青海桜は傾(かぶ)かない 2
ナレーター(以降、「>」と表す。): 突然ですが、大人な視聴者の方々に質問です。皆さんは、学生時代、勉強に対してしっかりと予習復習をしていましたか? 質問しておいていきなり矛盾しますが、勝手な推測で答えておきますと、していなかったでしょう!
>だって、授業や講義の時間だけでかなりあるのに、そこからさらに予習復習の時間なんか取れないですよね? ……と当時は思っていたと思いますが、大人になって働くと、「やっぱり子供の頃は自由にできる時間って多かったな」と感じさせられますね。でも安心してください。退職させられるまで長生きできると、急に使いきれないほどの自由な時間が降ってきて、溺れそうになっている人は多いようですから。……時間はあっても公的年金だけで暮らすのは厳しいから、別の意味でも溺れそうだと言う声も聞きますね。
>……やっぱり、将来について考えすぎると不安が増大して暗くなっちゃいますから、今考えなくていいです。だからといって考えなしだと老後に困るので、当番組が終了してから考えてください。
>皆さんは先程の私からの振りを受けて、「やっぱり他の人も予習復習なんかしてないよね。できないよね」と安心したかもしれません。しかし、世の中には学校が推奨する予習復習をキチンとまともにこなし続けた優等生も存在します。ただ、そういう方は当番組のような、テキトーな中身のお話を受け付けられないでしょうから、「視聴者の方々に予習復習をきちんとしていた人は居ない」と断言してみたわけです。
>と、いうわけで、予習復習です。と言っても、私の予習復習でした。……復習はなくて予習と言うべきかもしれません。まあ、言い方はどうでも良いので進めましょう。
>まずは、フリップフロップ・チェリーがどうしてこの街へとやってきたのか、友庫さんの思考から探り出していました。ほら、これってどちらかと言えば、復習に相当しませんか? あ、どうでもいい? そうですね。
>探ってみて、「ああやっぱりなぁ」という内容でした。友庫さんが女性の性被害に対する活動をしているのは、みなさんご存知のとおりですね。彼女はその関連で、過去に、貧しさから身売りさせられて嫌々性風俗に従事させられた人がいる、というドキュメンタリーを観ました。それに感化されて「今も身売りに近い女性がいるに違いない。助けてあげなきゃ」と桜ちゃんを派遣したようです。
>当の桜ちゃんの考えは、ヒーロー能力に阻まれる仕様上わかりませんが、態度からはやる気十分という感じではなかったですね。おそらく、パトロール先がいつもの枚鴨市から変わって気晴らしになっている程度じゃないでしょうか。知らない街を夜歩くのは、若い女性にとっては怖いところもあるのですが、桜ちゃんは怖いもの知らずなので拒否感はなかったようです。
>……通信先の友庫さんの描写が、さも表現するように見せかけて一切なかったぞ、という声もありましたので、これも復習、というか報告として提出しておきましょう。
>フリップフロップ・チェリーがパトロールしている一方で、自宅から通信している友庫さんは、なんと下着姿でベッドの上に寝ころびながら、ノートパソコンを開いていたのです! 傍らには、牛乳を混ぜるだけで手軽にヨーグルトっぽいデザートが作られるあの有名商品が小皿に盛られ、それに贅沢にもイチゴをトッピングして――と、場面構成するのもみなさんの自由です!
>公式には、小学生の頃から使い続けている勉強机の上にノートパソコンを開いて通信している事にします。……先週も話しましたが、現在の異世界観測万華鏡システムでは音声を捕捉できるだけなんですよねぇ。正しい情景は不明です。公式と正式の差、ということですね。
>で、ここからは予習に当たる部分になります。突然、これまで全く登場していなかった人の話に突入するので、驚かないでくださいね。……突拍子もない展開への耐性は、『人生バンジー、最高がマー!』を乗り切ってきた皆さんなら大丈夫でしょう。
>というわけで、南洪浄砂という男性の登場です。名前を聞いて「寺社関係の人かな?」と想像した方、ほとんど正解です。しかし、彼が子供の頃に、住職だった父親が亡くなってしまい、跡を親戚が継いだのを契機に、母親はそれらから離脱します。……「仏門にありながら妻帯が許されているということは……」とそちら関係に詳しい方は流派の絞り込みが進んだようですが、南洪さんにとってはもう縁遠くなったそっちについての情報はこれ以上出てこないと思いますよ。
>その南洪は小学生の頃好きな女の子がいました。それくらいは多くの小学生が経験しているのですが、彼の片想いは実りません。これもほとんどの方が該当するかな。
>改めて考えると、小学生の頃の恋が実るってどういう事!? ですね。彼ら彼女らに聞けば「好きです」と言う答えに肯定的な返事があった、となるのですが、それだけじゃ意味がないですよね。その先はどうなんだよ、って話です。「お付き合い」として、どこかに二人っきりで遊びに行ったら「付き合っている」ってなるんでしょうかね?
>そういえば、枚鴨市なら、ファミリー向け遊園地『枚鴨ワンダーランド』がそういった子供カップルのデート先として人気があったのですが、もう閉園してしまいました。子供カップルにとっては手痛い事実です。しかし、彼ら彼女らに与える夢は大きくても、跳ね返ってくるお金は大きくなかったから、存続できなかったんですよね。世知辛いですね。
ワンダーダック: グワッグワッ!
>おお! ワンダーダックが「早く進めろ」と言わんばかりに先を指さしていますね。そういえば、当番組に出てきたワンダーダックが喋ったため皆さんはワンダーダックが話すものだと思っていると認識されているでしょうが、公式のワンダーダックは鳴くだけで、イベントの舞台上では進行のお兄さんやお姉さんが通訳してくれたのです。
ワンダーダック: グワッグワワッ!!
>はいはーい。進めますね。……あれ? これ、スゴくないですか? 今、私、進行のお兄さんと同じ――あ、はい。進めます!
>ともかく、子供同士のお付き合いは、マスコミが芸能人相手に叩いている不倫と一緒にはならない――え、一緒の人たちもいる? それはそれで、困っちゃうなぁ。……ここまで書いておいて申し訳ないですが、子供のお付き合い問題についてはこれ以上突っ込まないでおきます。しかし、年頃のお子さんがおられるお父さんお母さんは、ウチの子に限ってなどと思わずに、しっかり線引きをしておいた方がいいと思います。
ワンダーダック: グワーガッガッガー!
>あ、こっちじゃなくで本編を進めろ、でしたね。えーと何だったかなぁ。……南洪さんのお話でしたね。南洪の好きだった女の子は湖桃ちゃんでした。小柄でかわいいながらも、おとなしい性格のせいで男子からも女子からもいまいち人気のない存在でした。着て来る服のパターンが少ないことから推測される貧しさも、この華のなさに影響していたのかもしれません。しかし、南洪さん自身も引っ込み思案で友達は少なく、裕福とはいえない家庭に育ったので、勝手に親近感を抱いていました。
>そんなある日、放課後の町中で南洪さんは偶然湖桃ちゃんに遭遇します。お母さんらしき女性と一緒にいた湖桃ちゃんは、そのお母さんらしき女性に怒鳴られて泣いていました。咄嗟に身を隠し、続けて様子を窺ったところ、湖桃ちゃんは悪くなく、お母さんの一方的な怒りをぶつけられているようでした。「湖桃ちゃんは悪くない!」と言って、間に入りたかったですが、子供にとって怒っている大人は怖いものです。南洪さんはそのまま見送るしかできませんでした。
>この体験は、南洪さんの心に重くのしかかります。ただでさえ、好きな女の子に声を掛けられない性格なのに、余計な場面を見てしまったことで湖桃ちゃんと目が合うことすら避けるようになります。心なしか、あの日以来湖桃ちゃんの表情もより暗くなった気がしました。南洪の心には「あの時、ダメで元々、割り込むべきだった」という後悔が渦巻き、その状態で数カ月経つと、突然、湖桃ちゃんが転校してしまいます。お母さんの再婚による引っ越しでした。
>こうして南洪さんの初恋は、多くの人が経験したであろう甘酸っぱいものという感覚より、苦くて息苦しいものとして終わりました。
>この初恋の失敗は後を引きます。南洪さんの彼女いない歴=年齢という生き方に大きな影響を与えた、と南洪さん自身は考えています。大人になるにつれ、かつて「叱られているところを庇ってあげるべきだった」という後悔は消えます。当時、本当にそのように行動していたら、「クラスメイトに恥ずかしいところを見られてしまった」と、助けるどころか逆に湖桃ちゃんへ不幸を上乗せしかねない手だったと気付いたからです。しかし、「だったら、それとは全く別に、話しかけて嫌なことを忘れるくらい毎日学校へ来るのを楽しくしてあげられたかもしれない」と、新しい対策に遅まきながら気付いてしまいます。もっとも、当時も今も、そういう考えが思いついたとして、実行できるかどうかは別です。むしろ、実行したところでうまくいかなかったでしょうから、より心苦しい毎日を送ったことでしょう。
>いずれにせよ、南洪さんは行動できなかった自分に対する嫌悪感だけが募り、恋愛に対して前向きになることができませんでした。このままじゃいけないとずっと思っていましたが、ようやく大きな一歩を踏み出したのが、社会人四年目の冬でした。思い立ったところですぐにカノジョなんかできないのはわかっていたので、南洪さんは「まずは童貞を卒業しよう」と行動を開始します。まあ、これも思ってから何度も、外出するけれど目的地に着く前に、「あ、そういえば新刊が出てたんだった。本屋さんへ行こう」などと自分に言い訳しながら進路変更をして目的地に着けなかったり、目的の街へ着いたけれどお店に入れずそのまま通り抜けたり、などを繰り返していました。
>……「『どうてい』ってなぁに?」という子供の声が聞こえてきましたね。……この問題は読み聞かせをしてらっしゃる保護者の方へお任せします!
>そんなある日、南洪さんは運命の再会を果たします。そう、湖桃ちゃんです。最後に会ってから十余年。卒業アルバムを開いても、途中で抜けた湖桃ちゃんはクラス写真に載っておらず、それまでの学年の課外活動の写真に小さく映る程度。その横顔すら、南洪さんは心苦しくてまともに見られませんでした。まして、女性。大人になって化粧をすれば全く変わります。だけど、南洪さんは確信します。はにかんだ微笑みと、瞳の奥に秘められた寂しさ。それらは年月を経ても変わることはない。そして、南洪さんの心の奥底にあった気持ちも、変わっていなかったのです!
>湖桃ちゃんはガールズバーの客引きをしていました。童貞卒業を目指す南洪さんの目的地ではなかった――あ、ごめんなさい! また「童貞」って言っちゃいました。保護者の皆様、また、ごまかしをお願いします。――えーと、何でしたっけ? あ、そうだ。湖桃ちゃんは、なんとあのサンタ・ギャルの恰好です! ですが、顔ばかり気になる南洪さんは、湖桃ちゃんの胸とか胸の谷間とかには興味を示さない、というか興味はあるのかもしれませんが、そこまで余裕がないと言った方がいいでしょう。「おにーさん、どうですか?」の声にあっさりメイン目的を忘れます。なので、子供たちも今は「どーてー」については忘れてください。
>しかし、生まれつきの東京人である南洪さんはそう簡単に他人を信じません。――えーと、都会の人は性格が悪いという意味ではないですよ。詳しくは続きをお聞きください。――人が溢れる大都会で偶然初恋の人と遭遇するなんて奇跡と言っていいくらいの確率です。だから南洪さんも「他人の空似だろう」と、はやる気持ちに言い聞かせて、幾つかの質問をします。
>もちろん、本名は教えてもらえませんでしたが源氏名が「みるく」というのを聞き、確信を深めます。「湖桃と全然違うじゃん!」と思う方もおられるでしょうから、南洪さんの連想をなぞっておくと、「湖桃→胡桃→みるく」という変換でした。これは、知っていないと逆に辿れないでしょうから、源氏名から個人情報が漏れないと考えても普通ですね。この本名と源氏名との距離感が余計に本人らしい、と南洪さんは感じたようです。
>地元についての質問は「子供の頃、何度も引っ越したから、どこっていうのはないかなー」と返事をされ、これも裏付けとして受け止めます。子供の頃の思い出を聞いて、嫌そうな顔をされ「特に覚えてないかな」と言われて、ますます間違いないと思います。嫌な思い出って、思い出したくないですからね。実際に、不幸な子供時代の記憶は忘れてしまうような、ある種自己防衛的な作用が人間にはあるようです。
>最後に「僕の事、覚えている?」と聞きたかったのですが、その言葉は呑み込みました。この物言いがキモイという自覚はありましたし、もし思い出してしまったら、「こういう姿を知り合いに見られたくなかった」と傷つける可能性があったからです。あと、こっそり心の深くに「覚えられていなかったら、……まあ、目立つ方じゃなかったからむしろそうなんだろうけれど、それでもショックだな」と考えていたようです。……えーと、我々のシステムは表層思考しか読めませんので、もうお気づきの方はおられると思いますが、南洪さん本人は「心の奥で」と思っていましたが、けっこう表面にがっつり浮かんでいた思考でした。
>という具合に、お店へと誘導された南洪さん。雑居ビルの一室に入ると、想像していたより狭い店内で、そこのソファ席へと腰掛けさせられます。たちまち左右に、露出が多いめのドレスをまとった若い女性に挟まれ、目当てのみるくちゃんは少し離れたL字ソファの別の列へと座ります。そこで勧められるまま、南洪さんは細いグラスに入ったビールを飲み――実はビールより甘いチューハイが好みでしたが「女子供みたい」とみくるちゃんに思われないように無理しました――、ナッツとスナック菓子の混ざった酒のつまみを一皿もらいます。で、チヤホヤされて多少いい気にさせられるのですが、三十分も経たないうちに、みるくちゃんが席を立ちます。どうも、他の二人に比べて話すのが苦手なようで、南洪さんにとっては、だからこそ良かったのですが、「まだまだ修行が足りない」とお店の人に言われて、また外へ出させられるようでした。
>みるくちゃんと名を変えた湖桃が居ないなら、この場にいる意味がない、と南洪もほどなく席を立つことにしますが、そこでようやく自分の陥った事態に気付きます。お店が暗くて狭くて、他に客が居なさそうだなと思った理由は、請求書に書かれていました。たった一杯のビールとおつまみのセットで請求額は五十万円でした!
>そう、そこはぼったくりバーだったのです!
>運よくこれまでいじめられ役に選ばれなかったけれど、めっぽう気が弱い自覚がある南洪さん。おそらく、ぼったくりバーの店員も気弱そうな言動から「これは楽にいける」と思ったことでしょう。しかし、小学校の頃の片思いを引きずり続けている粘着質な気質は同時に粘る時はとことん頑固という性格形成にも関わっていたのです。ただし、いかにしっかりした幹が伸びている木でも根っこが張っていなければすぐに倒れてしまいます。南洪さんの頑固さも同じような弱点があり、土台が脆いこだわりのない事柄についてはあっさり折れます。ゆえに、周囲の人だけでなく南洪さん自身も押しに弱い男だ、と思っていました。だが、このぼったくりバーとのやり取りでは、南洪さんには頼るべき礎がありました。共働きで忙しくしていた両親よりずっと子供時代世話になっていたお祖母さんからの教えです。
南洪さんのお祖母さん: 本当に納得いかない事には「うん」と言うんじゃないよ。
>「そんなの高すぎます」と小さな声で抗議した後、もちろん受け入れてもらえず「払え」と脅されても、南洪さんは従いませんでした。これは今は亡き大好きだったお祖母さんとの約束だから。その一心で、泣きべそをかきながらも、一向に会計には応じませんでした。
>周囲を男たちに取り囲まれ、「払えないなら帰れないぞ」「金がないなら、いい金貸しを紹介してやるよ」と言われても、南洪さんは首を左右に振り続けます。まるで震えているようにも見えますが、震えていても応じない姿勢は変わりません。「警察に連絡します」と取りだしたスマホは取り上げられ、「弁護士を呼んでください」という訴えももちろん聞いてもらえません。そのうち、南洪さんを挟んで接待していた女性の一人が「この人に色々触られた」とやってもいない事を訴えられ、「だったらその慰謝料含みにしてやるから払え」と責められます。
>……「もしかして、これ『最高がマー』回か?」という視聴者さんからの声が聞こえますね。ええ、もうかなりの部分、パンツイッチョマンとは直接関係のない話が続いていますからね。しかし、もう少しだけ待ってください。
♯ ドンドンドン!
>ほら、来ましたよ。激しく叩かれるドア。客を締め上げている間は当然次の客を入れることはできません。だから、お店の扉は鍵が掛けられ、「本日の営業は終了しました」の札すら吊り下げられていました。それを無視する来客は普通いません。ぼったくりバーの連中は、一旦、南洪さんを締め上げるのを中断し、下っ端の一人に外の様子を確認させます。下っ端は、扉に付いている魚眼レンズを覗き込み、訪問者を見ます。
下っ端: なんか、覆面(?)をした妙な女が「開けろ」って……。
>はい、フリップフロップ・チェリーですね。彼女はどうやら、南洪が怒鳴られているのを聞いてここまでやって来たようです。なお、怒鳴り声は確かに店の外にも聞こえていますが、あまり珍しい出来事でもないので、それですぐさま他人が介入することはありません。酔っ払いが騒ぎ立てたり、喧嘩で怒鳴り合ったりするのは毎日のように起きている街ですからね。表通りを歩いている人なんかは騒音でかき消されて怒鳴り声は聞こえてきません。そんな状態を、ちょっと脇道に入っていたからといって聞き留めたフリップフロップ・チェリーは、単に耳が良いというだけでなく、心の声が聞こえているのかもしれません。
>しかし――
店長: 閉店だと言って追い返せ。
>と、扉すら開けてもらえず、下っ端に扉を挟んで「閉店ですんでぇ」と言われてあしらわれます。
FFC: そんな事を言って、どうせ悪い事してるんでしょ! 開けないなら、こっちから強引に開けるけどいいの? 知らないわよ。
>そう宣言した後、フリップフロップ・チェリーは何かを叫んだ後、静かになります。扉を叩く音すら立てなくなりました。ぼったくりバーの面々は「なんだったんだ?」と肩をすくめあった後、水を差された機会に小休憩に入ります。水を飲んだり、トイレに行ったり、なんですが、かわいそうなことに南洪さんにはそれらが許されません。もう、これは完全に監禁罪ですね。
>そうして第二弾の締め上げが始まってから数分後、突然、扉から何かが吹き飛んだすごい音がします。そして、その前にフリップフロップ・チェリーがあの言葉を叫んでいました。
FFC: 出るか出ないかぁ~~、わっからないビ~~~ム!!
>今回は二回目で成功したようですね。恐怖の破壊光線「出るか出ないかわからないビーム」がドアのノブ周辺に穴を空けます。
>前にも言及したと思いますが、日本では鍵と錠の区別が曖昧です。フリップフロップ・チェリーは、言葉だけでなく認識のうえでも同一視しているからか、潰したのは鍵穴の方でした。錠が扉の枠に嵌っていたら、むしろ鍵穴がないせいで鍵を使って錠を外す事すらできなくなるのですが、完全に空間がでいたおかげで扉枠に残っていた錠部分もポロリと落ちます。そして、扉を蹴破って侵入する覆面の美女――覆面していたら美女かどうかわからないのですが、そこはもう美女って表現した方が客受けがいいからに決まっています。
>――えー、これって見かけは完全に強盗ですよね。
>店内が狭いこともあり、フリップフロップ・チェリーはすぐに南洪さんたちのいるメインルームに行き着きます。
店長: な、なんだ、貴様は!?
>爆音に驚いたところに現れる変態、といったところでしょうか。動揺して当然の状況ですね。
FFC: フリップ、フロップ――
>問われれば名乗るのがヒーローです。フロップフロップ・チェリーがおでこの前に手をかざし、手の甲、手のひらと反転させます。
FFC: ――って、ドアを壊しておいて、名乗るわけないじゃない!!
♪ シャララーーン
>おっと、音響さんが用意していた効果音を暴発させてしまった。しかし、あの流れだったら名乗ると思うので仕方ないところ。……今、音響さんに聞いたところ、「名乗らない、というのは認識できたけれど、『名乗らないのかよ!』というツッコミ心からボタンを押してしまった」という事のようです。
>だが、一方で、フリップフロップ・チェリーが名乗らない理由も非常に良く分かる。というか、やっぱり今回も弁償する気はないようだ。
店長: ドアって……てめぇ、人んちの物、壊しておいて……幾らかかると思ってる!
FFC: ふふ。だったら警察を呼んでみる?
>腰に手を当てて、余裕のポーズのフリップフロップ・チェリー。対する三人の男と二人の女は、たじろいだ様子だ。フリップフロップ・チェリー、警察を呼ぶわけにはいかないという状況をうまく利用しているぞ。
南洪: あ、あの、助けてください。
>ここぞとばかりに助けを求める南洪さん。窮地にあっては飛び込んできた変態も救いの神に見えるようだ。フリップフロップ・チェリーは、「最初からそのつもりよ」と言いたげに笑って頷く。周りにいた男は、立ち上がろうとしていた南洪さんの肩を押さえて座らせる。
FFC: さあ、その男性を解放しなさい!
店長: バカ言ってんじゃねえよ。会計が未だなんだよ。それともお前が代わりに払ってくれるのか?
FFC: そっちこそバカ言ってるんじゃないわよ。私が五十万円なんか持っていると思っているの?
>出るか出ないかわからないビームのチャージ時間に、きちんと店内の会話に耳を傾けていたようだ。だけど、なんだか論点がずれている気がするぞ。しかし、そのおかげか、周りがポカンとしている間に会話の主導権はフリップフロップ・チェリーが握る。
FFC: ここはぼったくりバーのようね。だったら、払う必要などないわ。
店長: けっ! だったら、その体を使ってでも払ってもらうしかねえな。
>店長――と言っても、おそらくまだ三十代の男性――が指示をすると、扉の確認で行き来していた下っ端がフリップフロップ・チェリーへと組みつきに行く!
♯ ドカッ! ガシャーン!!
>おっと、キック一撃! 胸を蹴り飛ばされて、下っ端が吹き飛ぶとテーブルにぶち当たり、載っていたグラス類が飛び散る。まだサイドキックを高く上げたままの姿勢をとっているフリップフロップ・チェリーは、実はミニスカートなので、これはもう視聴者サービスのパンチラタイムですね! ……と思わせておいて申し訳ないのですが、近頃もう夜は冷え込んで来るので、フリップフロップ・チェリーはミニスカートの下に黒いストッキングをはいていました。夏場だったらパンチラタイムだったのですけれどねえ。……え? 「黒ストッキングならそれはそれで良い」? は、はあ、そういう趣向の方なら良かったです。というか、音声多重(略)活劇なんで、この部分は自由に塗り替えていただいてもいいですよ。
FFC: まだやるの? これ以上やっても店の中が壊れるだけよ。
>おっと、この脅しが効いたようだ。店長が、むしろ煽られてやる気になっていたもう一人の男の肩を触って、動きを止める。さすがは店長というところか。稼ぎを多くするだけでなく、出費を少なくすることがお店の経営には大切ですからね。
FFC: ほら、もういいわよ。帰りなさい。
>その呼びかけでようやく動き出せた南洪さん。取り上げられたスマホも、フリップフロップ・チェリーの睨みの力を借りて、返してもらうと、やっと帰路につく。が、その前に
南洪: あ、あの? お手洗い借りてもいいですか?
>マイペースな南洪さんであった。なお、お手洗いにカメラが入るのはNGなので、ここの部分はすっ飛ばしておきましょう。
>次のシーンは、フリップフロップ・チェリーが建物を出てきたところ。先に逃げていたはずの南洪さんから声を掛けられます。
南洪: あ、あの、先ほどは助けていただいてありがとうございました。
>ぺこりと頭を下げる南洪さんに、その肩を叩いてから手を軽く振るフリップフロップ・チェリー。
FFC: いいの、いいの。これが私の仕事みたいなものだから……まあ、お金をもらっているわけじゃないから仕事じゃないか。でも、こういう地道な作業を積み重ねて、いずれは花鳥風月さんみたいな、有名なヒーローに……
>途中で、友庫さんから横やりが入ったようで、フリップフロップ・チェリーが発言を止めてしまう。そこに南洪さんからの指摘も入る。
南洪: 有名になるんだったら、今日みたいな事は知られない方がいいですね。
FFC: ん? そうなの? あ、今はそんな事より、この場を離れないと。
>歩き出す二人。
FFC: 認定ヒーローになってお金を稼いだら、あの扉の弁償くらいすぐできるから平気よ。
南洪: お金はそうかもしれませんが、罪は罪ですよ。……器物損壊罪、かな?
>南洪さんの感覚はむしろ正しいのだが、フリップフロップ・チェリーを改心させるのには至らない。
FFC: でも、そもそもはぼったくりが先でしょ?
南洪: はい。詐欺、脅迫、拉致監禁。
>ひとまとめの言葉として覚えていたからくっついて出てきたのかもしれないが、おそらく今回「拉致」は該当しないぞ。
FFC: ほら、先かどうかだけじゃなく数も上じゃん。
南洪: いや、そういう事は関係なく、罪は罪なんで、それぞれ請求されちゃいますよ。
FFC: でも、花鳥風月さんは派手にやってるじゃん。
南洪: あれはたぶん、警察権の代行って感じで。いや、僕も詳しくは知りませんが……。あと、こっちから行っているんじゃなくて、向こうから来たのに反撃しているって感じなら、正当防衛になるのかな。
FFC: じゃあ、あのウスノロが襲い掛かってきたのを蹴っ飛ばしたのはいいんだ。
南洪: う、うん。そ、それは、いいのかな……。
>いや、南洪さんはそう思っていないけれど、否定しにくいから流されたようですね。
FFC: ま、そのあたりは、わたしの相棒が調べてくれるから、心配はいらないわ。
南洪: あ、やっぱり、どなたかと通信していたんですね。
FFC: うん。相棒のシオ――じゃなくて……これにもそれっぽい名前が必要ね。じゃあ、シリィ。相棒の名前はシリィ。
南洪: シリィさんですか。……それで、お姉さんは?
FFC: えーと、もういいかな? ふふ、シリィ、どう思う。……うん、でも、この人なら広めないよね? 今日やった事はネットで拡散したらダメだよ。いい?
>通信先の相手と話していたと思ったら、突然自分に話を振られて、南洪さんは驚いたが、すぐにガクガクと頷く。
南洪: は、はい。誓って。
FFC: だったらいいかな。じゃあ、見ててよ。
>そういうと、腰に手を当てて、おでこの前に手をかざすフリップフロップ・チェリー。あ、これは音響さんも準備ですね。
FFC: フリップフロップ――
>言いながら、フリップフロップ・チェリーがおでこの前にかざした手を反転させる。
FFC: ――チェリー!!
>おでこの前にあった手を、人差し指と中指を合わせて立てて、右のこめかみに添える。その手を、敬礼をするように跳ねて体から外す。
♪ シャラララ~~ン、パンパパンパバン。
>ハープの音色の後に、打ち上げ花火が遠くで爆発する破裂音。えーと、こちらにだけ聞こえて、あちらでは鳴っていません。
>しかし、そこはメディアで何度も映し出されるあの名前付きのゲートの近く。観光に来ていた東洋人たちの目に留まります。
観光客: オー、ジャバニーズ コスプレ!
>パシャパシャと焚かれるフラッシュ。それにまんざらでもない様子のフリップフロップ・チェリーが、次々とポージングしていきますが、これって……。あ、やっぱり、友庫さんの方からも同じ指摘があったようですね。フリップフロップ・チェリーが慌てたように態度を変えます。
>今夜の破壊活動を自分と紐付けられないように、ぼったくりバーで名のらなかったんだから、ここでも証拠を残すべきではないですよね。
FFC: あ、今のはウェブに上げないでくださいね。
>言いながら、ダメダメと示すために両手を左右に振りますが……うん、やっぱりね。言葉が通じない相手には、挨拶で手を振っているように受け取られています。その姿を重ねて撮影されたり、同じように手を振り返されたり、されています。
FFC: ドン、ドンっ……えーと、何て言えばいいのかな?
>英語で説明しようと試みますが、学力が付いてこないようだ。通信先から友庫さんが教えてあげて、それを唱えるようにして練習していたが、すぐに別の結論を下す。
FFC: うん、そうする。……じゃあ、あなたもこれで。
>前半部分は友庫さんとの会話。後半部分は置き去り状態だった南洪さんへの呼びかけだ。これはもうパンツイッチョマンも得意な逃走のつもりですね。
FFC: しばらく、ここには顔を出さない方がいいわよ。
南洪: お、お姉さん――じゃなくて、フリップフロップ・チェリーさんこそ。
FFC: アハハ。だよねぇ。
>一般人にとっては結構な事件を一笑で吹き飛ばすフリップフロップ・チェリーに、南洪さんは改めて目を丸くした後、急にきゅっと唇を結びます。
南洪: あ、あの……。
>去りかけていたフリップフロップ・チェリーは、声を掛けられて振り向く。
南洪: よ、よかったら、僕とお付き合いしてください。
FFC: ムリ!
>片手を出してお辞儀をしている最中の閃光応答。そのまま、切り捨てた相手の痛手を確かめもせず、とっと立ち去るフリップフロップ・チェリー。南洪さんは、あまりに切り口が鮮やかだったせいか、片手を出した前傾姿勢のまま硬直していた。
>日本語はわからなくても、こういう空気から何が起きていた薄々察していた旅行者たちは、声を掛けようにも果たせず、代わりにパチリと一枚撮影した。
>はい、そこまで。キリの良いところで、終わっておきましょう。今回は二回放送でしたね。あの最勝寺先生からすると驚きです。
>初恋の夢が悪夢になり、人生初の告白も秒すら経つ前に切り捨てられた南洪さん、このまま恋愛恐怖体質になるのか、それとも逆に吹っ切れるのか、気になりますねぇ。……え? そうでもない? 実は私もそうなんですよ。じゃあ、きっと最勝寺先生も興味ないでしょうね。もう出会うことがないかもしれないので、声援でも送ってきましょう。
>頑張れ、恋愛負け体質!
>で、この後は皆さんお待ちかねのあの人が登場しますよ。では、どうぞ!
《次回予告》
ネットの世界に広がる闇
闇の中で蠢く 影二つ
あってはならない邂逅が 新たな恐怖の風を呼ぶ
次回、パンツイッチョマン弐、『影の仕掛け人』
パンツ洗って、待っときな!




