影の仕掛け人 3
ナレーター(以降、「>」と表す): 元力士の岸九浪、それともプロレスラー転向以降の九龍・騎士、どちらで呼ぶべきか、悩ましいところですね。なんと、この判断は私に委ねられているのです! 責任ある地位に就くと、毎日が悩みの連続ですね。
>悩みといえば、通勤途上にある雀荘で「月格言」なるものが一ヶ月掲示されているのですが、その中に「麻雀に長考は存在しない。それは長考ではなく、迷っているだけだ」というのがありました。……いや、私は迷っているのではなく、考えているんですよ。
>……ええーい! 九龍・騎士を採用します! その理由は、ザッピング中の人が、騎士という言葉に引っかかって、「ん? この作品はファンタジーものかな?」と足を止めてくれるかもしれないからです。ファンタジーは大人気ですからね!
>世間一般では、「ファンタジーって何?」という人、特に年配の人が多いので、皆さんは注意してくださいね。「ホラー」「サスペンス」「SF」なんかだと説明の必要がないほど、世間に浸透しているんですけれどね。ライトノベル業界ではむしろSFが不評らしいので、やはり一業界って世間にとっては特殊なんですね。
>というわけで、九龍・騎士の登場です。謎の男、あるいは謎の女、あるいは謎のAIかもしれない「宛森」から流れてきた情報には「飲食店勤務」となっていましたが、調べてみると、これが微妙な存在でして……。
>皆さんご存じのとおり、当スタジオの異世界観測万華鏡システムには観測対象の表層思考を読み取る機能が付いています。「表層思考」と言っていますが、実のところ、表層ではない思考や記憶を読み取れることも良くあります。これまでの使用実績に基づく考察では、対象が単純であるほど読み取りやすい、という推論が出て来ています。逆に、複雑な思考をする人は読みづらく、例えば、穴穿きさんは異能がなくとも読み取れなかったかもしれません。異能者が読み取れないという特徴は、異能者はその実体験から一般人とは異なる思考形態を獲得しているから、なのかもしれません。逆に、実は、フリップフロップ・チェリーは単純、というとバカみたいだから、複雑ではないと言いましょうか。そのせいか、所々思考が漏れ出てくるんですよねえ。
>視聴者の方の中には「詳細な仕様もわからないで使っているのか!」と怒っている方もおられるようですが、言わせていただくと、使用者ってそういうもんですよね! だって皆さんも中身の回路の事なんかまったくわからないスマートフォンを使っているじゃないですか。
>ただ、「便利だから使っていたけれど、仕様が分かっていなかったせいで、大変なことになってしまったぜ」という展開は、少なくともロボットアニメの複数の作品で警告されており、異世界観測万華鏡システムがいつまでも安全に運用できるかは未知数です。……でも、使用者ってそういうもんですよね! パソコンの電磁波が人体に有害だと言われても、もう使えないなんて無理ってレベルにまで社会に浸透しちゃいましたもんね。
>というわけで、こういう観点からも『人生一寸先は闇』と言えるのですね。文明のそこかしこに仕掛けられている「よくわからないけど使っちゃっている爆弾」がいつ爆破するかわかりませんから。
>しかし、こういう言葉も残されています。『人生バンジー、最高がマー!!』
>えーと、九龍・騎士でしたね。まず、彼が勤めている先はちゃんこ料理店です。このお店のコンセプトが「スタイリッシュかつエキゾチック」らしいんですけど、それってもうちゃんこじゃないですよね! ……え? ちゃんこ差別? ……まあ、そうかもしれません。そういえば、過去に相撲部屋へ取材した映像を観たことがありますが、そこではちゃんこ担当の方が、「お相撲さんが作る鍋料理が『ちゃんこ』ですから、自由です」と言っていました。だから、和風にこだわらなくてはいけない制限はなく、「スタイリッシュかつエキゾチック」でもいいんですが、……そうなってくると「お相撲さんが作る鍋料理」の部分が違ってくるじゃねえか! 厨房で現役力士が調理している、とまではさすがに制限を厳しく設けるつもりはないけれど、条件緩和の元力士が調理しているちゃんこ料理店ばかりじゃねえだろう! と思いますね。
>あ、皆さんにはどうでもいいことですか? でも両国界隈では本場だけあってちゃんこに関してはうるさい……え? 逆? なんでもかんでもちゃんこになるから、ちゃんこ不感症になっているそうです。じゃあ、ツッコんだところで誰も響かないでしょうから、もう止めましょう。
>九龍・騎士の勤めているちゃんこ料理店……え? お店の名前、言った方がいいですか? 正直恥ずかしいんですが、私が付けた名前ではないので、我慢しましょう。その名も『CHANKO☆ザ・ナイト』です。ナイトの部分は、もうこの手の命名で聞き飽きるくらい良くあるように、九龍・騎士の騎士と、みんなで楽しい夜を過ごしてください、とかいうのを掛けているのでしょう。……ほーら、視聴者の皆さんも恥ずかしくなってきたでしょう。
>この名前から予想した方もおられるでしょうが、実のところ九龍・騎士は出資者の一人です。引退に追い込まれた後、金遣いが荒かったので稼ぎの割に貯金は少なく、独りで「ちゃんこ料理店を開くぜ」という資金力はありませんでした。経営力もそもそもなく、共同出資者、そしてその出資の大半の割合を担った人は、岸九浪のタニマチの一人でした。これまでの縁で引退後の面倒を看てくれているわけですね。
>九龍・騎士に、調理師の免許はなくとも、レシピの開発に携わっていたという関わりがあれば、「お相撲さんが作った鍋料理がちゃんこ」の法則を満たすのですが、そういう事実もありません。対外的には、試食をして意見を言った、としていますが、まあ、誰でも食べたら感想を言えますからね。普通の対応でした。
>しかし、九龍・騎士がちゃんこを作れない理由は、彼の力士としての能力の高さにありました。あれよあれよと言う間に十両入りしてしまったので、下積み時代が短かったのです。相撲部屋によっては、十両になっても料理するのが好きだから、とか、おいしいと評判が高いから辞められなくて、などとちゃんこ番を続けている例もあるかもしれませんが、岩頭部屋は違いました。なので、九龍・騎士は基本的に厨房では働けません。第一、身体が大きいから邪魔になるんですよね。
>アルバイト等で飲食店の厨房での仕事を経験したことのある方ならよくわかると思いますが、厨房って狭いです。日本特有の土地の狭さが影響していないとは言いませんが、おそらくどの国でも狭くなりがちだと思います。なぜなら、スペースが余っていたならそこに新たな料理人を置けるからです。働いたことはないけれどクッキングゲームをした経験がある人も、あながちその体感は間違っていません。もう忙しい時間帯の厨房は毎日戦争が起きているような混乱ですからね。
>そういう混雑しやすい場所だからこそ、フランス料理でよく見る、料理長だけやたらと背の高い帽子を被っている、という状況が生まれたのです。あれは「ふふふ。俺はこれだけ偉いんだぜ」という地位の高さを示すだけではなく、混乱しがちな厨房内で料理長がどこにいるのかわかりやすいから、という理由があったのです。
>そんな厨房に、まともに料理できないうえにつまみ食いばかりするデカブツがいたら、もう最悪ですね。だから、九龍・騎士は、一応出資者の一人なのに、厨房出入り禁止を言い渡されています。九龍・騎士が九州男児だったなら、今はもうコンプラ的にアレなのでしょうが、古風な「男子、厨房に入らず」と言えるのですが、はい、東京都枚鴨市出身なのです。
>厨房がダメなら経営を任せよう、ともなりませんでした。任せていたら丼勘定のせいで、あっという間に経営難に陥っていたでしょう。私費への流用も当然と考えるコンプラ精神の低さから、内部から告発され、法人の責任者として処罰の対象になっていたかもしれません。そうさせないためにも、元タニマチの……えーと、この方、もう名前発表しちゃいます? ……あ、ワガネコキャラですか。では、名前はまだない、で進めましょう。で、この元タニマチの方は九龍・騎士に資金の執行権も渡さなかったのですが、九龍・騎士は今も度々お店にお金の無心を迫って問題となっています。
>裏方はダメだから、接客をさせておけ、というのもやはり問題です。世の中には、飲食店の店員を軽く見る輩もいますが、オーダーを取るのは結構難しいですよ。少なくとも、九龍・騎士には無理です。だから、客と記念撮影をしたり、呼ばれた席で現役時代の話をしたり、などでしか使えません。そのまま居座って、九龍・騎士が飲み食いした分も客が払うことになって揉めたのは一度や二度ではありません。店からすると、ホストみたいなもんだろう、と言うのですが、ホストクラブじゃなくてちゃんこ料理店ですからね! 多少、スタイリッシュでエキゾチックになったところで、ホストクラブと同等と見てくれる人は多くありません。
>なので、少なくともCHANKO☆ザ・ナイトの現場の人にとっては九龍・騎士は邪魔者に他なりません。九龍・騎士自身も、居心地が悪いせいで出勤したがりません。ここだけ見ると、双方の意見が一致していて解決しているように見えますが、元タニマチの社長さんは「岸九浪が社会人としてまともにやっていくための修行の場」としてCHANKO☆ザ・ナイトを作った理由があり、事態は静かに収まりません。九龍・騎士の給与実態は時給換算だったからです。固定給、あるいは売り上げの割合払い、だと「こいつ、来ないな」と丸わかりだったので、「来て、ちゃんと働きなさい」「そして、仕事を学んでいきなさい」という親心ですね、もうここまでくれば。
>しかし、『親の心、子知らず』で九龍・騎士は仕事をさぼりがちです。「腰が痛い」「膝が痛い」などと言って、当日休むのはしょっちゅう。普通の時給バイトだったら「その分、空いた穴、埋めるの大変なんだからね!」と現場に怒りを蓄積させますが、九龍・騎士は居ない方が楽な側面もあり、現場も困りません。それを元タニマチの親父さんが「何、サボってるんだ! やる仕事がないなら店先に立つだけでもお客さんが来てくれるだろう!」と尻を叩きます。九龍・騎士は、なんだかんだ言っても親父さんには、かつての上司である岩頭親方よりも、頭が上がらず、言われるまま店先に立ちますが、「俺は客寄せパンダかよ」と不満顔なので、集客力はあまり上がりません。そこに親父さんが様子を見て来て――え? もういい? だいたい九龍・騎士の人柄と日常がわかりました? そうなんです。ダメな奴なんです。ずっと気にしてくれている人と、知名度がそれなりにあるという大きな利点を抱えているのに、その恵まれた状況を理解できずにふてくされて毎日を過ごしているんです。
>そして、その日も九龍・騎士は仕事をサボって、街をふらふら歩いていました。服装はダークシルバーのジャージ。ありふれた格好のようですが、普通の衣料品店では置いていない大きなサイズです。あまり他人に見られたくないのか、サングラスにマスクといういかにも「変装です」という装備をしています。ゴツゴウ・ユニバースならこれだけで本当に変装で通用しちゃうんですが、さすがに百九十センチで百二十キロを超える巨体は、あのゴツゴウ・ユニバースの節穴仕様ですらごまかせません! すれ違う人は巨体に驚き、九龍・騎士を知っている人は「あ、声を掛けられたくないのだな」と察して、そのままにしておきます。もちろん、そんな良いファンばかりではなく、「あ、サインください」とか「一緒に撮っていいですか?」と声を掛けてくる人はいます。それより多いのが、無言で盗撮する人たち。
>うーん、いくら言っても盗撮する人がなくならないのは仕方ないと諦めているところはありますが、ちゃんと許可を取ってくる人より盗撮が多いという比率、なんとかなりませんかねぇ。……え? 半裸の男が出てくる作品にマナーについて説教されたくない? ごもっともなご意見、ありがとうございます。
>九龍・騎士が歩いていたのは、実はあのレインボー通り商店街。枚鴨市のメインストリートの一つですね。
>メインストリートの一つ、という断定的な表現をしなかったのは、見方によってメインストリートの候補が複数あったからです。歩いて買い物できる通りとしてはレインボー通り商店街はトップクラスですが、市役所をはじめとする公的な施設の多い通りは駅を挟んで反対側になります。あの歩道橋網がある側ですね。お祭りの時はあちらへの人の流れが圧倒的です。しかし、物流や交通量の多寡で決めるならやはり幹線道路、国道N号線となります。
>岸九浪が横綱昇進の暁には、このN号線でパレードをしよう、という声がありました。しかし、いくら枚鴨市内にある道路といえども、他の都市への交通路ともなっているのですから、枚鴨市だけで「ここ、パレードで使うからしばらく通行禁止!」とできません。そのあたり、根回しが必要になってくるのですが、枚鴨市の政治力は決して高くなく、「横綱になった勢いで、周りと交渉しよう」という方針でした。先延ばしですね。
>方針を決める上層部はそれで良かったかもしれませんが、実際に交渉の現場に着かなくてはいけない役人にとっては、迷惑な話でした。ですが、もう皆さん知ってのとおり、岸九浪は出世ロードの途中で道を逸れてしまいました。面倒臭い仕事を押し付けられる可能性が高かった数名は、口では「地元出身の力士があんな目に遭って、残念でしたね」と言っていましたが、心の中では「よしっ!」とガッツポーズを取っていました。
>誰かにとっての不幸は、別の誰かにとっての幸福になりえるという一例でした。
>と言っている間に、九龍・騎士は脇道へと入っていきます。夕刻、学生たちの帰宅ラッシュが過ぎた後なので、メインストリートを離れていくにつれ人気が少なくなっていきます。九龍・騎士は時に進んだ道を戻り、別の通りへと入り直し、立ち止まって辺りを見回し、たまたま進む方向が同じ人がいれば立ち止まってその人を先に行かせます。そうやって、はっきり言って、怪しい動きを見せながら行き着いた先は、道路脇に止まっているミニバンの前。
>白いミニバンのルーフには、二十センチくらいの大きさの人形が、ちょこんと座っています。このぬいぐるみ人形のモチーフは骸骨。かわいらしさ重視なので、怖くはありません。……もう、誰が準備した物かわかりますね?
>その答え合わせの前に、九龍・騎士について、また追加情報です。既に、視聴者の皆さんの中ではクズ野郎の評価が確立している、言い換えると社会人としての評価は下がっていると思われる九龍・騎士ですが、さらにその評価が下がるでしょう。
>九龍・騎士は常習的な違法薬物使用者なのでした。元々は痛み止めの延長から入ったようで、そこは同情の余地はありま……あ、ない? 素行の悪さから同情する気にならない? そうかもしれません。……しかし、特定の行為が罪かどうかを計る上で、その対象の素行って関係するのでしょうか? ……「法的にはわからないけれど、心情的には素行は大いに影響する」ですか? このギャップこそ、裁判員裁判制度が導入された理由なんでしょうね。
>裁判員裁判制度といえば、ある日突然、「あなたが裁判員に撰ばれました」と通知が来て、「いや、仕事あるから無理」と断れなくはないのですが、みんながそうしちゃうと裁判が進まなくなっちゃうので、あるいは無職の人が集まりやすい偏った集団になっちゃうので、受けざるを得ません。もうここで十分負荷なのに、凶悪事件が対象になりやすいので、テレビでは放送できないような強烈な証拠を見せられたりして、耐性のない人はさらに大変です。ですから、今のうちに、怖くて嫌なことでもある程度慣れておいた方がいいのです。そこで頼りになるのが、音声多重総天然色3D脳内構築活劇です! ……え? 「宣伝ですか?」ですか? はい、宣伝です。当スタジオでは、『文明の○○ パンツイッチョマン』の他にも……えー、視聴者の皆さんの反発がかなり高まってきましたので、先に進みましょう。
>というわけで、「クスリが得られる」と誘い出された九龍・騎士。取引場所として示された目印の車に近寄っているところです。
♯ ガンガン!
>車のドアをノックした音ですが、地力が強いので、ミニバンも軽く揺れます。
女声: はい?
九龍・騎士(以降、「九」と表す): ……骸骨と美女。
>ぼそぼそとくぐもった声になったのは恥ずかしかったからでしょう。今時、合い言葉って忍者時代劇でもあるまいし、ですからね。
>しかし、合い言葉に反応してスッとスライドするドア。その奥にいたのは、あ、やっぱり! あ、すいません。お伝えしないとわからなかったですね。奥の席で開いた扉へ向いて座っていたのは金髪白衣の女性。はい、もうご存知のとおり、理香珈さんです。マスクを付けていますが、バリバリのアイメイクは変わらずです。今日は聴診器をぶら下げていますね。……一応変装なのかな? 変装というより、女医コスプレですね。そして、コスプレというほどには、普段とあまり変わりはないです。聴診器を足しただけですからね。
>でも、理香珈さんの普段を知らない九龍・騎士には、意外や意外、説得力を持ったようです! もちろん、最初は今まで見たことのないギャル+医者の組み合わせにギョッとしたようですが、「こういうヤツだから、クスリの横流しをしてんだな」と納得しました。
>いや~。……正直に告白しますと、理香珈さんが登場した時、「ギャルとしても研究者としても、説得力ねぇキャラだよなぁ」と内心思っていたのですが、まさかこの組み合わせだからこその説得力って存在し得たんですね! 驚きです。もしかして、最勝寺先生は理香珈さんをセッティングした時から、もうこの異質な説得力について見えていたのでしょうか!? ぽややんとした人に見えますが、いやはや侮れないものです。
※注釈 ギャル研究者の説得力は、偶然の産物です。
理香珈(以降、「理」と表す): ハーイ! どうもぉ、お初にお目にかかりヤンス~。
>コスプレだけでなく、妙な話し方……変装に応じたキャラ付けなんですか? ……やはり、最勝寺先生のセンスはダメかもしれません。
>九龍・騎士は、ちょっと考えてから、挨拶は不要と決めたようだ。ポケットから、やたらと折り畳んだ紙幣を突き出す。
九: これで、買えるだけくれ。
理: まぁ、立ち話もナンなんでぇ。ちょっち入ってよ! ……でヤンス~。
>うん、キャラは完全に付け焼き刃ですね。アラサーギャルが痛々しいという方もおられるでしょうが、今はさらにキャラ付けが痛々しいですね。……これ、実写版では引き受けてくれる女優さん、少なそうです。
>キョロキョロした後、言われたことに一理あると思った九龍・騎士は、背を屈めて、車に乗り込みます。いや、本来広い車内なんですけれど、九龍・騎士が大き過ぎるから狭く見えるだけですよ。ですから、この車が悪い……あ、車名を明かしていないから、メーカーさんに気を遣う必要はなかったんだ。
理: じゃあ、お注射、いっとく?
>理香珈が小首を傾げるが、九龍・騎士は外したサングラスを襟首に引っ掛けようとした途中で止まる。
九: ……いや。粉はないのか?
>理香珈さんがカラカラと笑い、その態度から冗談だと思った九龍・騎士が肩を竦める。「笑えないジョークだ」と思っているんでしょうが、事情を知る私たちにとってはもっと笑えませんからね! だって、理香珈さんの一言、きっと本気ですから。
>九龍・騎士は、何かの罠かと感じたようで警戒したように身を起こすと、ちらりと運転席に目を走らせます。そこにいるのは、ボサボサ髪の白い頭。はい、こっちは向いていませんが、きっと頭蓋骨博士でしょうね。九龍・騎士からすれば、女一人と老人一人です。片腕一本でも対処できる、と少し安心したようですが、思っていたブツが手に入らないなら、長居しても意味はありません。
九: ブツが無いなら、帰るぞ。
>出ようと九龍・騎士が振り返りかけたところに、理香珈さんが話しかける。
理: 私のクスリは凄いのよ! 痛みを和らげるだけじゃなく、底知れないパワーを与えてくれるから。
>九龍・騎士がまた理香珈へと向き直る。
理: パワーって比喩じゃないわよ。文字どおり、筋力!
>九龍・騎士が前のめりに理香珈さんへにじり寄る。
九: どういう事だ?
>態度からわかるとおり、抗議をしているのではなく、興味を示して詳しく聞かせてくれ、という流れですね。理香珈さんは頷くと、ポケットから何かを取り出す。
理: はい。じゃあ、まずこれね!
♯ プシュッ!
>やっぱり! 取り出したのは小さなスプレー。それを九龍・騎士の顔へと噴射します。
九: な! て、てめぇ、何しやがる!
>九龍・騎士は片手で顔を覆うと、もう片方の手を理香珈さんへと振り回します。今更、顔を覆っても間に合いませんが、もう片方の腕は下手に当たれば昏倒しかねない一撃。ですが、理香珈さんには当たりません。噴霧されたクスリの影響で、遠い目になりながらも、九龍・騎士は次に両腕を突き出して、理香珈さんを捕らえに行きます。もうはっきりと相手が見えていないはずですが、狭い車内――あ、車の中としては広い方ですよ――なら捕まえられるはず……なのに捕まえられず、そのまま倒れてしまう九龍・騎士。捕まらないのは当然です。理香珈さんはスプレーを吹きかけた後、すぐに自分側の扉を開けて外に出ていたからです。
>結果、九龍・騎士は車の外へ両腕を伸ばして倒れこむ形となります。車から飛び出しているのは腕だけではありません。首から先も外へ出ていました。その首筋へピタリと当てられるガンタイプの注射器。
理: はい。お注射ですよぉ。
# パシュ!
>九龍・騎士は痛みに応じて、頭を上げ目を見開いたが、すぐにその瞳から光が失われると、ガクリと頭を垂れる。
>しょ、勝負あった。スプレー麻酔は朦朧状態にさせるスタン技ですが、この注射ガンは気絶技ですからね。
>……これ、秒殺ですよね。もしかすると、九龍・騎士にとっての最短のノックアウト劇だったかもしれません。
>……理香珈さん、めちゃくちゃ強くないですか? なんか、彼女がそのままパンツイッチョマンを倒せそうな気がしますが……いや、油断を突いた攻撃だから、パンツイッチョマンには相性が悪そうですね。ああ見えて隙が無いところありますから、パンツイッチョマン。……うーん。でも、幼稚園児女子の園ちゃんのストライクはうまく隙を突いていますね。彼女はああ見えて恐ろしい才能が秘められているのかもしれません。
理: じゃあ、とどめは記憶を失くしてもらいますねぇ。
>そういって、大きめの注射を取り出す理香珈さん。そうです。彼女のこの攻撃は三連コンボなのです。
理: おじさんは、点滴の用意をお願いね。
頭蓋骨博士(以降、「頭」と表す): あいよ。もう、懸架は済ませてあるぞ。
>答えつつ、運転席から降りて来る頭蓋骨博士。おっと、顔にはペイントを塗っていたぞ。ただでさえ頭蓋骨っぽい顔が、目の周りや鼻の辺りを黒く塗りつぶすことでより骨らしく見えています。いやぁ悪者っぽいですねぇ。
>そうして、二人は九龍・騎士をライトバンの中へ格納し、良からぬ行為を重ねていくのでした。
>来週は、暴走化した九龍・騎士とパンツイッチョマンとの戦いでしょうか? そういえば、パンツイッチョマンの骨折は回復したのでしょうか?
>ヒーローものにとって怪我はなかなかおいしいシチュエーションで、「万全のコンディションなら勝てたのに苦戦する」という演出が自然にできます。普段から苦戦していると「弱っちいヒーロー」というレッテルが貼られちゃうので、ヒーローも敵もうまく立てられる手段なんですよねえ。最勝寺先生もそのあたりの技術はさすがに有していると思いますが……それは来週のお楽しみです。またねー!




