そこのけそこのけ、お馬鹿が通る 5
ナレーター(以降、「>」と表す。): 「暴れ馬事件」が沈静化してからが、警察のお仕事の時間です。被疑者の確保、被害の確認、他にもたくさんすべき事があったが、今回スポットライトを当てるのは、被疑者の住居の差し押さえだ。
>その前に、破壊者こと供永火延の確保にはやはり一手間かかった。到着した警察官は逆さ吊りになっている供永を――え? わかりにくい? では――供永こと破壊者をひとまず下ろします。もちろん、周囲の人は止めましたが、破壊者の顔が鬱血して赤くなっていたので危険だと判断したわけです。
>野生化していても、さすがに暴れたところで無駄だとわかっておとなしくなっていた破壊者は、地面に下ろされた直後やっぱり暴れ出します。警察官たちは押さえつけようとしますが、三人掛かりでも押しのけられ、周囲の市民が「ほらぁ、言ったのに」と呆れつつも被害が出る前に逃走しようとしたその時、ヒロインが再降臨します!
>え? フリップフロップ・チェリー? 残念、違います。彼女はその時間、都心のショップで働いていますから。ええ、枚鴨市勤務ではないんですよ。……あ、言ったらダメでしたか? まあ、いいや。忘れてください。
>破壊者を懲らしめたのは、カルガモ母さん! カルガモ母さんを世話していた作業員は、破壊者が地面に着くようにカルガモ母さんを引き上げたのですが、破壊者が暴れ出したから直ちにロック解除したのです。
>「それだったら、作業員こそがヒーローじゃん」という声もあり、一理はありますが、カルガモ母さんの重量があってこそのブラーンブラーンだったので、カルガモ母さんが一番手柄なのでした。後になってウェブでカルガモ母さんが讃えられた理由は、一度ならず二度までもの吊り下げ実績もあったのでしょう。
>最終的には、食事から戻ってきた後輩刑事が縛り上げて連れて行きました。
後輩刑事: あ、アニキ。こいつ、かなりへばってますよ。この程度の力なら、制圧可能です。
>と言っていました。関節を極めてから手錠を掛けると、おとなしくなりましたが、もうクスリが抜けていたのかもしれませんね。
>その後の尋問から、破壊者の住まいがわかると、|捜査のため、規制線が引かれます。場所が特定できた時にはもう日が暮れていたので、「続きは明日」としたわけですね。それがよもやあんな事態を招くとは……あ、実は私もまだ何が起きるのかは知りません。でも、こう、ナレーターらしく、煽るセリフも混ぜておけばいいかな、と思っただけです。
>そんなこんなで、夜更けになりました。破壊者の住んでいたマンションには規制線――といっても、扉に例の「立ち入り禁止」テープを貼っただけですが――だけでなく、一応、巡査の配置もされていました。尋問から共犯者――つまり頭蓋骨博士ですね――の存在が強く示唆されたので、念のための警戒に立ったのです。
>「一晩中、夜警を立たせるくらいなら、とっとと鑑識を派遣させて作業を完了させればいいじゃん」と思われる方もおられるかもしれません。そこは費用対効果です。税金だから資金運用は丼勘定だろうと誤解されがちですが、ちゃんと血税を大切に使おうという意識が行き届いているのです。
>給料格差の問題なので、いやらしい話になりますが、鑑識係を派遣させるより、巡査一人の方が安上がりですからね。さらに言うなら、この巡査は最初から夜番なので、追加の費用は発生していないんですよ。
>細かくいうと、べったりと張り付いているわけではありません。「一応巡査を配置した」という表現はこの半端さを示していたのでした。通常のパトロールの代わりに、規制区域に止まっている時間が長いと言うべきかもしれません。ずっと立っているわけでもなく、周囲を一周してきたり、建物の前にいたり、建物内の廊下にいたりと、わりとぶらぶらしていました。というのも、「ずっと見張れ」という指令が降りていたのではなく、「規制を掛けた場所があるので留意しておくように」と言われただけだったのです。それなのに、重点的に護ろうとしたのは、警察官としての勘から事件が起きるのを感じ取っていたのかもしれません。
>その時、巡査は建物内の階段の踊場にいた。扉の前の規制テープに異常がないのを確認した後で、数分ここに立ち、その後辺りを巡ろうと考えていたところだった。
>建物の中央に暗い廊下があって、その両側に狭い部屋がある、という昭和レトロな造りは、いかにもオンボロアパートという雰囲気を醸し出します。そして、この建物もそっち寄りの古い物件なのですが、廊下と階段は建物の端にあった。どちらも外が見え、雨が降ったら風の具合で水滴が吹き込んでくる、あの造りです。昭和レトロ風にならなかったのは、最勝寺先生によると「違法建築になるから」だそうです。
>火災が起きた際、建物の中央に廊下があると、煙と炎の通り道になって、居住者が避難できなくなる、ということ。「そういや、そうだなぁ」と思いますが、今の基準に変更になった背景には、そうやって亡くなった複数の人たちがいたのを忘れてはいけません。……悔しいことですが、穴穿きが言っていたように、「人は痛みがないと変われない」部分は確かにありますね。
>巡回していたお巡りさんはもちろん、建築法と過去の犠牲者に思いを馳せることなく、その場に立っていました。その時、階下から音がします。夜遅かったのですが、終電時間前でしたので、破壊者以外の入居者かなと考えた巡査は、廊下に出て、道を譲ろうとします。しかし、階段を上ってきたのは、白衣を着た女性でした。
白衣の女: ヤッホー! ご苦労さまぁ。
>明るい髪をしたその女性が敬礼をする。
>ええ、ギャルと白衣の組み合わせはあの人しかいませんね。頭蓋骨博士の親戚、理香珈さんです。
>当然、訝しがるお巡りさん。敬礼をされて反射的に片手を上げましたが、それは胸より少し上の高さで手を立てた状態で止まる。
白衣の女(もうバレているので、以降「理香珈」と表す。): アタシ、鑑識。「やっぱ、早めにやっておいた方が良くね?」ってことで来ました。
>もちろん、お巡りさんは信用していません。むしろ疑いが深まった顔をします。
理香珈: はいはい~。信用なしリンゴですねぇ。ちょっち待って、書類、出すから。
>そういうと理香珈さんは、白衣の上から斜めがけした鞄をゴソゴソと漁り始める。
理香珈: あった。はい、これ。
>取り出したのは、スプレー。すぐさまそれは巡査の顔に霧を吹き出す。
♯ シュッ!
巡査: な、なにを……
>巡査は顔を背け、片手で顔を覆おうとしたが、その動きが急に緩慢になる。目からは光が失われ、焦点がぼやける。
理香珈: おとなしくしててね。次はこれ、っと。
>理香珈さんは、鞄から銃のようなものを取り出すと、それをぼんやりと立っている巡査の首元に押し付ける。
♯ プシュ。
>何かが吹き出す小さな音。おそらく、注射器の一種のようです。打たれた巡査はぐらりと傾くと、崩れ落ちる。それを支えながら理香珈さんは、階段の下へと呼び掛ける。
理香珈: ちょっとおじさん、手伝ってぇ。
>呼ばれて階段を上ってくるのは、白衣の頭蓋骨博士です。力を失った男の人を支える理香珈さんに、急いで手を貸す。
頭蓋骨博士: 何を打ったんだ?
理香珈: さぁ。ハーニーがくれたクスリだから。麻酔薬だと思うけれど、中身が何かは知らなぁい。
>軽く言いながら、理香珈さんは再び鞄を探り、ペンライトを頭蓋骨博士に渡す。次に四角いポーチを取り出すと、それを開き、また注射器を手にした。
>一体、短時間にどれだけクスリを使うんでしょうね。普通のお話ならまとめて一発ですませますよ。……ねぇ!
頭蓋骨博士: それは?
>巡査を床に横たえると、頭蓋骨博士はペンライトを点けながら、質問する。ライトは意外にかなりの明るさだ。
理香珈: 記憶って、結局は化学反応でしょ? だから、それが定着する前に阻害すれば、アタシたちの記憶は残らない。
頭蓋骨博士: ほほう。興味深い代物だな。それも貰い物か?
理香珈: これはアタシが調製したけれど、配合はヒ・ミ・ツ。
>可愛く言っていますが、手袋をはめた手で、注射器の針キャップを外しながら笑顔を見せられても怖いだけです。
理香珈: に、しても、おじさん、ラッキーだね。アタシがこっちに来てなかったら、独りでこんな事できないでしょ?
頭蓋骨博士: まあ、そうなるが、別に無理に証拠隠滅を図らずとも、辿られないはずだが。
理香珈: いやいや~。日本の警察、舐めたらダメっしょ。今は捕まらなくても、残しておいて、後から組み合わせてパズルしてくるかもよ? だから、念には念を押して……。んーん、腕に打とうかと思ってたけど、袖捲るの面倒いなぁ。……首に打つか。
>あっさり言いましたけど、かなり危険な行為じゃありません? 映すのも怖いので、ここからしばらくは、えーと、月夜の映像をご覧ください。BGMはやはり、ベートーヴェンのピアノソナタ『月光』です!
♪ ポロンポロン、ポロンポロン……
頭蓋骨博士: 大丈夫か? 血が噴き出しはせんか?
理香珈: そうならないように……はい、これで押さえて。じゃあ、プスッと。……よーし、カゼオケー。じゃあ、おじさんはこれとこれを着けて行ってらっしゃ~い。アタシは先に帰っておくね。
頭蓋骨博士: ん? 最後まで手伝ってくれるのではないのか?
理香珈: いやいや、もう十分っしょ。むしろ、やりすぎゲンパク。と言いつつも、追加装備を提供するリカなのでした。
>えーと、画面では今、半月よりちょっと太めの月に雲が薄くかかろうか、という具合ですが、頭蓋骨博士は理香珈さんが提供した装備を身に着けていっています。「現場に証拠品を残さないためのグッズ」ということで、映さなくて正解の物でした。悪用されると問題ですからね。
>では、皆さんは、私と一緒にしばし音楽鑑賞をお楽しみください。
※もちろん、描写しません。
>と、名曲で心洗われた所で、ようやく気絶させられていた警察官が動き出しました! 頭蓋骨博士が小走りで出て行って二三分というところですか。けっこう、危ないタイミングでしたね。こういう所を見ると、「ああ、ゴツゴウ・ユニバースなんだなぁ」と思いますね。……それだったら数分無駄? まあ、確かにそのとおり。不器用なゴツゴウ、と言ったところですね。
>寝ていた警察官は当然、キョロキョロと辺りを見回しています。あ、これ、お酒を飲み過ぎた翌朝の状況に似ていますね。昨晩の記憶がないまま目覚めて、それが見慣れた寝床からの風景なら、まあ「あれ? いつの間にここまで帰り着いたのだろう」で済むのですか、それ以外の場所だとパニックです。知り合いは、一度二階へ上がる階段の途中で力尽きた経験からあり、「自宅なのに、『ここどこ?』となるぞ」と言っていました。
>ですから、この警察官も軽いパニック状態でしょう。皆さんは、そんな事知ったこっちゃねえや、かもしれませんが、こちらは表層心理にアクセスする際、不安定になるから問題なのです。
>最初に気にしたのは、首です。注射で刺されたあたりをパシッと叩き、ポリポリと掻いています。……ああ、確かめてみると、実際蚊に刺されたように腫れていますね。これは止血用に塗り塗りしていた水薬の効果でしょう。
>ふむ。蚊は逆に、血が止まらないようにする為に微量に流し込んでいる物質が痒をもたらす副作用なんですが、こっちは組織を膨らませる事で、穴を塞ぐのが主目的なのでしょう。それでも痒くなるのは興味深いですね。
>それから、時計を確認します。気を失っていたのは十数分。居眠りとしてはありうる時間ですが、気持ち悪いのは記憶がない事でしょう。頭を振りながら立ち上がると、ヨロヨロと――いや、意外に足取りはしっかりしていますね。――破壊者が居た部屋へと向かいます。
>しかし、扉には立ち入り禁止のシール帯で封じられたままです。ホッと息を吐き出すと、巡査は巡回ルートに戻っていきます。
>もちろん立ち入り禁止―ルは貼り直された物でした。「急に手助けをした」というような事を言っていたわりに、すごい下準備できていましたね。これって、いつでもこれくらいの対応ならできる準備が整っている事を示唆します。理香珈さんの慣れた態度からも、初めてではなかった可能性すらあります。……やっぱり大門博士に近づくとヤバいそうです。放っておきましょう!
>さて、次回予告のおじさんも戻ってきていますので、久々に予告してもらいましょう。
《次回予告》
いつになったら 出るのだろう
あるいは、全く出ないのか
出るか出ないか わからない
桜娘が、ついに現る!
次回、『青梅桜は傾かない』
パンツ洗って、待っときな!




