそれがずっと続きます。もちろん、乗れるまでの過程や乗れた直後もふらつきが出る、などの段階は多少ありますが、基本的には乗れるか乗れないか。ゼロかイチです。出るか、出ないか、です。……いや、桜ちゃんは毎度出るか出ないかをやり直すパターンでちっとも一線を越えていないので、ちょっと違いますね。

>えーと、長崎出身の方から「自転車で例えられても良くわからない」という声が届きました。坂道ばかりの土地だから、自転車の利用が普及せず、大人になるまで自転車に乗れない方が結構いるそうです。……では、逆上がりなんかではどうでしょうか? あれもできるまでは大変ですが、できるようになったらもうできるばかりになる。成功率五十パーセントの状態が長く続くような事はありませんよね? ……え? 子供の頃はできたのに、親になって子供に教えようと思ったらできなくなっていた? ……それは体型の変化のせいかなぁ。体重が増えて、お腹周りの肉が増えるともう腰を鉄棒に引きつける力が出せない、という……結構、起こりえる事態ですね。別の例を考えてみましょう。

>あ、あれはどうかな? だまし絵とか隠し絵とかいわれる絵についてです。有名なところでは、(やぶ)に見えていた斑点が、よく見ると犬の模様に見える絵ですね。あれも、一線――ここでは犬に見えると、もう(やぶ)にしか見えない状態には戻れません。元の感覚に戻ろうと思っても、犬の存在が無視できなくなってしまうんです。これは大学の時に心理学の先生が言っていたから間違いない――あ、ここで最勝寺メモです。

>「保紫先生は、似たような絵について『ボーっとしていたら、またわからなくなるんだよねぇ』と言っていた」そうです。え? 先生は「絶対見えなかった状態には戻れない」と言っていたので、それって脳科学的におかしいんじゃありません? ……何事にも例外って存在するんですね。


>というわけで、一線を越える、ですが、今回はあの「(なぞ)――」というか「(にせ)駅員」についてです。それまでは(もっぱ)ら本物の駅員と同じ行動を取って本物に馴染(なじ)んでいたのですが、警報機を鳴らして以降、行動がどんどんと大胆になってきているのです!

>と、その前に、あの警報機事件について、世間の反応をお伝えしておきましょう。

>大都会東京でも有数のハブ駅での警報は、全国区のニュースになってしまいました。……「ああ、あるある。地元にはちっとも関係ない話題なのに、キー局が東京だから東京の話題を全国ニュースに載せてくるやつね」と東京中心主義に対して辟易(へきえき)としている声が届いてきましたね。一方で、「地方なのに東京の話題が知られて『いつか上京しよう』ってやる気が湧いてきました」という声もあります。……えー、今は関係ないので両方無視しましょう。

>あの事件は、警報機の故障という線で一応まとまりつつあります。が、裏ではイタズラなのでは、という説も流れています。それが大々的に広まると、何も自爆テロをしなくても都市機能を一時的にマヒさせることはできるんじゃねえか、という事実を意識する人が多くなってしまうので、敢えて伏せられているんですね。ですから、皆さんもこのあたりの情報について他の方と議論を深めないでくださいね。

>が、本当はさらに原因ははっきりしており、監視カメラで「駅員らしき者が警報機のボタンを押した」という映像が残っていました。これは「警報機テロを認識させない」という問題に加えて「駅員に対する不信感を持たせない」という観点から、秘匿(ひとく)されました。

>子供達にはショックなことかもしれませんが、世の中、真実が一番なのではないのです。「真実はいつも一つ!」かもしれませんが、……いや、少なくともゴツゴウ・ユニバースでは一つとも限らないのですが、一つであろうとなかろうと、最優先であるべきだと満場一致で決まった対象ではありません。闇に葬るべきものは葬るべし、なのです。

>はい、隠蔽(いんぺい)体質ですね。なお、インペイは、ナントカペイの一員のようですがIC決済とは関係ありません。


>では、具体的に偽駅員がどういう行動をとるようになったか、幾つか例を示してみますね。


>まずは、サラリーマンのふらり立ち寄り飲みが似合う……あ、地名は避けた方がいいですか? 迷惑が掛かりますからね。……えーと、飲み屋街が広がる某所の最寄り駅での出来事です。酔っ払いがいるのは毎晩の事なのですが、中には暴力的な人もいます。そういった人はごく一部なのですが、悲しいことに利用客が多いので、これも駅員にとっては毎晩のように起きている事件です。

>だから、回送に変わった電車内や駅構内のベンチで寝たままの酔っ払いには関わりたくないのですが、車掌や駅員はそういった人に声を掛けて起こさなくてはいけません。そして、何パーセントかの人はそこで暴力スイッチが入ります。「放っておいてくれ」「ここは何処だ?」などと言って、近寄ってくる人を排除しようとする。今回は、「知らない場所まで連れてこられた」という難癖をつけてくるオジサンでした。


駅員: ちょ、ちょっと離してください!


酔っ払い: うるへぇ。ととっとっと、ウチへ帰せ。このやろー。


>酔っ払いは座っていたベンチから駅員に(つか)まっていた。もしかしたら、そのまま立ち上がろうとしているのかもしれないが、巻き込まれている側からすると、引き倒されそうな行動にしか取れない。


偽・駅員: こら、暴力反対!


♯ パコン


>振り抜かれたスリッパが、酔っ払いの頭を(はた)いた。酔っ払いは反射的に叩かれた頭を触り、結果、(つか)まられていた駅員が解放される。


酔っ払い: い、いでーな、おい。てめぇこそ、暴力ふるってるんじゃねえか。


偽・駅員: うるせぇ。先に手を出したのはそっちだろ! 正当防衛だよ!


酔っ払い: せ、生徒と亡霊!?


正・駅員: いや、正当防衛です! 学園ホラーものは関係ありません。って、いうか、あなた――


>つい、酔っ払いボケに対してツッコミをしたばかりに、正・駅員が振り向いた時にはもう偽・駅員はその場を離れようとしていた。


偽・駅員: では、後はよろしく。


>しっかり敬礼をして、人ごみに紛れていく偽・駅員。もちろん、その後残された二人が丸く収まるわけがなかった。


>次の例、行ってみましょう。今度は電車内の連結部扉の近くでの場面です。その座席に若い男女が座っていたのですが、人目をはばからずイチャイチャと……というか、男が女性の胸のあたりを(つつ)いたり、太ももに手を伸ばしたりして、それが軽く振り払われるという行為が続いていました。周りの乗客は目障りだなと思いつつも、注意をしない。それが都会の流儀です。

>無関心無感動な都会って(すさ)んでいるのね、とお思いの地方の方もおられるかもしれませんが、冷たいという話ではなく、自衛の為なのです。注意した相手がアブない人でない保証はなく、というか、表面上大人しくてもそういう人は少なくないので、自分が実害を(こうむ)らない限りは干渉しないのが、都会の流儀なのですね。……結局、都会は(すさ)んでいるってこと? ……えーと、はい、(おっしゃ)るとおりです。

>ですが、今回はこの場に割込みが入ります。この列車が、駅で通過待ちをしていたその時――


♯ パコン!


若い男: イテッ! 何すんだよっ!!


>顔を上げた先に立っていたのは、ヌルリと入って来ていた駅員(偽)。片手にはスリッパを持っている。


偽・駅員: 痴漢(ちかん)は犯罪です!


♯ パチパチパチ……


>向かい側に座って、露骨(ろこつ)に二人を眺めていた白髪の女性が、「お見事」と言わんばかりに拍手をしたが、若い男に(にら)まれて、その手が止まる。


若い男: いや、痴漢(ちかん)じゃねえよ。カレシだよ!


>そう。周りの人が注意できなかった理由の一つが、二人は知り合い同士なんだろうなという言動をしていたから、でした。基本的に女性は防御行動しているようだが、それはちょっとした攻防を楽しんでいるようにも見えなくなかった。少なくとも、男はそう考えているようでニヤニヤ笑って楽しんでいた。

>カレシ発言に、偽駅員は「しまった」という顔をしたが、そこに援軍が現れる。拍手をしていたお(ばあ)さん――ではなく、カノジョの方である。


若い女: カレシじゃねーし。


若い男: え?


若い女: だから、カレシじゃねーし。


若い男: でも、今日……


若い女: デートつっても、それでこれからを決めるつもりだったの。で、アンタとはない、と思っていたところ。


若い男: な、……じゃ、じゃあ、今日、おごった分……


>二人の言い争いが続く中、偽駅員は列車から降りる。直後、扉が閉まる。拍手をしていたお婆さんが窓越しに手を振る中、偽駅員は敬礼で出て行く列車を見送る。列車内の乗客は「痴話(ちわ)喧嘩(げんか)は降りてからやってくれよ」とうんざりとした顔をしていた。


>あ、意外と色々面白い場面があるんですね。もう一つくらい拾ってみましょうか。……はい、これなんかどうかな?


>駅員に文句を言っている若者。内容は「電車がいつになったら動くんだ」というものですね。どうやら、人身事故で目当ての電車が止まってしまったようです。

>しかし、都心の電車で通勤通学している者にとって、突然の事故によるダイヤの乱れは日常茶飯事(さはんじ)。電鉄側も、縦横に走る鉄道網を相互利用して、追加費用の不要な乗り換えシステムが確立されています。このカバー範囲は電車だけでなくバスまで含みます。ゆえに、事故による被害はよほど多重で起きない限り、致命的なものにはなりません。

>だから、事故によるダイヤの乱れで駅員に文句を言っていると、「あ、こいつ田舎者だな」と見られる可能性が出てきます。これから上京して生活するつもりの若い人たち……いや、若くなくてもいいですね、この際。老いも若きも、新東京人になろうという方たちは、電車の事故に遭遇(そうぐう)しても取り乱さないようにしましょう。ただし、事故が起きた列車に乗っていた場合はもう仕方ありません。線路途中なら代替運行なんてできませんから、大人しく待っていてくださいね。


正・駅員: 申し訳ありません。再開の目処(めど)が付き次第、放送いたしますので――


若い男: だから、その再開のメドっていつ付くの? 復旧までどれくらい掛かるかより先に、いつわかるかがわからないとこっちも行動できないでしょ? 早くしないと遅刻しちゃうんだよ!


>苛立っているのはわかりますが、要求している内容が無茶苦茶です。具体的な報告例を挙げると、無茶なのが良く分かります。「あと十分後に、復旧までに時間が見積もれますのでお待ちください」って、おかしいでしょ? ……ん? おかしく感じませんか? えーとですね。復旧までにかかる時間が見積もれて、ようやく目処(めど)がつくわけですよね。このタイミングは同時になるわけですよ。だから、目処がつく予定時刻が事前に分かるのは、ありえないわけではないですが、一般的ではありません。

>……「しかし、パソコンのファイル操作などで終了までの時間が予告されているから、事故処理も同じようにできるはずだ」ですか。……確かに、できる場合もあるかもしれません。ですが、そもそも皆さんがパソコン操作でよく目にする残り時間表示は、結構でたらめです。

>あの残り時間は、これまで処理した量と時間を目安に、残りの量を同じように処理した時間を計算して出しています。……やっぱりできるじゃないか、と思っている人がいますね。でもこれは、前提として「全ての処理が同じ負荷である」場合にしか成立しません。百のファイルがあるうちの一つを処理した時間の百倍が総処理時間として計算できますが、実は最初のファイルは処理に手間のかかるファイルだった場合、実際の総処理時間は予想より短くなります。逆に、最初のファイルが簡単に処理できて、後に処理に時間のかかるファイルがあった場合、予想時間より実際の時間が長くなります。

>という具合に、実際にやってみないと処理にかかる時間はわからない。予想は難しいのです。だからこそ、あのパソコンの残り時間はダイナミックに変動するんですね。

>はい。自発的に「読み飛ばしてください!」を実践した方が多かった事からもわかるとおり、駅員は先程のような内容をクレーマーに説明できません。途中で「わけわかんねーよ」と言われるのがオチというか、その前に説明しようって気が湧いてきませんからね。で、あるからして――


♯ パコン!


>お、また出た、スリッパ(はた)き音。しかし、今度は誰かの頭を叩いたわけではなく、自らの手のひらにスリッパを打ち付けていました。「はい、ちゅうも~~く」という感じですね。


偽・駅員: いや、こっちもね、さっさと再開したくても、警察の現場検証が終わらない限り始められねーんだよ。わかるぅ?


>これは、別角度からの説明! ちなみに、偽駅員が現れたのは、正駅員の後ろからです。まあ、見ようによっちゃあ別角度からの登場ですね。……え? そんな事を言ったら、登場は全部別角度に定義できる? ……そうですね。では、意味のない「別角度からの登場」表現は封印です!


若い男: え? え!?


>別角度からの説明は、納得したかどうかより先に、相手を困惑状態にする効果があるようだぞ。そこに偽駅員はさらに言葉を(たた)みかける。


偽・駅員: それとも、何かい? あんたもバラバラになった手足を集めるのを手伝って――


♪ チャラッチャラッチャーチャチャー(デケデケドンデケデケドンデン)……


>あ、ごめんなさい。パンツイッチョマンは出てきていません。全く予想していなかった凄惨(せいさん)な場面が出てきそうになったので、慌ててテーマ曲を流してごまかしました。普通の小説なら、まだセリフの中での残酷(ざんこく)描写(びょうしゃ)は構わないのかもしれませんが、音声多重(おんせいたじゅう)(略)活劇(かつげき)だと、視聴者の方の想像力が強化されているので、会話文の中での描写がNGゾーンに踏み込んでしまうんですよね。はい、当システムの弱点の一つですね。


>言うだけ言って、また正駅員から「っていうか、あなた誰ですか?」と問いただされる前に姿(すがた)をくらます偽駅員。


>と、まあ、偽駅員の出現が様々な場所で認識されるようになります。その言動を見かけた一般客、特に直接相手をした人からは「話し方が乱暴」あるいは実際にスリッパで頭を(たた)かれるという暴力を振るわれているので、もちろんクレーム案件となります。電鉄側はとりあえず謝罪しつつも、無関係であることを表明し、風評被害を起こしている謎の駅員を捕まえろ、という動きに出ます。

>しかし、それがなかなかうまく行きません。一つ目の理由は、謎の駅員をすぐに認識できない、ゴツゴウ・ユニバース問題です。

>「いや、だったら名札を見て、怪しい奴を探し出せるじゃん」というご意見のとおり、そういう動きもありましたが、まず問題がありまして、ゴツゴウ・ユニバースの首都圏の駅員は名札を付けていないんですよねぇ。昔はそうじゃなかったんです。これはある事件が起きたせいです。


>とある、名物駅員がいました。今で言うとおせっかいな人です。江戸っ子気質で、話し方も江戸弁丸出し。乗客相手にもズバッと物申す人でした。


名物駅員: かぁー! 迷惑(めえわく)だ。帰って(けえって)くれ。


>昔、飲食店でもいたガンコ親父タイプですね。地元では怖い人だなと思われつつも、当然「粋だね」と支持されてもいました。が、電子掲示板時代がやってくると風が変わります。「暴言駅員」として名指されて吊るし上げられ、同じように注意された者が、自分たちの過ちを(たな)に上げ、糾弾(きゅうだん)し始めます。駅に度々掛かって来るクレームの電話などは駅長が抑えていたのですが、ネット上で盛り上がってくるのはそれまで対応の経験がありません。直接被害(・・)()っていない人たちも騒ぎ出し、電鉄側は鎮火(ちんか)させるために、名物駅員の言動が行き過ぎていた事を詫び、当人を謹慎させます。しかし、火を点けた方はそれで止まりませんでした。名物駅員の個人情報が流出し、自宅へのイタズラ、家族への迷惑行為へとエスカレートしていき、最終的にその名物駅員は自殺してしまいます。

>今となっては、炎上させた方も初期の電子掲示板の盛り上がりだったから加減がわかっていなかったのだろうという見方ができますが、被害者にとってはそんなの言い訳にはなりません。本来はもっと守るべきだった電鉄側も大きなショックを受けます。そして、職員を守るために、それまで付けていた名札を外して業務をする、というシステム改革になったのです。


>結果、現場では多少混乱が起きます。例えば、新人の名前はなかなか覚えてもらえなくなりました。名札が付いていないから「えっと、あの人誰だっけ?」と思いながらお互い敬礼をしてすれ違う、という状況があちこちで生まれます。……が、ゴツゴウ・ユニバースの人たちですから、そもそも名札を付けていても見てない方も多くて、「まあ、多少、個人識別はしにくくなったけれど、問題ないかな」という感触で受け取られます。日常生活で他人の顔を見比べられない人たちばかりですからね。わからないのがデフォルトという感覚なんです。

>しかし、偽駅員が出現したせいで、再び名札を付けるべきなのではないか、という議論が生まれます。が、当時の悔しさを知る人が上司側に多く残っていたので、「今更どの(ツラ)下げて名札を付けられるってんだい」と反発が生じます。そこで生まれた第二案が、暗号応答です。

>「山!」と呼びかけられたら、すぐに「川!」と返す、みたいなやつですね。時代劇の忍者かよ! って思いますよね。……あ、思わない? 時代劇なんか見ませんか? というか、時代劇がそもそもテレビでは流れていない? つーか、テレビすらもう見ていない?

>いや、でも、世の中にはそういった時代劇で勉強をしている人がいるのです!

>そう、例えば、留学生のデイビッド・ノホホンダさんは、時代劇やコミックで日本に憧れてやってきた方です。視聴していた内容が(かた)っており、解釈(かいしゃく)も独自のものだったので、来日後は「思っていたのと違っていた」という落胆ばかりでした。例えば、アメリカに騎馬警官がいるくらいだから、江戸には騎馬侍くらいいるだろうと思っていたのに、乗馬している人が街中で見られず驚きました。それなら、海岸の砂浜なら白馬くらい走っているだろうと、江ノ島まででましたが、もちろん見つけられずガッカリしました。

>そんなデイビッドさんは、こっそりと駅員が「山」「川」と言い合っているのに気付いた時、感動しました。


デイビッド: おぉ! ジャパニーズ・ニンジャ!! 末裔(まつえい)がこんな所に!?


>まあ、本人も「そんなわけねえよ」とわかっていましたが、頭の中で線が繋がったのは面白い体験でした。そして、改めて見てみると、駅員の服装が何やら忍者の黒装束(くろしょうぞく)に見えなくも……いや、見えないですよね。


>一方で符丁(ふちょう)を言い合う駅員たちは負荷を感じていました。周囲に利用客がいる中で言い合うのは恥ずかしいので、なるべく人気(ひとけ)のないところで近づいてボソボソと言い合うのが基本です。逆に言うと、たくさん人がいるところでは偽駅員を(あぶ)り出せないのでした。

>さらに浅草では別の問題を抱えていました。

>大衆演劇の有名役者……あ、千両役者って言った方がいいですか? はい、その千両役者に「山川(やまかわ)蟷螂(とうろう)」という方がいるのですが、ある時、駅員の一人が「山」と言って、「川」と返ってきた後、「あ、『山川(やまかわ)蟷螂(とうろう)』たぁ、俺のこった!」と首をフリフリしながら答えたのです。山川(やまかわ)蟷螂(とうろう)さんのモノマネですね。ちなみに、山川(やまかわ)蟷螂(とうろう)さんは演劇の中の役名も「山川(やまかわ)蟷螂(とうろう)」がほとんどなので、決まり文句になっています。

>その返しが受けて、ちょっと駅員の間でブームになったのですが、そうなると最初に「山」と呼びかけた方が、最後の「山川(やまかわ)蟷螂(とうろう)たぁ」をやらないといけないので、「いや、面白いし、そういう流れだからやるべきなんだけど、進んでやるには荷が重い」となかなか切り出しにくく、まるで相撲の立ち合いのように、駅員の同士の間の探り合い、というか第一声の押し付け合いが生じる事態になったのです。これじゃあ、偽駅員の(あぶ)り出しは進みませんよね。

>運悪く、というか運良くなのか? その山川(やまかわ)蟷螂(とうろう)のモノマネをデイビッドさんは目撃していまして……はい、結構、気配を断つのがうまい方のようですね。


デイビッド: おー、ジャパニーズ・カブキ!?


>と大興奮! あ、大丈夫ですよ。言いながらも、「歌舞伎じゃねえよな」とわかっていますから、デイビッドさん。

>そういうわけで、偽駅員を見つけ出すのが進んでいないのですが、これだけ脱線した後で恐ろしいことに、まだもう一つうまくいかない大きな理由がありまして、それは偽駅員が割り込む状況から推測できるわかるとおり、「とは言っても、あの偽物は俺たちの言いたい事を代弁してくれているよな」という駅員さんたちの想いが、捜査の手を(ゆる)ませていたのです。実は、お化けじゃないか、という説がありましたが、実体を見た者が増えるにつれ、その説を信じる者が減っていました。しかし、その言動から、「俺たちの想いが実体化したんじゃねえか」という説に変わって、またお化け説が盛り上がってきています。その後、「追い詰めた後、消えた」という報告が上がって来て、さらにその説が説得力を増します。

>ちなみに、あのデイビッドさんも偽駅員が消える所を見ていて


デイビッド: おー、ジャパニーズ・ニンジャ! ノーノー、ゴースト! 幽霊ね!


>と大興奮。……これは「ちょっとマジかもな」と思っているようです。


>一方で、偽駅員の正体に近づいている者たちもいました。それは、()っちゃんの愛称で知られる鉄道マニアの方々です。彼らも鉄道のマナーを守らない連中をきつく叱る存在がいる事を早くから知り、独自のネットワークでその情報を共有していました。そう、「黒いフニャコ」と「白いフニャコ」の存在を早くから知っていたのがマニア、というのと同じですね。ゴツゴウ・ユニバースの人といっても、自分の興味のある対象への観察力は優れているのです。

>そして鉄道マニアは、一つの答えに行き着きます。「あれって、俺たちの仲間じゃね?」と。その答えは、次の問題を発生させてしまいます。「じゃあ、俺たちもああいった格好をすれば、同じことできるんじゃ?」と。

>幸い、偽駅員のコスプレは極めて精度が高く、いかにマニアとはいえ、基本は鉄道に興味がある人ばかりで衣装への造詣が深いわけではなく、試みられた幾つかの「駅員の衣装」はゴツゴウ・ユニバースの人にとっても丸わかりの粗雑品ばかりでした。だから、それで偽駅員が増殖して、見分けがつかなくなる事態にはなりませんでしたが、改札口で「いや、ちゃんと切符かICカード使って入ってね。あと紛らわしいからその服装止めていただけます?」と注意するだけでも数が増えると厄介です。


>そして、残念なことに「ユニフォームを着てしまえば本物と区別がつかないんじゃね?」問題は社会全体に広がっていきます。ゴツゴウ・ユニバースならではの事態なので、視聴者の皆さんはマネしないでくださいね。でも、例えば、運送会社の人の服装に似せて泥棒をしたら……とか、具体例を出したらいけないのですね。はい、気をつけます。


>そういうわけで、事件は意外にも社会問題化していったのです。電鉄会社だけでは止められない。鉄道マニアはむしろ混乱を助長している。これはもう、あの人の出番しかないですよね! っていうか、出てこないとこっちが困ります。なので、来週こそは出てくるように祈りましょう! ……えーと、無理そうならパンツをはいてない人の方でもいいから、いい加減に収拾を付けてください!

>では、また来週~~。

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