運転手は君だ、車掌は僕だ 1
ナレーター(以降、「>」と表す): 童話『こびとのくつや』でも有名なブラウニー。日本では座敷童。古い家屋には精霊が宿るという概念は東西を問わずにあります。しかし、基本的に寝起きする人がいない家屋ではない建物でも、毎日多くの人が行き交う場所であれば、時を経ると精霊が宿るものなのかもしれません。造られてから百年以上経つそこにもやはり人型の霊がいるのではないでしょうか?
>はい。勘の鋭い方ならサブタイトルからお気づきのとおり、そことは駅。夜になるといるはずのない駅員が現れるという噂が、主に駅員の間で広がっていたのです……。
>夏の夜に相応しい怪談を――あ、小泉八雲さんから「あたぼうよ。おいらが遺したのは『怪談』だろ?『怪談話』じゃねえよ」とお告げをいただいたので、当番組では「怪談」で統一させていただきます。……あ、はい。そうなんですよ、実は。異世界鑑賞万華鏡システムには、MODの追加で「いたこ交信システム」が追加できまして……えー、嘘です。小泉八雲からのお告げはなく、スタッフ会議で決まった方針です。
※注釈: 連載当時は真夏でした。
>……何の話でしたっけ? ああ、怪談らしいスタートが夏の夜らしいでしょう? ……え? 小泉八雲の江戸弁のせいでおどろおどろしさが吹き飛びました? まあ、この媒体では怖い話とか向いていませんからね。それに、思い出していただきたいんですが、ゴツゴウ・ユニバースでは今、冬真っ盛りなんです!
>……冬に真っ盛りとは言いませんか? 夏が真っ盛り? でも、夏が良いのに冬はダメって、季節差別じゃありません? コンプラ的に……ん、何でもコンプラって言う人ほどよくわかっていない? そ、そうかなぁ? コンプラってアレでしょ? プラモデルの一種ですよね? 今度作ろうと思って買うけれどなかなか作れないプラモデル……あ、それは積みプラ?
>あ。あんまり、脱線しすぎると今回の内容が薄いと思われちゃいますね。……その前に、今回は列車ネタだから「脱線」はNGワードですね。「逸脱」にしておきましょう。
>というわけで、その怪奇現象の実例。撮れていますのでお見せしましょう。
>駅構内に流れるメロディー。普段は音響さん担当なんですが、流す音楽で何処の路線か鉄道マニアにはすぐバレちゃうので、皆さんの想像にお任せします。お勧めは地元の鉄道のメロディーです。上りと下りあるいは内回り外回りでメロディーが違う場合があるので、そこまで設定していいですよ。普段何気なく利用されている方はそんな違いに気づいていなかったかもしれませんね。これを機に、次に駅を利用する際に注意し耳を傾けてみてください。新たな発見に繋がるかもしれませんよ!
>あなたの日常を豊かにする『文明の○○ パンツイッチョマン』シリーズです。
>宣伝はいらなかったですか? そうですね。
>というわけで、発車前のメロディーが鳴り、数名が列車内へ駆け込みます。
駅員: 駆け込み乗車は危険です。お止めください。
>呼びかけたところで、こういう人々はまたチャンスがあれば次も試みるものです。それでも言わなくてはいけないのが仕事。怒りや虚しさを感じていては心がすり減るので、多くの駅員さんは無感動の境地に至っている。
>だけど、どこかでも言及しましたが、運転士の時刻表には十秒単位のスケジュールが記されていますから、客はちょっとしたつもりでも、運行側は非常にイライラさせられるものなんですよ。そこを理解していただけると、駆け込み乗車をするのは迷惑だなと改心される方もいるでしょうから、鉄道会社はそのあたりも伝えて言ったらいいんじゃないですかね? 「俺たちは秒単位でスケジュール管理をしているんだぜ!」とドヤ感を押し付けているみたいで嫌なんですかね。まあ、言いづらいのはわからなくもないので、代わりに当番組で通知しておきますね。……はい、社会に対しての情報発信力は皆無ですけれど。
>えーと、画面に映っている駅員は列車に向かって左右を指差し確認、その後手を挙げる。走り出す電車。駅員は通り過ぎる電車の車掌と敬礼を送り合い、列車が過ぎた後のホームと線路も指差し確認をする。
>……はい、どうですか? みなさんの目にも、というか脳内にも居ないはずのものが見えていましたか? ……え? 私が指摘しない以上、思い浮かびようがない? いえいえ、そんな事はありませんよ。……はい、そうですね。「描写されている中での存在なら、『駅員』しか候補はいない」という推理を導き出した方もおられるようです。
>え? 前に「居ないはずの駅員が現れる噂」と言っていたから? ほほう。お客さん、なかなかお目が高い。……まあ、「目が高い」とは違いますが、なかなか集中力があるのですね。多くの方は長い話を聞いたり文章を読んだりしていると、無意識のうちに聞き流しや読み飛ばしをしてしまいがちなんです。だから、作者側の人で「なんだよ、この批判! ちゃんとここに伏線仕込んでいたから『唐突』じゃねえよ!」と思ったとしても、「ま、人間性そんなもんだよね」と流せる心理を備える方が、精神衛生上よろしいかと思います。
>ちなみに、逆に利用する手もあり、推理小説では多用されます。後から読み返して「ホントだ。書いてあった!」と思った経験を持つおられるでしょう。であれば、疑問に思ったらちゃんと戻って読み返す資質は、珍しくて立派だと、自分で自分を褒めてあげてください。いや、私から褒めてもいいんですが、画面の向こう側からだと気持ちが届かないでしょう? だから、こういう時は自分で……
>あ、ずいぶん、逸脱してきたので、少し戻しましょう。
>怪しい赤白男を捜せ! ――じゃなくて、怪しい存在を捜せ! の問題でした。
>一応、「駆け込み乗車をした客」も候補としてはいるのですが、そういうほとんど背景的な存在が正解になることは……いや、この作品なら大いにありますね。でも、先ほどの映像は最勝寺先生チョイスではなく、当スタジオのピックアップなので、ひねくれていません。「居ないはずなのに居る存在」は駅員で正解です!
>死後もなお業務を続けている幽霊だったら、もっと透けて見えてもよかったのですが、普通でしたね? さらに深堀りするために別のシーンも流してみましょう。
>駅構内の片隅にあるトイレ。そこに駅員が入って行きます。
>ほら! おかしいでしょう? 「そう言えば、トイレの中で駅員に遭遇しないな」と今気づいた方もいるかもしれません。……え? 地方ではそうとは限らない? そうなんですかね? ……あ、疑問を飛ばしてきた方も「いや、知らんけど」と返してきました。この無責任さ、関西人ですね。……ん? おや、実際に遭遇した人もいるようですね。……あ、これは使用するためではなく点検のため。
>と、言うことは、「『駅員が駅構内のトイレに入った』というだけではおかしいとはいえない。論破!」 ……うーん、この思念はまだ若い気がしますね。中学生くらいなんでしょうか? ちょっと「論破」の使い方もズレていますから、自分の中での流行りなんでしょうね。
>で、その論破君に対しては、次の情報を授けましょう。それは、「トイレに入っていた駅員がいつまで経っても出てこない!」という現象です。さあ、これにはどういう解答を示してくれるのかな?
>……「中で着替えて、一般人として出てきた」ですか。なるほどね。推理小説のトリックとして使えるものですね。もちろん、これをそのまま使うには陳腐すぎる手ですが、登場人物の思い込みの裏をかいて逃げる、という手は現在の推理小説でも使われているはずです。ポイントは「登場人物の」という点です。登場人物の目を通して、読者をミスリードさせるのも推理小説の基本的な手法ですね。
>……あ、夏休み課題の推理小説作成のサポートコーナーではなかったか。というか、夏休みの宿題で「推理小説を一本書いて来い」という重い課題を出す学校なんかありませんよね。たぶん、小説を書くカルチャースクールでもそこまでは押してこないでしょう。
>しかし、このトリックも外れです。なぜなら、その時トイレには誰も入っていなかったので、駅員が入った後誰も出て行かなかったんですよね。
>……ん? 後から別の人がスーツケースを持って入って来て、トイレの中で駅員がスーツケースに入った? ……それはもう国外脱出するほどの大規模イリュージョンになってしまいますね。そこまでしてこの謎の駅員は何をしたいのでしょうか? いずれにせよ、これも外れ! スーツケースは持ち込まれていません。
>はい。次の方。……デブに見えて実は容積を増やしていた男の人が後から来て、その膨らませた体の中に駅員が入って逃げた? これはスーツケースより特異な状況になりますね。人が丸ごと一人隠れられるほどのデブ――ってコンプラ的に良くない表現だから「大柄な人」にしましょうね。だから、百貫大柄な人に扮装するのは大変ですし、そんな人は後から入って来ていません。というか、そんな人、この入り口で入れるのかな? ……あ、こういう検証は差別的な表現になるから、事実を突き止める必要はないそうです。なので、そこは触らずに皆様の想像にお任せします。
>……はい、そこの方、どうぞ。……トイレの窓から逃げた? はい、それはありうるかもしれませんね。ノーパン刑事のせいで、異世界鑑賞万華鏡システムにはトイレの中には入れないという制限を掛けたので、トイレの中でどういう事が行われていたかは確認できません。だから、ありえます。しかし、トイレの窓から簡単に出入りできるとなると、無賃乗車が可能になるので、どこの駅舎のトイレでも基本的に人の出入りはできないサイズに作られているはずです。そこは……はい、どうぞ。……「駅員は普通の格好に見せていたけれど、実は、肩幅が非常に狭いヘビのような男で、窓からするりと抜け出た」ですか? そんなわけないでしょう! 『怪奇ヘビ男!』ってなるでしょうが! ……いや、ゴツゴウ・ユニバースだったら、ヘビ男が出てきてもおかしくはないのかもしれませんが、普通の人に見せてという部分に無理が――って、この意見を出した方、デブ――じゃなくて大柄な人プランを提出した人と同じですね! 体型変更が好きなのかもしれませんが、ちょっとそこから離れてください。
>と、原理は不明ですが、結果的に謎の駅員は、古風な言い方をすると「煙のように消え失せた」わけです。
♪ ひゅ~~~~どろどろどろ~~~~
>あ、音響さんがおどろおどろしい効果音を出してくれましたね。そう、まるで幽霊のようなお話なのです。……いや、さっきもいいましたけれど、ゴツゴウ・ユニバースでは冬真っ盛りなんですけどね。まっさかり草夫なんですけどね。……いや、なんとなく思いついたから口走っただけです。現存の俳優さんと「まっさかり草夫」は一切関係がありません。
>珍しく怪奇現象を語る状況を私は楽しんでいますが、「だから、パンツの野郎はどうなったんだよ」という苛立ちが届いている気がします。気のせいだと思い込んで、もう一つ、おかしなシーンを紹介しましょう。
>衝撃映像です。みなさん、心して見てくださいね。
>夜のホーム。画面中央にはベンチ。地方の駅ではどの程度進んでいるかは知りませんが、線路に対して横向きになるように設置されています。もう物心ついた時からそうだよ、という子供たちの為に説明しておくと、昔は座ると線路が横から見えるように設置されていました。席を立ったらそのまま前に進んで乗車できるので理に適っている位置だったのですが、大人になって大変な仕事をしているとどうしても憂さ晴らしにお酒を飲むようになる方もいます。そのお酒を飲み過ぎると、席から立った勢いを制御しきれず、ホームに転落する事故が起きていたんですね。席の向きを九十度変えると、ホームの中を「お、よっとっとっと」をふらついて倒れるだけだから被害は少ないのです。
>ただし、そもそも転落防止の開閉扉付の塀が設置されているホームであれば、ベンチは通過する列車を正面に見られる角度で備えられていても問題ありません。だから、「地元の駅ではベンチの向きが東京とは違うんだ」とショックを受けた方も安心です。転落防止可動塀があるなら、ベンチの向きは同じ例が多数……え? 地元の駅には転落防止塀なんてない? ……そ、それはこれから設置予定なだけで、それだったらベンチの向きを変えなくていいですよね!
>と、いつものように豆知識とフォローを挟みつつ、画面に映るホームの座席を見てみると、そこに駅員が座っているじゃありませんか! それだけじゃありません。その駅員、なんと弁当を食べているのです。駅員が駅のホームで駅弁を食べている!! 衝撃映像です。他では見られない映像ですね。
>…………はい、それだけです。この駅員は、弁当を食べ終わると弁当くずを袋に入れてそのまま立ち去って行きました。そういえば、電車のホームにも昔はくずかごがあったんですが、今はほとんど撤去されていますね。これは、そのゴミ箱に危険物を入れる事件が発生したためです。それで撤去してみたら、意外にゴミ箱回収でコスト掛かっていたよなあ、と鉄道会社がわかりまして、「もう、このまま元に戻さなくていいよね」と現在に至っています。
>街角でもゴミ箱は同様になくなっていますよね。これも同様の理由で今に至っていますが、さすがに自動販売機横の空きカンや空きペットボトルのゴミ箱は取り除けません。取り除こうものなら「いや、ごみが出る物を売っているくせに、捨てる場所はなしかよ」と言われますからね。そして、街角からゴミ箱が減ったシワ寄せが、この自動販売機横のゴミ箱へ来ています。本来、空き缶や空きペットボトルだけ、さらに言うなら他の自動販売機で買った物も入れないで欲しいよね、という心づもりなのですが、丸めた紙屑やビニール袋などが放り込まれます。自動販売機によっては、自動販売機を補充する方が空き缶などを回収する係でもあるのですが、回収させられるゴミが増えてしまったことに大変腹を立てています。捨てる人は「道端に捨てるよりマシだよね」と善人ぶっているかもしれませんが、担当者からすると「道に捨てろよ」とさえ思っているかもしれませんね。というわけで、あのゴミ箱はちゃんと空き缶や空きペットボトルだけを捨てるようにしましょうね。ナレーターのおじさんとの約束だよ。
>ゴミ箱が減ったことで、街中がゴミで溢れるかと思いきや、多くの人がマナーを守ってきれいな道を保全できていますね。日本人の誇れる美徳の一つだと思います。単に、自分さえ良ければいいやと道にゴミを捨てる人が多くないだけでなく、落ちているゴミを掃除する周辺の人々のサービスのおかげでもあります。この機会に感謝しておきましょう。ゴミをそこいらに捨てている人はより一層感謝――する前に捨てるのは止めて持ち帰ってください。
>と、いうわけで、ゴツゴウ・ユニバースの東京における新たな怪奇現象「謎の駅員」のお話でした。色々引っ張ってみましたが、やはりここいらが限度かなぁ。今日は早めに終わっておきましょうか?
>……えー、ディレクターから次のシーンに入ったらどうかという指示がありましたので、次のシーンに入ってしまいましょう。最勝寺先生の世界だから、絶対切れが良くなく溢れそうになるでしょうから、そこは私が途中でも時間が近づいたらズバッとぶった切りますから、今のうちに、みなさんも覚悟しておいてください。
>えーと、まずは、情景をお伝えしておきましょう。
>やっぱり場面は駅のホーム。地上ではなく地下です。線路はホームを挟むように走っています。時刻は夜。夕刻から数時間の帰宅ラッシュが過ぎ、終電近くの混雑もまだ遠い、谷間にあたる時間帯です。しかし、もちろん、東京の駅ですから人はそこらじゅうにいますよ。でも、東京の人だからこそ、これだけの人数が居ても「空いているな」と思うくらいの人口密度です。人の数にしてはおかしいくらいの静けさです。ほとんどの人は一人で移動していますし、数名の連れも他人の迷惑にならないよう煩く話しませんから。ただし、多くの人は音楽を聴いて、自分なりには静かにしていません。おかげで、周囲の音を聞き取れない人もいるくらいです。
>あ、都会に住む人にとっては当たり前の環境ですね。改めて説明は要らなかったですか?
>このような、人はいるけれど実はあまりお互いを意識していない都会の空白の中で、ある男が駅のベンチに座っています。あの男なんですかねえ? ……お子様が期待していますが、さすがに互いに無関心と言われる東京人でも半裸の人が駅に現れたら意識します。たいてい、距離を取ります。というか、改札を通る前に止められます。いや、むしろ止めてください。止めようとした駅員はパチンされるかもしれませんが、こういう時に声を掛けて止めるのが仕事です。
>と煽っておいてなんですが、座っているのはやはり半裸の男ではありません。座っていたのは、夜なのに大きなサングラスを掛けた男。……はい、「そっちの方か」でした。トレンチコートの襟を立てて着て、いかにも刑事でござい、な主張をしているのは、皆さんご存知のノーパン刑事。今日は枚鴨市から離れての出張出演ですね。
>と、シーンをちらりと映しただけで、背景について説明します。
>一部の視聴者の方から、「いや、もうここまでしたら処分ものでしょう」と指摘されていたとおり、ノーパン刑事は枚鴨市のレインボー通り商店街の事件の後、大目玉を喰らっていました。暴走していたとはいえ、市民を吊り下げて放置していたんですからね。そりゃあ問題になりますよ。
>実は、この大目玉シーン。放送すべきか議題に挙げられたことがありました。最勝寺先生からは情景が送られてきたのですが、「地味だ」「大人の事情ばかりで子供たち向きではない」という意見から見送りにさせてもらいました。……ま、まあ、確かにいつもも、そして今回も、「子供たち向きではない」のかもしれませんが、いつも以上に子供たち向きではなかったのです。……エロい話とかじゃないですよ。社会がどうだかこうだかいう議論でした。
>まあ、要点だけ話すと、いつもは問題が起きたら、署内でノーパン刑事と直属の上司の課長が怒られていたんですが、今回は「警察の在り方」が問題になったので、本庁からも怒られました。それだけでなく、検事からも呼ばれて怒られました。検事は警察官の直接の上位として存在しているわけではないので、不当な呼びつけとも言えなくはないのですが、「詳しい事情を聴きたい」と言われたら応じないのは不自然です。……おっと、このままのペースだとけっこう話してしまいそうなので、もっと駆け足速度を上げましょう。
>ノーパン刑事は、最も被害の少ない形の帰着として『暴れ馬』を吊り下げました。しかし、一般の――というか人権派の意見では「過剰な吊るし上げ」と受け取られました。なので、世論を納得させるには、いきなり吊り下げるのではなく相応の被害が出た後で吊り下げるべきだった、という意見を検事からされます。ノーパン刑事は反発します。ここで「正義とは何ぞや」という議論が展開されたのですが……ね? 当番組には相応しくない真面目で退屈そうなシーンだったでしょう?
>ただ、去り際の課長さんの一言は良かったです。頭の薄くなった冴えないおじさんかと思っていましたが、なかなかの人材でしたね。こりゃあ、あのノーパン刑事でも慕うよねえ、と思いました。
>で、ノーパン刑事がいるホームに戻りますが……え? そこまで言っておいて、肝心の描写はなしじゃ済まされない? でもなあ、妙に煽ってしまって視聴者の方々の期待度が上がってしまっているので、正直にお伝えしたところで、「その程度?」と思われたりしますからねえ。……あ、はい。ディレクターからの指示で、ノーパン刑事の課長さんのシーンを映すことにしました。
課長: ふぅ。やれやれだったな。肩が凝ったよ。
>そう言って、自分の肩を叩く課長。……あ、このセリフが「良い」ではないですからね。流れがあってこその一言になりますから、その前から流しています。
ノーパン刑事(以下、「NPD」と表す。): すいません。
>軽く頭を下げるサングラスの男。課長の方はいたって普通のくたびれた感じのサラリーマンという風貌なのに、ノーパン刑事はいつもどおり一見して「どういう職業の方ですか? マスコミ業界ですか?」という雰囲気だ。なお、トレードマークのサングラスは、さすがに説教され中は外していました。これこそが放映されなかった最大の理由かもしれませんね。
課長: おいおい。お前は正しいことを言っていた。ただし、検事もあの立場での意見はあれで仕方ない。それは理解しろ。
NPD: はい。……でも、「正しい」とは言わないんですね。
>課長はおどけたように肩をすくめる。
課長: そりゃあそうだろう。正しくなかったんだから。世論を封じる為に民間人から犠牲を出しても構わない、という意見は正しくない。実際、この話が漏れでもしたら、それだけで爆発しかねんからな。もっとも、どっちが悪いかというと、私には、好き勝手言うだけの世論の方がわがままだと思うが。
NPD: それでも、個々人は守るべき存在です。世論は、市民それぞれの意見の反映ではありません。あくまで声の大きい者の総意ですから。
課長: そうだな。それも、お前が正しい。しかし、正しい者が社会でうまく生きていけるかどうかというのはまた別だ。むしろ、真っすぐ歩けないというのが正しい意見だな。
>ビルの谷間を駅に向かって歩く二人。説教が長引いてもう日は暮れていた。出張先からの直帰で問題ない時刻だ。
課長: どうだ? 久しぶりに一杯やって行くか?
>課長が片手に見えないコップを持って飲むジェスチャーをする。これは昭和臭漂う赤ちょうちんのノミニケーションというやつなのだろう。今の若い人にとってはもうアルハラ案件である。
NPD: はい。しかし……
>言葉を濁すノーパン刑事に対して、課長はあっさり言う。
課長: 謹慎の件か? あれは明日からだ。今夜は構わんだろう。
>そう。圧力から、ノーパン刑事は一週間の停職処分を喰らっていた。ただし、非公式で自主的に有給休暇を消化する形になっていた。こう見えて、ノーパン刑事、有給休暇を貯めるほど真面目に――いや、真面目な態度ではないな。だから、どう表現しようかなあ。……えーと、なんとなく? うん、なんとなく毎日のように出勤していたようです。本当になんとなく惰性で出勤しているのかは、表層思考を読めない相手なのでわかりませんが、きっと当たらずとも遠からずでしょう。
>そして、課長は私が驚いたセリフを口にします。
課長: まあ、あと一回だな。あと一回は、思うがまま行動できる。自分の正義を信じて動け。私はお前を信じている。
NPD: 一回?
>突然の限定を不審がるノーパン刑事。いや、これはもうこの時点で課長の真意に気付いていましたね。初回にこのシーンを見た時は、私が「一回?」と不思議に思っていたのでノーパン刑事の表情に気付いていませんでしたが、ふむ、見返す価値があったようです。
課長: あと一回なら、私のクビを差し出せば何とかなるだろう。どうせ、定年まであと少しだ。気にするな。
NPD: あと二年でしたか?
課長: お、詳しいな。そのとおりだ。だが、早まったら早まったで孫と遊ぶ時間ができてちょうどいい。子供は成長が早いからな。定年になった時にはもうジイジとは遊んでくれないかもしれないからな。
>ハッハッハと笑う課長。もちろん、ノーパン刑事は笑うどころではない。
NPD: しかし、課長がおられないなら、俺の立場もないも同然です。
>うん、そうなんだろうね。ノーパン刑事は色々はみ出している存在でしょうから、特にしっかりしないといけない圧力がある公務員としては肩身が狭いのでしょう。
課長: そこまでは面倒見切れんぞ。自分で何とかしろ。それに、誰でもいつかは年長者に頼れなくなる。自分がそちら側に行くしかないのだからな。だからそういう時は……
NPD: そういう時は?
課長: 年下を頼れ。赤羽、あいつは若いわりにしっかりしておる。法律に関しては特に詳しい。何が良いか何が悪いかを聞くには適した相手だぞ。
>赤羽とは後輩刑事のことですね。誰も名字で呼びかけないから、ちっとも印象に残りませんね。
NPD: はい。あいつを俺に付けてくれてありがとうございます。
課長: まあ、適材適所ってやつだな。
>ハッハッハと笑って進む課長。しばらくして、付け加える。
課長: あと一回だからな。使いどころは考えろよ。例の火災報知器の件のように、素早く火を消さなくては大変なことになる事態なら、ためらわずに行け。ケツは拭いていやる。……とはいえ、私のクビも価値が知れている。あまりに大きな規模でやらかせば、重さが釣り合わない。だが、そういう時は部長も連れて行くから、まあなんとかなるだろう。
NPD: 部長が、ですか?
>驚いた様子のノーパン刑事。これはきっと、いつもノーパン刑事は部長に疎ているのでしょうね。
課長: 意外か? だが、部長は若い頃私の下で働いていた時期があってな。その頃の恩義を未だに感じている立派な男だ。だから、私が是非にと言えば、納得はしきれんかもしれんが、一緒に死に装束を着てくれるはずだ。
NPD: すみません。俺の為に、そこまで。
課長: よせよせ。お、あの店にしようか。まだやっていたんだな。実は、あの店こそ、私と部長で昔、飲みに行ったことのある店でな……
>という感じだったんですよ。いい上司でしょう? ……ん? ありきたりの展開だった? ありきたりでも、実際にそんな行動をとってくれる人はなかなか居ないんですよ。実際、「部長の方はローンが残っているかもしれないなあ」と課長は思っていたのですが、「まあ、その時はこちらの退職金を……」と話しながら、考えていたんですからね。気軽に辞~めた、という覚悟ではなかったのです。
>お、ちょうど時間のようですね。では、また来週。次こそ、謎の駅員の正体が明らかになるのか!? 乞うご期待……あ、期待していない? だから、乞うって言ったんですよ。




